館長の朗読日記1991/千葉「わかば」の朗読レッスン

館長の朗読日記1991  (戦後72年04月28日 新規)



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)

 4月27日(木)の13時30分から、千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ6、レッスン台本・宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」の4回目である。前回は2つのポイントについて指導した。それは、①「語り口」についての指導、②朗読表現についての演出的な指導、の2つである。

 大まかにいって2期生に対する指導は①に、また1期生に対する指導は②に、重点を置いた。①の「語り口」の指導は3のポイントがある。1、各文節が高く上に出ているか。特に2音目がくっきり上がっているか。2、声出しに朗読者自身の心情やイメージがこもっているか。3、言葉の1つ1つが粒だって言葉が立っているか。

 ②の朗読表現についての演出的な指導はポイントがいろいろある。たとえば、視点(あるいは心情)の転換が的確に表現できているか。セリフと地の文のつながり具合はどうか。場面の転換や文章内容の転換が的確に表現されているか。これらのポイントのクリアは、当然ながら「語り口」の問題がクリアしていることが前提である。



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)

 ところが、前回のレッスンを終えた後に、次の点を反省した。このサークルは、今、朗読ステップ6のレッスンをしている。それにもかかわらず、前回まで重点的に指導した、①「語り口」についての指導、②朗読表現についての演出的な指導、は朗読ステップ6そのもののレッスン内容ではない。まったく朗読ステップ6らしくない。

 今回はレッスン台本・宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」の4回目である。これから4回〜6回と、レッスンはこの台本の後半に入る。この後半に、思い切り朗読ステップ6らしいレッスン内容を盛り込もう、と。朗読ステップ6とは、朗読をしながら、その自分の朗読を自分の耳で観客の立場に立って聴きながら朗読する練習をする。

 そのためには、どういう意識で朗読したらよいか。どういう意識で自分の朗読を聴いたら良いか。自分で自分の朗読を聴きながら朗読することの意義はなにか。そういうことを、いろいろと言葉や表現を工夫しながら説明した。会員の皆さんは、分かったような、分からないような顔つきで聴いていた。説明が、なかなかむずかしい。





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館長の朗読日記1990/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記1990  (戦後72年04月23日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(4月22日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。今回は第3期・朗読ステップ2の第11回目、レッスン台本・宮澤賢治原作「雁の童子」の6回目である。今回は、このレッスン台本の仕上げの通し読みである。台本を会員数に区切り、1区切りづつ読み継いでもらう。

 その後、私から、全体の総評と1人1人の朗読に対する講評を行なう。全体の総評としては、サークルとしての平均レベルがかなり向上したという印象をそのまま述べた。語り口や声出しという基本的な部分は、平均的にかなり良くなってきている。もちろん1人1人の朗読には直すべき点が色々あるので、それを指摘していった。

 その指摘内容を例示すると、以下のような具合である。各文節をアクセントのある箇所(2音目はいしは1音目)を中心に高く上げ気味に語っていくことは、朗読の基本である。特に、アクセントのある箇所(2音目はいしは1音目)をクッキリと上げることは重要である。また、その場合、各文節の最後を下げないことも重要。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 各文節の最後を下げずに、高止めたままに、その後につづく文節につなげる意識で表現していくことが重要。声は、現実の場で朗読者が出している声で朗読するのが基本である。張り過ぎたり、高すぎる声は、表現の幅を狭めてしまい良くない。次に言葉の1つ1つを自分のイメージや心情を込めて(立てて)表現することが重要。

 以上が、語り口の基本的なポイントである。これができてくると、つぎはイメージ表現、心情表現、場面表現という段階に進んでいく。この段階で、まず重要になるのは、各文の最後にある述語部分の表現である。特に、動作や動きのある表現をする場合には、そのダイナミズムを目の当たりにイメージして表現することが重要。

 この段階の朗読表現には、まだまだ重要なポイントが色々とあるが、大切なのは、自分の朗読の聴き手や観客を具体的にイメージして、その聴き手や観客に自分の言葉として語りかける意識を強く持つことである。この意識が稀薄で、自分の世界で語るような語り口の朗読は、聴き手や観客を作品世界に引き込むことができない。













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館長の朗読日記1989/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記1989  (戦後72年04月21日 新規)



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 昨日(4月20日)の午後3時00分から、船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ5の第21回目。本来なら4月に開催すべき朗読発表会を2ヶ月先の6月に延期したので、本来のレッスン計画とはちがっている。その朗読発表会に向けた台本の5回目の朗読レッスンである。

 朗読発表会に向けた台本(浅田次郎原作「夜の遊園地」と山本周五郎原作「四年間」)の通常レッスンは、あとは5月前半の1回。その後は、5月後半に立ち稽古(通し稽古)、6月前半にリハーサル、6月後半に朗読発表会の本番、ということになる。今回は、浅田次郎原作「夜の遊園地」の最後の3回目のレッスンであった。

 今回のレッスンでは、比較すると2期生の伸びが目立った。もっともレッスン歴の短い会員は、約3年のレッスン歴である。この段階は、朗読する声と語り口がしっかりしてくる。レッスン歴がそれより1年長い2期生は「語りかける語り口」になってきている上に、心情表現とイメージ表現がかなりレベルアップしてきている。



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 レッスン歴がさらに1年〜2年長い2期生は、早くも1回目の朗読ステップ1〜6を終了する時期なのだが、すでに堂々たる朗読表現をするようになってきている。自分なりの朗読表現を構想したり、自分なりの《間》を取ることも出来るようになってきている。朗読する方も、その朗読を指導する方も、最も楽しい時期である。

 2回目の朗読ステップ1〜6を来年にも終了しようかという1期生は、もちろんかなり上達してきている。しかし、今年あたり1回目の朗読ステップ1〜6を終了しようかという2期生の伸びがかなり盛んなので、追い上げられているような感覚をもつ1期生もいるらしい。ここしばらく停滞していた1期生が今回は頑張っていた。

 心情の込め方や表現する意欲・意志の表し方がやや稀薄気味であった何人かの1期生が、今回、その欠点をかなり克服したような朗読をしていた。朗読は競争ではないから、上達の速さを競うことはないのだが、やはり後輩の上達はかなり刺激になるらしい。会員同士の良い意味での切磋琢磨は、グループレッスンの良さでもある。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(4月20日)の午後6時10分から、習志野朗読サークル「茜」のレッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ3の17回目、今回は今年6月に開催するこのサークルの朗読発表会に向けたレッスンの5回目である。朗読発表会の上演形式は1人1作品を基本にしている。ただし3人の会員は1つの作品を読み継ぐ。

 このサークルの朗読発表会に向けた通常レッスンも、残るは1回である。その後は、5月後半に立ち稽古(通し稽古)、6月前半にリハーサル、6月後半に朗読発表会の本番、ということになる。このサークルは会員数が少ないから、上演形式は1人1作品を基本にしても、1年1回の朗読発表会で全員が出演しても大丈夫である。

 このサークルは会員数が少ない上に、今回は欠席者が2人もいたので、いささか寂しいレッスンとなった。他のサークルの場合は、レッスン時間内に会員1人1人に稽古をつけるための時間配分にかなりの気を遣っているのだが、このサークルの場合はその心配はない。しかし、それだけ1人当りの稽古時間を長くすることはない。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 1回のレッスンで、1人当りの稽古時間を長くしたからといって、それだけの効果があるわけではないからである。1人1人の稽古の場合、1回の稽古でその人間の頭に入ること(理解できること)は限られている。1回の稽古で本当に練習できることも限られている。まして、1回の稽古で習得できることは本当に限られている。

 それより、同じレッスン時間内で、自分以外の他の会員の朗読を聴き、その会員の朗読に対して私が行なうダメ出しやコメントを聴くほうが何倍か多くのことが頭に入る(理解できる)し、その会員の良き自習にもなるし、さらには深く習得できるはずである。少人数レッスンの短所、多人数レッスンの長所は、現存している。

 レッスン後にサークルの会員を増やす方策について話し合った。なかなか妙案が思い浮かばない。このサークルのレッスンは夜間である。しかし、通常勤務の会社員などがレッスンに参加するには、レッスンの開始時間が早すぎる。逆に、高齢者が参加するには、レッスンの終了時間が遅すぎる。真に中途半端な時間帯なのである。






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館長の朗読日記1988/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記1988  (戦後72年04月19日 新規)



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 4月18日(火)の10時00分から品川朗読サークル「あやの会」の第2期・朗読ステップ5の19回目のレッスンをやった。今回は5月に開催する朗読発表会に向けた朗読作品「阿弥陀堂だより」の7回目。ほぼ1日かけての立ち稽古(通し稽古)である。今回は午前中に台本全体を通しで、午後は第2部のみを通しでやった。

午前中の通し読みは、会員の皆さんがそれぞれの持ち味を発揮してなかなか良かった。この台本「阿弥陀堂だより」は、通常の小説に比べて朗読的に工夫しなければならない表現が2種類ある。1つは作中に何回か出てくる村の広報紙のコラム記事「阿弥陀堂だより」の朗読方法。1つは声の出ない女性がノートに書く文の朗読方法。

 今回は朗読方法を無理に統一せず、その箇所に当たった会員の自由に任せた。コラム記事「阿弥陀堂だより」の方は、語り手のおばあさんのセリフとして朗読する会員、書き手の声の出ない若い女性がその記事を書いている感じで朗読する会員、コラム記事として主人公の作家ないしは朗読者自身が読んでいる感じで朗読する会員。



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 今回、通しで聴いた限りでは、特にそういう不統一感が気になることはなかった。1人1人の会員が、自分の朗読分担部分を朗読する間にその部分の作品世界を聴き手にイメージしてもらえば、そういう朗読作品を読み継ぎながらそれなりの朗読作品として聴き手を説得することができれば、相互間の不統一はさほど気にならない。

 午後は、時間の関係で、後半の第2部のみを1人づつ朗読してもらいながら私からダメ出しとコメントを加えていった。これはいつものレッスンのやり方と同じである。全体を通しで聴くとさほど気にならない部分が、1人1人の朗読を聴いているとやはり気になる。つい細かいところまでダメ出しをしてしまった。悪い癖である。

 あとは、リハーサルと本番を残すのみだから、今回の立ち稽古は褒めて褒めて会員の皆さんの意気を高めた方が良いのかもしれない。しかし、生来の融通性の欠如というか、バカ正直というか、お世辞が下手というか、つい真面目にダメ出しをしてしまう。まあ、朗読発表会も、広い意味でのレッスンと位置づけているせいもある。






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館長の朗読日記1987/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記1987  (戦後72年04月16日 新規)



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(4月15日)の午前9時30分から、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンを行なった。今回は、第3期・朗読ステップ1のレッスンの10回目。今年6月に開催する朗読会に向けた台本のレッスンの5回目である。会員の半数は共通レッスン台本を読み継ぎ形式で、他の半数の会員は1人1作品形式で朗読上演する。

 私の朗読レッスンは、全サークル(=全サークル会員)に共通して話す内容と、個々のサークル(=個々のサークル全員)を対象に話す内容と、個々のサークル会員を対象に話す内容の三層に分けることができる。もちろん、3層めの個々のサークル会員を対象に話す内容については、そのサークル会員は全員が傍聴しているが。

 問題は1層目の全サークル(=全サークル会員)に共通して話す内容である。全サークル(=全サークル会員)を対象に共通の内容を話すつもりでいるのだが、サークルによって微妙に違ってくる。ひどい場合には、あるサークルには話すことを失念する場合もある。話したか否かを大体はメモすることにしているにも関わらず。



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 逆に、同じことを同じサークルにくり返して話している場合もあると思う。近年は、話し出す前に、以前に話したことがあるか否かを確かめてから話すようにしている。この場合には、サークル会員の方も聴いたことを忘れている可能性もある。しかし、お互いに忘れている場合は、初めて話すのと変わらないから、問題はない。

 今は、黒澤明監督の映画『赤ひげ』に出演した2人の女優のセリフ表現について、全サークルを対象に話している。今回、千葉「風」にもその話しをした。今回も話し出す前に、以前に話したかどうか確認した。我ながらまったく情けない話しである。このサークルには感度の良い会員が多い。話した内容が朗読にすぐ反映される。

 3層めの個々のサークル会員を対象に話す内容は、2期生の場合は基本的なことが多い。1期生にはかなりレベルの高いこと、あるいは、微妙なことが多い。私の調子の良いときは我ながら冴えたことを話す。今回は調子が今ひとつ上がらなかった。微妙なことを言う際に、我ながらモタモタと不分明な内容をくり返し話していた。







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館長の朗読日記1986/千葉「わかば」の朗読レッスン

館長の朗読日記1986  (戦後72年04月14日 新規)




○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)

 4月13日(木)の13時30分から、千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ6、レッスン台本・宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」の3回目である。前回と前々回は、この宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」という作品の解読内容と朗読的ポイントを説明することに重点を置いた。

 今回からは、会員の皆さんの朗読そのものについての指導に重点を置いた。朗読そのものの指導は、大まかに2つに分けることができる。それは、㈰「語り口」についての指導、㈪朗読表現についての演出的な指導、の2つである。大まかに、2期生に対する指導は㈰に、1期生に対する指導は㈪に、重点を置くことになる。

 ㈰「語り口」についての指導は、これも大まかに3つくらいのポイントがある。1つは、各文節が高く上に出ているか。特に、2音目がくっきりと上がっているか。2つは、声出しが朗読者自身の心情やイメージのこもったものになっているか。3つは、言葉の1つ1つが粒だっているか、言葉が立っているか、である。



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)

 ㈪朗読表現についての演出的な指導は、ポイントがいろいろある。たとえば、視点(あるいは心情)の転換が的確に表現できているか。セリフと地の文のつながり具合はどうか。場面の転換や文章内容の転換が的確に表現されているか。これらのポイントのクリアは、「語り口」の問題がクリアできていることが前提となる。

 2期生は、たとえ㈪の内容を実現できなくとも、耳で聴いていつかは自分ができるようになる準備をしておく。いわゆる、耳学問というやつである。1期生は、たとえ㈰の内容をクリアできていても、自分の「語り口」を改めて反省し、さらに自分を磨く参考にしてもらう。いわゆる、他人の振り見て我が振り直せ、である。

 このサークルは、ここ数年はステップの仕上げの朗読会を、1人1作品形式の朗読スタイルで上演してきた。今回の第2期・朗読ステップ6の仕上げには、久しぶりに、大きな作品を全員で読み継ぐ軽視?の朗読スタイルで上演したいという。レッスン終了後に全員が残って作品選びの相談を行なうという。ぜひ、良い作品を。







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館長の朗読日記1985/第3回「朗読と音楽の刻・虹」を聴きに行った

館長の朗読日記1985  (戦後72年04月11日 新規)



○第3回「朗読と音楽の刻(とき)・虹」を聴きに行った(1)

 昨日(4月10日)は第3回「朗読と音楽の刻(とき)・虹」を聴きに行った。チラシの副題に「朗読とピアノとオカリナのコラボレーション」とあるように、朗読と音楽演奏(ピアノとオカリナ)のコラボレーションである。会場は千葉市美浜文化ホール・音楽ホール(客席150席)、自宅から車で約30分の距離であった。

 前半は、朗読が主でその前後あるいは途中に短い音楽演奏が入る。後半は、音楽演奏(ピアノとオカリナ)が主でその前後あるいは途中に短いナレーションが入る。途中2回の休憩時間を入れて、全部で2時間半。3本の朗読「台所の音」「凧になったお母さん」「供物」と音楽物語「くるみ割り人形」。とても楽しい時間帯だった。

 3本の朗読は、千葉朗読サークル「風」で私が朗読指導しているベテランのサークル会員3人がそれぞれ朗読した。まさに堂々とした朗読だった。音楽演奏は、前半の朗読1本につき1〜3曲づつを挿入し、後半の「くるみ割り人形」は15曲もある。全部で20数曲をすべて演奏し、観客を楽しませてくれた力量には感心した。



○第3回「朗読と音楽の刻(とき)・虹」を聴きに行った(2

 今回の「朗読と音楽の刻(とき)・虹」は、私が主宰する「感動をつくる・日本朗読館」が後援するという形になった。前回、終演後に頼まれて私が感想や意見を言ったのだが、それが大いに参考になった、と主催者の皆さんが喜んで下さった。そして、今回の公演を「感動をつくる・日本朗読館」が後援する形をつくってくれた。

 今回も、終演後に感想と意見を求められた。私は、音楽演奏の方はまったくの門外漢である。従って、口幅ったいコメントは言えないのである。朗読に関しては、これはキチンとしたことを言わなければ私の役割が果たせない。3人の朗読者に対して、良かった点、課題として改善や工夫を重ねるべき点について、コメントした。

 音楽演奏については、前半の朗読にからめた部分は、曲も良かったし、挿入した箇所も良かったし、演奏も良かったと思った。後半の音楽物語「くるみ割り人形」は、企画も良かったし、曲も演奏も良かったし、私はもちろん会場の観客も十分に楽しんだと思う。ナレーションも良かったが、もう少し短くしても良かったかと思う。








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館長の朗読日記1984/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記1984  (戦後72年04月09日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(4月08日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。今回は第3期・朗読ステップ2の第10回目、レッスン台本・宮澤賢治原作「雁の童子」の5回目である。レッスン台本の5回目ともなると、会員の皆さんの朗読もそれぞれのレベルにおいてかなり仕上がってくる。

 ある最古参の会員は、しっとりとした良い朗読をするのだが、表現的な立体感が従来からやや希薄であった。それがここ何回かのレッスンで立体感が出てきた。どうやら、最近になって、強調すべき言葉、あるいは、立てて表現すべき言葉、を意識して朗読するようになったらしい。遅すぎるが、その効果は明らかに出ている。

 他の中堅の会員は、入会した当初から滑らかな語り口であったが、やはり心情表現とイメージ表現が淡白で1本調子の気味があった。最近は、強調すべき言葉、あるいは、立てて表現すべき言葉に印をつけて、強調ないしは立てて表現するように努めているらしい。まだ少し不自然だが、とても良い朗読表現になってきている。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 私の朗読レッスンは、1つのレッスン台本をいくつかに区切って、会員1人1人に少しづつ(朗読時間にして3〜4分づつ)朗読してもらい、その直後にその会員の朗読についていろいろとダメ出しをしたりコメントをして指導していく。従って、突如、激しい息づかいのセリフから、朗読を始めなければならない場合もある。

 そういう場合には、その部分に当たった会員は、朗読する直前に、激しい息づかいのセリフを表現するその登場人物の視点と心情を自分のものにしなければならない。これは、一種の精神的な「技」であり精神的な「芸」なのである。私のレッスンは、毎回、その精神的な「技」であり精神的な「芸」を修練していることになる。

 まだレッスン歴が数年の、入会当初から上手だったが、まだ少し「他人事」のような朗読表現をしている会員に、この話しをした。そうしたら、かなり「自分事(わがこと)」のような表現になった。1つの作品の作品世界には種々の場面転換がある。朗読者はそれを1人で表現するのだから、精神的「技」「芸」は大切である。






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館長の朗読日記1983/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記1983  (戦後72年04月08日 新規)



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 一昨日(4月06日)の午後3時00分から、船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ5の第20回目。本来なら4月に開催すべき朗読発表会を2ヶ月先の6月に延期したので、本来のレッスン計画とはちがっている。その朗読発表会に向けた台本の4回目の朗読レッスンである。

 朗読発表会に向けた台本(浅田次郎原作「夜の遊園地」と山本周五郎原作「四年間」)の通常レッスンは、あとは4月後半と5月前半の2回。その後は、5月後半に立ち稽古(通し稽古)、6月前半にリハーサル、6月後半に朗読発表会の本番、ということになる。今回は、山本周五郎原作「四年間」の2回目のレッスンであった。

 私が指導する朗読サークルの定員は、一応10人〜20人ということにしている。本当の理想は15人〜20人である。船橋朗読サークル「はなみずき」の会員数は、この理想の定員の枠内にある。このくらいの会員数になると、毎回、何人かは、朗読の上達という観点で、目立った伸びを示してくれる。これが、重要なのである。



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 サークルに15人〜20人も会員がいると、特に指導しなくても、過剰なほどの演技的朗読をする会員が必ず数人はいる。過剰な演技をすると、癖のある朗読、臭い朗読、節のついた朗読になる。その過剰さをうまく是正すると、素晴らしい朗読をするようになる。今回も、うまく除去した会員と、そうなりつつある会員がいた。

 急に《間》の取り方が良くなった会員がいた。何を意識して朗読したのか、と訊いてみた。前回のレッスンで私が聴き手の立場になって《間》を取るように指導したのだが、それを念頭において《間》を練習し、今回も実行したということであった。感度の良い、練習熱心な会員である。これらがサークル全体に良い刺激を与える。

 多数の会員のなかには、かなりの朗読レベルに達しているベテランの会員が何人かいる。そういう会員たちには、もっぱら作品の構成的な観点からの指導をする。他の大多数の会員たちは、そういう会員たちと私のやりとりを傍聴している。今は理解できなくとも、今は表現できなくとも、そういう傍聴は役に立つときが必ずくる。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 一昨日(4月06日)の午後6時10分から、習志野朗読サークル「茜」のレッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ3の16回目、今回は今年6月に開催するこのサークルの朗読発表会に向けたレッスンの4回目である。朗読発表会の上演形式は1人1作品を基本にしている。ただし3人の会員は1つの作品を読み継ぐ。

 今回は、休会していた会員が久しぶりに復帰した。ただし、復帰は6月の朗読発表会までで、その後は残念ながら退会せざるを得ないという。事情が好転すれがまた復帰したいということであるが、当面は6月の朗読発表会が朗読の仕納めになってしまう。朗読の修練は普通の生活においても十分できる。頑張って継続して欲しい。

 言葉がはっきりしない会員が、それを是正するために少し無理をして声を張り上げて朗読をしたらしい。途中で咳き込んでしまった。そこで、言葉をはっきりと表現することと、声を張り上げることは、必ずしも同じではないと指導した。声を張り上げるよりも、言葉の1つ1つのイメージを聴き手に伝える意識が重要なのである。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 そういう意識でやり直してもらったら、見事に自然な声出しではっきりとした音声言語表現ができていた。そうは言っても、こういうことは必ずしも急にできるわけではない。この会員は、これまで6年間ちかく言葉をはっきり表現する修練を積んで来たから、改めて意識するだけでこういう芸当が出来たというべきなのである。

 ある会員は、ちょっと現実離れした内容の作品を朗読する。その作品の登場人物の人物像やセリフのひっかかる点を指摘し、どう考えるか、問いを重ねていった。困った会員は「結局これはお話ですから」と言い出した。作品を解読する際に、それを言っちゃあおしまいなのである。ひっかかる点が、朗読表現の重要な糸口になる。

 戦争中の悲劇の体験者の体験談を朗読する会員がいる。初期には、戦後の視点から過去を思い出すような朗読をしていた。戦時下の視点で自分事(わがこと)として表現するように指導したら、悲惨な出来事をキャアキャアという感じで朗読した。今回は、それを抑えて朗読していた。ようやくここまで来たか、という感じである。






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館長の朗読日記1982/大田朗読サークルの設立についての相談会

館長の朗読日記1982  (戦後72年04月06日 新規)



○大田朗読サークルの設立についての相談会(1)

 4月04日(火)の午前中に品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンをした後、大田区の「大森文化の森」に移動し、大田朗読サークル設立についての相談会に出席した。この相談会は大田区在住の「あやの会」会員・赤塚弘子さんが積極的にお膳立てしてくれた。大田区内に新たに朗読サークルを立上げようというのである。

 今年の1月末に、やはり、同じ赤塚弘子さんが積極的にお膳立てしてくれた「大田文化の森運営協議会主催公募企画事業『朗読入門講座』」が発端である。その講座に参加した30人弱のうちの8人が、大田区内に新しい朗読サークルを立上げるための相談会へ参加を希望した。後日、その8人に相談会の案内状を発送したのである。

 結局、今回の相談会への参加者は10人。案内状を出した8人のうち参加したのは6人。不参加の1人は用事があってどうしても参加できないが、サークルには入会したい、という返事があったという。残りの1人は不明である。案内状は出さなかったが、参加を希望してきた方々が4人。結局、相談会の参加者数は10人となった。



○大田朗読サークルの設立についての相談会(2)

 私が、まず、大田朗読サークルの設立・運営要、朗読レッスンのやり方、朗読ステップ1〜6の概要など、私が指導する朗読サークルについての基本的な内容を説明した。ついで、朗読サークルの定員を10人〜20人とすること、および、その定員の意味と意義を説明した。設立時の会員数によっては、会員募集が必要であることも。

 その後、改めて大田朗読サークルへの入会希望者を確認したところ9人が希望した。その他、相談会には参加できない入会希望者が数名いるということなので、とりあえず大田朗読サークルを発足することにした。その上で、レッスン会場の確保の方法、サークルの名前と役員の選考、朗読レッスンの開始時期など、実務的なことを相談した。

 結論として、レッスン会場は当面は「大田文化の森」の集会室とすること、もっとも早めに会場予約ができた6月から朗読レッスンを開始すること、当面の7月〜8月の会場予約をする係、その後の会場予約の当番制などを決めた。最後に、私が、最初のレッスン日(6月6日)までにレッスン台本など必要資料を郵送する旨を話した。

 

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館長の朗読日記1981/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記1981  (戦後72年04月05日 新規)




○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 4月04日(火)の10時00分から、品川朗読サークル「あやの会」の第2期・朗読ステップ5の18回目を行なった。今回は5月に開催する朗読発表会に向けた朗読作品「阿弥陀堂だより」の6回目、通常のレッスンの最後である。今回はその第2部を全員に順々に朗読してもらったが、その第2部の最後の通常レッスンである。

 一般的な朗読歴は長いが、私の指導する朗読レッスン歴はまだ2年未満という会員がいる。朗読そのものは上手であり実績もあるようだが、まだ、高く上に上げる語り口に慣れていない。その点を改めて少し丁寧に指導した。さらに他の会員の朗読を聴いて何かを感じたらしく、私の指導する朗読についてなかなか良いことを言った。

 同じころに入会した別の会員で、その会員とはまったくタイプはちがうが、やはりとても上手な朗読をする会員がいる。その会員は語りかける語り口がほぼ身についている。当面の課題は《間》の取り方だと考え、集中的に指導した。的確な《間》は、文章の流れ、原作者が表現したい心情とイメージの流れを的確につかむ必要がある。



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 朗読ステップ1〜6を一通り辿り終えた会員は、着実に上達していく。いつの間にか豊かな心情表現やイメージ表現ができるようになっている。声出しもしっかりしてきた。逆に、そうなってくると、言葉の意味、文の意味を的確に理解していないと、聴いていておかしく感じられる危険も増してくる。棒読みにはない危険である。

 言葉を切るか切らないか、切るとすればどこできるか、それによって言葉や文の意味がまるでちがってしまう場合がある。今回も、そういう箇所がいくつかあった。切るべきところで的確に言葉を切ると、それまで曖昧だった文の意味がくっきりと浮かび上がってくる。朗読の重要な役割は、そういうところにもあるのではないか。

 こういうことは、朗読表現の力量がかなりのレベルになって初めて問題として浮上してくる。このサークルの会員たちとも、こういう問題を議論することができるようになったか、という感慨が湧き上がってきた。また、先日の第8回「小さな朗読館」以来、岡本かの子ファンになったという話しも出た。これは、非常に嬉しかった。

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館長の朗読日記1980/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記1980  (戦後72年04月02日 新規)



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(4月01日)の午前9時30分から、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンを行なった。今回は、第3期・朗読ステップ1のレッスンの9回目。今回は、今年6月に開催する朗読会に向けた台本のレッスンの4回目である。会員の半数は共通レッスン台本を読み継ぎ形式で、他の半数の会員は1人1作品形式で朗読上演する。

 前回のレッスンの際に触れた、ほとんど3期生と見なしてよい会員が、今回は各文節の末尾の助詞を上げ気味で朗読していた。そこで、助詞を上げ過ぎていると注意したところ、前回は上げろと言われたのでそのようにやってみた、ということであった。前回は下がっていたので、上げろといったのだが、今回のは上げ過ぎである。

 その直後にやり直してもらったところ、まさにちょうど良い助詞の表現になっていた。朗読歴が長く、上手な表現をするだけあって、朗読的な耳が良い。助詞の上げ方をこの会員のように、すぐに修正できる初心者は少ない。そのくらい耳が良いのなら遠慮はいらない。当面は助詞を下げないように朗読することの意義を説明した。



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 レッスン歴が3年未満の会員は、まだ、朗読時の声出しや語りかける語り口が定まらない。ある会員は、心情表現やイメージ表現を心掛けるあまり、文節が上がったり下がったりして安定しない。これがパターン化すると、いわゆる節のついた朗読になっていく。そこで、各文節をハンガーで釣り上げるように表現するよう指導した。

 ところが、心情をこめて表現しようとする文節がどうしても下がってしまう。そこで、一旦、心情表現することを忘れて、無表情な表現でよいから、ただひたすら各文節を1つ1つハンガーで釣り上げるように表現することに専念するように指導した。そうすると、たちまち自然な語り口になった。しかも、自然な心情も入っている。

 しかし、本人はもの足りない。こんな棒読みで良いのか、もっと心情表現やイメージ表現をした方が良いのではないかと不満顔である。この会員の場合は心情表現が過多過剰の例である。これは珍しい。普通は心情表現やイメージ表現が過少稀薄なのである。この過少稀薄を直すのは骨が折れる。過多過剰を直すのは楽なのである。




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最新のイベント情報(朗読会などのご案内) 第169版

最新のイベント情報(朗読会などのご案内) 第169版
                  (戦後72年03月30日 更新)



【カレンダー】




●戦後72年(西暦2017年)




4月04日(火)大田朗読サークルを立ち上げる相談会 NEW!
 /「大田朗読サークルを立ち上げる相談会」事務局主催

4月10日(月)朗読と音楽の刻・虹(第3回) NEW!
 /「朗読と音楽の刻・虹」主催

5月16日(火)品川朗読サークル「あやの会」朗読発表会 NEW!
 /品川朗読サークル「あやの会」主宰

6月04日(日)第16回「小さな朗読館・ちば」 NEW!
 /千葉朗読サークル「風」主催

6月25日(日)習志野朗読サークル「茜」朗読発表会 NEW!
 /習志野朗読サークル「茜」主催

6月28日(水)船橋朗読サークル「はなみずき」朗読発表会 NEW!
 /船橋朗読サークル「はなみずき」主催

7月28日(水)第9回「小さな朗読館〜感動をつくる朗読をめざして〜」 NEW!
 /感動をつくる・日本朗読館「小さな朗読館」きららホール実行委員会主催



【くわしいご案内】



●戦後72年(西暦2017年)



大田朗読サークルを立ち上げる相談会 NEW!

〔日時〕戦後72年(西暦2017年)4月04日(火)
     開場14時00分 開演16時00分

〔会場〕大田文化の森・第1集会室(4階)

〔主催〕「大田朗読サークルを立ち上げる相談会」事務局

〔お問合せ〕03−3775−2989(赤塚)



朗読と音楽の刻・虹(第3回) NEW!

〔日時〕戦後72年(2017年)4月10日(月)
     開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕千葉市美浜文化ホール(2F音楽ホール)

〔出演〕

【朗読】 吉田光子 吉永裕恵子 助川由利
【音楽】 杉本美津子(ピアノ) 積田由吏子(オカリナ)

〔参加〕入場無料(定員150席/予約優先/全席自由)

〔主催〕朗読と音楽の刻・虹

〔後援〕感動をつくる・日本朗読館

〔問合せ先〕043−277−3255(杉本)

〔予約申込〕043−265−8793(助川)



品川朗読サークル「あやの会」朗読発表会『阿弥陀堂だより』 NEW!

〔日時〕戦後72年(2017年)5月16日(火)
     開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕小山台会館・3階大ホール

〔演目〕南木佳士原作『阿弥陀堂だより』

〔プログラム〕

【第1部】 『阿弥陀堂だより』前半
          <休 憩>
【第2部】 『阿弥陀堂だより』後半

〔出演〕

 根本泰子、木下徳子、森千恵子、松倉美那子、中込啓子、末次眞三郎、中村洋子、藤本敦子、岡林和子、白澤節子、佐々木澄江、片桐瑞枝、赤塚弘子、馬場圭介、山本扶美子、山本淑子、小松里歌、志村葉子(朗読順/品川朗読サークル「あやの会」の会員)

〔企画・朗読指導・演出〕 東 百道

〔主催〕品川朗読サークル「あやの会」

〔参加〕入場無料(全席自由)

【注】お問い合わせは「感動をつくる・日本朗読館」にもどうぞ
    047−487−3721 (東)



第16回「小さな朗読館・ちば」 NEW!

〔日時〕戦後71年(2016年)6月04日(日)
     開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕千葉市生涯学習センター・小ホール(地下)

〔プログラム〕

1 「父の詫び状」向田邦子原作 
        森川雅子、松尾佐智世、杉山佐智子、大島範子
   藤田多恵子、助川由利、吉永裕恵子、内田升子(朗読順)
2 「人形」小林秀雄原作             石田幸子  
3 「マサの弁明」宮部みゆき原作        金附ひとみ
4 「鮒」向田邦子原作             小田志津子
            <休 憩>
5 「糸子と木村さん」西澤實原作        村井とし子
6 「林檎」新井素子原作            細川美智子
7 「キャラメル工場」佐多稲子原        内嶋きみ江
8 「南京の基督」芥川龍之介原作         吉田光子                                                   
〔企画・朗読指導・演出〕 東 百道

〔主催〕千葉朗読サークル「風」

〔参加〕入場無料(予約整理券が必要/全席自由)

〔問合せ&申込み先〕043−265−8793(助川)

【注】お問い合わせは「感動をつくる・日本朗読館」にもどうぞ
    047−487−3721 (東)



習志野朗読サークル「茜」朗読発表会 NEW!

〔日時〕戦後72年(西暦2017年)6月25日(日)
     開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕習志野市実籾コミュニティホール 2階

〔交通〕京成本線・実籾駅より徒歩3分

〔プログラム〕

「杜子春」芥川龍之介原作  平野かほる 今関研一郎 土田和子
「千利休とその妻たち」三浦綾子原作            三浦邦子
                    <休 憩>
 未定                              下屋美樹子
「サアカスの馬」安岡章太郎                  松本 恵
「仙人」芥川龍之介原作                    伊東佐織
「炎のメモワール『滅亡の日』」                 央 康子
     山本信子原作(英文)小野瑛子翻訳                  

〔企画・朗読指導・演出〕 東 百道

〔主催〕習志野朗読サークル「茜」

〔参加〕入場無料(全席自由)

【注】お問い合わせは「感動をつくる・日本朗読館」にもどうぞ
    047−487−3721 (東)



船橋朗読サークル「はなみずき」朗読発表会 NEW!

〔日時〕戦後72年(西暦2017年)6月28日(水)
     開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕船橋市民文化創造館(きららホール)/フェイスビル6階

〔交通〕JR総武本線・船橋駅/京成本線・京成船橋駅より徒歩3分

〔演目〕浅田次郎原作「夜の遊園地」/山本周五郎原作「四年間」

〔プログラム〕

【第1部】 「夜の遊園地」浅田次郎原作
               <休 憩>
【第2部】 「四年間」山本周五郎原作

〔出演〕

 小糸洋子、田中幸子、黒田裕子、御代川裕子、鳥海治代、谷千和子、井上みつ江、小林いさを、村木ひろみ、中山慶子、遠田利恵子、畑野欸子、昌谷久子、飯野由貴子、平松歩、亀田和子、久保田和子(朗読順/船橋朗読サークル「はなみずき」の会員)

〔企画・朗読指導・演出〕 東 百道

〔主催〕船橋朗読サークル「はなみずき」

〔参加〕入場無料

【注】お問い合わせは「感動をつくる・日本朗読館」にどうぞ
    047−487−3721 (東)



第9回「小さな朗読館〜感動をつくる朗読をめざして〜」 NEW!

〔日時〕戦後72年(西暦20167年)7月28日(水)
     開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕船橋市市民文化創造館(きららホール)

〔プログラム〕

1 「ある夜の星たちの話」小川未明原作     遠田利恵子
2 「炎のメモワール『滅亡の日』」                央 康子
     山本信子原作(英文)小野瑛子翻訳  
3 「ちいちゃんのかげおくり」あまんきみこ原作   小松里歌
                  <休 憩>
4 「身投げ救助業」菊池寛原作              内田升子 
5 「家霊」岡本かの子原作                    東 百道

〔司会進行〕飯野由貴子

〔企画・構成〕 東 百道(ひがし・ももじ)

〔主催〕感動をつくる・日本朗読館「小さな朗読館」きららホール実行委員会

〔参加〕入場料1000円(会場受付/全席自由)

〔申込〕当日券もありますが満席になりしだい消防法のために締め切りとなります
     出来るだけ事前にお電話でお申し込みください
     047−487−3721(東/ひがし)







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館長の朗読日記1979/習志野シティフィルハーモニック第63回定期演奏会を聴きに行く

館長の朗読日記1979  (戦後72年03月28日 新規)



○習志野シティフィルハーモニック第63回定期演奏会を聴きに行く(1)

 一昨日(3月26日)14時00分開演の、習志野シティフィルハーモニック第63回定期演奏会を聴きに行った。習志野朗読サークル「茜」の会員で、お嬢様がこの楽団に所属している方から、毎回、チケットをいただいているのである。私は出不精なのだが、家人が楽しみにしているので、毎回のように一緒に聴きに行く。

 3月22日(水)に第8回「小さな朗読館」を開催したが、開催前は何かと準備に時間と精力をとられた。開演後は、疲れと、開演前に先送りしていた諸々の用事が溜まっていたので、それらに時間と精力をとられていた。従って、今回の演奏会は久しぶりに息抜きであった。雨と寒さで気おくれがしたが出かけていった。

 今回の演目は、スメタナの連作交響詩『我が祖国』全6曲である。さらに、ストーリーテラーとしてナレーターの吉田奈穂さんが参加している。実は、このような交響楽団とナレーターの組合せにも大いに関心があったのである。舞台は、交響楽団の配置は通常通りだったが、客席から見て左端にナレーター席が設けられていた。



○習志野シティフィルハーモニック第63回定期演奏会を聴きに行く(2)

 音楽とナレーションの組合せはとても良かった。特に、スメタナの『我が祖国』のように物語り性のある音楽作品の場合、今回のような場面に合わせたナレーションが必要不可欠であるとさえ感じた。たとえば、第2曲「シャールカ」のように主人公が助けを呼ぶ声や兵士達の鼾の音楽表現は、言葉で説明されないと分からない。

 逆に、今回のように、たとえ短くとも場面を説明するナレーションが入ると、交響楽の演奏全体がまるでオペラのようにその場面を生き生きと表現しているように感じた。第1曲「ヴィシェフラド(高い城)」の城の壮麗さと落城後の荒廃、第2曲「ヴァルタヴァ(モルダウ)」の川の流れと流域の情景なども生き生きと聴けた。

 さらに、第5曲「ターボル」のようにフス戦争の勃発から敗北までを扱った音楽作品の場合は、朗読的な説明を多く入れていたが、より多く入れても良かったとさえ感じた。この第5曲などは、完全に音楽演奏と朗読のコラボレーションとして構成しても良かったのではないか。まあ、音楽の門外漢でしかない私の感想ではあるが。







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館長の朗読日記1978/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記1978  (戦後72年03月27日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 一昨日(3月25日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。会場は習志野市実籾コミュニティホール。いつもの八千代市八千代台公民館は選挙のために使用できなかった。今回は第3期・朗読ステップ2の第9回目、レッスン台本・宮澤賢治原作「雁の童子」の4回目である。

 このサークルの会員で、若い頃にある難病にかかり、以後ずっとその難病と闘いながら市役所を勤め上げ、退職後に八千代朗読サークル「新・みちの会」のレッスンに本格的に取り組んで来た方が、先日、急に亡くなった。数日前にお通夜に行ったのだが、今回、その方の姉上様がご挨拶にレッスン会場にみえた。全く、言葉がない。

 その姉上様のご挨拶によると、その会員は、市役所を退職した後の生き甲斐として朗読に取り組んでおられたという。今の自分から朗読を取ったら何もないという心構えで朗読および朗読サークル活動に取組んでおられたという。私の朗読指導や朗読レッスンおよび朗読サークル活動が、その会員の心構え応え得ていたであろうか。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 宮澤賢治の作品は色々と分からない点が多くある。そういう点は解読の有力な糸口だから大切に扱うように、前回と同様に注意した。ただ、この「雁の童子」の場合は、宮澤賢治が熱心に信仰していた法華経の素養がなければ分からない点が多いと思う。法華経の素養がないと、いくら作品だけを解読しようとしても駄目だと思う。

 朗読の上達のプロセスの1つは、当初は無意識で朗読していた音声言語の表現方法を、朗読の技として意識して表現するように修練し、最終的にはその技を無意識のままに駆使できるまでに修得する、というものである。無意識に駆使する朗読の技が増えるに従って、さらに多くの朗読の技を深く使えるようになっていくのである。

 今回は、レッスンの後に、今年9月に開催する朗読発表会に上演する台本をサークルで自立的につくるべく、サークル会員が皆で相談していた。原作を朗読時間(約2時間)に収めるために、皆で意見を出し合っていた。今回は私もその相談を傍聴していたが、その作業を進める過程で作品の解読が深まっていくことを実感した。






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館長の朗読日記1977/品川「あやの会」と千葉「わかば」の朗読レッスン

館長の朗読日記1977  (戦後72年03月26日 新規)




○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 3月21日(火)の10時00分から、品川朗読サークル「あやの会」の第2期・朗読ステップ5の17回目のレッスンを行なった。今回は5月に開催する朗読発表会に向けた朗読作品「阿弥陀堂だより」の5回目のレッスンである。今回はその第1部を全員に順々に朗読してもらったが、その第1部の最後の通常レッスンである。

 サークル会員にはそれぞれの個性がある。さらに、サークル会員にはそれぞれ独自の上達過程がある。その上に、サークル会員にはそれぞれ時々刻々に異なった体調がある。それらの総合的な結果が、その日のレッスンにおけるそのサークル会員の朗読表現なのである。それらを懸命に探りながら、その日のレッスン指導を行なう。

 もちろん、私の朗読指導においては、指導の主軸とするのはサークル会員の上達過程である。それにサークル会員の個性や体調を合わせて勘案しながら、サークル会員の現時点の朗読表現において、どこが最重要課題であるか、当面の練習方法(自宅での一人練習の方法)で最も重点を置くべきポイントは何かを探り指導していく。



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 私としては、1人1人のサークル会員の朗読レベルを、昨日よりも今日、今日よりの明日、と何とかして上達してもらおうと願っている。そのために、1人1人に各自の持分の朗読をしてもらう4分ほどの時間のうちに、上記のようなポイントを探り、指導することに懸命になっている。まさにサークル会員との真剣勝負なのである。

 しかし、ときには、ふっと息を抜いて、サークル会員の皆さんの朗読を鑑賞者の立場で聴いてしまうこともある。そういう場合には、サークルの会員の皆さんが、いつの間にか上手くなったなあ、と思わず感心してしまうことがときどきはある。もちろん、逆に、そろいもそろってなかなか上達しないなあ、と思うこともままある。

 ともあれ、次回で、朗読発表会に向けた朗読作品「阿弥陀堂だより」の通常のレッスンはおしまいになる。その後は、1回の立ち稽古(通し稽古)、1回のリハーサル(通し稽古)、そして本番ということになる。今回は、いよいよ朗読発表会のチラシもできた。あっという間に6月の朗読発表会が間近に迫ってきたわけである。



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)

 3月23日(木)の13時30分から、千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ6、レッスン台本・宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」の2回目である。前回はこの宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」の初読みであり最初のレッスンだったから、基本的な「視点の転換」について説明した。

 また前回は、この宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」には不可解な点、不思議な点、何か変だなと心と頭にひっかかる点が多々あること、そして、それらを見つけ出し、いつまでも心にかけ続けることの大切さを強調した。つまり、それらの点は解読のための貴重な糸口になる可能性が高いから安直にやり過ごさないように注意した。

 前回の私の注意が効いたためか、サークル会員からこの作品に対するいくつかの疑問が出された。例えば、主人公の「小十郎」が最後に熊に殺される場面があるが、その出来事が起こった時期が「1月のある日のことだった」と明記されている。会員の1人から、寒い1月は熊は冬眠しているのではないか、という疑問が出された。




○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)

 確かにその会員の疑問の通りである。東北地方の1月に、冬眠しているはずの熊がなぜ外に出てきて、小十郎と鉢合わせしたのか。これはよく分からない点である。さらに、その「三日目の晩」に、たくさんの熊が、死んだ小十郎の死骸の周りに集まってじっとしている。冬眠すべきこの時期の熊がなぜそのような行動をしたのか。

 その他にも、この作品には納得できない点が色々とたくさんある。それらの点を気にしつつ、さらに作品を読み込んでいくと、色々と深く分かってくる点が多々あるのである。ヘッポコな作家ならばともかく、宮澤賢治レベルの優れた作家の場合には、そういう疑問点は、より深い解読の糸口になると、私は経験的に確信している。

 今回のレッスンでサークル会員からこのように面白い疑問が提起されたことに、私は大いなる喜びを感じた。こういう疑問点が、もっともっとサークル会員から提起されることを願っている。そういう疑問は、一見、ささいなつまらないものに見えても良いのである。例えば、小十郎の犬はこの作品の最後にはどうなったか、など。








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館長の朗読日記1976/第8回「小さな朗読館」を開催した

館長の朗読日記1976  (戦後72年03月24日 新規)



○第8回「小さな朗読館」を開催した(1)

 一昨日(3月22日)、開演13時30分ということで、第8回「小さな朗読館〜感動をつくる朗読をめざして〜」を開催した。会場は船橋市民文化創造館(きららホール)。今回の観客数は約130人。前回より30人ほど増えたが、これはゲスト出演者の1人が、自分の多数の知人友人を熱心に誘っていただいたお蔭である。

 チケットの発行数は133枚。そのうち無料招待券を4枚発行したから、チケット販売の実数は129枚であった。これらのことから、チケットを入手した方は、そのほとんどが実際にご来場いただいたものと考えることができる。特に、電話でチケットを予約した方々は全員が受付に見え、実際にチケットを購入して下さった。

 この朗読会の観客数は、受付で配布したプログラムの枚数でカウントしているので、かなり正確だと思われる。その観客数は増減を繰り返していながらも、何とか毎回100人の大台を確保できて来ている。これは本当にありがたいことである。観客数の増大そのものを求めているわけではないが、やはり観客は多い方が嬉しい。



○第8回「小さな朗読館」を開催した(2)

 今回も、ゲスト出演者が所属している3サークルから2人づつ、計6人が当日の運営スタッフとして応援に来て下さった。その応援の皆さんも、とても協力的に受付役(2人)や会場案内兼避難誘導役(4人)を担って下さった。お礼などは昼食の弁当を出す以外のことは何もしていないだけに、とてもありがたく、感謝している。

 今回も、朗読会の司会進行役を飯野由貴子さんお願いした。飯野さんは船橋朗読サークル「はなみずき」の会員であるが、本職はプロの司会者である。毎回さすがプロという司会進行をしていただいている。司会進行がピシッとしていると、朗読会全体が引き締まる。私はもちろん4人のゲスト出演者もそれに大いに支えられている。

 また、宣伝用チラシのデザインをして下さったのは、今回も品川朗読サークル「あやの会」の志村葉子さんである。記して、感謝したい。また、きららホールの会場スタッフの皆さんにも、毎回、感謝している。千葉県内の公的施設にはめずらしく、きららホールのスタッフは事務スタッフも含め応対も親切であり、スキルも高い。



○第8回「小さな朗読館」を開催した(3)

 今回の4人のゲスト出演者には、大いに感謝している。私は、舞台袖でモニターを通して聴いていたので、会場の観客席でどのように聴こえたかは定かでない。しかし、ゲスト出演者の全員が、それぞれの現時点の最大限の実力を発揮してくれたのではないかと感じている。今回は、プログラムの変更があったので余計そう感じた。

 ちなみに、私も今回は演目を変更せざるを得ないことになった。この「小さな朗読館」の第1回から第7回まで、藤沢周平原作『三屋清左衛門残日録』をシリーズで朗読してきたが、前回の第7回で打ち止めとした。今回からは、3回ごと(1年ごと)に作家を変えて、それぞれの作家から作品を3つ厳選して朗読することにした。

 それら1人1人の作家から厳選した3つの作品を作家シリーズとして朗読していく。今年は、岡本かの子シリーズとして、この作家の3つの作品「鮨」「家霊」「みちのく」の朗読を3回連続で上演していく予定である。どういう作家のどういう作品を朗読するか、毎回が真剣勝負だと考えている。私自身とても楽しみにしている。





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館長の朗読日記1975/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記1975  (戦後72年03月19日 新規)



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(3月18日)の午前9時30分から、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンを行なった。今回は、第3期・朗読ステップ1のレッスンの8回目。今回は、今年6月に開催する朗読会に向けた台本のレッスンの3回目である。会員の半数は共通レッスン台本を読み継ぎ形式で、他の半数の会員は1人1作品形式で朗読上演する。

 このサークルには、昨年の9月、第2期の最末期に入会してきた会員がいる。これは、ほとんど3期生と見なしてよい会員である。しかし、入会前の朗読歴は長く、とても上手な朗読をする。ただし、日本の従来の朗読界で主流のスタイル、いわゆる「朗読調」の語り口である。今は私流の「語りかける語り口」を修得してもらっている。

 最近はかなり「語りかける語り口」になってきたが、今回もところどころの文節が従来の語り癖で下に下がってしまっていた。そこで、いくつかの例を再現してみせたのだが、本人は下に下げた自覚がない。無意識にやってしまっているらしい。ただし「語り口」自体は上手だから、それはそれなりの朗読表現になっているのである。



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 そこで、私も慎重に、私の指導する「語りかける口」は従来の日本の朗読界では異端であり、その会員の「語り口」の方が主流であることを念押しした上で、改めて「語りかける語り口」の音声言語的な意義を説明した。ところが、複数の会員から、私のいう「語りかける語り口」は近年では決して異端ではないという意見が出た。

 それらの会員は、ラジオの朗読番組を熱心に聴いているらしい。そこでなされる朗読を聴いていると、数年前から放送アナウンサーが朗読する場合でも、その「語り口」が「語りかける語り口」にはっきりと変わってきた、という。そして、私の『朗読の理論』やブログ「感動をつくる・日本朗読館」の影響ではないかと冗談めかしていう。

 私は、出不精で他の朗読会などはほとんど聴きに行かないだけでなく、マスコミ無精でもあるからラジオやテレビの朗読番組などはほとんど聴いたことがない。そこで、近年のそういう傾向はまったく知らなかった。私の影響か否かはともかく、日本の朗読界の「語り口」の主流が「語りかける語り口」になっていくのは嬉しい話しである。




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館長の朗読日記1974/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記1974  (戦後72年03月17日 新規)



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 昨日(3月16日)の午後3時00分から、船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンを行なった。会場はいつもの船橋市海神公民館である。今回は第2期・朗読ステップ5の第19回目。本来なら4月に開催すべき朗読発表会を2ヶ月先の6月に延期したが、その朗読発表会に向けた3回目の朗読レッスンである。

 朗読発表会は長い作品を会員全員が少しづつ読み継ぐ形式で上演するが、前半と後半を別々の作品を上演することにしている。つまり2本立て公演である。今回は前半に上演する作品のレッスンをした。この前半に上演する作品も、サークルの全員が順々に読み継いでいく。最初の方はレッスン歴が数年の2期生に当てた。

 この作品は、冒頭に通路を歩く多数の人間に主人公が呼びかけるセリフから始まる。相手が多数だから、呼びかける相手は広い範囲にいるし、距離も遠い。こういう多数の相手に呼びかけるセリフ表現は、語りかける語り口の典型的な事例であり、その基本形である。語りかける語り口を修得するための最適な教材である。



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 作品の前半から中央の部分はレッスン歴の比較的長い2期生に当てた。この部分を分担する2期生は、語り口という点ではほとんど注意する必要はない。重点的に指導したのは《間》と《メリハリ》のつけ方である。訊いてみると、本人は《間》をとったつもりらしい。この《間》に関する主観と客観の喰い違いは重要である。

 この問題は、自分の朗読を聴き手の立場で客観的に聴くことができるかどうかにかかってくる。朗読を耳で聴く認識力の問題である。これは、朗読ステップ6の主テーマである。まだ、このステップ6を通過していない2期生が、この認識力を修得していないのはやむを得ない。通過しても必ずしも修得できるとは限らないが。

 作品の最後の方は1期生に当てた。まだ《間》と《メリハリ》の辺りで苦労している1期生もいれば、作品の流れを意識してその流れを構成的にどのように語り分けていくかに苦労している1期生もいる。1期生になると朗読を聴く耳も肥えてくる。昔の自分の朗読の録音を聴き返してあまり下手なのでゲンナリすることもある。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(3月16日)の午後6時10分から、習志野朗読サークル「茜」のレッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ3の15回目、今回は、今年6月に開催するこのサークルの朗読発表会に向けたレッスンの3回目である。このサークルの上演形式は1人1作品を原則にしている。ただし3人の会員が1つの作品を読み継ぐ場合もある。

 1人1作品形式の朗読は、当然ながら、1つの作品を1人の朗読者が最初から最後まで1人で読み切らなければならない。気持が入ってくればくるほど、いわゆる独りよがりの朗読になりやすい。レッスン歴の短い2期生の場合には、気持が入ってくると、下に下げて朗読しがちである。主観的に、その方が気持が入った表現に思えるからである。

 そういう会員に、言葉の1つ1つ(文節)をハンガーを吊り上げるように上げながら、気持を込めて表現するように指導するのは、本当にむずかしい。主観的に自分の朗読が良いと思っているし、現在の日本の朗読界においてはそういう朗読スタイルが一般的だからである。私が提唱する朗読スタイル(語り口)は、現時点では異端である。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 このサークルは会員数が少ない上に、今回は欠席者が複数あった。そのため1人1人の朗読レッスンもかなり短時間で終わってしまった。そこで余った時間を利用して、芥川龍之介原作「杜子春」に対する私の解読を説明した。この「杜子春」は約2年前のレッスン台本として使ったのだが、その時点では私の解読はできていなかった。

 いつか、この「杜子春」の解読をしたいという話しをしたところ、この6月の朗読発表会でこのサークルの会員3人が「杜子春」を読み継ぐので改めてレッスンして欲しいと頼まれた。その再レッスンの際に、時間を見て私の解読を説明することになっていたのである。今日は時間が余ったので、その説明をする良い機会だと思ったのである。

 会員の皆さんは熱心に私の説明を聴いていた。ただし、私の解読内容を十分に納得したかどうかは分からない。私の「杜子春」解読の内容は、数年前の「東百道・講演と朗読の会」で講演した内容と密接に関連している。その講演を聴いていない会員には、突然そういう話しを聴かされても急には理解できないと思われるからである。







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特別なお知らせ135/第8回「小さな朗読」開催のお知らせ

特別なお知らせ135    (戦後72年3月15日 新規)




ようやく寒さがなごみ梅の花が咲く時期になりました!

その早春に第8回「小さな朗読館」を開催いたします!

感動をつくる朗読をめざした朗読会にお出かけ下さい!

今回は当初お知らせした演目を大幅に変更いたします!

最初のチラシをお持ちの方は下記の演目をご覧下さい!




第8回「小さな朗読〜感動をつくる朗読をめざして〜」

〔日時〕戦後72年(西暦2017年)3月22日(水)
     開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕船橋市民文化創造館(きららホール)

〔プログラム〕

1「秋」芥川龍之介原作                     畑野欸子
2「煙管」芥川龍之介原作                   植本眞弓
3「天の町やなぎ通り」あまんきみこ原作          馬場圭介変更!
         <休 憩> 
4「ゆき女聞き書き」石牟礼道子原作『苦海浄土』より  吉田光子
5「鮨」岡本かの子原作                     東 百道

〔司会進行〕飯野由貴子

〔企画・構成・主宰〕 東 百道(ひがし・ももじ)

〔主催〕感動をつくる・日本朗読館「小さな朗読館」きららホール実行委員会

〔参加〕入場料1000円(会場受付/全席自由)

〔申込〕当日券もありますが満席になりしだい消防法のために締め切りとなります
     出来るだけ事前にお電話でお申し込みください
     047−487−3721(東/ひがし)

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