05館長の朗読日記(戦後62年/西暦2007年)

05館長の朗読日記 85

館長の朗読日記 85  (戦後62年12月31日新規)

○朗読とフィギュアスケートにおける音楽(BGM)の違い
 朗読と音楽(BGM)との関係と、フィギュアスケートと音楽(BGM)との関係とは、共通しているところももちろんあるが、違っているところもある。
 もっとも本質的な違いは、朗読は音楽(BGM)なしでも成り立ち得るのに対し、フィギュアスケートは音楽(BGM)なしにはほとんど成り立ち得ない、というところにある。この本質的な違いは、朗読が言語表現の一種であるのに対して、フィギュアスケートはスケート技術に基礎づけられてはいるものの本質的には舞踊表現の一種である、というところに起因している。舞踊表現は言語表現に比べて、音楽(BGM)との関係性が格段に密接なのである。

○太田由希奈のフィギュアスケートと音楽(BGM)との関係
 私は、昔からフィギュアスケートのファンであるが、それはもっぱらテレビ観戦するという程度のものでしかない。当然、スケート技術についてはまったくの門外漢である。しかし、そういう私でも、太田由希奈のフィギュアスケートの表現力が、他の選手たちと比べて飛び抜けていることくらいは分かるつもりである。
 2006年のトリノ・オリンピックにおいて、荒川静香とサーシャ・コーエンとイリーナ・スルツカヤという3強の争いとなり、荒川静香が金メダルを獲得した。しかし、表現力という点においては、私はサーシャ・コーエンの演技にひきつけられ、眼を見張ったものであった。しかし、昨年の第75回全日本フィギュアスケート選手権大会において、太田由希奈がSPで踊った「スワン・レイク」の表現は、私にはいささか衝撃的であった。これだけの表現ができる選手が日本にもいたのか、という驚きである。このときの太田由希奈の表現は、トリノ・オリンピックにおけるサーシャ・コーエンのそれを質的に抜いていたように、私には思われた。

○太田由希奈と浅田真央と荒川静香に関する森雅章の優れた評論文
 太田由希奈については「Excellent Spin」という非公式ファンサイトがある。そこの「Fan Board]欄への書き込みが面白くて、私は頻繁に見に行っている。過日、そこで森雅章という人が書いた「浅田真央と太田由希奈」という文章が紹介されていた。

 http://homepage2.nifty.com/morimasa/mao.html

 さっそく一読してみたのだが、まことに優れた内容だと感心してしまった。
 たとえば、浅田真央のフィギュアスケートに関する次のような記述は見事なものである。

「昨シーズンから今シーズンにかけての四つの競技用プログラムにはいくつかの共通点がある。先ず、『オズの魔法使い』はミュージカル、『風変わりな店』と『カルメン』は歌劇、『くるみ割り人形』はバレエのために作られた音楽だ。皆物語性がある劇音楽なので演じ易いし、彼女もそれぞれの主人公の雰囲気をよく出している。次に、音楽が全て三部構成になっている。しかも『オズの魔法使い』以外は、真ん中にスパイラルに適したスローパートを持ってくるという、一番自然で盛り上がる構成になっている。その各パートのつなぎ目によく静止ポーズを入れるのも、彼女ならではの特徴だ。いずれの静止ポーズもよく考えられ、一瞬にして場面を転換する効果を持ち(僕が一番見事だと思うのはやはり『オズの魔法使い』に於ける嵐の後の静止)、他のスケーター達がどうしてこの技法を殆ど取り入れないのか不思議に思える。要するに、彼女の四つのプログラムは皆物語性を持ち、表現したいことが明確なので、観客は思わず感情移入しその世界に引き込まれてしまう。彼女の演技時間は勿論他のスケーターと同じだが、他のスケーターより短く感じられないだろうか。」

 あるいは、フィギュアスケートの表現に関する次のような記述も、かなり優れたものである。

「フィギュアスケーターは表現力を身に付けなければいけない、とよく言われる。が、それでは表現力とは一体何なのか。表現する、とは一体何を表現することなのか。この点について、フィギュアスケーターがよく抱いてしまいがちな誤解が二つほどあると思う。一つは、殊更に笑顔や悲しげな表情を見せることが表現力だ、というもの。もう一つは、個人的な感情や体験を演技に反映させることが表現力だ、というもの。どちらも間違いであり、それらが間違いであることはバレエダンサーを思い浮かべればすぐに判ると思う。バレエダンサーは顔の表情を殊更強調したりしないし、情感はむしろ体全体の動きやポーズで表す。また、その身体的表現は個人的な感情や体験の反映ではない。役柄やストーリーによって、あるいは音楽の要請によって自然に形作られるものだ。浅田真央のプログラムは前者を、太田由希奈のプログラムは後者を重んじている。二人の共通点は共にバレエを習っていたことで、演技にもそれが十分に生かされているのだが、浅田真央の場合にはクラシックバレエ的、太田由希奈の場合にはモダンバレエ的と言えるだろう。」

 また、太田由希奈と浅田真央の二人に相互啓発を期待している次の記述についても、私は大いに首肯してしまう。

「太田由希奈の演技には、これから徐々に少女期を脱していく浅田真央にとって、有益なヒントとなるものが数多く含まれていると思う。一方太田由希奈の方も、ジャンプテクニックや遊び心など浅田真央の演技から学ぶ所があると思う。二人が互いに刺激し合いながら成長し、他のスケーター達にも好影響を与えていくならば、今後の日本女子フィギュアスケート界の展望はとても明るいだろう。」

 また、荒川静香のトリノ・オリンピックにおけるフリーの演技に、私が感動しつつも、今ひとつ不満であった理由も、この文章の末尾に書き足された「補足―荒川静香の完成」を読んで、私なりに納得することができたのであった。

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05館長の朗読日記 84

館長の朗読日記 84  (戦後62年12月30日新規)

○第76回全日本フィギュアスケート選手権大会
 12月26日~28日にかけて「第76回全日本フィギュアスケート選手権大会」が開催され、29日にそのエキシビションとして「ALL JAPAN メダリスト・オン・アイス 2007」が開催された。注目の女子シングルは、大方の予想通り浅田真央が優勝し、安藤美姫が2位、中野友加里が3位、村主章枝が4位であった。

○復活をかけて懸命の努力を続けている二人の選手
 しかし、私が特に注目していたのは5位になった鈴木明子と、7位になった太田由希奈の二人である。二人ともジュニア時代に優秀な成績を残し、将来を嘱望されながら、その後に深刻な体調不良ないしは故障によって数年のブランクを余儀なくされた、という過去をもつ。そして、現在は、そういうハンディを克服しつつ、復活をかけて懸命の努力を続けている最中なのである。私は、そういう人間をほぼ無条件で応援したくなる体質をもっている。
 
○鈴木明子はほぼ完全に復活した
 鈴木明子の経歴は「goo Wikipedia記事検索」の「フィギュアスケート」の「選手一覧」欄によると次のようになっている。

「2001-2002年シーズンは太田由希奈、中野友加里、安藤美姫らとともにジュニア特別強化選手に指定され、JGPSBC杯で優勝、JGPファイナルでは3位となった。同シーズン、シニアの第70回全日本選手権で4位となり、2002年四大陸選手権に出場。8位。翌2002-2003年シーズンからは高橋大輔、安藤美姫らとともにジュニア特別強化選手兼シニア強化選手となりさらなる活躍が期待されたが、体調悪化により競技会欠場が続いた。2004-2005年シーズンから再び競技会に戻ったものの、強化選手の指定は解除となった。 2007年1月にイタリアトリノで行われたユニバーシアード冬季大会で優勝を飾った。2007-2008年シーズン、クロアチアで行われたゴールデンスピンで優勝。 」(http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/%CE%EB%CC%DA%CC%C0%BB%D2/detail.html?LINK=1&kind=epedia

 ここで「体調悪化」というのは、拒食症のことである。過重な運動と体重の軽量維持を強いられるフィギュアスケート選手は、拒食症のような体調悪化の危険と常に隣り合わせにいるものらしい。しかし、2007年の今年には、クロアチアで行われたゴールデンスピンで優勝し、今回の全日本フィギュアスケート選手権大会で5位になったのだから、ほぼ復活を遂げたといってよいであろう。それを心から祝福したい。

○太田由希奈は完全復活にはまだあと数歩
 太田由希奈の経歴は「goo Wikipedia記事検索」の「フィギュアスケート」の「選手一覧」欄によると次のようになっている。

「京都市に生まれ6歳のころにスケートを始めた。スケートと同時にバレエもこのころから始めた。2002年のJGPファイナルで優勝し、2003年世界ジュニア選手権では日本人女子シングル選手として小岩井久美子以来10年ぶりの世界ジュニアチャンピオンとなった。2004年の四大陸フィギュアスケート選手権で連続優勝をし、将来を嘱望されていたスケーターの1人。だが2004-2005シーズンより右足首の故障に苦しみ、以降試合に出られない状況が続いていた。一時は引退やアイスダンス転向も検討されたが、シングルでの現役続行を決断する。2006年になみはやドームで行われた「KTV Diamond Ice 2006」に出場して久しぶりにファンの前で演技を披露した。京都醍醐FSCに所属し濱田美栄コーチの指導を受けてきたが、2006-2007シーズンからは国立スポーツ科学センターのある東京をベースに活動し、樋口豊の指導を受ける。バンクーバーオリンピック代表資格獲得を目指している。 」
「太田由希奈   スケート技術  イナバウアーなどでは指先まで神経の行き届いた表現力で、氷上のバレリーナや手の表現だけで十分に魅せられるスケーターと称えられる。課題はジャンプの正確性と全体的なスピードに欠けること(スピードについては向上の傾向がみられる)。自身のショートプログラムの自己最高記録の63.90ポイントは、ISU歴代9位の記録である(2006-2007年現在)。 」(http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/%C2%C0%C5%C4%CD%B3%B4%F5%C6%E0/detail.html?LINK=1&kind=epedia

 ここで「右足首の故障」というのは、ジャンプの練習のし過ぎで生じた右足首の骨の故障であって、完治はむずかしいらしい。それゆえ、彼女が試合でジャンプをするたびに、私はヒヤヒヤしながら見ているのだが、痛みをこらえてよく頑張っていると思う。昨年からカムバックして第75回全日本フィギュアスケート選手権大会では12位だったのに対して、今年の第76回全日本フィギュアスケート選手権大会では7位と順位を上げたのだから、まあまあ順調に復活しつつあるのだろうが、まだまだ完全復活とはいかないようだ。演技後のテレビのインタビューで「長い眼で見れば、オリンピックを目指しても良いと思うし、・・・・・・」と明言していた。その意気や良し。是非、オリンピックの金メダルを目指して頑張って欲しいものである。
 彼女のフィギュアスケートにおける演技と音楽については、明日の「館長の朗読日記」にももう少し追加して書くつもりである。

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05館長の朗読日記 83

館長の朗読日記 83  (戦後62年12月29日新規)

○この年末始にやることの一つは『白旗の少女』のBGMの選定
 八千代朗読サークル「華詞」が、来年の4月4日(金)に朗読発表会『白旗の少女』を開催する。年明けの1月後半から、そろそろBGM入りの部分練習に突入する。したがって、この年末始の間に『白旗の少女』のBGMを選定しておかなければならない。
 私は、このBGMを選定する仕事が決して嫌いではない。むしろ、毎回、楽しんでやっている。しかし、かなりむずかしく、しんどい仕事であることも事実だ。

○朗読にBGMをつけるのは朗読と音楽の最高のコラボレーション
 しかし、私は、朗読発表会で上演する2時間もの大作の場合は、特に力を入れてBGMを選定することにしている。なぜならば、BGMは2時間もの朗読ステージを支える大きな力となるからである。適切な場面で、適切なBGMが聴こえてくると、ステージ朗読はひときわ輝きを放ち、聴き手の頭と心にイメージを湧き立たせ、心底からの感動をもたらすのである。
 しかも、それだけではない。ステージ朗読の流れの中で、適切な場面で、適切なBGMが聴こえてくると、BGMとして選定された音楽それ自体もひときわ輝きを放ち、聴き手の頭と心にイメージを湧き立たせ、心底からの感動をもたらすのである。ただ音楽を聴くよりも、数段、その音楽が素晴らしいものに聴こえてくる。これまでの朗読発表会でも、あるいは、「小さな朗読館・やちよ」でも、上演後に観客の方から、「あのときのBGMは素敵ですねえ。何という曲ですか?」と訊ねられたことが何度もある。
 最近の朗読会や音楽会では、よく、音楽と朗読のコラボレーションと銘打ったものが開催される。これは、朗読する方が、長時間の間が持てなかったり、あるいは、観客を多くするために音楽演奏をつける場合もある。また、逆に、最近の朗読ブームに眼をつけた音楽演奏者の側が、音楽演奏の添え物として朗読をつける場合も増えているようである。いずれも、基本は、朗読と音楽演奏を交互に行なうというスタイルをとっている。
 私は、こういうスタイルでは、真のコラボレーションとはいえないと思っている。本当の意味における朗読と音楽のコラボレーションとは、まさに、朗読と音楽が同時併行的に上演され、双方が相手を引き立てながら、同時に、自分もひときわ光り輝くといった、相乗作用が発揮されて初めて意味をもってくるのではないだろうか。
 私は、朗読にBGMをつけるときには、常にそういうコラボレーションを念頭に置いて音楽を選定している。つまり、朗読にBGMをつけることによって、朗読だけではなく、音楽をも引き立たせたいと思っているわけである。

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05館長の朗読日記 82

館長の朗読日記 82  (戦後62年12月28日新規)

○公私は混同したくないけれど
 このブログ「感動をつくる・日本朗読館」は、朗読に関する私のさまざまな見解を公表するための、一応、公的な場と考えている。したがって、この「館長の朗読日記」欄においても、いくぶん砕けた内容ながら、そのような公的な場という意識をもって書いてきたつもりである。しかし、ここ数日間、ブログの投稿をしなかったので、その理由・原因を書かないわけにはいかない。その理由・原因が、実は、私的なことなので、回りくどいかもしれないが、このような前置きを記しておきたかったのである。

○家内の身内が急逝
 12月23日未明に、家内の実父が急逝した。すでに高齢であったが、前日まで元気にしていた。たまたま、その前日に長女である家内が実家に行き、ほぼ一日親しく話しをして帰ってきた翌日未明にベッドの中で亡くなったのである。直前に最愛の娘であった家内に会って話を交わせたのは、義父にとっては何よりだったのではないかと思う。24日に通夜、25日に葬儀を取り行なった。そういうわけで、24日に準備のため一旦帰宅した他は、23日朝~27日夜までずっと家を空けていた。故人の意思により、家族のみによる密葬ということで、本当に少人数のごく親しかった人間だけで通夜、葬儀、火葬という一連のことを済ませたのである。

○年賀状の発出は取り止め
 朗読サークルの会員の皆さんには、毎年、前年の通信簿がわりに直筆の年賀状を出すことにしているのだが、そういうわけで今回は年賀状の発出は取り止めることになった。正月が過ぎたら寒中見舞いを出すつもりでいるが、これは印刷した一律のものになる。そのため、通信簿的なものは、残念ながら今回は省略させていただく。このことも、あらかじめこの場でお断りしておきたかった。

○あっという間にクリスマスは過ぎて年末ギリギリ
 そういう次第で、クリスマスなどは完全に吹っ飛んでしまい、久しぶりに家に戻ってみたら、本当に年末ギリギリになってしまっている。こういうことが起こり得るのが人生だ、とつくづく思わざるを得ない。

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05館長の朗読日記 81

館長の朗読日記 81  (戦後62年12月24日新規)

○一昨日に今年最後の朗読レッスンを行なった理由
 千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンは、本来ならば12月01日(土)の夜間に行なうはずだった。しかし、同じ日の午後に朗読レッスンを行なった八千代朗読サークル「こちの会」が、レッスンに引き続いて忘年会をやることになった。
 この「こちの会」は会員数がサークル定員の上限ギリギリと多く、その反面、私のスケジュールの都合上、レッスン時間が2時間ギリギリに制約されてしまっている。そのため、いつも時間に追われている感じで、会員の皆さん相互も、私も、懇親的な会話を交わす余裕がほとんどなかった。もちろん、年一回開催される「おさらい会」の後では講評会&懇親会を開き、懇親を深めるのだが、それだけでは物足りない。そこで、忘年会をやって、会員相互の懇親、および、私との懇親を深めたい、ということで世話人(代表と副代表)の方々が企画・実行してくださったのである。
 そういう事情があるので、私としても是非その忘年会には参加したかった。そこで、千葉朗読サークル「風」の皆さんにお願いして、一昨日の12月22日(土)にレッスン日をスライドしてもらったのである。偶然、スライドしたことで都合が良くなった会員もいたりして、この日は足の具合が悪くてレッスン会場までどうしても来ることが出来なかった一人を除き、残り全員が出席していた。そして、何となく今年最後の朗読レッスンらしい雰囲気も醸し出されていた。

○三年ぶりの世話人の交代
 千葉朗読サークル「風」は10月30日に朗読発表会『ガラスのうさぎ』を開催したが、これ以降は朗読ステップ4に入っている。朗読ステップ4に入ったといっても、11月の前半は朗読発表会の直後ということもあってレッスンをやらなかったし、12月は年末ということでレッスンは月1回しかやらないから、朗読ステップ4としての朗読レッスンは、11月の後半の1回目に引き続いて、今回でまだ2回目なのである。
 ともあれ、先々月に朗読ステップ3を修了した時点で、朗読サークル発足から丸三年が経っている。その間、ずっと同じ三人の方々が世話人(代表、副代表)をしてくださっていたが、丸三年たったのを機に交代することになった、という。朗読サークルの運営に関しては会員の総意におまかせしているのだが、今年最後の朗読レッスン日となるこの日に、サークルの総意として後任の世話人三人が正式に決まり、私にも正式に通知されたのである。その後、新旧の代表から会員と私に対する短い挨拶があった。今年最後の朗読レッスンらしい雰囲気が醸し出されのは、あるいは、こういう世話人交代のミニ・セレモニーがあったためかも知れない。
 旧世話人の三人の方々、三年間大変お世話になりました。特に、初めての朗読発表会の準備を主導していただいて、感謝しています。新世話人の三人の方々、これからよろしくお願いいたします。特に、朗読ステップ3以降は毎年「朗読発表会」を開催するので、それを主導する世話人の方々はけっこう大変だと思う。大変だろうけれども、その大変さを楽しむ気持でやっていただければ、と思っている。

○朗読ステップ4からは朗読の基本は基本だけれどその中では応用的な段階
 朗読ステップ4の最初のレッスン台本は山本周五郎原作の『夕靄の中』である。前回のレッスンでは、まず朗読ステップ4全体の目的と概要を説明し、その後『夕靄の中』の前半部分の素読みと解説を行なった。今回は『夕靄の中』の後半の素読みと解説を行なった。
 会員の皆さんには、前回やった『夕靄の中』の前半部分の私の解説が面白く刺激的だったらしい。最初に一読したときは簡単に朗読できると思ったこの『夕靄の中』が、私の解説を聴いた後では朗読するのが大変むずかしい作品に思えてきた、という会員もいたようである。
 この「風」の会員は、皆さんとても仲が良く、休んだ会員には、出席した会員が録音したカセットテープを回送して、レッスン内容を聴くことができるように取り計らっている。したがって、前回休んだ会員も、前半部分の私の解説を聴いて、今回の後半部分の私の解説を楽しみにして来たらしい。
 朗読ステップ4のテーマは、「演出者の立場から『構成的な語り口』による構成的な朗読表現を修得する」というところにあるのだから、特にこの作品解説が重要なのである。

○千葉市地域における「東 百道・講演と朗読の会」の開催について
 この千葉朗読サークル「風」には、特に、企画力・実行力にあふれた積極的な会員が多い。すでに、いくつかの優れた、というか、もの凄い実績もあげている。
 また、千葉市は政令指定都市で人口94万人、一地域としての人口がものすごく多い。都市としての人口は、もちろん東京都の方が多いのだが、人口があまりに多いので一地域としてのまとまりがどうしても希薄になってしまう。何かといえば区単位になってしまう、という。そうなると、例えば品川区は人口が33万人である。何と千葉市の3分の1ということになる。八千代市(人口19万人)と比べても、2倍まではいかない。千葉市にも、一応、区はあるのだが、まだ何かというと千葉市単位で行なわれる傾向の方が強い。
 八千代市の約5倍の人口というのは、それ自体がものすごいパワーとなる。たとえば、八千代市で地域情報紙を見て朗読発表会を聴きにくる人が10人いるとすれば、千葉市では約5倍の50人という計算になる。その都市の人口がどうあれ、その都市にある会場・ホールの座席数はだいたい300席前後と同じである。その300席に対して、入場者が10人見込めるのと、50人見込めるのとではものすごい違いがある。観客動員に苦労したことのある人ならば、この違いがよく実感できるに違いない。一地域としての人口の大小は、このような形で大きく効いてくるのである。
 そのような主体的、客体的な条件を勘案し、千葉市地域においては、千葉朗読サークル「風」の有志の方々の主導の下、私が主宰する八千代市地域版「東 百道・講演と朗読の会」とは別に、千葉市の住民をもっぱら対象とした千葉市地域版「東 百道・講演と朗読の会」を開催していただくことにした。今回の今年最後の千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンの場で、このことを説明し、有志の方々に対する正式なお願いと、「風」の会員全員に対するご了解とご支援をお願いしたのである。すでに、この有志の方々は会場確保に動き出しており、来年の6月27日(金)午後の千葉市生涯学習センター・ホールを予約してくださっている。この有志の方々は、とにかく、やることが手早いのである。具体的なことは、また別途「00特別なお知らせ」欄、あるいは「01朗読会のご案内(最新イベント情報)」欄でお知らせするつもりである。

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05館長の朗読日記 80

館長の朗読日記 80  (戦後62年12月23日新規)

○今日は急用が発生したので一日中家を留守にした
 今日は急用が発生したので早朝から20時(午後8時)頃まで家を留守にした。
 本来なら、昨日やった今年最後の朗読レッスン(千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン)について記すつもりだったが、その時間がなかった。ここ数日は今回の急用が続くので、何日後になるか分からないが、いずれ時間ができたときに昨日の朗読レッスンについて触れたいと思っている。

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05館長の朗読日記 79

館長の朗読日記 79  (戦後62年12月22日新規)

○早起きは三文の得
 昨日は特に外出しなければならない用事もなく、一日中家の中にいた。しかも、ここ数日、早めに就寝していたので、7時少し前には比較的シャキッと眼が覚めた。気分も比較的スッキリしており、疲れもかなりとれたので、朝食後直ちにやるべきことに取り掛かった。それの仕事をかなりこなしたし、腹もすいてきたので、そろそろ昼食の時間かと思って時計を見たら、何とまだ10時だった。へえっ、早起きすると、早めに仕事を始めると、午前中でもこんなにたっぷり時間が使えるんだと感心した。「早起きは三文の得」というけれど、これは「三文」どころではないと改めて思った。

○いろいろと仕事をこなしたというけれど実務的な内容がほとんど
 昨日やった仕事を思い出すまま列挙してみる。

 ・このブログに「館長の朗読日記78」を執筆・投稿
 ・メールの返信を3本
 ・寄贈された本に関する礼状を執筆・郵送
 ・千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンの準備
 ・「風」の次回朗読発表会用の台本候補の本の斜め読み
 ・千葉朗読サークル「わかば」の新規入会者用台本を追加印刷
 ・「東百道・講演と朗読の会」用チラシの文案作成・印刷
 ・「東百道・講演と朗読の会」の千葉市開催に関する電話相談
 ・『朗読の理論』の中次ぎ向けの紹介文につて木鶏社と電話相談
 ・「小さな朗読館・やちよ」(第3回)に関する事後の電話応対
 ・年賀状の執筆(一部)
 ・台所の水漏れ箇所の一時的補修

 やれやれほとんどがまことに実務的な内容ばかりである。高邁なライフワーク的な内容にはほど遠い。もちろん、高邁なライフワークを実現するためにこそ、このような実務があるのだし、こういう実務の重要性は熟知しているものの、こういうことばかりで一日、一週間、一ヶ月、一ヵ年が過ぎてしまうとすれば、それもまた問題である。一日のスケジュールを見直す必要がありそうである。特に、昨日のような早起きは不可欠の必須条件であることを痛感した。

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05館長の朗読日記 78

館長の朗読日記 78  (戦後62年12月21日新規)

○今年最後のイベント「小さな朗読館・やちよ」(第3回)が一昨日終了
 今年前半に開催した4つのサークルの「おさらい会」は、朗読ステップ1を修了した記念のものだから、恒例によって私が最後に朗読を行なった。もう一つ、朗読ステップ2修了を記念しての「おさらい会」もやったのだが、こちらの方は会員たちの朗読だけで私は出演しない慣例にしている。さらに「朗読発表会」も一つ開催したが、こちらの方はもちろん私は出演しない。蔭でひたすら音響調整とBGMの音入れに専念したのみである。その他に、私が朗読出演したのは「小さな朗読館・やちよ」の第1回と第2回である。こうやって数えてみると、今年前半に私が人前で朗読したのは合計で6回になる。平均すると月1回である。自分では、今年は朗読指導に専念してきたつもりであったが、そのわりには意外に多かったかと思う。
 今年後半は、これまで「朗読発表会」を2つ開催したのみだった。どちらも蔭でひたすら音響調整とBGMの音入れに専念していただけだったので、今回の「小さな朗読館・やちよ」(第3回)は久しぶりの朗読出演ということになる。しかも、今のスタイルでの「小さな朗読館・やちよ」は今回で打ち止めとするので、やはり有終の美を飾りたい気持が生じる。近年では、かなり気合が入った方であったし、それだけ緊張もした。
 他の出演者の方々も、各々、自分の今出来る最高の朗読表現をしたと思う。私は、脇でBGMを入れながらも楽しかった。

○ふと気づいたら今年もあと10日
 しかし、疲れた。だいたい朗読会というものは疲れるものだが、今回はひときわ疲れた。そして、ふっと気づいたら今日は12月21日。今年も残るはあとわずかに10日である。あわてて年賀状を書き出している。忘れないように、朗読関係で、通常の朗読レッスン以外に当面やらなければならないことをここに列挙しておこう。
①『朗読の理論』の出版にかかわること
  (ゲラ校正、その他に木鶏社から依頼されること)
②三鷹市で開催する「小さな朗読館・山桜」にかかわること
  (自分の朗読練習、共演者の朗読指導その他)
③朗読発表会『白旗の少女』にかかわること
  (BGMの選定、出演者の立ち稽古やリハーサルなど)
④「東 百道・講演と朗読の会―宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』の世界」にかかわること
  (チラシ配布などPR活動、朗読練習その他)
⑤朗読ステップ2修了記念「おさらい会」用の台本づくり

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05館長の朗読日記 77

館長の朗読日記 77  (戦後62年12月17日新規)

○いろいろな用事が重なってもう大変
 ちょっと油断して、ゆったりした気分を味わっていたら、いろいろな用事が重なって、えらいことになってきた。
 『朗読の理論』のゲラ校正がギリギリになってきた。「小さな朗読館・やちよ」の開催日が迫ってきたので、実務的な開催準備と自分自身の朗読練習をしなければならない。「小さな朗読館・山桜」の出演者・本田悠美子さんから郵送されてきた朗読録音カセットにコメントを収録して返送しなければならない。フィギアスケートのグランプリファイナルは観なければならぬ。そして、そして、何と年賀状の執筆はまったく進んでいない。
 アレコレとアワを喰ってやっているうちに、昨日はあっという間に過ぎてしまい、このブログに投稿することができなかった。今日もまだアワを喰ってやることがいっぱいある。
 そういうわけで、今日の「館長の朗読日記」もこの辺でごく短く切り上げさせていただく。

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05館長の朗読日記 76

館長の朗読日記 76  (戦後62年12月15日新規)

○久しぶりにゆったりした気分の土曜日である
 通常だと、土曜日は朝早くから定常的なアルバイト仕事で遠くに出かけ、午後から夜間にかけて二つの朗読サークルの朗読レッスンを行なう。そのため7時30分~20時30分は外に出っぱなしとなる。なかなかゆったりできないのだが、今日は定常的なアルバイト仕事が今年最後の打ち納めであったし、朗読レッスンは年末始のため休みである。アルバイト仕事の帰路の新幹線の中で、久しぶりにゆったりした気分で寛(くつろ)ぐことができた。座席の背にもたれて、眼を閉じていると、朗読に関するいろいろな想念が頭の中に浮かんできた。そのいくつかを以下に記しておく。

○朗読に関するこれまでの5年間を振り返る
 私が本格的に朗読指導を始めてから約5年が経った。始めた当初はさっぱり見当がつかなかったが、約5年が経った現在は5地域で9つの朗読サークルを指導している。これで、もうほとんど私の精力と時間の限度いっぱいである。ありがたいことに、予想をはるかに超えた多数の方々が、私の朗読指導を歓迎し受け入れてくれたわけである。
 これまでの5年間に、その5地域・9つの朗読サークルが、次々に、年一回の「おさらい会」や「朗読発表会」を開催してきた。累計すると「おさらい会」を16回、「朗読発表会」を5回開催したことになる。一方の「おさらい会」は原則非公開であったから、その反応も限られていたが、他方の「朗読発表会」は一般公開したのでそれなりの社会的な反応があった。特にこれまでの5年間は、もっぱら先の大戦の悲劇をテーマにした台本を上演してきたので、予想をはるかに超えた反響があった。また、2時間くらいの長い台本を、朗読サークルの会員が全員で読み継いでいくやり方は、台本さえ良ければ、観客の心を最後まで舞台に集中してもらえること、そして、観客に十分感動してもらえること、を実際に確かめることができた。つまり、このような朗読公演方式によれば、朗読時間が2時間におよぶ大作(映画や演劇の場合であっても上映時間2時間というのは大作といってよいだろう)であっても、十分に上演できる、ということが実証できたわけである。これは、少し大げさに言わせてもらえば、日本の朗読文化にとって、ものすごく大きい画期的な収穫だったと思う。
 また、これまでの5年間の朗度指導の経験をも踏まえつつ、永年あたためてきた『朗読の理論』を書き上げることができた。さらに、来年の2月にはこの『朗読の理論』を木鶏社から単行本として出版するところまで、何とか漕ぎ着けることができた。この単行本『朗読の理論』の発行によって、日本の朗読文化は初めて確固とした理論的な土台を得ることになる、と私は密かに自負している。

○朗読に関するこれからの5年間の夢をイメージする
 以上のように振り返ってみると、これまでの5年間で朗読に関する基礎・土台がかなり出来てきたように思われてきた。その基礎・土台をもとに、これからの5年間をどのようにやっていったら良いだろうか。朗読に関するこれからの5年間の夢をイメージしてみた。
 これからの5年間で、5地域・9つの朗読サークルは次々に朗読ステップを上がっていく。そして、ついには、次々と最後の朗読ステップ6を修了していくはずである。朗読ステップ6を修了した朗読サークルは、いよいよ第2期の朗読レッスンに突入していく。この第2期の朗読レッスンは、より高いレベルで朗読ステップ1~6をたどり直しながら、会員一人一人の「朗読の実技」に磨きをかけ、「朗読の理論」の理解を深め身につけていく段階である。同時に、新たに募集する第2期会員の大先輩として、いろいろと後輩の面倒をみながら、自然に「朗読の指導法」=「朗読の上達法」をも身につけていく段階である。
 朗読公演については、これからの5年間も「朗読発表会」の実績をコツコツと積み重ね、2時間の台本を朗読サークルの会員が読み継いでいくという朗読公演方式を一つの「型」にまで磨き上げていきたいと考えている。また、いくつかの地域・朗読サークルは「小さな朗読館」的な朗読会を自発的に開催していくことになると思う。今年は八千代市で「小さな朗読館・やちよ」を3回、私が主宰した。主宰してみて痛感したが、これを5地域・9朗読サークルでやりだしたら、とても私の身が持たない。そこで「小さな朗読館」的な朗読会の企画・運営から、私は手を引くことにした。もし、やりたい地域・朗読サークルがあれば、すべて自発的・自主的にやってもらうことにした。もちろん、私もできるかぎりの協力・支援・参加をするつもりであるが。それにしても、あちこちで、年一回の「朗読発表会」に加えて、年数回の「小さな朗読館」的な朗読会が開催されるようになると思うし、そうなれば素晴らしいと思っている。さて、私は、これまでの5年間は、朗読サークルを主体にした朗読公演に力を注いできたが、これからの5年間は、私自身の朗読公演にも力を注いでいきたいと考えている。その軸として構想しているのが「東 百道・講演と朗読の会」である。来年は、とりあえず、宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』をテーマにしたものをやろうと考えているが、その他にも芥川龍之介、太宰治などをテーマにしたものも順次やっていきたいと考えている。
 朗読の研究に関しては、『朗読の理論』に続いて、『朗読の上達法』(=『朗読の指導法』)の執筆、さらに朗読ステップ1~6に対応した『朗読のレッスン教則本』1~6を順次執筆していくことを考えている。これらを全部執筆し、出版することはこれからの5年間だけでは無理かも知れない。しかし、できなければ、さらに次の5年間でやれば良いと考えている。

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