館長の朗読日記2031/第9回「小さな朗読館」を開催した

館長の朗読日記2031  (戦後72年07月27日 新規)



○第9回「小さな朗読館」を開催した(1)

 昨日(7月26日)、開演13時30分ということで、第9回「小さな朗読館〜感動をつくる朗読をめざして〜」を開催した。会場は船橋市民文化創造館(きららホール)。今回の観客数は約105人。前回よりかなり減ったけれど、何とか100人の大台は確保することができたようである。まことにありがたい話しである。

 私は無料招待券をほとんど発行していない。今回も6枚しか発行しなかった。そのほとんどは、いわば儀礼的なものだから、そのうち実際に来場したのは2人だけであった。逆に言えば、観客のほとんどは入場料を支払って下さった方々である。また特記したいのは、電話予約者は1人を除いて全員が来場して下さったことである。

 今回も、ゲスト出演者が所属している3サークルから2人づつ、計6人が当日の運営スタッフとして支援して下さった。その支援者の皆さんも、とても協力的に受付役(2人)や会場案内兼避難誘導役(4人)を担って下さった。昼食時に弁当とお茶を出す以外、お礼などは何もしていないので、とてもありがたく、感謝している。



○第9回「小さな朗読館」を開催した(2)

 今回も、朗読会の司会進行役を飯野由貴子さんにお願いした。飯野さんは船橋朗読サークル「はなみずき」の会員であるが、本職はプロの司会者である。毎回さすがプロという司会進行をしていただいている。司会進行がピシッとしていると、朗読会が引き締まる。私はもちろん4人のゲスト出演者もそれに大いに支えられている。

 また、宣伝用チラシのデザインをして下さったのは、今回は千葉朗読サークル「風」の小田志津子さんであった。記して、感謝したい。また、きららホールの会場スタッフの皆さんにも、毎回、感謝している。千葉県内の公的施設にはめずらしく、きららホールのスタッフは事務スタッフも含め応対も親切であり、スキルも高い。

 今回の4人のゲスト出演者にも、大いに感謝している。私は、舞台袖でモニターを通して聴いていたので、会場の観客席でどのように聴こえたかは定かでない。しかし、ゲスト出演者の全員が、それぞれ現時点における最高の朗読をしてくれたと感じた。この朗読会への出演を機に、自分の朗読を飛躍させた出演者は少なくない。



○第9回「小さな朗読館」を開催した(3)

 私は、今年から、3回ごと(1年ごと)に作家を変え、それぞれの作家から作品3つを厳選してシリーズとして朗読上演することにしている。今年は、岡本かの子シリーズとして「鮨」「家霊」「みちのく」の朗読を3回連続で上演していく。今回の「家霊」は、前回の「鮨」と同じく、私の好きな作品だから、楽しく朗読できた。

 舞台挨拶は、その「家霊」を目一杯に朗読した直後だったから、話すべき適切な内容が思い浮かばなかった。そこで、この「小さな朗読館」の会計収支に関する内輪話を少しだけ披露した。今回ぐらいの来場者があれば、会計収支的には帳尻が合うこと。ただし、その場合の支出には私の出演料や家人の人件費を含めていないこと。

 ゲスト出演者と司会進行者には交通実費程度しか進呈していないこと。これまでも、赤字になったことはないこと。したがって、少しづつ手持資金は貯まっているが、それは将来的な企画(音楽演奏や外部の朗読者とのコラボなど)、あるいは、当面の運転資金のためにプールしていること。挨拶にふさわしい内容ではなかったか?












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館長の朗読日記2030/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2030  (戦後72年07月23日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月22日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。今回は第3期・朗読ステップ2の第18回目、今秋9月の朗読発表会『この世界の片隅に』に向けたレッスンの第6回目である。この台本は前半と後半に分かれている。今回はその後半(第2部)のレッスンをやった。

 語半(第2部)は、今回が3回目である。3回目ということは、通常のレッスンとしては最後ということになる。つまり、今回は最後の通常のレッスンということになる。その後は、立ち稽古(全体の通し読み)、舞台リハーサル、本番の朗読発表会へと進んでいく。台本も3回目ともなると、会員はそれぞれかなり仕上げてくる。

 その仕上がりに応じて、会員および私の作品世界に対する理解も深まっていく。しかし、逆に、登場人物や場面のとらえ方の不備な点も浮かび上がってくる。その点を、私も指摘するが、他の会員からもいろいろと意見が出てくる。会員全員の作品世界に対する理解が深まってくるから、他の会員の不備な点も感知できるのである。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 このサークルの現在の会員数は10人を割っている。それにもかかわらず、朗読発表会『この世界の片隅に』の朗読時間は、他のサークルと同じく2時間を超える予定である。したがって、会員数が少ない分だけ、会員1人辺りの朗読時間が長くなる。会員1人1人がかなり頑張らないと、観客を舞台に吸引することはむずかしい。

 この『この世界の片隅に』は、先の大戦で米国が広島に原爆を投下した前後の出来事が主に描かれている。したがって、かなり緊迫した場面、かなり激烈な場面がある。朗読においてむずかしいのは、笑いをとる表現が最たるものであるが、緊迫感と激烈感を出す表現もかなりむずかしい。この点で会員の皆さんはまだまだである。

 また、私が朗読表現の基本として「語りかける語り口」を提唱しているのは、単なるテクニックの問題ではない。朗読発表会の舞台などで、眼の前にいる観客に作品世界のイメージなり感動なりを物語ったり、説得したり、訴えかけたりする意識・意志を表現するためにこそ「語りかける語り口」が必要不可欠な基本だからである。





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館長の朗読指導メモ 94/朗読活動のこれからの10年間の自己展望(その3/最終回)

館長の朗読指導メモ 94   (戦後72年07月22日)



朗読活動のこれからの10年間の自己展望(その3/最終回)



○第2次「朗読活動10年期」の自己展望(7)

 最後に「③朗読実技の公演」について。この分野の主軸は、私が主宰している朗読会「小さな朗読館〜感動をつくる朗読をめざして〜」の年3回の定期公演である。この朗読会は、私が毎回レギュラー出演している。毎回、短編を単発に朗読するというだけというのも面白くないので、毎年1人の作家の作品を3作選んで朗読している。

 「小さな朗読館〜感動をつくる朗読をめざして〜」は、私が毎回レギュラー出演しているから確かに「③朗読実技の公演」の分野ではある。しかし、私が指導している朗読サークルから、朗読レッスン歴と朗読レベルがある一定の水準に達した会員に、毎回ゲスト出演を依頼しているから、その意味で「②朗読指導の実践」の分野でもある。

 私が指導している朗読サークルの会員も、この朗読公演にゲスト出演することを励みにしているとみえ、このゲスト出演を機に朗読が画然とレベルアップする例が少なくない。朗読サークルの会員が着実に上達していくので、ゲスト出演を依頼すべき水準の会員数が増えている。今後はゲスト出演依頼の順番を決めることがむずかしくなる。



○第2次「朗読活動10年期」の自己展望(8)

 私が朗読に本格的にとり組むようになったそもそもの動機は、朗読というものを理論的に解明したい、というところにあった。したがって、私の朗読活動の重点は、どうしても「①朗読理論の研究」と「②朗読指導の実践」に傾きがちになる。私の「③朗読実技の公演」は、どうしても①と②に関する自己検証という意味合いが濃くなる。

 この点から考えて、同じ「③朗読実技の公演」の分野でも「東百道・講演と朗読の会」のような公演の方が望ましい。しかし、その「東百道・講演と朗読の会」は昨年を最後にしばらく中断することにした。理由は、これを続けていると本来の「①朗読理論の研究」に割く時間がなくなってしまうからだ。その意味で中断は不本意であった。

 現在、単行本として出版を計画している『朗読の上達法』『芥川龍之介の文学的軌跡』『太宰治の文学的航跡』『宮澤賢治の宗教と文学』の原稿執筆が完了した暁には、それぞれの内容に基づいた「東百道・講演と朗読の会」を再開したいと考えている。特に、芥川龍之介シリーズと太宰治シリーズはライブの録音録画を総て完結させたい。



○第2次「朗読活動10年期」の自己展望(9)

 私の「③朗読実技の公演」は、①と②に関する自己検証という意味合いが大きいとはいえ、もちろん決してそれが主目的ではない。主目的は、観客の皆さんと朗読者の私が朗読を介して精神的な交流を図ることである。さらに端的に言うと、朗読を介して文学作品に表現されている作品世界のイメージと心情と感動を共有することである。

 さらに、朗読の実演を通して、私が提唱する「感動をつくる朗読」のレベルを向上させ、その意義と内容を実技を世に広め、日本の朗読文化の向上に寄与することを目指している。しかし、私の場合は、残念なことに、私自身の朗読を公演のライブで広く聴いていただく機会は限られている。また、それに割くべき私の時間もあまりない。

 この「東百道・講演と朗読の会」の場合は、録音録画してDVDやBDのライブ盤として発行している。しかし、書店を通しての販売もあまり多くは望めない。そこで今後は、タイミングをみて、それをYou Tubuに投稿し、無料公開することも視野に入れている。さらに、長編の文学作品の朗読を録音録画して同じように公開することも。



○第2次「朗読活動10年期」の自己展望(10)

 以上、現在構想しているところの、これからの第2次「朗読活動10年期」の自己展望を簡単にまとめてみた。私の朗読活動(①朗読理論の研究、②朗読指導の実践、③朗読実技の公演)が、今後どこまで歩んでいけるかは分からない。しかし、今後とも、私の半生業&半ライフワークとして、孜々として励んでいく決意に変わりはない。

 その目標は、私なりの朗読活動によって、私が提唱する「感動をつくる朗読」を普及し、日本の朗読文化の向上&深化にいくらかでも寄与したい、という点にある。さらに、日本の朗読文化の向上&深化を介して、日本人全体の日本語の認識(読む&聴く)力と表現(書く&語る)力の向上&深化に寄与すること、これを目指している。

 目標は大きい方が良い。目標は高い方が良い。目標は深い方が良い。目標は豊かな方が良い。たとえ大風呂敷だとみなされても良いではないか。たとえドン・キホーテのように笑われても良いではないか。自らの体力・気力・知力が尽きる日まで、たとえその歩みは遅くとも、孜々として励みつづけることに意義がある、と確信している。





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館長の朗読日記2029/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記2029 (戦後72年/西暦2017年07月21日 新規)



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 7月20日(木)の15時00分から、船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第2期・朗読ステップ6の第6回目、レッスン台本・宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」の第6回目、その仕上げの通し読みをする回である。会員を2グループに分け、それぞれ「なめとこ山の熊」を読み継いでもらう。

 体調を崩して前回のレッスンを休んだ最長老の会員も、今回は元気に仕上げの通し読みに参加した。このレッスン台本の仕上げの通し読みは、レッスン会場の一角をステージとし、そこに朗読席を2席設け、順々に会員が読み継いでいく。あくまでサークル内部だけで行なうものであるが、一種の「ミニ朗読会」ともみなしうる。

 あるいは、約3ヶ月ごとに行なう「朗読おさらい会」といってもよい。他の会員は、客席のように特別に配置した座席で観客としてその朗読を聴く形になる。このサークルの場合は、身内とはいえ、観客数は15人ほどになる。まさに、一種の「ミニ朗読会」であり、出演者はかなり緊張するらしい。それら総てが良い経験となる。



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 朗読が一通り終了すると、休憩を挟んで、私が講評を行なう。1期生に対しては、あまり褒めない。上手に出来て当たり前だからである。また、上手な朗読になると「玉に疵」といったように欠点が目立ってくる。逆に2期生に対しては、褒める比重が増す。上手でない朗読の場合は、前回より良くなった諸点が目立つからである。

 もちろん、私の講評においては、毎回のレッスンと同じく、1期生に対しても、2期生に対しても、要改善点を指摘し、その当面の改善方法を指導する。その結果、会員の朗読が良くなり、その会員の朗読レベルが向上するか否か。その度に、私の朗読指導の適否や良否が試される。その意味で、毎回が、私の真剣勝負なのである。

 何のために、そのような真剣勝負を続けているのか。もちろん、主には、会員の朗読を上達させることが目的である。その上に、そういう真剣勝負を通して、朗読の理論や指導法を確立することも私の目的なのである。そのようにして、拙著『朗読の理論』は成ったし、現在、次著『朗読の上達法』の研究&執筆に取り組んでいる。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 7月20日(木)の18時10分から、習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスンを行なった。このサークルは前回から第2期・朗読ステップ4に突入している。ただレッスン台本は、他のサークルが第3期に使用する文学作品を準用することにしている。このサークルが第3期に入ったら、他サークルの第2期用台本を準用する。

 すなわち今回は、第2期・朗読ステップ4の2回目、台本・太宰治原作「燈籠」の第2回目である。前回は、 太宰治原作「燈籠」という文学作品について、私が解読した内容をざっと解説することに重点を置いた。今回は徐々に会員1人1人の朗読に対する指導に重点を移していく。もちろん、その過程で、作品の解説も継続する。

 この太宰治原作「燈籠」という作品は、全文が主人公(さき子)の独り語りから成っている。その独り語りは太宰治の優れた文章力によって、かなり迫力のある文体になっている。その迫力により朗読する側も心情が入ってくる。その結果、各文節が高く上に上がってくる。特に述語部分が上がってくる。太宰治の文章の力である。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 そうは言っても、今回はまだ太宰治原作「燈籠」の2回目のレッスンである。会員もまだ十分に自分の朗読を仕上げていない。まだ十分に仕上げていない段階で、あまり細かい指導をしても仕方がない。ともすれば、私が解読した内容をさらに解説する方向に行きがちになる。しかも、このサークルは会員数が10人を切っている。

 その結果、レッスンが早めに終わってしまった。このサークルのレッスンは、通常は18時10分〜20時40分と約2時間半かけて行なっている。今回は、何と18時10分〜19時40分と約1時間半で終わってしまった。会員の皆さんは、いつもレッスン時間が長めだから、たまには短かめも良い、ということになった。

 確かに、外向けにはレッスン時間を2時間ということになっている。しかし、毎回の実際のレッスン時間はだいたい2時間半をかけてやっている。特に、このサークルのレッスンは夜間にやっている。したがって、他のサークルよりもレッスン時間が短いことを歓迎する雰囲気がある。今後もレッスンを短かめに終了していくか。




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館長の朗読日記2028/吉本隆明の「なめとこ山の熊」論について

館長の朗読日記2028  (戦後72年07月20日 新規)



○吉本隆明の「なめとこ山の熊」論について(1)

 一昨日(7月18日)に品川朗読サークル「あやの会」で宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」の朗読レッスンをおこなった。そのとき会員の一人が私に吉本隆明の著作『宮澤賢治』の1部を紹介してくれた。吉本隆明が「なめとこ山の熊」について論及しているところである。ざっと通読したが、つい色々なことを考えてしまった。

 私は、学生時代から吉本隆明をかなり読んで来た。そして、多くのことを学んだ。朗読に関することでも、吉本隆明の主著『言語にとって美とはなにか』はもちろん、三浦つとむ著『日本語はどういう言語か』に吉本隆明が寄稿した「解説」も大いに参考になった。吉本隆明の文学作品論や文学評論や作家論もほとんど読んでいる。

 当然、この『宮澤賢治』も通読している。しかし、会員が紹介してくれた「なめとこ山の熊」に関する部分はすっかり失念していた。今回、この会員が紹介してくれたお陰で、改めて読むことができた。吉本隆明の優れた部分だけではなく、今の私にとってはもの足りない部分もあることを感じ、ある種の感慨めいたものが湧いた。



○吉本隆明の「なめとこ山の熊」論について(2)

 かつて小林秀雄の『無常といふ事』を初めて読んだとき、当時の私の感性とは隔絶した鋭さを感じて、およびがたしという感慨と同時に、自分とはまったく異質なものに触れたような違和感をもった。この小林秀雄に対する「およびがたし」という感慨と異質的な違和感という想いの原因は、吉本隆明の次の文章で明らかになった。

「いままでなされてきた文芸批評は、どう名づけようと理論ではない。これは、批評としての出来栄とも、主観や党派性とも、かかわりがないことである。文学に関する理論は、言語の解析からはじまるか、具体的な作品の逐次的な解析からはじまる以外にはない、というのが、わたしの到達した結論であった。この結論は、すでに、小林秀雄によって、言及されていた。ただ、それを、実行していないだけだ」三浦つとむ『日本語はどういう言語か』(講談社学術文庫)所収の吉本隆明寄稿「解説」より

 つまり小林秀雄『無常といふ事』などの文芸批評は、出来栄としては素晴らしいかも知れないが、理論(理論的)ではなかったのである。私は、たとえささやかであっても『朗読の理論』や『宮澤賢治の視点と心象』を初めとする「朗読のための文学作品論」シリーズによって、その「具体的な作品の逐次的な解析」を試みている。



○吉本隆明の「なめとこ山の熊」論について(3)

 今回、品川朗読サークル「あやの会」の会員が紹介してくれた吉本隆明の「なめとこ山の熊」論に対して、私がいささかもの足りないものを感じたのは、この作品に関する吉本隆明の解析が、必ずしも「具体的な作品の逐次的な解析」ではなく、あの小林秀雄ばりの文芸批評の段階にとどまっているように感じられたからである。

 もちろん、私は、現在、私が私の朗読レッスンで作品解説しているレベルの「なめとこ山の熊」論に満足しているわけではない。いつかは、私の「朗読のための文学作品論」シリーズの一環として構想している『宮澤賢治の宗教と文学』(仮題)のなかで、現在の「なめとこ山の熊」論を全面的に補正&拡充しようと考えている。

 既刊の私の単著『朗読の理論』『宮澤賢治の視点と心象』(共に木鶏社発刊)や、私が朗読協力&朗読原案を担当した朗読漫画『花もて語れ』(片山ユキヲ&東百道共著/小学館発刊)を読んで下さった方には、吉本隆明のいうような「具体的な作品の逐次的な解析」が多少なりとも実行されていると感じていただいていると思う。


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館長の朗読日記2027/品川「あやの会」と大田「くすのき」の朗読レッスン

館長の朗読日記2027  (戦後72年07月19日 新規)



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月18日)に、品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ6の第4回目、レッスン台本・宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」の第4回目である。この台本のレッスン(全6回)もいよいよ後半である。この段階になると、作品解読よりも、その内容の表現の仕方に重点が移る。

 レッスンの冒頭で、私は「原作に忠実な朗読とはなにか」というテーマで話しをした。私の話しを一言で言えば、原作に忠実か否かという問題には、問題にする個人の主観的な価値観が入ってくるから、客観的には判定することが出来ない、ということである。また、その問題とレッスンにおける朗読のあり方とは別物なのである。

 さらに、今回は、レッスンの冒頭に私の出版物リストの最新版を配布した。現時点の私の出版物は、単著の単行本が『朗読の理論』と『宮澤賢治の視点と心象』の2冊、公演ライブ盤(ブルーレイないしはDVD)が5種類、そして、共著(私は朗読協力&朗読原案を担当した)の単行本が朗読漫画『花もて語れ』全13巻である。



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 前回、突如、従来に比べて格段に力のこもった(朗読する人間の心情がこもった)声で朗読できた会員が、今回もなかなか力のこもった声で朗読していた。今回も褒めたところ、前回は、風邪をひいたので1語1語に力をこめないと朗読できないためだといっていたが、今回は風邪のお陰ではないと胸を張っていた。ご同慶である。

 その他にも、語りかける語り口が着実に身についてきた会員、声出しの高さをいろいろに変えて自分の朗読の語り口を前向きに模索している会員、台本(原作)の文章の流れを読み取りつつそれに対応した朗読表現をいろいろと工夫している会員など、それぞれに自分の朗読を研究し、試行錯誤し、上達させるように努力している。

 このサークルが、先日、荏原第六中学校の3年生全員を対象に朗読会『白旗の少女』を上演したが、それに対する3年生の感想文を「あやの会」の渉外担当の役員がコピーして私に渡してくれた。ざっと目を通したが、朗読はかなり好評であり、とても感動してくれたようである。学校からは来年も上演することを依頼されたという。



○大田朗読サークル「くすのき」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月18日)に、大田朗読サークル「くすのき」の第4回目の朗読レッスンを行なった。今回は、第1期・朗読ステップ1の第4回目、最初のレッスン台本・宮澤賢治原作「やまなし」の第4回目である。サークルが発足からの4回目の朗読レッスンでもある。サークルの体制や朗読レッスンへの取り組み方を整備している。

 朗読ステップ1は次の2点、すなわち、文学作品を解読する基本的な方法、および、日本語の音声言語の基本的な語り口、に重点をおいてレッスンをする段階である。しかも、どちらかといえば、前者、すなわち、文学作品を解読する基本的な方法により多くの重点を置いていく。もちろん、朗読に関する基本的な問題も指導する。

 今回は、その一環として、レッスンの冒頭に、次の3点について話しをした。1点目は、文学作品の作品世界をイメージする場合に、その作品世界は4層の構造を持っていることについて。これは、現在レッスン中の宮沢賢治原作「やまなし」に記されている「クラムボン」をいかに解釈するか、ということを例題として説明した。



○大田朗読サークル「くすのき」の朗読レッスン(2)

 2点目は、朗読おけるアクセントの問題をどのように考えるか、という問題についてである。3点目は、品川朗読サークル「あやの会」のレッスンでも話した「原作に忠実な朗読とはなにか」という問題についてである。今後も、朗読に対する私の基本的は考え方を少しづつ話していく。これも一種の体制整備の一環なのである。

 今回は、その他の問題についてもいろいろと話した。例えば、月謝を出す場合には、おつりの必要がないようにあらかじめ用意すること。自分の名前を記した名札は、朗読ステップ1の期間中は常に自分の机の前に掲示すること、などである。これらも、朗読レッスンの一種の体制整備の一環である。最初の1年間はいろいろある。

 次回は、宮沢賢治原作「やまなし」の仕上げの通し読みをおこなう。サークル「くすのき」の会員は、ほとんどが朗読の経験者のようである。なかでも声優の訓練をした会員が複数いる。全体的なレベルが高いのである。したがって、次回の仕上げの通し読みでどのような「やまなし」を朗読してくれるか、今から楽しみにしている。









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館長の朗読日記2026/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記2026  (戦後72年07月16日 新規)



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月15日)の9時30分から千葉朗読サークル「風」朗読レッスンを行なった。今回は第3期・朗読ステップ1の第16回目、今回は10月に開催する第17回「小さな朗読館・ちば」に向けたレッスンの3回目である。会員の半数は向田邦子原作「ごはん」の読み継ぎを、会員の半数は1人1作品の朗読をレッスンする。

 向田邦子原作「ごはん」を読み継ぐ方の会員(約半数)は、毎回、作品全体を順々に読み継ぐ形でレッスンするから、3回目ともなると作品全体をよく理解した上で朗読する段階になっている。もちろん、部分的にはより理解を深めていく必要もあるが、重点は理解した作品世界をいかに朗読表現するか、という点に移行している。

 1人1作品を朗読する方の会員(約半数)は、レッスンごとにそれぞれの作品の3分の1づつをレッスンする。従って、3回目の今回は各作品の最後の3分の1のところを初めてレッスンすることになる。そのために、その部分を中心にしつつも、改めて作品全体の解読も行なうことになる。これまでの理解が覆る部分も出てくる。



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 今回は幸田文原作「なた」の最後の部分が話題になった。そういう場合には、会員は自分の意見を語り合い、朗読レッスンはあたかも大学のゼミナールのような様相を呈してくる。ときには会員の読みの深さに感心することもある。サークル全体の朗読レベルが上がってきた暁には、作品解読がレッスンの中心になるかも知れない。

 しかし、今の段階では、まだまだ基本的な語り口の修得がレッスンの中心である。また、少しづつではあるが新しい会員が入会してくると、その会員がかなり朗読経験がある場合でも、さらには、かなり語りかける語り口を身につけている場合でも、改めての指導が必要となる。なんとなく無意識に語っている場合があるからである。

 なかなか「自然な語り口」を修得できない会員の場合には、指導する方もあの手この手といろいろ指導の仕方を工夫しなければならない。そういう工夫は、私の指導法や指導理論をとても豊かにしてくれる。ときには、ハッとするような発見の糸口になることもある。会員もそれを目の当たりにする。それらの総てが楽しいのである。







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館長の朗読日記2025/千葉「わかば」の朗読レッスン

館長の朗読日記2025  (戦後72年07月14日 新規)



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月12日)の13時30分から、千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ6、レッスン台本・菊池寛原作「仇討三態(その1)」の第3回目のレッスンである。レッスン台本も3回目ともなると、会員はかなり仕上げてくる。今回は、事情により3人も欠席者が出た。

 出席者が少なめであっても、朗読レッスンはいつものように進行していく。この菊池寛原作「仇討三態(その1)」についての作品解説は、前回まででだいたい終わっている。また、会員の朗読表現もそれなりに煮詰まってきているたので、今回は、1人1人の朗読表現について、より突っ込んだ、レベルの高い指導をした。

 その内容を一言でいえば、レスン台本の文字言語にもとづきつつも、自なりに想像・創造した作品世界のイメージと心情を、自分なりの音声言語を「自然な語り口」で表現する方法に関するものである。技術的にいえば、助詞および述語の部分の表現の仕方、朗読における声の出し方、文や文同士の句読点部分のつなげ方など。



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)

 今回は欠席者が出たので早く終わった。いつもは時間が足りないが、今回は少し余裕があった。その余裕分を、会員との質疑応答に費やした。質疑の発端は、読点の前後の音声言語のつなげ方に関する質問であった。それはさらに、読点を軽視することは原作である文学作品の軽視になるか否かという問題の質疑に進んでいった。

 それは、次第に、朗読というものは原作である文学作品をどこまで忠実に再表現すべきか、という問題に発展していった。私は、文字言語で表現された文学作品を、音声言語で再表現する朗読の場合には、忠実に再表現するという考え方に本質的な限界がある、という持論を説明した。眼で見るものと耳で聴くものの違いである。

 漢字に振り仮名がついている場合の朗読の仕方。漢字の異字体(たとえば新字体と旧字体)の違いの朗読の仕方。日本式な表記に括弧で英語式の表記をつけている場合(たとえば「手巾」とした後に(ハンケチ)と記されている場合)の朗読の仕方。本質的な意味では、文字言語を真に忠実に音声言語に再表現することはできない。









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館長の朗読日記2024/荏原第六中学校ボランティア朗読会『白旗の少女』

館長の朗読日記2024  (戦後72年07月12日 新規)



○荏原第六中学校ボランティア朗読会『白旗の少女』(1)

 昨日(7月11日)の夜に、品川朗読サークル「あやの会」の渉外担当役員・山本扶美子さんが電話で昨日開催した荏原第六中学校ボランティア朗読会『白旗の少女』の上演模様を報告してくれた。全体としてはうまくいったし、学校の先生方も高く評価してくれて、さっそく来年も朗読会を開催して欲しいと依頼されたという。

 昨年まで、特攻隊の悲劇をあつかった『ホタル帰る』を3年生の各教室でクラス別に上演していた。今年から、新しく『白旗の少女』を3年生全体を一堂に集めてもらい、一挙に、本格的に上演するよう、渉外担当役員・山本扶美子さんが熱心に働きかけ、ようやく実現に漕ぎつけたのである。それが成功したのだから、嬉しい。

 品川朗読サークル「あやの会」は、これまでも毎年、中学校3年生を対象にボランティア朗読会『ホタル帰る』の上演を継続してきた。中学生に先の大戦の歴史的悲劇を語り継ぐためである。最初のころは、私もその朗読会のためにいろいろと手伝ったが、近年は品川朗読サークル「あやの会」がすべてを自立的にやっている。



○荏原第六中学校ボランティア朗読会『白旗の少女』(2)

 そのような中学校におけるボランティア朗読会の最大の喜びは、来年もまた引き続いて朗読会を依頼されることである。そして、そのように依頼されることが、どのような称賛や評価や謝辞よりも心嬉しいものなのである。今回は10人の「あやの会」の会員が出演したが、終演後は反省会を兼ねて2時間も「お茶」したという。

 それやこれやで疲れ切って、報告が夜になってしまったと、渉外担当役員・山本扶美子さんはしきりに恐縮していた。そのように疲れているにもかかわらず、今後は中学生たちのためにより良い朗読会にしていかなければならない、と熱弁をふるっていた。改善しなければならない点をつぎつぎに列挙していたのは頼もしい。

 私も、今後の朗読レッスンをいろいろと工夫して、その改善に一役かおうと思っている。もちろん、その中心は、品川朗読サークル「あやの会」の会員の皆さんの朗読のレベルをさらに向上させることである。1人1人の朗読を上達させることによって、中学校でのボランティア朗読会の全体的朗読レベルを上げることである。




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館長の朗読日記2023/遠い先の話と遠い所の話

館長の朗読日記2023  (戦後72年07月11日 新規)



○遠い先の話と遠い所の話(1)

 一昨日(7月09)の午前中に、船橋市民創造館(きららホール)に出かけ、来年(2018年)7月に開催する第12回「小さな朗読館〜感動をつくる朗読をめざして〜」の会場を予約してきた。このホールは人気が高く、特に近年は予約希望者が急増している。幸い今回も予約希望が競合することなく、無事に予約できた。

 近年は、歳月の経つのがものすごく速く感じられる。今回のように1年先の予約などをしていると、その速さがますます加速して感じられてしまう。こういう想いを年に3回は体感している。改めて考えてみると、朗読会の定期開催(年3回)を始めたのが運の尽きであった。多数の予約希望者に混じって、ツラツラそう考えた。

 その日は、午後に八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンがあった。自宅に帰るのも中途半端なので、かねてコーヒーがうまいという評判をきいていた喫茶店に行き、ランチを頼んだ。そこの女主人と少し話しをしたが、八千代市にもこんな喫茶店があったかと嬉しくなった。近年、こういう味のある喫茶店は珍しい。



○遠い先の話と遠い所の話(2)

 昨日(7月10日)の午前に、久しぶりに高知市の松田光代さんからお電話をいただいた。数日前に、松田さんから当地の朗読その他のイベントに関するチラシや資料を郵送していただいていた。近年は定期的に、そういう情報交換を交互におこなっている。松田さんは通話無制限の携帯電話からなので、私も安心して長話をした。

 松田さんは、高知市および高知県における視覚障害者向けボランティア朗読の中心人物である。さらに、高知県立文学館を拠点とする一般向け朗読(文学作品の朗読)活動の中心人物でもある。いわば、朗読における二刀流の達人なのである。その他にも高知の行政機関から依頼されて様々な社会文化活動を精力的にこなしている。

 今回の電話でも、それらに関するお話しをたくさんしていただいた。そのお話しぶりは的確で無駄がなく、話題も実に豊富である。私はほとんど聞き役であったが、松田さんのお話しはいつ聞いても面白い。私は、毎回、トコトン楽しくお話しを聴いている。気がつくと、毎回、アッという間に1時間以上の時間が過ぎている。







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館長の朗読日記2022/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2022  (戦後72年07月10日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 一昨日(7月08日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。今回は第3期・朗読ステップ2の第17回目、今秋9月の朗読発表会『この世界の片隅に』に向けたレッスンの第5回目である。この台本は前半と後半に分かれている。今回はその前半(第1部)のレッスンをやった。

 前半(第1部)は、今回が3回目である。3回目ということは、通常のレッスンとしては最後ということになる。次回は、後半(第2部)の3回目のレッスンをやり、その後は、立ち稽古(全体の通し読み)と舞台リハーサルをやり、本番の朗読発表会へと進んでいく。この台本も、3回目ともなると、会員はかなり仕上げてくる。

 その仕上がりに応じて、会員および私の作品世界に対する理解も深まってくる。会員の朗読が仕上がってくると、作品世界の各場面の実体や流れが表現されてくる。すると、部分的に不自然な表現あるいはひっかかる表現が発見される。そういう部分が、作品世界の理解をさらに深める糸口になる。そういう認識が大切なのである。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 このサークルは、会員数が10人を割っている。昨年から今年にかけた約1年間で色々な事情によって退会者が続出し、アッという間に会員数が10人を割ってしまった。会員数が減るときは、得てしてこういうものである。会員数が10人を割り込むと、会員数を増やさなければという気持ちが、従来より増してきたようである。

 私が朗読指導するようなグループレッスンの場合、会員数が少ない(会員数が10人以下)事態になると、そのデメリットの大きさ、逆に会員数が多い(会員数が10人以上、理想は15人より少し多いくらい)メリットの大きさが、ヒシヒシと実感されてくるようである。今秋の朗読発表会の後に、会員募集を本格化させよう。

 レッスン終了後、会場のロビーで、たまたま会員の何人かと少し話す時間があった。ある会員は、色々なタイプの朗読会を聴きに行って、ナレータータイプの朗読のつまらなさ、語りかける語り口の重要さを再確認したという。その会員はレッスン歴がまだ3年未満だが、最近急速に朗読が上達してきたのはそのせいか、と思った。






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館長の朗読日記2021/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記2021 (戦後72年/西暦2017年07月09日 新規)



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 7月06日(木)の15時00分から、船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第2期・朗読ステップ6の第5回目、レッスン台本・宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」の第5回目のレッスンである。第2期・朗読ステップ5の仕上げの朗読発表会を2か月遅らせたために、こういうことになった。

 ともあれ、今回は、その朗読発表会(6月28日開催)後の最初のレッスンであったから、まず、それについての知人友人からの感想・意見を披露してもらった。主なところでは、1つはバック音楽が大きすぎたというもの、2つは何人も読み手が交代したにもかかわらず作品世界が連続してイメージできたというものであった。

 ついでに、きららホールのスタッフから言われたこと、すなわち次回からバック照明の操作を引き受けられないということを伝えた。読み継ぎ形式の朗読上演にバック照明は不可欠というのが、会員の皆さんの意見であった。そこで、失敗することがあるかもしれないという了解付きで、次回からは家人が操作することになった。



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 朗読レッスンに入った冒頭に、しばらく中断していた第2期・朗読ステップ6の再開ということで、改めて朗読ステップ6の目的と概要を説明した。簡単にいうと、朗読しながらその自分の朗読を自分の耳で聴くということである。自分の耳といっても、観客の耳と、演出者の耳と、その両方の耳で自分自身の朗読を聴くのである。

 その後、会員1人1人に順次朗読していってもらったのだが、朗読することだけに気をとられ、自分自身の朗読を聴きながら朗読することがさっぱりできていない。そこで、会員が自分の朗読範囲の半分くらいまできたところで、一時朗読を中断してもらい、自分の朗読を聴ききながら朗読するように注意を喚起することにした。

 すると、驚いたことに、注意を喚起した以後とそれ以前の朗読にかなりの変化が生じてきた。傍聴している他の会員たちも、その変化に気がついたようである。自分自身の朗読を自分の耳で聴きながら朗読することを意識すると、若干ではあるが、落ち着いた声になり、観客に語り聴かせるような自然な語り口に変化したのである。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 7月06日の18時10分から、習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスンをおこなった。このサークルは、今回から第2期・朗読ステップ4に突入する。ただレッスン台本は、他のサークルが第3期に使用するものを準用する。逆に、このサークルが第3期に入ったときには、他のサークルが第2期に使用した台本を準用する。

 このサークルも、第2期・朗読ステップ3の仕上げの朗読発表会(6月25日開催)を開催してから、今回が最初のレッスンであった。そこで、知人友人の観客から寄せられた感想や意見を披露してもらった。こういう朗読会を初めて聴いた方々は、とても感動してくれたそうである。題材も変化に富んで好評であった、という。

 当日は、会員のご主人が朗読会をビデオで撮影してくれていた。そのDVD盤をいただくことができた。後日、そのビデオを見てみたが、とても良く撮影されていた。これは、会員の皆さんのよい記念になると思う。今回は、朗読レッスン的には、第2期・朗読ステップ4の1回目、台本・太宰治原作「燈籠」の第1回目である。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 まず最初に、朗読ステップ4の目的と概要を説明した。それを簡単にいうと、朗読ステップ4は、原作者の立場だけではなく、演出者の立場から朗読に取り組む段階である。大切なポイントを1つ記すと、作品世界の場面場面を全体的にイメージし、そのイメージから実際に記されている文字言語の表現意図を改めて探っていく。

 それから、この太宰治原作「燈籠」という作品について、私の思っているところをざっと解説した。その後、会員1人1人に順々に「燈籠」を少しづつ朗読していってもらった。この作品は、朗読していくうちに、思わず心情を籠めた表現になっていく。太宰治の文章の力、作品の力である。会員の皆さんもそれを感じたと思う。

 このサークルも10年目に突入したが、大田朗読サークル「くすのき」を除けばもっとも後発である。しかも、発足当初からの会員は2人しかいない。レッスン歴が6年の会員1人を除けば、他はレッスン歴が2年〜4年と短い。それでも、最近かなり朗読レベルが向上した。この「燈籠」によってさらなる飛躍を期待している。






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館長の朗読日記2020/第9回「小さな朗読館」に向けての準備いろいろ

館長の朗読日記2020  (戦後72年07月06日 新規)



○第9回「小さな朗読館」に向けての準備いろいろ(1)

 昨日(7月05日)の10時30分から、船橋市民創造館(きららホール)で、会場スタッフと第9回「小さな朗読館」に向けての打合せをおこなった。基本的には従来のやり方を踏襲するので、実務的な内容についてはスムーズに進行した。私が持参したタイムテーブルと会場側の記録を基に、1つ1つの内容を確認していった。

 今回、バック照明に関することで、会場スタッフの方から特別の発言があった。従来、この会場スタッフの技能とセンスが大変高いので、台本の場面に合わせて何回かバック照明の色を変えてもらっていた。ところが、そういうことは、厳密にいうと会場スタッフのサービス範囲を超えているので、以後は引き受けられないという。

 外部の専門家を依頼するか、こちら側の人間が担当して欲しいという。そういう外部の人間が副調室に入り、照明装置などを操作することは可能だという。そこで、今後は、そういう場合には、マネージャー役でもある家人が担当するということにした。打合せに同席した家人は、以前にも朗読発表会の照明を担当したことがある。



○第9回「小さな朗読館」に向けての準備いろいろ(2)

 同じ日の午後15時30分に、あらかじめ予約しておいた歯医者に出向いた。定期的(年3回)に「小さな朗読館」を開催するのに合わせて、歯の検診と歯垢などを除去してもらうためである。朗読にとって歯の手入れはきわめて重要である。幸い、私は、まだ入れ歯のお世話にはなっていない。なるべく自分の歯を保持したい。

 歯医者の後には、床屋に行った。床屋も「小さな朗読館」の開催に合わせて、その直前に行くことにしている。以前は髪がよく伸びたので、床屋には毎月のようにお世話になったものである。しかし、近年は髪の伸び具合がグッと減ったばかりか、髪がめっきり細くなった。その結果、年3回も床屋に行けば十分間に合うのである。

 逆にいえば、年3回の歯の定期検診と床屋行きは、定期的(年3回)に開催している「小さな朗読館」に向けた準備の一環でもあることになる。さらにいえば、生来の無精者である私が、定期的(年3回)に開催する「小さな朗読館」にかこつけて、自分の生活を定期的に整えているということにもなる。無精者の知恵でもある。







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館長の朗読日記2019/品川「あやの会」と大田「くすのき」の朗読レッスン

館長の朗読日記2019  (戦後72年07月05日 新規)



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月04日)に、品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ6の第3回目、レッスン台本・宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」の第3回目でもある。会員も3回目ともなると朗読表現をかなり仕上げてくる。私も、会員の皆さんの朗読表現そのものの指導をより本格化させる。

 今回は、ベテランの1期生のなかの数人が、従来に比べて格段に力のこもった(朗読する人間の心情がこもった)声で朗読していた。そういう声で朗読すると、自分の心情とイメージを自分の言葉で自分事(わがこと)として朗読しているように、聴き手に感じられる朗読表現(説得力と訴求力のある朗読表現)になってくる。

 今回、急に、そのような声で朗読するようになった原因(きっかけ)に心当りがあるかどうか、訊いてみた。1人は、風邪をひいたので、1語1語に力をこめないと朗読できないためだという。まことに非演技的な原因である。しかし、まあ、原因が風邪であれ何であれ、1語1語に力をこめる音声言語表現のコツが掴めればよい。



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 他の1人はサークルの自主練習会で相当しごかれたという。その自主練習会とは、この7月にこのサークルが荏原第六中学校で比嘉富子原作『白旗の少女』を読み継ぎ形式で朗読上演するのだが、それに向けて自主練習会である。この『白旗の少女』の、かなり激しいセリフ表現の部分を分担したらしい。会員相互の指摘は厳しい。

 その他のベテランの1期生も、それぞれが自分の短所を直し、長所を伸ばして、かなり朗読のレベルを上げていた。また、比較的レッスン歴の短い2期生も、それぞれが着実にレベルアップしてきている。語りかける語り口、力のこもった(朗読者自身の心情のこもった)声出し、イメージと心情の想像・創造力などなど、である。

 残念なことがあった。ベテラン会員の1人が、体調を崩して入院し、一時的に退会せざるをえなくなったのである。この会員は、永年体調がすぐれないなか、頑張ってレッスンと舞台出演を継続してきた。この問題は、高齢となりつつある他のベテラン会員にとっても他人事ではない。何とか継続できる方法を工夫する必要がある。



○大田朗読サークル「くすのき」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月04日)に、大田朗読サークル「くすのき」の第3回目の朗読レッスンを行なった。今回は、第1期・朗読ステップ1の第3回目、最初のレッスン台本・宮澤賢治原作「やまなし」の第3回目でもある。サークルにとっては3回目の朗読レッスンであり、サークルの体制を整備しつつも、レッスン自体が本格化してきた。

 今回も新たな見学希望者が1人あった。見学希望がある度に、見学者用の資料を用意しなければならない。その見学者は、結果的に入会を見合わせたようだ。また、すでに入会していた会員の1人が、急きょ体調を崩したため入院治療が必要になり、残念ながら退会することになった。今後もしばらくは会員の出入りが続くと思う。

 今回は、前回配布した月謝袋を介して、初めて会員から月謝を徴収した。ところが、少なからぬ会員が1万円札を持参し、おつりの必要が生じた。事前に月謝袋を配布しているのだから、本来はおつりの必要がないように月謝を用意するべきであろう。出来立てのサークルの場合は、会員も月謝というものに不慣れなのであろう。



○大田朗読サークル「くすのき」の朗読レッスン(2)

 朗読レッスンの方は、徐々に本格化しつつある。レッスン台本・宮澤賢治原作「やまなし」の大まかな解説は前回まででほぼ終了している。あまり細かい解説は、今の段階ではあまり効果がないばかりか、かえって会員に混乱を招きかねない。1人1人の会員の朗読を指導しながら、必要に応じて解説を追加することにしている。

 大田朗読サークル「くすのき」は、サークルは新しいが、サークル会員は朗読の経験者が多い。朗読の初心者は数人いるかいないかである。しかも、ほとんどが何の違和感もなく「語る語り口」で朗読している。サークルが新しい段階では、主に「語る語り口」を指導するのだが、このサークルの場合はその必要性が少ないようだ。

 そこで、作品世界のイメージをどのように朗読表現するか、特に、視点の設定とその転換をどのように朗読表現に反映させるか、という指導が早くも主な課題になった。これは、私にとっても新鮮な経験である。ただし、この「くすのき」の会員の実力とレベルを、もう少し探る必要がある。しばらくは、手探りのレッスンとなる。













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特別なお知らせ137/第9回「小さな朗読館」を開催します

特別なお知らせ137    (戦後72年7月03日 新規)




うっとうしい梅雨もそろそろ明ける時期になりました!

梅雨明けの頃に第9回「小さな朗読館」を開催します!

感動をつくる朗読をめざした朗読会にお出かけ下さい!




第9回「小さな朗読館〜感動をつくる朗読をめざして〜」 

〔日時〕戦後72年(西暦20167年)7月26日(水)
     開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕船橋市市民文化創造館(きららホール)

〔プログラム〕

1「ある夜の星たちの話」小川未明原作      遠田利恵子
2「炎のメモワール『滅亡の日』」                央 康子
     山本信子原作(英文)小野瑛子翻訳  
3「ちいちゃんのかげおくり」あまんきみこ原作    小松里歌
            <休 憩>
4「身投げ救助業」菊池寛原作               内田升子 
5「家霊」岡本かの子原作                     東 百道

〔司会進行〕飯野由貴子

〔企画・構成〕 東 百道(ひがし・ももじ)

〔主催〕感動をつくる・日本朗読館「小さな朗読館」きららホール実行委員会

〔参加〕入場料1000円(会場受付/全席自由)

〔申込〕当日券もありますが満席になりしだい消防法のために締め切りとなります
     出来るだけ事前にお電話でお申し込みください
      047−487−3721(東/ひがし)





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館長の朗読日記2018/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記2018  (戦後72年07月02日 新規)



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月01日)の9時30分から千葉朗読サークル「風」朗読レッスンを行なった。今回は第3期・朗読ステップ1の第15回目、今回は10月に開催する第17回「小さな朗読館・ちば」に向けたレッスンの2回目である。会員の半数は向田邦子原作「ごはん」の読み継ぎを、会員の半数は1人1作品の朗読をレッスンする。

 今回は新しいレッスン台本の2回目であるので、台本の作品解説より、個々の会員の朗読に対する指導に重点を移していく。まず、1人1作品の朗読を指導した。毎回、作品の3分の1づつをレッスンするので、今回は作品の中間部分の3分の1をレッスンした。順次、作品の作品世界の全体像をイメージすべき段階になっている。

 つぎに、向田邦子原作「ごはん」の読み継ぎ朗読を、会員1人1人に対し、順次、指導していった。今回、特に重視したのは、強調すべき言葉を的確に強調することである。さらに、個々の文の朗読表現だけでなく、文と文のつながり、あるいは、文と文の流れをどのように朗読表現するか、という点である。それらを指導した。



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 今回、私が特に強調したのは、作品世界のイメージの仕方の問題である。これまでも、サークル会員の皆さんにかぎらず多くの一般の人たちが、文学作品を読みながら、その作品世界を、表面的な、あるいは、部分的なイメージとしてしか想像&創造できないのか、その原因が分からなかった。今回、その原因の一つを考えついた。

 それは、多くの人たちが、文学作品に記されている文字言語で直接表現されている部分しかイメージしないこと。イメージ力の豊かな人が、その部分を越えて作品世界をイメージする場合でも、その文字言語で直接表現されている部分を通してしか作品世界をイメージしないことである。それでは、作品世界全体をイメージできない。

 もちろん、実際には、その文学作品に記されている文字言語を介してしか、われわれはその作品世界をイメージすることができない。しかし、それでイメージできることは作品世界全体からみて表面的あるいは部分的でることを自覚して、まずは作品世界の全他像をイメージすることを自覚的に行なう。これが有効な解決法である。







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特別なお知らせ136/「大田朗読サークル」を新たに立ち上げました

特別なお知らせ136    (戦後72年7月01日 新規)




新しい朗読サークルを東京都大田区で立ち上げました!

朗読レッスンはすでに6月6日(火)から始めました!

毎月の第1火曜日と第3火曜日の14時から2時間半!

レッスン会場は基本的に「大田文化の森」の集会室で!

会員数が定員(20人)に達するまで入会が可能です!

初心者も経験者も歓迎しますのでどうぞご参加下さい!




「大田朗読サークル」を新たに立ち上げました

〔サークル創設〕2017年6月6日(火)

〔レッスン日時〕毎月の第1火曜日と第3火曜日
          14時00分〜16時30分

〔レッスン会場〕「大田文化の森」集会室
          JR京浜東北線/大森駅より徒歩10分(バス随時)

〔レッスン指導〕東百道(ひがし・ももじ)
・著書『朗読の理論』『宮澤賢治の視点と心象』(木鶏社)
・朗読漫画『花もて語れ』(小学館)の朗読協力&朗読原案
・東京都(品川区、大田区)で2つの朗読サークルを指導
・千葉県(千葉市、船橋市、習志野市、八千代市)で5つの朗読サークルを指導
・朗読会「小さな朗読館〜感動をつくる朗読をめざして〜」主宰(年3回)

〔サークル入会〕
・朗読サークルに入会をご希望の方は下記にお申し込みください
  【連絡先】047−487−3721(東/ひがし)








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館長の朗読日記2017/船橋「はなみずき」の朗読発表会

館長の朗読日記2017 (戦後72年/西暦2017年06月29日 新規)



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読発表会(1)

 昨日(6月28日)午後1時30分開演で、船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読発表会を上演した。会場は船橋市民文化創造館(きららホール)。朗読作品は浅田次郎原作「夜の遊園地」と山本周五郎原作「四年間」の2本。朗読レッスン的には第2期・朗読ステップ5の第21回目、朗読発表会用レッスンの9回目であった。

 会場の船橋市民文化創造館(きららホール)には電動収納式移動観覧席が136席ある。これは階段状の客席であり、会場の後の半分を占めている。前部分の半分は平らな床になっており、必要に応じてパイプ椅子を並べる。標準型の客席設定は、パイプ椅子を電動収納式移動観覧席の前面に一列に並べたもの(16席分)である。

 今回はその標準型に加えパイプ椅子を2列(16席×2列)並べたので、総客席数は184席になった。見た目には会場の客席はほぼ満席状態であった。受付担当の報告によると、来場者数は160人強ということであったから、20席くらいは空いていたことになる。後の方の座席が空いていたそうだが、暗くてよく見えなかった。



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読発表会(2)

 出演者の朗読は、まあまあの出来栄えであった。私としては、まだまだ不満がある。しかし、会員の皆さんが舞台の上で自分の今もっている力を最大限発揮して頑張っていることは十分伝わってきた。それは、私だけでなく、会場の観客の皆さんにも伝わったはずである。舞台挨拶のときの暖かい拍手がその何よりの証だと考えている。

 もちろん、絶対的なレベルはまだまだである。しかし、毎年、全ての会員が、前年の朗読発表会より朗読のレベルを向上させている。それは確かである。そして、これが私の朗読指導者としてのなによりの誇りなのである。今年の朗読発表会においても、それぞれの会員は、昨年の朗読発表会よりも確実に朗読のレベルを上げていた。

 このサークルは、今回の朗読発表会で設立11年となる。会員の3分の1はレッスン歴11年になる。しかし、レッスン歴が3年の会員もいる。会員によってレッスン歴が区々である。事前の自主練習会では、会員同士がかなり相互啓発を行なったという。レッスン歴の長短にかかわらず、率直活発に相互啓発を図る良い雰囲気だという。



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読発表会(3)

 今回「J:COMチャンネル」というケーブルテレビ(船橋市、習志野市、八千代市)が取材にきた。開場から開演の間に、取材記者&撮影者の事前インタビューに古参会員の1人と共に15分ほど応じた。今回の取材結果は、6月30日(金)17時40分に放送される「デイリーニュース」という番組の中でとり上げられるという。

 今回は、若い会員が1人体調を崩して欠演した。しかし、体調が心配された最長老の会員は、元気に出演することができた。出演しただけでなく、終演後の打上げ会にも参加した。その席上で、今後も、朗読レッスンと朗読発表会に頑張って参加する、と宣言していた。このような最長老会員の頑張りは、みんなに勇気を与えてくれる。

 終演後の打上げ会は、新たにご縁ができたというフランス料理店で行なわれた。本来は休店日なのだが、特別に開店してくれた。実質的な貸し切りであった。シェフの方々も感じが良く、会員の皆さんは大いに盛り上がっていた。私は疲労困憊だったが、会員の皆さんは元気一杯で、打上げ会の後も揃って「お茶」に繰り出していった。





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館長の朗読日記2016/習志野「茜」の第3回「小さな朗読館・ならしの」を開催した

館長の朗読日記2016  (戦後72年06月27日 新規)



○習志野朗読サークル「茜」の第3回「小さな朗読館・ならしの」を開催した(1)

 一昨日(6月25日)に、開場13時00分、開演13時30分に、習志野朗読サークル「茜」の朗読会(第3回「小さな朗読館・ならしの」)を開催した。朗読レッスンとしては第2期・朗読ステップ3の最後の21回目、この朗読会におけるレッスンの9回目である。会場は、習志野市実籾コミュニティホール(2階)である。

 私が集合時間の9時30分に開場に到着したときには、早めに集まった会員の皆さんによって開場の設営はほぼ終了していた。設営が完了した段階で、簡単なミーティングを行ない、午前中の準備の段取りを確認した。中心は、もちろん直前リハーサルである。蔭マイクや舞台挨拶を含め、照明やマイクの設定と撤去まで確認した。

 朗読会の来場者は約60人(客席数88席)。サークルを退会したOBも何人か来ていた。朗読の舞台はシンプルで、バック音楽もバック照明もスポット照明もなにもない。音響装置もプアで、スピーカーなどは移動式である。しかし、出演者は現時点の自分のレベルにおいて、それぞれが最高の朗読をしたと思う。私は感心した。



○習志野朗読サークル「茜」の第3回「小さな朗読館・ならしの」を開催した(2)

 このサークルは会員数が少ない割には、レッスン歴が2年弱〜丸9年とバラついている。それぞれの朗読の上達水準もバラついている。それが、直前の立ち稽古やリハーサルのときに比べて、それぞれが格段にレベルアップした朗読表現になっていた。このサークルは最後発のグループだが、いつの間にか朗読レベルが上がっていた。

 打上げ会&講評会の席上で、私はかなり本気で褒めた。もちろん、会員1人1人については、上達しただけではなく、今後も取り組んでいかなければならない重要な課題も数多く残っている。しかし、この第2期・朗読ステップ3の1年間の上達ぶりがなかなか立派であった。特に、今回、演劇調から自然な語り口に進化した会員。

 口ごもりつつも早口であるために、個々の言葉がはっきりしなかった会員が、今回は最後まで言葉をしっかりと語っていた。しかも途中で悠々と水を補給した落ち着きぶりであった。その他、狡猾な医者の女房、戦争末期に栄養失調で死んだ弟を悼む兄、昔の茶人、それぞれの語り。また「杜子春」の読み継ぎ、皆、頑張っていた。



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館長の朗読日記2015/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2015  (戦後72年06月26日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 一昨日(6月24日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。今回は第3期・朗読ステップ2の第16回目、今秋9月の朗読発表会『この世界の片隅に』に向けたレッスンの第4回目である。この台本は前半と後半に分かれている。今回はその後半(第2部)のレッスンをやった。

 後半(第2部)は、今回が2回目であるから、前回と同じくかなり具体的に突っ込んだ指導を行なった。その中心は作品世界の流れ(展開)とその個々の場面のイメージと登場人物の心情である。それについて、会員1人1人が抱いているイメージを確認しつつ、明らかな見当ちがいや、掘り下げの不足などがあれば補正していった。

 まず、その会員の分担部分を朗読してもらい、つぎにその部分の場面のイメージと登場人物の心情をどのように受けとめているかを確認していく。レッスンとレッスンの間に自主練習会をやって、そこで各場面のイメージについてかなり検討し合ってきたらしい。その結果の会員の統一見解ともいうべき内容が、私にも披露された。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 その中には、思わず「なるほど!」と私が感心させられるような見解もあった。しかし、まだまだ突っ込みや煮詰め方が足りないと思わざるを得ない見解もあった。しかし、そのような意見交換ができるようになったということは、私としても非常に心嬉しい。文学作品を解読しようという意欲と視点と方法が見られたからである。

 反面、かなりのレッスン歴がありながら、語り口の基本的な部分(特に「地の文」を語りかける語り口)がまだ十分には身についていない会員や、身についていないどころかその意義をまだ十分には理解していない会員も少数ながら存在している。そういう会員を眼前にすると、朗読指導者としての私は本当にがっかりしてしまう。

 もちろん、大多数の会員は私の朗読観や朗読の理論をよく理解し、その真髄を身につけようと一所懸命に努力してくれている。そして、長期のレッスン歴を経る過程でその成果が顕われ、現在の日本においては一流に伍すると思われる朗読者にまで上達した姿を眼前にすると、朗読指導者としての私は本当に心嬉しくなるのである。






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