館長の朗読日記2514/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記2514 (戦後75年/西暦2020年08月07日 新規)

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 昨日(8月06日)の15時00分から船橋朗読サークル「はなみずき」のレッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ3の第5回目、レッスン台本・芥川龍之介原作「毛利先生」の第5回目のレッスンである。今回は、この「毛利先生」の最後のレッスンであり、仕上げの通し読みとそれに対する私の講評をおこなった。

 今回の私の講評は語り口のレベルを目安におこなってみた。逆にいえば、今回の「はなみずき」会員による「毛利先生」の仕上げの通し読みを、語り口のレベルを評価することを中心に置いて、その出来栄えを判定したということになる。その結果、第1期生を中心に全体の約3分の1の会員が自分の言葉で語る語り口と判定できた。

 その他の会員もほとんどは、語りかける語り口になってきていた。この判定は少々甘いという気もしないではない。しかし、当たらずといえども遠からず、くらいの精度はあると思う。考えてみれば、第1期生は15年近く、第2期生も6年から9年近くもレッスンを継続している。やはり、朗読は「継続は力なり」なのだと思った。

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 もちろん、朗読は語り口がすべてではない。朗読にとって、語り口は表現の土台となる重要な要素ではあるが、もう一つの重要な要素としてイメージ&心情表現がある。そして、土台である語り口のレベルが上がっていくにしたがって、このイメージ&心情表現の重要度が加速度的に増大していくわけである。これが本体なのである。

 自分の言葉で語る語り口は、現実の生活では誰でも修得している「技」である。したがって、誰でも、それを意識したレッスンを継続していれけば、到達できる「技」である。言い換えれば、現実の生活を通して既に修得している「技」を、朗読の場で発揮する「技」を修得すれば良いわけである。つまり誰でも到達可能なのである。

 しかし、イメージ&心情表現の方は、文学作品を解読する力、その解読を土台にして作品世界を豊かにイメージする力、表現主体の心情を深く理解する力を涵養しなければ、なかなか修得することはできない。それをレッスンによって修得するために私が考案したのが、朗読ステップ1~6なのである。語り口はその土台なのである。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(8月06日)の18時30分から習志野朗読サークル「茜」のレッスンをおこなった。今回は、当初は今年の6月に、そして武漢コロナウイルスのせいで今秋10月に延期された朗読発表会に向けた8回のレッスンのうちの第6回である。1人1作品の後半の3回目である。ただ、その今秋10月の朗読発表会も再延期された。

 そこで、今秋9月の8回目のレッスンで立ち稽古をおこない、再延期された朗読発表会に備えることにした。いわば、その立ち稽古をもって最後の仕上げにしようというわけである。そこで今回は、レッスンに先立って、その立ち稽古の日程と場所をどうするか相談した。その結果、通常のレッスンと同じようにすることに決定した。

 現在、長期休会中の会員2人が立ち稽古に参加するとしても、出演者は全部で6人である。会員1人当たりの朗読時間を15分に抑えているから、最長でも朗読時間は90分で収まる。それに司会者の所要時間10分を入れても100分。また私の講評を20分に抑えれば、通常のレッスン時間120分で収まると計算したのである。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 サークル代表が司会用の原稿をつくってきてくれたので、その後に、前半の司会をやる会員と後半の司会をやる会員に、実際にその原稿を読んでもらった。司会役が実際に読んでみると、私だけでなく、会員からもいろいろと要修正点や要改善点や要追加点が出てきた。そのようにして、今秋9月におこなう立ち稽古の下準備をした。

 その他、照明をどうするのか、という問題提起も出された。たしかに、昨年の朗読発表会においては、出演者の登壇や降壇に合わせて客席とステージの照明を点けたり消したりした。しかし、昨年は照明を担当した2人の会員が退会して今年はいない。人手不足のため再延期された朗読発表会では照明は点けっぱなしにすると決めた。

 その後にレッスンに入ったが、同じ1人1作品の台本を6回もレッスンする段階になると、各会員もそれなりに仕上がってくる。会員1人1人には、それぞれに長所もあれば短所もある。また、それぞれにいろいろな事情もある。もちろんこれまでのレッスンの過程も異なる。それらを総て抱えながらも、それなりに仕上がってきた。

 

 

 

 

 

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アクセス数の推移について(戦後75年版/西暦2020年版)

アクセス数の推移について(戦後75年版/西暦2020年版)

                  (戦後75年08月06日 新規)

 

ブログ発足後13年間のアクセス数の推移 NEW!

~~13年間総計:280666~~ 


【戦後62年(西暦2007年)8月6日~戦後75年(西暦2020年)8月5日】


  1年平均   21589.7 アクセス

  1日平均      59.1 アクセス

 13年累計  280666   アクセス

 


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【発足13年目】 NEW!


戦後74年(西暦2019年)8月6日~戦後75年(西暦2020年)8月5日


  年間総数   16356(対前年比 ー1784)

  1日平均    44.7(対前年比  ー4.9)

 13年累計  280666

 


【発足12年目】


戦後73年(西暦2018年)8月6日~戦後74年(西暦2019年)8月5日


  年間総数   18140(対前年比 ー4535)

  1日平均    49.7(対前年比 ー12.4)

 12年累計  264310

 


【発足11年目】


戦後72年(西暦2017年)8月6日~戦後73年(西暦2018年)8月5日


  年間総数   22675(対前年比 ー272)

  1日平均    62.1(対前年比 ー0.8)

 11年累計  246170

 


【発足10年目】


戦後71年(西暦2016年)8月6日~戦後72年(西暦2017年)8月5日


  年間総数   22947(対前年比 ー4914)

  1日平均    62.9(対前年比 ー13.2)

 10年累計  223495

 

【発足9年目】


戦後70年(西暦2015年)8月6日~戦後71年(西暦2016年)8月5日


  年間総数   27861(対前年比 ー1512)

  1日平均    76.1(対前年比  ー4.4)

  9年累計  200548

 

【発足8年目】


戦後69年(西暦2014年)8月6日~戦後70年(西暦2015年)8月5日


  年間総数   29373(対前年比 ー5546)

  1日平均    80.5(対前年比 ー15.2)

  8年累計  172687

 

【発足7年目】


戦後68年(西暦2013年)8月6日~戦後69年(西暦2014年)8月5日


  年間総数   34919(対前年比 +7152)

  1日平均    95.7(対前年比 +19.6)

  7年累計  143314

 

【発足6年目】


戦後67年(西暦2012年)8月6日~戦後68年(西暦2013年)8月5日


  年間総数   27767(対前年比 +9388)

  1日平均    76.1(対前年比 +25.9)

  6年累計  108395

 

【発足5年目】


戦後66年(西暦2011年)8月6日~戦後67年(西暦2012年)8月5日


  年間総数   18379(対前年比 +1795)

  1日平均    50.2(対前年比  +4.8)

  5年累計   80628

 

【発足4年目】


戦後65年(西暦2010年)8月6日~戦後66年(西暦2011年)8月5日


  年間総数   16584(対前年比 +1737)

  1日平均    45.4(対前年比  +4.7)

  4年累計   62249

 

【発足3年目】


戦後64年(西暦2009年)8月6日~戦後65年(西暦2010年)8月5日
  年間総数   14847(対前年比  +208)
 
 1日平均    40.7(対前年比  +0.6)

  3年累計   45665

 

【発足2年目】


戦後63年(西暦2008年)8月6日~戦後64年(西暦2009年)8月5日


  年間総数   14639(対前年比 ー1540)

  1日平均    40.1(対前年比  ー4.1)

  2年累計   30818

 

【発足1年目】


戦後62年(西暦2007年)8月6日~戦後63年(西暦2008年)8月5日


  年間総数   16179

  1日平均    44.2

  1年累計   16179

 


《館長のコメント》

 この1年間のアクセス数は16356。昨年の18140に比べ1784(約9.8%)減少した。1日平均のアクセス数は44.7。昨年の49.7に比べ5.0(約10.1%)減少した。この1年もアクセス数が減少したが、昨年に比べた昨年の減少幅はわずかとなった。ただし、一昨年にくらべた今年の減少幅はいまだに大きい。

 この1年間のアクセス数16356は、発足4年目である戦後65年(西暦2010年)8月6日~戦後66年(西暦2011年)8月5日のアクセス数16584の水準にもどったようだ。朗読漫画『花もて語れ』の連載開始が戦後65年(西暦2010年)3月、単行本第1巻の発売が同年10月であるから、その初年の水準である。

 私のブログは、アクセス数が増えることそれ自体を目的としていないので、その増減に一喜一憂することはないと考えている。ただ同時に、アクセス数の推移を冷静に分析することは必要だとも考えている。今回は、今年になってから武漢コロナウイルスの感染騒ぎが始まった。この影響がアクセス数にどのように影響したか分からない。

 前回も同じことを記したが、アクセス数の増減にかかわらず、今後もブログの継続と充実に努めていくことに変わりはない。そして、私の提唱する「感動をつくる朗読」の内容が多くの人(特に朗読に心を寄せる人)に届き、その結果としてアクセス数が増加し、日本の朗読文化の向上に資することを望んでいる点は、従来と同じである。

 ともあれ、ブログ開設後の13年間でアクセス数の累計が280666アクセスとなり、ついに28万アクセスの大台を超したことは事実である。朗読というマイナーな分野に特化した、しかも、かなり高度な内容を保っているブログとしては、開設後13年間で28万アクセス、年平均2.1万アクセス超は少ない数字ではないと思う。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2513/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2513  (戦後75年08月05日 新規)

 


〇品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(8月04日)の9時50分から品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ3の第4回目、レッスン台本「毛利先生」の第4回目のレッスンでもある。今回は欠席者が3人もいたので、時間的な余裕が少しは増したものの、会員1人当たり約10分という厳しい時間制限には変わりはない。

 今回も1人1人の会員に台本の約2頁(約4分)を朗読してもらった。それを大まかに3つのパートに分け、各パートごとにいくつかのポイントに絞って指導する。今回も、会員の皆さんが前回に比べて、さらに少しだが上達してきたことを実感した。私は朗読指導を始めて17年経つが、その間に会員が上達する過程を真剣に観察してきた。

 上達の目安の一つは「語り口」である。初心者の「語り口」は棒読みである。朗読者のつぎの到達段階は「語る語り口」の修得である。この「語る語り口」のわかりやすい目安は、各文節の末尾(助詞や助動詞)や各文の末尾(述語)を下げない「語り口」を修得することである。これを修得するだけで今の日本では上手な朗読と見なされる。

 


〇品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 朗読者のつぎの到達段階は「語りかける語り口」の修得である。この「語りかける語り口」は、先の「語る語り口」の進化型である。「語る語り口」をさらに滑らかにして、聴き手に語りかけるように朗読する。しかし、この「語りかける語り口」には2つあって、朗読者が心で読んでしまっている場合と、心から語りかけている場合がある。

 たとえ心で読んでしまっていても、この「語りかける語り口」を修得すれば、今の日本では並みの自称プロの朗読家よりも優れた朗読となる。さらに朗読者が心から語りかけている「語りかける語り口」を修得すれば、今の日本では一流の朗読家とみなし得ると思われる。私が指導している朗読サークルの古参会員の多くはこのレベルにある。

 「語り口」の最終的な到達段階は「自分の言葉で、自分の心情とイメージで語りかける語り口」の修得である。これがむずかしい。なぜなら、この「語り口」で表現するためには、台本の作品世界をすべて「自分事(わがこと)」としてイメージし、そのイメージを自分の言葉で朗読する必要があるからである。これができれば超一流である。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2512/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記2512  (戦後75年08月02日 新規)

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(8月01日)の9時30分から千葉朗読サークル「風」のレッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ4の第12回目、今秋10月に予定している朗読発表会に向けた台本「ヴィヨンの妻」の第4回目のレッスンである。この「ヴィヨンの妻」を前後の2部に分け、その前後を交互にレッスンする。今回は後半の2回目である。

 この「ヴィヨンの妻」は、全体が朗読的に面白い作品だが、前半と後半ではその面白さが若干異なる。前半は、椿屋(居酒屋)の亭主のセリフが多くの部分を占めているのだが、その内容は椿屋と大谷(登場人物=太宰治の分身)のかかわりあいを説明するものである。それ自体が面白いのだが、内容そのもののイメージはかなり明確に分かる。

 その意味で、会員の皆さんのイメージは一致しやすい。それに対して、後半は主人公である椿屋のさっちゃんが前面に出てくるのだが、そのさっちゃんの心情、および、さっちゃんと大谷のからみにおける二人の心情やイメージについて、会員の見方が分かれるのである。その喰い違いが面白くて楽しいのだが、いずれは一致させる必要がある。

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 このサークルの会員は、最古参の一人を除いて読み継ぎ形式の朗読上演は今回が初めてである。読み継ぎ形式の場合は、レッスンだけでは足りないので自主練習会の開催が不可欠といえる。このサークルも、今回からレッスンの後(午後)に自主練習会を実施するという。まずは「お弁当を食べてから」と楽しそうなので、私は早々に退散した。

 この「ヴィヨンの妻」を朗読発表会で上演する場合には、バック音楽がきわめて効果的である。私のバック音楽の音源はMDなのだが、今回の会場の音響設備はMDが使えない。そこで、サークルの方で必要なバック音楽をMDからCDにダビングしてくれることになった。今回は、そのバック音楽の一覧表と音源のMDを持参したわけである。

 この「ヴィヨンの妻」は過去に2つのサークルが朗読発表会で上演しているから、バック音楽もだいたいは決まっている。しかし、朗読する会員も違うし、バック音楽にふさわしそうな新たに見つけた楽曲もある。通常は、立ち稽古からバック音楽を試すのだが、今回はCDに収録したのを機に、次回のレッスンから試してみようと考えている。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2511/船橋勤労文化センター自主事業「朗読入門講座」について

館長の朗読日記2511 (戦後75年/西暦2020年08月01日 新規)

 


〇船橋勤労文化センター自主事業「朗読入門講座」について(1)

 今年の2月、まだ武漢コロナウイルスの感染騒ぎが本格化する前に、船橋市勤労市民センターから自主事業講座の一環として「朗読入門講座」の企画立案と講師を依頼された。その依頼を受け、何度か打合せを重ねながら大筋の企画構想を固めていった。武漢コロナウイルスの感染騒ぎが一段落したので、一昨日(7月30日)に最終的な打合せをした。

 船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンの直前に、私が船橋市勤労市民センターに立ち寄ったのである。私から「朗読入門講座」のスケジュール案、レジュメ案、講座資料案、レッスン台本(宮澤賢治原作「やまなし」、斎藤隆介原作「花咲き山」、小山内薫原作「梨の実」)、私の出版物リスト、拙著『朗読の理論』の書評、の資料を渡した。

 船橋市勤労市民センターからは「船橋市勤労市民センター自主事業講師依頼について」という正式の依頼書と、それに対する私の「承諾書」の書式が渡された。また、参加者募集のポスターやチラシの見本が提示された。お互いの資料類についての説明の他に、当日の机の配置やマイクの有無その他について、かなり細かい具体的な打合せをおこなった。

 


〇船橋勤労文化センター自主事業「朗読入門講座」について(2)

 正式な依頼書によれば、企画名は「勤労市民センター自主事業講座『朗読入門講座』」である。日時は、9月2日・9日・16日・23日・30日・10月7日・14日・21日(各水曜日 全8回)午後1時30分から午後3時30分である。会場は、船橋市勤労市民センター・3F・第4会議室である。募集は先着15人。費用は5600円である。

 これまでにも、朗読サークル主催の朗読入門講座を何回もやったが、回数は3回止まりであった。全8回という長丁場は今回が初めてである。こういう朗読入門講座のむずかしさはいろいろあるが、特に私にとってのむずかしさは、参加者の語り口がまちまちであり、短期間で「語りかける語り口」を指導することがきわめてむずかしいという点にある。

 この「語りかける語り口」を指導するには、通常は約3年かかる。たとえこの手のものとしては回数が多いとはいえ、わずか全8回で修得してもらうのは不可能といって良い。したがって、指導の重点はイメージ表現と心情表現に置かざるを得ないのだが、そのイメージ表現と心情表現も「語りかける語り口」で朗読しないことにはむずかしいのである。

 

 

 

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館長の朗読日記2510/船橋「はなみずき」の朗読レッスン

館長の朗読日記2510 (戦後75年/西暦2020年07月31日 新規)

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月30日)の15時00分から船橋朗読サークル「はなみずき」のレッスンをおこなった。本来は6月04日に予定していたレッスンが武漢コロナウイルスのせいで中止になったので、その分を今回にスライドさせたのである。今回は、第3期・朗読ステップ3の第4回目、レッスン台本・芥川龍之介原作「毛利先生」の第4回目のレッスンである。

 武漢コロナウイルスの感染防止のために、全員がマスクを使用している。前回は、そのマスクのせいで私のコメントが聴こえにくかったらしい。そこで今回は、私だけマイクを使用した。この「毛利先生」では、主人公・毛利先生のセリフ表現に会員は苦労している。この毛利先生のセリフに不可欠な、緊張感、切実感、必死感のこもった朗読はむずかしい。

 特に会員の皆さんは毛利先生の「金切声」に苦心している。この「毛利先生」は文学作品として面白く、芥川龍之介の作品のなかでも傑作に入ると思われる。また、朗読をするための原作としても歯ごたえがあって練習し甲斐があると思う。しかし、朗読サークルのためのレッスン台本としては、あまり適切ではなかったか、と思い直しているところである。

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 サークル会員の朗読は、着実にレベルが上がってきている。古参の第1期生は、いつの間にか、かなり自然な語り口になってきた。あとは、朗読における精神的な「技」に磨きをかけることであろう。芥川龍之介原作「毛利先生」は良くも悪くもメリハリの利いた表現をしている。深い心を表現している地の文の朗読には、この精神的な「技」が必要である。

 今や中堅となった第2期生は、なめらかに語っているような語り口で、文や文章の流れで表現されているイメージや心情を表現することができる実力はついてきている。今後は、その文や文章を構成している1つ1つの文節にこめられたイメージや心情をも表現できる実力をつけていくべき段階である。また、その会員本来の声で朗読することが必要である。

 レッスン歴がまだ数年の第3期生は、みな朗読経験者である。レッスンを重ねるうちに、私がめざす朗読のスタイルに慣れてくると共に耳も肥えてきて、第1期生や第2期生の朗読のレベルが分かってきたようである。語りかける語り口と共に、文学作品に表現されているイメージや心情を自分の朗読表現にどのようにこめるか、という課題に取組んでいる。

 

 

 

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館長の朗読日記2509/武漢コロナウイルスから私の朗読活動が受けた被害(その8)

館長の朗読日記2509  (戦後75年07月29日 新規)

 


〇武漢コロナウイルスから私の朗読活動が受けた被害(22)

 武漢コロナウイルスの新規感染者数が7月になってかなり増加している。先月6月は6月23日までは50人前後で推移していたものが6月24日から100人前後に倍増し、今月7月02日から200人前後にさらに倍増し7月09日から400人前後にさらに倍増し、7月16日からは400人~1000人の間で上下している。

 マスコミはこの新規感染者数の動向を大げさに報道している。しかし、重要な重症者数と死亡者数の動向には注意を向けない。重症者数は5月01日の328人をピークに徐々に減少し、6月05日に100人を下回った。その後も減少傾向はつづき7月10日に31人と底を打った。その後はまた増加し7月28日は76人である。

 死亡者数は、新規の死亡者数が3月23日~4月09日は10人以下であった。4月10日~4月19日は10人~20人で推移。4月20日~5月28日は10人~30人の間で上下。5月29日以降は10人以下、それも0人を含めて数人の範囲に収まっている。日本のマスコミは、こういう少ない数値のことは大きく伝えない。

 


〇武漢コロナウイルスから私の朗読活動が受けた被害(23)

 朗読レッスンは、6月後半以降は、ほとんどのサークルで再開され、7月29日現在では全部で再開された。サークルの朗読発表会は、今年2月に開催したものを除いて、その後は今秋9月までに予定していたものはすべて中止に追い込まれた。今秋10月に予定している千葉朗読サークル「風」は、粛々と開催の準備を進めている。

 私が主宰している「小さな朗読館」は年3回の公演をすべて来年に順延した。これまでは毎年3月、7月、11月に定期(年3回)公演をおこなってきた。しかし、3月と7月の公演は会場(船橋きららホール)が使用できずに中止せざるを得なくなった。残る11月の公演も、公演中止の後処理の煩雑さに懲りて中止したのである。

 今年は、3月が第17回目、7月が第18回目、11月が第19回目の「小さな朗読館」であった。その第17回~第19回の「小さな朗読館」を、ゲスト出演者とプログラムをほぼそのまま来年にスライドして開催する計画である。私は来年の武漢コロナウイルスの動向を楽観している。マスコミのミス・リードだけが問題である。

 


〇武漢コロナウイルスから私の朗読活動が受けた被害(24)

 昨日、ある朗読サークルの元会員から、暑中見舞いの葉書が届いた。この会員は、現役の声優であるが、私が指導している朗読サークルに5年ほど在籍していた。その暑中見舞いの文面では、今回の武漢コロナウイルスで私の朗読活動が大変だったのではないかと心配してくれていた。私は生業としての声優のことはよくわからない。

 結婚式などの司会を現役の生業としている他の朗読サークルの現会員から、今年の3月~9月はパッタリと仕事が途絶えているという話しを聴いていた。テレビ番組の制作が中断されているという話題も耳にするから、声優という仕事も武漢コロナウイルスによって大きな影響を受けているのではないか、と心配していた矢先である。

 密かに心配していた相手から、逆に今回のような気遣いをされると、非常にありがたく感じると共に、相手の方もかなり大変なのではないかと却って心配にもなる。まあ、この元会員は声優としてかなりの実力の持ち主だから、余計な心配かも知れないが。私の朗読活動は半生業半ライフワークだから、良くも悪くも余裕だけはある。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2508/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2508  (戦後75年07月26日 新規)

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月25日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ5の第10回目、レッスン台本・岡本かの子原作「鮨」の第5回目のレッスンである。今回は、武漢コロナウイルスのせいで3月~6月の長期の中断をした後の、レッスン再開の第2回目である。

 最近は、どのサークルにおいても、会員の1人1人に順々にレッスン台本の約2頁づつを朗読してもらい、その2頁分を3つのパートに分け、それぞれの朗読表現について指導なりコメントをするようにしている。今回は、このサークルについてもその方法を意識的に適用した。このレッスン方法は我ながらなかなか良いと思っている。

 前回のレッスンで単語の2音目(ないしは1音目)が上がっていなかったレッスン歴の長い会員が、今回はさすがに直っていた。やればできるのである。前回は練習をまったくしていなかったから、というのが当人の言い訳である。しかし、それは、語りかける語り口の基本が十分修得できていないという意外のことを意味していない。

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 今回のレッスンが2回目という新規入会者が、しっかりした朗読をしていた。そこで、つい、いろいろな注文をしてしまった。一度にたくさんの注文をしては情報過多になる恐れがある。こういう会員には慎重に様子を探りながら指導していく必要がある。良い声出しだが、硬い朗読をしていた会員が、今回は柔らかい語り口になった。

 これは大きな朗読的な飛躍である。まったくの初心者として2年数ヶ月前に入会してきた会員が、今回、ようやく初心者っぽさが消えて、いわゆる「らしい朗読」をしていた。おそらく、イメージ表現や心情表現のなにかを掴んだものと見える。これも一種の朗読的な飛躍である。朗読レベル的にはまだまだだが、今後が楽しみである。

 レッスン歴はまだ2年数ヶ月だがなかなかの朗読をする会員と、レッスン歴が約6年でかなりの朗読をする会員には、セリフと地の文のつなげ方、間の取り方、視点の転換など、高いレベルの基本のダメだしをする。もはや指導者格となっている最古参の会員は、私のダメ出しについて、傍から絶妙の助言や解説をして補完してくれる。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2507/千葉「わかば」の朗読レッスン

館長の朗読日記2507  (戦後75年07月24日 新規)

 


○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月23日)の13時30分から千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ3の第6回目のレッスン、レッスン台本・芥川龍之介原作「或日の大石内蔵助」の第2回目である。今回から、各会員に台本2頁弱を順番に朗読してもらうが、それぞれを3つのパートに分けて、指導することにした。

 今回のレッスンは、ベテランの第1期生と入会後のレッスンがまだ2回目の新規会員の組合わせである。ベテランの会員はこれまでのレッスン歴があるから、それぞれの会員の現在の到達点や到達経緯を私は熟知している。その上達過程を踏まえて、現時点での朗読を評価し必要な指導をしていくから、一種の確信をもって指導することができる。

 新規会員は、朗読の経験があるというが、その朗読履歴はくわしく分からない。これまでの2回のレッスンでの朗読を聴くと、かなりしっかりとした語り口である。作品世界のイメージづくりもしっかりとできている。私が指導する朗読スタイルにも納得しているようである。私の指導もまだ手探り状態であるが、まず基本の指導から始めている。

 


○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)

 ベテランの会員は確実に力をつけてきている。今回は、会員の一人が朗読的な飛躍を見せた。数回前のレッスンからその兆候はあったのだが、今回の朗読でそれがはっきりした。仲間のベテラン会員もそのことが分かったらしく、的確な評価をしていた。そういう仲間の会員の朗読的な飛躍が、お互いの刺激にも、また無上の参考にもなっていく。

 来年2月に開催予定の朗読発表会は1人1作品形式で上演することになった。武漢コロナウイルスの感染を恐れて2人の会員が長期休会中で、出演者が4~5人と少ないためである。このサークルは読み継ぎ形式の朗読発表会を志向していたが、少人数での読み継ぎは好ましくないと判断したのである。たまには1人1作品形式の上演も悪くない。

 会員数を増やす方策についても相談した。会員から、レッスン会場とレッスン時間を変更したらどうか、という提案があった。千葉市は、市報に会員募集の広告が載せられず、公的施設にポスターやチラシを置く条件も限定的(使用している施設に限定)である。また平日では仕事をもっている人は参加できない。会場と時間の変更は妙案である。

 

 

 

 

 

 

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館長の朗読日記2506/体調を維持するための散歩について(その7)

館長の朗読日記2506  (戦後75年07月23日 新規)

 


〇体調を維持するための散歩について(13)

 今年も梅雨の季節になり、ずっと雨の日がつづいていた。しかも、武漢コロナウイルスのせいで中断を余儀なくされた朗読レッスンも、先月6月の後半から本格的に再開できるようになった。それやこれやで、しばらくは散歩をしなかった。一昨日は珍しく雨が降らなかったが、品川朗読サークル「あやの会」のレッスンがあって、できなかった。
 
 昨日(7月22日)も雨が降らなかったので、日の傾く夕方には散歩しようと考えていた。昼間は、書斎で本来のライフワークをしたのだが、永年の懸案箇所にいたって、また少し行き詰ってしまった。折よく夕方にもなったので、思い切って散歩に出かけた。玄関を出た途端に、行き詰った箇所について妙案が閃いた。これが散歩の効用である。

 私は若い頃は散歩が好きで、書斎仕事に行き詰ると気軽に頻繁に出かけたものである。そうすると、不思議なくらい良いアイデアが浮かんできた。近年は、体力ないしは気力が衰えてきたためか、昔ほど頻繁に散歩に出かけなくなっていた。そのために、ついこの散歩の効用を忘れていた。今回の効用は、久しぶりのせいか特大級のものであった。

 

 

〇体調を維持するための散歩について(14)

 いつもの散歩コースをたどっていったが、1番目の公園はいつものように子供が遊んでいた。ただし、今日は2人だけだった。2番目の公園は、しばらく見ないうちに、クローバーが中央部分も覆っていた。ピンクと白の花も咲いていたが、以前のような美しさはなくなっていた。一度、全面的に刈られた影響であろう。また、来年に期待しよう。

 最後の3番目の公園も変化があった。以前には何種類かの鳥が闊歩していたが、今回は一匹もいなかった。梅雨のせいなのか、近隣で新築工事がつづいて騒音がでていたせいか、あるいは、武漢コロナウイルスによる学校閉鎖の影響で近所の子供が脇の通路でバスケットボールのドリブル練習をしていた音に怯えたせいなのか。原因は分からない。

 一見すると、そうそう変化の無さそうな住宅街の小さな公園でも、散歩のついでながら子細に観察してみると、いろいろと小さく変化していることが分かる。今後は、若い頃のように、気軽に散歩に出かけて、散歩の効用にあずかろうと考えている。これは、朗読の研究をふくめたライフワークのためでもあり、また、自分の健康のためでもある。

 

 

 

 

 

 

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館長の朗読日記2505/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2505  (戦後75年07月22日 新規)

 


〇品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月21日)の9時50分から品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ3の第3回目、レッスン台本「毛利先生」の第3回目のレッスンでもある。会場は、いつもの荏原第五区民集会所であるが、武漢コロナウイルス感染防止のために部屋は定員百人の第一集会室であった。

 今回も実質的なレッスン時間は10時00分~12時10分であった。今回は欠席者が2人いたので、レッスン時間は1人当たり約10分。何とか時間ギリギリで間に合ったが、内心はヒヤヒヤであった。しかし、緊張していたせいか、会員1人1人に対しても、またそれを聴いている他の会員に対しても、良い内容だったと思う。

 1人1人の会員に、台本の約2頁(約4分)を朗読してもらう。それを大まかに3つに分け、最初の3分の1で切って、いくつかのポイントを注意する。つぎの3分の1で切って、良くなった点と良くなっていない点を注意する。最後の3分の1で仕上げてもらう。今回も会員の皆さんが、少しだが着実に上達したことを実感した。

 


〇品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 帰りの電車で会員の1人と乗り合わせた。その会員は耳が少し遠いが、民話の語りを30年間やってきた実績をもつ。この会員は戦後72年(西暦2017年)に私が講師を務めた大田文化の森運営協議会主催公募企画事業「朗読入門講座」に参加し、仕上げの「花咲き山」の読み継ぎをしたときに会場の雰囲気を変えた人である。

 わずか数分の朗読で会場の雰囲気を変えるほどの実力をもちながら、私のレッスンを聴いて「今までの自分はなにをやってきたんだろ」と思ったというくらい、高く評価してくれている。朗読漫画『花もて語れ』第3巻の「花咲き山」のところを読んで、自分の「花咲き山」の語りが大きく変わったという。その感性が素晴らしい。

 その深化した語りを、ある朗読会で上演したところ、それを聴いた人から「感動した。是非再演して欲しい」と言われたという。また、品川朗読サークル「あやの会」の皆さんが、グングンと上達していくのを目の当たりにしてびっくりしているという。そういう体験も初めてだという。語りと朗読は少し違うが本質は同じである。

 

 

 

 

 

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館長の朗読日記2504/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記2504  (戦後75年07月19日 新規)

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月18日)の9時30分から千葉朗読サークル「風」のレッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ4の第11回目、今秋10月に予定している朗読発表会に向けた台本「ヴィヨンの妻」の第3回目のレッスンでもある。この「ヴィヨンの妻」を前後の2部に分け、その前後を交互にレッスンする。今回は前半の2回目である。

 前2回のレッスンで、この「ヴィヨンの妻」をひと通りたどり終えた。会員の皆さんが、自分の分担部分をどのように読みとり、どのように朗読するかも、ひと通りわかった。今回からが本格的な指導である。それぞれの分担部分を3分の1に分け、その3分の1を朗読し終わるごとに、セリフを表現する心情と地の文の視点を確認していった。

 大まかに言って、会員の皆さんが表現主体の心情や場面のイメージの理解の仕方が十分でないことがわかった。逆にいえば、それだけこの太宰治の「ヴィヨンの妻」がむずかしいということであろう。それをまた逆にいえば、この「ヴィヨンの妻」が、朗読表現的に面白い作品だということになる。それだけに、さらなる努力が必要なのである。

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 この「ヴィヨンの妻」の通常のレッスンはあと3回である。その後は立ち稽古(通し稽古)と舞台リハーサルが1回づつ、そしいて本番となる。通常のレッスンがあと3回しかないということで、会員の皆さんに一種の危機感が醸成された。そこで、私が、他のサークルが読み継ぎ形式で上演する場合には、自主練習会をやっていると助言した。

 この「風」は、かなり前から1人1作品形式の朗読発表会ばかりをやってきた。ほとんどの会員は読み継ぎ形式の朗読発表会の経験がない。この1人1作品形式の朗読発表会の場合は、会員同士が互いの朗読表現に対して相互啓発的な意見が言いにくいから、自主練習会もまったくやっていない。この貴重な朗読練習の機会がなかったのである。

 朗読発表会までまだ3ヶ月もある。会員の皆さんは、この3ヶ月間で自主練習会をやっていくという。大いに結構なことである。自主練習会の場で、会員同士が相互啓発と場面イメージや表現主体の人物像や心情についての認識を統一させていく。そういうなかで、会員間のさらなる団結心も醸成される。読み継ぎ形式の朗読上演の効用である。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2503/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記2503 (戦後75年/西暦2020年07月17日 新規)

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 今回は、第3期・朗読ステップ3の第3回目、レッスン台本・芥川龍之介原作「毛利先生」の第3回目のレッスンである。このレッスン台本「毛利先生」については、会員の皆さんは主人公・毛利先生のセリフ表現に苦労している。なにしろ、金切声を張り上げ、しかも、日本語が苦手で言葉が直ぐには出てこない、というセリフである。

 朗読の場合、こういうセリフは、セリフだけを上手に表現しようとしてもうまくいかない。そのセリフにつながる直前の地の文の表現と、それとセリフの組合わせ(《間》をふくめて)を工夫しなければならない。これがうまくできれば、今の日本では最高レベルの朗読家と評価できると思う。それほど、この「毛利先生」はむずかしい。

 このサークルの最古参の会員でも、この「毛利先生」には手を焼いているようである。最古参の会員レベルになると、通常の朗読表現については、あまり指導すべきことがない。したがって、こまかな不注意部分を指摘するだけで足りる。あとは、上記のような毛利先生のセリフと地の文の組合わせの表現を何とか実現させるだけである。

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 指導する立場からいうと、準ベテランの会員(第2期生)がもっとも指導しやすい。かなり実力がついてきているし、その分だけ耳も肥えてきている。私の指導内容も良く理解できるし、わりあい感度良く私の指導に応えることができる。少々手厳しいことを言っても、逞しく受け止めてくれる。ときどき朗読的飛躍もして見せてくれる。

 新規入会者あるいはレッスン歴が数年の会員に対しては、本来は言いたいことを言っている私も、さすがに少々慎重になる。どんな内容を、どんな言い方で、どの程度いったら良いかを、相手の反応を見ながら探り探り指導している。まさに真剣勝負の心境である。まあ、そんなことを言っても、結局、言うべきことを言っているのだが。

 今回は、朗読するときの声を少し抑えることのむずかしさを改めて実感した。一所懸命に朗読すると、どうしても声を張るので、普段よりも音域が高くなる。それがあまり高くなりすぎると、少々耳にさわって聴きずらくなる。それに比べると、普段の声はすばらしく良い声に聴こえる。この場合の良い声とは、いわゆる美声とはちがう。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月16日)の18時30分から習志野朗読サークル「茜」のレッスンをおこなった。今回は、今秋10月に計画している朗読発表会に向けた8回のレッスンのうちの第5回である。1人1作品の前半の3回目である。このサークルはもともと会員数が少ない上に、家庭の事情で2人の会員がほぼ毎回休会状態である。今回のレッスンも4人である。

 今回は、レッスンの前に、今秋10月に開催する計画であった朗読発表会について議論があった。このサークルの朗読発表会は、前回から習志野市東習志野図書館が主宰する一般講座の一環として、図書館主催でおこなっている。今秋10月の朗読発表会もそのつもりで計画していた。ところが武漢コロナウイルスのせいで、図書館は主催できないという。

 習志野朗読サークル「茜」が主催するなら、東習志野図書館としても会場を貸すのに吝かでないという。そこで、習志野朗読サークル「茜」が主催して朗読発表会を開催するか否かを、あらためて議論したわけである。会員4人による議論と採決の結果、今秋10月の朗読発表会は、武漢コロナウイルスの感染騒ぎが一段落するまで延期することになった。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 実は、私は、この習志野朗読サークル「茜」の朗読指導を、今秋10月の朗読発表会を最後に終了することにしており、このサークルの会員にもすでにこのことを伝えていた。その朗読発表会が延期になった場合にも、朗読レッスンは今秋9月で終了することにしていた。今秋9月の最後のレッスンは立ち稽古(通し稽古)とし、ひと通りの仕上げとする。

 その後は、この習志野朗読サークル「茜」は、朗読愛好会として存続させ、現在の会員6名が自主的に集まって朗読を練習し、定期的に朗読会を開催する。その朗読会は、習志野市東習志野図書館との条件が合えば、習志野市東習志野図書館主催の一般講座の一環として開催することがのぞましい。私も、依頼があれば、朗読会の準備の指導を引き受ける。

 とにかく、現在レッスン中の作品については、いずれ武漢コロナウイルスの感染騒ぎが収まれば、朗読発表会で上演する計画である。その際、本番に備えたリハーサルと本番における朗読の指導と演出については、私が引き受けることを約束した。今秋9月の立ち稽古と延期した朗読発表会のリハーサルをつなぐのは、会員の自主練習会ということになる。

 

 

 

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館長の朗読日記2502/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2502  (戦後75年07月12日 新規)

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月11日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ5の第9回目、レッスン台本・岡本かの子原作「鮨」の第4回目のレッスンである。今回は、武漢コロナウイルスのせいで3月~6月の長期の中断をした後の、約4ヶ月間ぶりのレッスンである。

 久しぶりのレッスンなので、いろいろと実務的な作業があった。月謝の清算、開催を中止した3月の「小さな朗読館」のチケット代金の返金、新しい名簿の配布など。また、今秋9月に予定していた朗読発表会を中止した関係で、今後のレッスンの日程を再調整した。また武漢コロナウイルスに対する私の朗読レッスン方針を説明した。

 また、レッスンの冒頭に、私の朗読レッスンの基本的なやり方と、それに対する会員の皆さんの受け止め方について、改めて解説した。今回は、個人的な事情でしばらくレッスンを休む会員が2人いた。また、無断で欠席した会員が2人いた。それらを確認してから久しぶりに岡本かの子原作「鮨」の第4回目のレッスンをおこなった。

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 会員が少しづつ順番に「鮨」の朗読をし、その度にその部分の朗読に対して私から指導やコメントをしていく。これまでの長期の中断中に、自宅で良く読み込んできたことがわかる会員も何人かいた。また、そこそこに自宅練習をしてきたであろう会員も何人かいた。しかし、この4ヶ月の間、朗読的にボーと過ごしてきた会員もいた。

 驚いたことに、レッスン歴が長い会員の1人が、単語の2音目(ないしは1音目)を上げる朗読をしていないことに気がついた。レッスン歴が長いから、朗読そのものは手慣れた感じなのだが、表現的には棒読みになっている。逆に、改めて、棒読みというものの本質がわかったような気がした。これも得難い体験であり、知見である。

 このサークルが第3期・朗読ステップ5を終了するまで、あと4回のレッスンがある。通常は1本のレッスン台本につき6回のレッスンをする。したがって、レッスンが2回分あまることになるので、その2回分のレッスンをどうするか相談した。結論は出なかったが、今回の様子を見るとこの「鮨」をミッチリとやるべきだと思った。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2501/千葉「わかば」の朗読レッスン

館長の朗読日記2501  (戦後75年07月10日 新規)

 


○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月09日)の13時30分から千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ3の第5回目の朗読レッスン、新しいレッスン台本・芥川龍之介原作「或日の大石内蔵助」の第1回目でもある。今回は初回であるから、とりあえず台本を2ページ弱づつ順番に朗読してもらい、私からのコメントはなるべく省略した。

 その後、私から、この芥川龍之介原作「或日の大石内蔵助」について大まかな解説をした。その内容は、何年か前に「東百道・講演と朗読の会」で講演したもので、その構造を芥川龍之介の「河童」と対比したものである。そして、この作品の主人公を芥川龍之介の分身としてとらえ、当時の芥川龍之介が一種の板ばさみの状態であった点を象徴化したものとした。

 前回のレッスン後に意見交換会をおこなった。テーマの1つは、この武漢コロナウイルス禍で朗読レッスンを続けるべきか否かということ。テーマの2つは、今年2月に開催した朗読発表会『ツバキ文具店』の原作をかなりカットして上演したことに対する是非であった。この意見交換会の後に、会員の1人が退会し、会員の1人が2ヶ月間休会することになった。

 


○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)

 反対に、前回のレッスンを見学に来ていた見学者が今回から新規会員として朗読レッスンに加わった。その結果、千葉朗読サークル「わかば」の会員は7人、休会中の会員が3人、当面のレッスン参加者は4人、ということになった。このレッスン参加者のうちの3人は第1期生であり、残りの1人は新規入会者という構図になった。まことに奇しき結果ではある。

 このサークルの次回の朗読発表会は来年の2月である。現在の休会者3人のうちの2人は、来年2月までの長期休会者である。休会者の残り1人は2ヶ月の休会予定であるから、次回の朗読発表会の出演者は多くて5人ということになる。そこで今回は、朗読発表会を前回のように読み継ぎ形式で上演するか、1人1作品形式で上演するか、という意見交換をした。

 1期生の3人は、以前に出演者6人で深沢氏七郎原作『楢山節考』を読み継ぎ形式で上演した実績がある。以前から、この『楢山節考』を再上演しようというアイデアはあったのだが、休会中の2人の会員がこの『楢山節考』の再上演を楽しみにしていたというのである。そこで、別の作品を選ぶか、それとも1人1作品形式の上演をするか、を相談したのである。

 

 

 

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館長の朗読日記2500/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2500  (戦後75年07月08日 新規)

 


〇品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月07日)の9時50分から品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ3の第2回目、レッスン台本「毛利先生」の第2回目のレッスンでもある。会場は、いつもの荏原第五区民集会所であるが、武漢コロナウイルス感染防止のために、定員百人の第一集会室が当てられた。

 定員百人の集会室に講師の私を含めて15人がバラバラにすわるのだから、部屋はガラガラの雰囲気である。前回は第3期・朗読ステップ3の第1回目の朗読レッスンということで、実務的なことや全体的な説明などに時間をとられた。今回から、1人1人にミッチリレッスンしようと思っていたが、レッスン時間が足りなかった。

 レッスン時間は午前9時50分~12時00分である。しかし、いつもは、このサークルの自主練習のために午後も同じ会場を確保してくれている。そこで中間の昼休み時間(12時00分~13時00分)も使用できる。そのため、つい13時近くまでレッスンをつづけていた。それが12時00分に部屋を出なければならない。

 


〇品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 私も、数ヶ月ぶりのレッスンなので、今一つレッスンの勘が戻らない。特に時間管理はむずかしい。今回は、最後の方は12時00分までに全員の朗読とそれに対する私の指導ができるかどうか、内心ハラハラしながらやっていた。この「毛利先生」は朗読的に面白い作品なので、私の指導にも思わず熱が入るからなおさらである。。

 この「毛利先生」は、毛利先生のセリフ表現がむずかしい。毛利先生が金切声をあげたり、どもったり、つっかえたりするセリフ表現をどのようにするか、工夫を要するのである。その毛利先生のセリフの直前の地の文の読み方と《間》の取り方が勝負である。会員の皆さんは、それぞれの段階と水準において確実に上達していた。

 会員数が10人以上になると、毎回のレッスンで朗読的に飛躍する会員が数人はいる。ある会員は、語り口に自在感が出てきた。ある会員は、マスクのせいか声に力が入ってきた。ある会員は、気取った語り癖が消えて自然になってきた。何人かの会員たちは、毛利先生のセリフを芝居気たっぷりに表現していた。なかなか面白い。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2499/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記2499  (戦後75年07月05日 新規)

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月04日)の9時30分から千葉朗読サークル「風」のレッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ4の第10回目、今秋10月に予定している朗読発表会に向けた台本「ヴィヨンの妻」の第2回目のレッスンでもある。この「ヴィヨンの妻」を前後の2部に分け、その前後を交互にレッスンする。今回は後半の1回目である。

 この「ヴィヨンの妻」は、作品としても、朗読的にもきわめて面白い。前半の第1部は、太宰治の分身である大谷が馴染みの居酒屋から大金を盗み、居酒屋の夫婦が自宅に押しかけて詰問するという物語の発端と、大谷が逃亡した後に居酒屋の亭主が主人公である大谷の妻(さっちゃん)にこれまでの経緯をくわしく語った内容からなっている。

 後半の第2部は、主人公である「さっちゃん)が、居酒屋で働き始め、大谷が盗んだ大金を馴染みのバーのマダムに建て替えてもらって一段落させ、主人公である「さっちゃん)が新たな生活を始めるという内容である。この後半の第2部には、いろいろとひっかかる箇所がある。今回は、主にそのひっかかる箇所の指摘とその理由を説明した。

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 そのひっかかる箇所についての解読ないしは解釈について、サークル会員の皆さんの意見を訊いた。会員の皆さんは活発に自分の意見を発表してくれた。私は、そういうひっかかる箇所についてはあまり簡単にわかったつもりにならないように注意した。そういう箇所を大切に心にとめて長期間を経過するとある瞬間に新たな発見の糸口になる。

 そういうひっかかりをどのように受けとめ解読ないしは解釈するか、それ次第でその箇所の朗読表現は大きく変わってくる。特に、そういうことを何も意識せずに、ただボーと朗読する場合とはまったく違った朗雄になる。したがって、そういうひっかかりの多いこの「ヴィヨンの妻」のような作品を朗読する場合は、精神的に大変なのである。

 今回の読み継ぎ形式の場合、会員1人当たりの朗読時間は、前後それぞれ5~6分である。これはボクシングの試合の2ラウンド分に相当する。会員の皆さんには、この作品を本気になって1回分の朗読をすれば、精神的にフラフラになるはずだ、と脅かしておいた。今回は後半の第2部の1回目のレッスンである。次からは徐々に大変になる。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2498/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記2498 (戦後75年/西暦2020年07月03日 新規)

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 今回は、武漢コロナウイルスのせいで中断してから、久しぶりに朗読レッスンを再開した2回目の朗読レッスンである。また今回は、第3期・朗読ステップ3の第2回目、レッスン台本・芥川龍之介原作「毛利先生」の第2回目のレッスンである。今回は、私の朗読レッスンの全体的な組み立て方とそれに対する会員の受けとめ方について簡単に説明した。

 前回は、久しぶりのレッスンであるのと、第3期・朗読ステップ3の第1回目のレッスンであるのと、新しいレッスン台本「毛利先生」の第1回目のレッスンであるのとで、会員ひとりひとりの朗読に対する指導やコメントができなかった。そこで、今回は、前回の初読の朗読と合わせた2回分の朗読に対する指導やコメントをひとりひとりにおこなった。

 もちろん、ひとりひとりの朗読に対して、前回の初読の朗読はこうで、今回の2回目の朗読はこう、というような指導やコメントをしていったわけではない。前回の朗読を踏まえた今回の朗読の表現の仕方や語り口について、私なりの指導やコメントを付していったのである。このサークルは、レッスンの度にくじ引きで席を決め、席順で朗読をしていく。

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 その結果、朗読する順番はレッスン歴の長短や男女などが順不同に入り乱れている。朗読する会員の方もいろいろ緊張すると思うが、指導&コメントする方も真剣勝負の度合いが増す。傍目からは気楽にやっているように見えるかも知れないが、これでなかなか大変なのである。しかし、会員数が多いから毎回のように飛躍する会員がいる点が励みになる。

 まして、前回のレッスン再開まで約3ヶ月半の長期の中断期間があった。そのためか、何人かの会員が、内心で眼を見張るような上達をしている。棒読みに近い朗読表現をしていた会員が、いつの間にかしっかりとした心情表現やイメージ表現をするようになっている。語り口や間のとり方がモタモタとぎごちなかった会員が、実に自然な朗読をしている。

 これまでも休会空けの会員がスッと上達している事例を何回か体験してきたが、今回は全会員が長期の休会明けをしたようなものである。レッスンを長期に中断した方が、朗読が飛躍的に上達するなどということは、朗読指導者としてはいささか心外な面もないではない。しかし、これを独り練習の大切さの現われとみれば、十分に頷けることなのである。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月02日)の18時30分から習志野朗読サークル「茜」のレッスンをおこなった。今回は、今秋10月に計画している朗読発表会に向けた8回のレッスンのうちの第4回である。1人1作品の後半の2回目である。このサークルはもともと会員数が少ない上に、家庭の事情で2人の会員がほぼ毎回休会状態である。今回のレッスンも4人である。

 会員数が少ない分、会員1人当たりのレッスン時間は比較的長い。しかし、前回も記したように、朗読レッスンというものは、会員1人当たりのレッスン時間が長いから内容が充実し、会員の上達が速くなるというものではない。むしろ逆である。会員が、お互いの朗読に慣れてしまって、新しい刺激を受ける機会があまりないため、惰性に流れてしまう。

 あまり上達しないままにレッスンの回数だけが多く繰り返されると、同じレベルの朗読表現に馴染んでしまい、それなりに慣れた朗読表現になる。それなりのレベルの朗読ではあるが、それなりに慣れた朗読になってくると、それはそれでそれなりに聴かせる朗読、と言えないこともない。その殻を破ってレベルアップを図ると従来の朗読が崩れてしまう。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 前回、大変に興味深い朗読的な試行錯誤をおこなった会員がいた。その会員が、今回はどのような高さの声出しで朗読するか、私は内心で楽しみにしていた。朗読の前半は、高過ぎもせず、低過ぎもしない、かなり自然な声出しであった。その反面、心情の入り方が少し弱かった。朗読の後半は、少しづつ声出しが高くなって、心情の入り方が強くなった。

 自然な声出しと的確な心情の入れ方は、まだまだ不十分だが、前回に比べ格段に進歩している。この1週間でかなり自宅練習をしてきたに違いない。この会員の1人1作品は、小川未明の作品である。少し早いかと思ったが、小川未明に独特な、文末を「ました」で締める文体を朗読するむずかしさと、その作品世界をイメージする視点について解説した。

 これは、私が朗読漫画『花もて語れ』に朗読協力&朗読原案をしたさいに、小川未明原作「野ばら」を主人公・佐倉ハナが朗読する話のときに解説したものである。朗読漫画『花もて語れ』では、その私の解説をほぼそのまま再現していた。まさか、レッスン歴が2年弱の会員にこういうレベルの解説をするとは思わなかった。その結果は、どう出るかな。

 

 

 

 

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過去のイベント記録/戦後75年(2020年)前期

過去のイベント記録/戦後75年(2020年)前期

            (戦後75年06月30日 新規)

             
                         

 


【過去のカレンダー】

 


6月06日(土)第22回「小さな朗読館・ちば」 中止!!
 /千葉朗読サークル「風」主催

5月27日(水)品川朗読サークル「あやの会」朗読発表会『赤毛のアン』 中止!!
 /品川朗読サークル「あやの会」

4月21日(火)船橋朗読サークル「はなみずき」朗読発表会『地獄変』 中止!!
 /船橋朗読サークル「はなみずき」主催

3月24日(火)第17回「小さな朗読館~感動をつくる朗読をめざして~」 中止!!
 /感動をつくる・日本朗読館「小さな朗読館」きららホール実行委員会主催

3月12日(木)第52回「ふなばし東老朗読会」 中止!!
 /船橋市東老人福祉センター主催
 /船橋朗読サークル「はなみずき」主宰

2月17日(月)千葉朗読サークル「わかば」朗読発表会「ツバキ文具店」
 /千葉朗読サークル「わかば」主催

1月23日(木)第51回「ふなばし東老朗読会」
 /船橋市東老人福祉センター主催
 /船橋朗読サークル「はなみずき」主宰

 


【くわしい内容】

 


第22回「小さな朗読館・ちば」 中止!!

〔日時〕戦後75年(2020年)6月06日(土)
    開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕千葉市鎌取コミュニティセンター3階/多目的ホール

〔プログラム〕

1「どんぐり」寺田寅彦原作        森本 依里
2「ラブ・ミー・テンダー」江國香織原作  齋藤恵津子                
3「捨 児」芥川龍之介原作        石田 幸子
           <休 憩>
4「人情噺」織田作之助原作          細川美智子                
5「供物」浅田次郎原作          内田 升子                      

〔朗読指導〕 東 百道

〔主催〕千葉朗読サークル「風」

〔参加〕入場無料(全席自由)

〔問合せ先〕043(222)6724/石田

〔開催中止〕武漢コロナウイルスの感染予防のため千葉市鎌取コミュニティセンター3階多目的ホールが6月中閉鎖!!

【注】お問い合わせは「感動をつくる・日本朗読館」にもどうぞ
    047(487)3721 (東)

《館長のコメント》

 武漢コロナウイルスの感染拡大のせいで、今年6月06日(土)に開催を予定していた第22回「小さな朗読館・ちば」を中止するのやむなきにいたった。この第22回「小さな朗読館・ちば」については、このブログの「最新のイベント情報(朗読会などのご案内)第201版」(戦後75年04月14日)で告知したままで、事前の中止のお断りをしなかった。

 日本政府の緊急事態宣言が5月07日以降も5月末まで延長され、対象地域も全国に拡大された。そのため、今年6月06日(土)に開催予定の第22回「小さな朗読館・ちば」の中止を改めて告知する必要もないだろう、という想いもあった。それ以上に、今秋10月に新たに1人1作品形式で太宰治原作『ヴィヨンの妻』を上演する準備に集中したためである。
 
 こらまで長い年月、このサークルは1人1作品形式の朗読発表会を「小さな朗読館・ちば」として、毎年2階づつ上演してきた。今年は、その第1回目が開催中止になったのを契機に、久しぶりに長い作品を読み継ぎ形式で上演することになった。作品選びは私に一任されたので、これまで2つのサークルで上演実績のある太宰治原作『ヴィヨンの妻』を選定した。

 


品川朗読サークル「あやの会」朗読発表会『赤毛のアン』 中止!!

〔日時〕戦後75年(西暦2020年)5月27日(水)
    開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕小山台会館大ホール

〔交通〕東急目黒線/武蔵小山駅下車 西口より徒歩3分

〔演目〕ルーシー・モード・モンゴメリ原作/村岡花子訳『赤毛のアン』

〔プログラム〕

【第1部】『赤毛のアン』第1部
      <休 憩>
【第2部】『赤毛のアン』第2部

〔出演〕

 原則子、松田俊恵、川崎玲子、福永尚彦、仲亀庸子、向田敏子、岡林和子、末次眞三郎、白澤節子、片桐瑞枝、山本淑子、赤塚弘子、山本扶美子、志村葉子(朗読順/品川朗読サークル「あやの会」の会員)

〔朗読指導・演出〕 東 百道

〔主催〕品川朗読サークル「あやの会」

〔参加〕入場無料(全席自由)

〔開催中止〕武漢コロナウイルスの感染予防のため小山台会館大ホールが5月中閉鎖!!

【注】お問い合わせは「感動をつくる・日本朗読館」にもどうぞ
    047-487-3721 (東)

《館長のコメント》

 このブログの「特別なお知らせ147」(戦後75年04月11日)欄で告知したように、武漢コロナウイルスの感染拡大のせいで、今年5月27日(水)に開催を予定していた品川朗読サークル「あやの会」朗読発表会『赤毛のアン』を中止するのやむなきにいたった。朗読発表会『赤毛のアン』の公演中止は、その前の3月中にサークルの総意として決定していた。

 その後、今年4月07日に、日本政府は緊急事態宣言(4月7日~5月6日)を発出した。ちなみに、私が朗読指導している千葉県と東京都は、今回の緊急事態宣言の対象地域である。したがって、朗読発表会の会場を予約していた小山台会館大ホールも使用ができなくなった。いわば、物理的にも朗読発表会の開催が不能となってしまった。会員は、全員無事である。

 


船橋朗読サークル「はなみずき」朗読発表会『地獄変』 中止!!

〔日時〕戦後75年(西暦2020年)4月21日(火)
    開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕船橋市民文化創造館(きららホール)/フェイスビル6階

〔交通〕JR総武本線・船橋駅/京成本線・京成船橋駅より徒歩3分

〔演目〕芥川龍之介原作『地獄変』

〔プログラム〕

【第1部】『地獄変』第1部
     <休 憩>
【第2部】『地獄変』第2部

〔出演〕

 黒田裕子、前川忠、直井三枝子、田中幸子、鳥海治代、蟹江平三、御代川裕子、谷千和子、井上みつ江、小林いさを、遠田利恵子、中山慶子、昌谷久子、飯野由貴子、村木ひろみ、亀田和子、久保田和子(朗読順/船橋朗読サークル「はなみずき」の会員)

〔朗読指導・構成・演出〕 東 百道

〔主催〕船橋朗読サークル「はなみずき」

〔参加〕入場無料

〔開催中止〕武漢コロナウイルスの感染予防のため船橋市民文化創造館(きららホール)が4月中閉鎖!!

【注】お問い合わせは「感動をつくる・日本朗読館」にどうぞ
    047-487-3721 (東)

《館長のコメント》

 このブログの「特別なお知らせ146」(戦後75年03月31日)欄で告知したように、武漢コロナウイルスの感染拡大のせいで、今年4月21日(火)に開催を予定していた船橋朗読サークル「はなみずき」朗読発表会『地獄変』を中止するのやむなきにいたった。武漢コロナウイルスにより船橋市内の公的施設が使用不可になった。

 そのため間近に迫った朗読発表会『地獄変』の立ち稽古とリハーサルができなくなったのである。その後、今年4月07日に日本政府から緊急事態宣言が発出され、千葉県もその対象地域となったため、朗読発表会の会場を予約していた船橋市民文化創造館(きららホール)も閉鎖されてしまい、朗読発表会そのものが開催不能となった。

 


第17回「小さな朗読~感動をつくる朗読をめざして~」 中止!!

〔日時〕戦後75年(西暦2020年)3月24日(火)
    開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕船橋市民文化創造館(きららホール)

〔交通〕JR総武本線・船橋駅/京成本線・京成船橋駅より徒歩2分(フェイスビル6階)

〔プログラム〕

1「葉桜と魔笛」太宰治原作             伊東 佐織
2「硝子戸の中」夏目漱石原作(『硝子戸の中』より) 神田 和子
3「魚服記」太宰治原作               白澤 節子
             <休 憩>
4「風車」山本周五郎原作              久保田和子
5「女侠伝」岡本綺堂原作(岡本綺堂シリーズ4)    東 百道
  
〔司会進行〕飯野由貴子

〔主宰〕 東 百道(ひがし・ももじ)

〔主催〕感動をつくる・日本朗読館「小さな朗読館」きららホール実行委員会

〔参加〕入場料1000円(会場受付/全席自由)

〔申込〕当日券もありますが満席になりしだい消防法のために締め切りとなります
    出来るだけ事前にお電話でお申し込みください
     047-487-3721(東/ひがし)

〔開催中止〕武漢コロナウイルスの感染予防のため船橋市民文化創造館(きららホール)が3月中閉館!!

〔復活公演〕来年2021年3月23日(火)に“ 復活! 第17回「小さな朗読館」”として公演予定!!

《館長のコメント》

 今年3月24日(火)に開催するはずであった第17回「小さな朗読館」は中止のやむなきにいたった。武漢コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、船橋市の公的施設が3月末まで閉館になり、船橋市民文化創造館(きららホール)もそのなかにふくまれてうたからである。本来なら、本番当日とその前日まで追われていたはずの事前準備がまったく不要になった。

 反面、本来は不要のはずの公演中止にとなう事後処理が大変であった。まず電話予約者へ上演中止の連絡をした。ついでチケット代金の払い戻しの方法を検討&決定した。チケット代金は朗読サークルの会員を通して受け取ったものがほとんどだから、朗読レッスン時に払い戻すことにし、各サークルの代表に払い戻し方法を連絡して、全会員に周知してもらった。

 併行して、第17回「小さな朗読館」のゲスト出演者と司会進行役に中止の連絡をした。その連絡をする前に、この第17回「小さな朗読館」を今後どうするかを検討した。結局、来年3月に“復活! 第17回「小さな朗読館」”と銘打って、同じゲスト出演者が同じ演目を朗読する形で改めて上演することにし、その旨をゲスト出演者と司会進行役に連絡した。

 正確にいうと、ゲスト出演者のうちの1人は、事情があって来年3月には出演できないことになった。そこで、別のゲスト出演者を選定して出演を依頼した。ついで、今年3月14日(土)に船橋市民文化創造館(きららホール)で来年3月の予約受付があったので、来年3月23日(火)に会場を予約した。早速、その旨をゲスト出演者と司会進行役に連絡した。

 また、このブログの「特別なお知らせ」欄に第17回「小さな朗読館」を中止した旨の告知をした。ただし、このブログの
「最新のイベント情報(朗読会などのご案内)」欄には中止の告知をするのが間に合わなかった。実務的な事後処理に追われていて、気がついたときには、第17回「小さな朗読館」の開催日である3月24日(火)が過ぎていたのである。

 


ふなばし東老朗読会(第52回) 中止!!

〔日時〕戦後75年(西暦2020年)03月12日(木)
    開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕船橋市東老人福祉センター・和室

〔プログラム〕

1「紫紺染について」宮澤賢治原作 
 御代川裕子、谷千和子、田中幸子、黒田裕子、蟹江平三、前川忠、鳥海治代(船橋朗読サークル「はなみずき」会員7人で読み継ぎ朗読)
2「蜜柑畑」山本周五郎原作    
 亀田和子、久保田和子、昌谷久子、遠田利恵子、中山慶子、直井三枝子、村木ひろみ、小林いさを、飯野由貴子、井上みつ江(船橋朗読サークル「はなみずき」会員10人で読み継ぎ朗読)

〔主催〕船橋市東老人福祉センター

〔主宰〕船橋朗読サークル「はなみずき」

〔参加〕入場無料(定員25名)

〔開催中止〕武漢コロナウイルスの感染予防のため船橋市東老人福祉センターが3月中閉館!!

【注】お問い合わせは「感動をつくる・日本朗読館」にもどうぞ
    047ー487ー3721 (東)
【注】ただし、この「ふなばし東老朗読会」は、船橋朗読サークル「はなみずき」が自立的に参加&上演する朗読会であり、館長は直接は関与していない。

《館長のコメント》

船橋市東老人福祉センターが主催し、船橋朗読サークル「はなみずき」が主宰している「ふなばし東老朗読会は、毎年度の奇数月の第4木曜日に開催することになっている。通常は、出演者3人が1人1作品形式で朗読しているが、毎年度末の3月には、年度締めとしてサークルの会員全員が出演し2つの作品を読み継ぎ形式で朗読している。

 今回の第52回「ふなばし東老朗読会」もそのつもりで準備を進めてきた。しかし、武漢コロナウイルス感染拡大のために、主催者である船橋市東老人福祉センターそのものが休館してしまった。そこで残念ながら第52回「ふなばし東老朗読会」は中止せざるを得なくなった。サークルの会員全員が自主練習会を重ねただけに残念である。

 ただ「ふなばし東老朗読会」そのものは、船橋市東老人福祉センターから2020年度も継続することを依頼されている。ただし、武漢コロナウイルスの感染拡大がおさまるまでは、船橋市東老人福祉センターそのものの休館が続くであろう。休館が解除された後に備え、船橋朗読サークル「はなみずき」の会員の皆さんは準備をしている。

 


千葉朗読サークル「わかば」朗読発表会「ツバキ文具店」

〔日時〕戦後75年(2020年)2月17日(月)
    開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕千葉市民会館・小ホール(地下1階)

〔交通〕JR千葉駅東口徒歩8分

〔演目〕小川糸原作「ツバキ文具店」

〔プログラム〕

 第1部「ツバキ文具店」前半
      <休 憩>
 第2部「ツバキ文具店」後半

〔出演〕

 的場正洋、金子方子、吉野久美子、石井せい子、田中和代、仲田紘基、神田和子、井手陽子、金子可代子、高木幸恵(朗読順/千葉朗読サークル「わかば」会員)

〔朗読指導〕 東 百道

〔主催〕千葉朗読サークル「わかば」

〔参加〕入場無料(全席自由)

〔問合せ〕043-265-5310(高木)

《館長のコメント》

 舞台構成は前回の『あん』と同じにした。読み継ぎ形式で朗読上演する場合、他のサークルは舞台中央部分に間隔を少し開けて椅子を左右に2席設置し、出演者が2人座って交互に朗読していく上演方法を採る。このサークルはマイクを舞台中央に1台立て、会員が順にそのマイクの前に立ち読み継いで上演することにしている。

 この方法だと、読み継ぐ間にある程度の時間が必要になる。その間に、前に朗読した会員は舞台から退場することができた。今回の開催時期は、武漢コロナの騒動の真っ最中にぶつかった。来場者数を心配したが、結果は90人強のお客様が来場してくれた。今回は、従来以上に、来場者1人1人から後光が射している気がした。

 今回の朗読発表会用の台本『ツバキ文具店』は「代書」という珍しい仕事を扱っている。まだ30歳にならない若い女性が、先代の後を継いで文具店を営みながら、この「代書」という珍しい仕事に取り組んでいる。この作品は普通の小説と同じく地の文とセリフからなっているのだが、地の文は主人公が表現主体になっている。

 会員の皆さんは、私のレッスンだけでなく、自主練習会を何回も開催し、主人公が表現しているときの心情とイメージを読み取ってそれを自分の心情とイメージで表現しようと努力した。会員それぞれの朗読レベルを踏まえて、精一杯朗読していた。観客のなかには、聴いていて涙が出てきたという感想を述べてくれた人もいた。

 この「代書」という仕事は朗読に似ている。依頼人の心情やイメージを把握し、それらを自分のものとした上で、依頼人の人格や人物像に基づいた書体や文章を自筆で書いていく。朗読は原作者が文字言語で作品に表現した作品世界を読み取って、その表現主体の心情やイメージを自分のものとして自分の音声言語で再表現する。

 そういうことを舞台挨拶で話したが、果たして観客の皆さんにどのくらい理解していただけたか不安である。場所を変えた打上げ会は楽しかった。事情があって参加できない会員もいたが、参加した会員の皆さんは、和気藹々としながらも、自分の朗読について、また、他の会員の朗読について、率直な感想や意見を述べていた。

 このサークルも今回の朗読発表会を機に第3期の朗読ステップ2が終了する。次回のレッスンから、第1期生はレッスン歴が15年目に突入する。第2期生も9年目に突入する。それに応じて会員の皆さんは年齢を重ね、体調や体力も入会当時のようではない。それぞれに、いろいろな事情を抱えており万全ではなくなっている。

 そろそろ退会を考えている会員も率直に自分の事情を語ってくれた。そういう事情を訊けば無責任に引き留めることは差し控えなければならないと思っている。朗読サークルを存続させ、充実した朗読レッスンを継続するためには、新規に入会会員を募らなければならないと改めて思った。また次代の朗読指導者の育成も必要だ。

 


ふなばし東老朗読会(第51回)

〔日時〕戦後75年(西暦2020年)01月23日(木)
    開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕船橋市東老人福祉センター・和室

〔プログラム〕

1「浄瑠璃寺の春」堀辰雄原作    御代川裕子
2「雪 女」小泉八雲原作      飯野由貴子
3「稲 妻」池波正太郎原作     久保田和子

〔主催〕船橋市東老人福祉センター

〔主宰〕船橋朗読サークル「はなみずき」

〔参加〕入場無料(定員25名)

【注】お問い合わせは「感動をつくる・日本朗読館」にもどうぞ
    047ー487ー3721 (東)
【注】ただし、この「ふなばし東老朗読会」は、船橋朗読サークル「はなみずき」が自立的に参加&上演する朗読会であり、館長は直接は関与していない。

《館長のコメント》

 今年3月の半ば過ぎになって、船橋朗読サークル「はなみずき」の担当役員から第51回「ふなばし東老朗読会」の報告があった。戦後75年(西暦2020年)01月23日(木)に開催されたものだから、およそ2ヶ月ほども前のことになる。実は、その2ヶ月の間に大変なことが起こった。武漢コロナウイルスの世界的な感染である。

 この船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読発表会『地獄変』も4月に計画しているのだが、すでに3月に予定していたレッスンと立ち稽古がレッスン会場が閉鎖されたため中止となってしまった。この分だと4月に予定しているリハーサルと本番もどうなるか分からない。世界中に大変な迷惑をかけているのだが、中共にその反省がない。

 朗読発表会『地獄変』だけではない。実は第52回「ふなばし東老朗読会」を今月3月12日(木)に開催を予定していた。ところが、これも主催する船橋市東老人福祉センターが、武漢コロナウイルス感染事件のために休館になってしまった(2月28日~3月31日)。そのため第52回「ふなばし東老朗読会」も急きょ中止となった。

 ところで今回報告のあった第51回「ふなばし東老朗読会」は、無事に予定通り開催されたという。観客は12名(内男性1名、初参加者1名)、それに「はなみずき」の会員12名を加えて、総数24名であったという。当日は天気が悪く、寒くもあったので、予約していた観客が1人欠席したという。ご来場の観客12名に感謝である。

 プログラムは予定通り、堀辰雄原作「浄瑠璃寺の春」御代川裕子朗読、小泉八雲原作「雪女」飯野由貴子朗読、池波正太郎原作「稲妻」久保田和子朗読の3作品、また休憩時間の軽い体操(担当:谷千和子)と声出しワークショップ(けん三原作『病があるから素敵な人生』の中から三篇の詩の音読/担当:鳥海治代&田中幸子)であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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館長の朗読日記2497/千葉「わかば」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記2497  (戦後75年06月26日 新規)

 


○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)

 昨日(6月25日)の13時30分から千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンをおこなった。会場はいつもの都賀コミュニティセンターである。今回は第3期・朗読ステップ3の第4回目の朗読レッスン、レッスン台本「毛利先生」の第4回目でもある。まだ第4回目であるが、予定を繰り上げて「毛利先生」の仕上げの通し読みをおこなった。

 このサークルの会員数は9人であったが、武漢コロナウイルスの感染による朗読レッスンの中断を契機に2人の会員が退会し、現在の会員数は7人になった。また、そのうちの1人が武漢コロナウイルスの感染を懸念して現在休会中である。したがって、今回の「毛利先生」の仕上げの通し読みは、少数の6人の会員による読み継ぎ形式でおこなった。

 私からの講評は相手が6人と少数なので多少は丁寧におこなった。講評しながら、会員の皆さんが上達したことを改めて痛感した。もちろん、まだまだ改善すべきところは多い。しかし、その改善すべき内容自体がかなり高いレベルの問題なのである。私の講評後に、今後の朗読レッスンと朗読発表会のあり方についての会員の意見交換会が催された。

 


○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)

 この意見交換会は、サークル代表の問題提起で催されたものである。その問題提起とは、現在の武漢コロナウイルスの感染の危険があるなかで、朗読レッスンをおこなう意味を問うたものである。サークル代表は、朗読サークルとしてのレッスンはこの7月~8月の2ヶ月は休止すべしという意見であった。それに対して、会員は率直な意見を述べる。

 会員の意見表明は、それぞれ真剣かつ率直で、聴いていて気持ちが良かった。私も今回の武漢コロナウイルスの感染問題と朗読レッスンの関わり方に関する自論を率直に説明した。結論は、サークルとしては朗読レッスンを続けるが、会員それぞれの事情によって朗読レッスンを回避したい場合は個人として休会するという、常識的な線に落ち着いた。

 来年2月に開催予定の朗読発表会については、今回は会員数も少なくなったので、久しぶりに1人1作品形式で上演することになった。また、武漢コロナウイルスのせいで開催できない場合には、立ち稽古(来年1月)までに朗読発表会向けのレッスンを済ませ、開催できるまでは次の朗読ステップのレッスンを先行させ、開催に備えることになった。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(6月25日)の18時30分から習志野朗読サークル「茜」のレッスンをおこなった。本来は6月04日に予定していたレッスンが武漢コロナウイルスのせいで中止になった分を今回にスライドさせたものである。今回は、今秋10月に計画している朗読発表会に向けた8回のレッスンのうちの第3回である。1人1作品の前半の2回目である。

 このサークルはもともと会員数が少ない上に、家庭の事情で2人の会員がほぼ毎回休会状態である。そこで、毎回のレッスン参加者が4人となっている。会員数が少ない分、会員1人当たりのレッスン時間は長くなる。しかし、朗読レッスンというものは、会員1人当たりのレッスン時間が長くなるから上達するというものではない。むしろ逆である。

 人間は、鏡を見れば、自分の顔や表情をかなり客観的に観察することができる。しかし、自分の朗読(声出しや語り口や心情表現)をいくら自分の耳で聴いても、自分の朗読を客観的に観察することはできない。しかし、サークルの他の会員の朗読は、かなり客観的に聴くことができる。したがって、会員数が多いほど、勉強の機会が増えるのである。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 今回は、ある1人の朗読的な試行錯誤が大変に興味深かった。その会員は、レッスン歴がまだ1年程度と短いにもかかわらず、自分の言葉で語るような朗読表現ができるようになった珍しい例である。ただ、これまでのところかなり高い音域で張りすぎた声出しをしていた。そこで、ここ何回かもう少し普段の音域の声で語るように指導したのである。

 今回は、最初の4分の1ほどを普段の音域で朗読したのだが、文末が下がってしまって読むような語り口になっていた。ところが、つぎの4分の2ほどは従来の高い音域に変化し、朗読表現も自分の言葉で語るような従来の表現力に戻っていた。そして、最後の4分の1は、その会員の普段の音域に変化しながら、文末が上がって良くなったのである。

 どうやら半分くらいは自覚的に声出しと語り口を変えたようである。高い音域で張りすぎた声出しの表現から、普段の低い音域にシフトして朗読するむずかしさは、私自身が嫌というほど経験している。レッスン歴が1年くらいで、この会員がその難しい課題に挑戦しているのは凄い。ただ、もう少し表現技術が上がってから、と思わないでもないが。

 

 

 

 

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