05館長の朗読日記(戦後64年/西暦2009年)

05館長の朗読日記 406

館長の朗読日記 406  (戦後64年12月31日 新規)

○今日は大晦日である

 今日はとうとう大晦日となった。今年、戦後64年の最後の日である。明日からは戦後65年となる。
 この戦後64年は、実に、あっという間に過ぎ去ってしまった。近年は本当に一年が短くなった。
 しかし、短くなった、短くなった、と言っても、必ずしも何にもしなかったわけではないし、何も出来なかったわけでもない。如何に短く感じられようとも、一応、一年間はコツコツと生きてきたのである。
 そこで、この一年最後の日に、戦後64年に私の周りで起こっためぼしい出来事や忘れがたい出来事を振りかえってみた。
 

○朗読レッスン

 私の朗読活動の軸は、6つの地域の9つの朗読サークルに対する朗読レッスンである。しかし、これはあらかじめ定めたカリキュラムに基づいて月2回行なっているものだから、この一年に限って何か特別の出来事が起こることはない。
 ただ、一つ、特記事項を上げるとするならば、それは、この9月に八千代朗読サークル「新・みちの会」が朗読ステップ6を修了し、いよいよ10月から第Ⅱ期の朗読レッスンをスタートさせた、ということくらいであろうか。これから、この第Ⅱ期の朗読レッスンをどのように進めていくか。これは「感動をつくる朗読」にとって、非常に重要なことだと考えている。何とか充実したものにしていきたい、と考えている。

○朗読会

 朗読レッスンの一環として、各朗読ステップの修了時に、おさらい会(朗読ステップ1~2の修了時)あるいは朗読発表会(朗読ステップ3~6の修了時)を開催している。それに加えて、昨年から、私が主演する2つの朗読会「東百道の朗読館」「東百道・講演と朗読の会」をスタートさせた。
 今年一年間のそれらを、開催順に列挙してみる。

 2月26日(木)朗読発表会『白旗の少女』/千葉「わかば」
 3月25日(水)朗読発表会『戦火と死の島に生きる』/八千代「花ことば」
 4月30日(木)朗読発表会『戦火と死の島に生きる』/船橋「はなみずき」
 5月16日(土)朗読発表会『ひめゆりの少女』/八千代「こちの会」
 5月19日(火)朗読発表会『ホタル帰る』/品川「あやの会」
 6月17日(水)朗読発表会『ヴィヨンの妻』/三鷹「さつきの会」
 6月28日(日)「東百道の朗読館」/「東百道の朗読館」実行委員会
 7月19日(日)おさらい会「『花咲き山』ファンタジー」/習志野「茜」
 9月12日(土)朗読発表会『赤ひげ診療譚』/八千代「新・みちの会」
11月01日(日)朗読発表会『恩讐の彼方に』/千葉「風」
12月09日(水)「東百道・講演と朗読の会」/感動をつくる・日本朗読館

 改めて数えてみると、全部で11回となる。だいたい月1回の割合で開催したと言って良いであろう。
 おさらい会は原則非公開であるが、他の朗読会はどれも観客数が150名前後の本格的な朗読公演である。総観客動員数は、延で約1500名という勘定になる。
 このように数え上げていくと、これはなかなか大したものではないか、と改めて思う。
 今年は、その他に、各朗読サークルが、以下のように自主自発的な朗読会を開催し始めた。

・10月04日(日)八千代台公民館まつり・演技部発表会に八千代「新・みちの会」が出演(演目:「トキ」)
・10月18日(日)地域交流セミナー「朗読の楽しみ」を千葉「わかば」が開催
・11月28日(土)「品川朗読交流会」Vol.1を品川「あやの会」が開催(品川地域の他の2つの朗読グループ「こだま」「朗読塾LIVE」と共に、3つのグループで共催)

 このように、各朗読サークルが自主自発的な朗読会を開催していくことは、私の永年の夢であり、望んでいたイメージであった。そういう試みが、徐々にではあるが、今年から始まったことは、本当に心嬉しかった。

○朗読研究

 単に朗読レッスンをする、単に朗読会を開催する、ということだけではなく、孜々として朗読研究を進めていく、ということが私の朗読活動の大切な目標であり、内容である。
 ただし、この朗読研究というものは、なかなか具体的な成果としては表に出てこない。昨年(戦後63年/西暦2008年)の3月に単行本『朗読の理論』(木鶏社)を出版した以外は、おりおりにブログ「感動をつくる・日本朗読館」に書き込むくらいのものである。特に、この一年は、朗読研究そのものの表に出た成果に関しては、さしたる特記事項はない、と言ってよい。

 ただし、単行本『朗読の理論』(木鶏社)に関する反響はいろいろと出てきている。特に、本の出版から1年ほど経った今年の3月頃から、急にそういう反響が顕在化してきたような気がする。
 先ず、2月頃に、立命館大学の入学試験(国語問題)に拙著『朗読の理論』の文章が出題される、という事件(?)が起こった。立命館大学の入学試験事務担当から、事後承諾の連絡があったので、初めて知ったのである。
 次に、2月末~3月初にかけて、大阪地域で演劇活動(役者)と朗読活動(実演&演出)をしている斎藤誠氏から電話で拙著『朗読の理論』購入について問い合わせがあり、その後、ファックスで丁寧な読後感が送信されてきた。斎藤誠氏は、私の紹介によって木鶏社から直接『朗読の理論』を購入し、購読後とても高く評価してくださった。その上、知人友人の方々に広く本書を推奨してくださっている。斎藤誠氏は『演劇会議』という演劇関係の雑誌の編集者もしている方であるという。
 さらに、3月20日付発行の朗読専門誌『音声表現』2009春・第5号に、拙著『朗読の理論』に対する書評が載った。私がこの事実を知って書評を読んだのは11月になってからであったが、その書評も拙著『朗読の理論』の内容をとても高く評価してくれていた。
 そして、この秋ごろから、拙著『朗読の理論』を読んだ上で、朗読レッスンを受けたいと、朗読サークルへ入会を申し込んでくる方々がポツポツ出てきた。これも、私の永年の夢であり、望んでいたイメージであった。たとえ、ポツポツではあっても、こういう形でサークル会員が増えていくことは、本当に心嬉しい。

 また、ブログ「感動をつくる・日本朗読館」についても、少しづつ具体的な反響が出てきた。
 一つだけ特記すれば、10月頃、永年朗読活動をしておられる渡辺知明氏から、私が提唱する「高く(上に)出る」語り口についてコメントが寄せられた。次いで、渡辺知明氏のブログ『eXcite ことば・言葉・コトバ』に、それについて「朗読と文のイントネーションの原理」という文章を2回にわたって掲載した旨の案内が、同じくコメントで寄せられた。
 それが皮切りとなって、私が、ブログ「感動をつくる・日本朗読館」の「館長の『朗読の理論』」欄に「渡辺知明さんのイントネーション論について」という文章を7回にわたって掲載した。
 その後、渡辺知明さんからは特に応答はないが、今後も機会があれば、建設的な相互応答、相互啓発を行なっていきたいと思っている。

○訃報

 この年末に、私が朗読指導している朗読サークルの会員から何通かの訃報をいただいた。心から哀悼の意を表したい。
 特記すべきは、8月2日に三鷹朗読サークル「さつきの会」の代表であった本田悠美子さん逝去されたことである。朗読サークルの会員ご本人が亡くなったのは、初めてである。
 本田悠美子さんとは戦後63年(2008年)2月に「小さな朗読館・山桜」を共催し、共演した。前年の8月に、白血病であることが分かってから、約半年後のことである。
 白血病であることが分かった戦後62年(2007年)8月から、亡くなった戦後64年(2009年)8月までの、約2年にわたる闘病生活の間、本田悠美子さんから何通ものお手紙やお葉書をいただいた。それぞれが皆、本田悠美子さんの心のこもったお便りであった。
 朗読が、本田悠美子さんの闘病生活を支える大きな柱の一つであった。その一環として、戦後63年(2008年)2月に「小さな朗読館・山桜」を共催し、共演したのであった。その間の一部始終を、今でも私は鮮明に覚えている。
 本番当日は、関東地方に珍しい大雪の日であった。その大雪の中を、会場がいっぱいになるほど大勢の観客が聴きに来て下さった。その観客の一人一人に対する感謝の気持が、今でも鮮やかに蘇ってくる。
 朗読を通して知り合った方々から訃報をいただくのは悲しいけれども、その悲しさは、逆に、朗読をやっていて良かった、という想いにもつながっていく。朗読レッスンを始めて良かった。朗読会を開催してきて良かった。朗読研究を継続していて良かった。そのように思うのである。

○年月に対する感覚

 このように、改めて振り返ってみると、この一年も、けっこういろいろな出来事があった。
 そして、このようにこの一年を振り返ってみると、近年、年月に対する感覚がかなり変化してきていることに気づかされた。
 これを一言でいうと、これから来る年月が短く間近くに感じられ、すでに過ぎ去った年月が長く遠くに感じられる、という感覚である。これから来る年月は、あたかも望遠鏡で覗いた風景のように、間近く拡大して生々しく感じられる。逆に、すでに過ぎ去った年月は、その望遠鏡を逆さまにして覗いた風景のように、遠くに小さく霞んで感じられる。
 これは、私だけでなく、年齢を重ねた人間に共通した感覚のようである。朗読サークルの会員たちに、私が、今年の朗読発表会のことを「去年の朗読発表会では、こうしましたが、云々」と間違って表現しても、また、来年の朗読発表会のことを「今年の朗読発表会には、こうしたいですね、云々」と間違って表現しても、さほど違和感なく受け取られる。間違いに気づいて訂正すると、皆さんも、私と似たような感覚を持っている、ということであった。

○どうぞ良いお年をお迎え下さい

 年齢を重ねていくと、かように年月に対する感覚が変わってくる。したがって、来年の一年間もきっと短く、あっという間に過ぎてしまうに違いない。
 さりながら、その中でコツコツと頑張って、その短く感じられる一年間を、少しでも充実した年にしていきたいものである。
 それでは、皆さん、どうぞ良いお年をお迎えください。

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05館長の朗読日記 405

館長の朗読日記 405  (戦後64年12月28日 新規)


ベートーヴェンの第九交響曲を聴きに行って


○久しぶりに家族全員で外出した

 一昨日、久しぶりに家族全員がそろったが、翌日の昨日は、これも実に久しぶりに家族全員で外出した。
 一昨日、久しぶりに帰った者が、池袋の東京芸術劇場・大ホールで開催される「東京シティ・フィル/第九特別演奏会」を聴きに行く、というのである。自分の分だけ前売券を予約したと言う。その上で「よかったら一緒に行く?」と言うのである。
 なんやかんや、ワイワイ、と話し合った末に、もともとクラッシック音楽などにまるで関心がなかった者までが(生意気に)一緒に行ってもよい、などと言い出した。結局、たまのことだから、というので家族全員で聴きに行くことになった。
 残りの3人は当日券を買わなくてはいけないので、当日券の発売を開始する12時30分までに東京芸術劇場・大ホールの入口まで行かなくてはならない。
 会場が13時30分、開演が14時00分であるから、昼食は当日券を買った後で外食し、夕食は帰ってすませるにしても、ほぼ一日がかりということになる。さぞ疲れるだろうとは思ったが、久しぶりで、たまのことだから、私も「まっ、いいか!」ということにしたのである。


○「東京シティ・フィル/第九特別演奏会」は満席だった

 東京芸術劇場・大ホールは満席であった。
 当日券の販売開始時間より15分くらい前に売り場に着いたのだが、すでに20人くらいは並んでいた。順番が来て、当日券の色分けをした座席表をみたら、ほぼ満席状態だったのでビックリした。当日券はチラホラと30枚分くらいしか残っていなかった。
 もう少し遅かったら買い損ねていたかも知れない。いくら年末恒例の第九だって、この大ホールの座席数は1999席もある。しかも、巷は不景気風が吹いている。当日券はかなり出るはずだ、と読んでいたのは甘かった。
 やはり年末恒例の第九の人気はすごい。同じ年末恒例でも、私の「講演と朗読の会」とはかなり違う。このことを改めて痛感させられた。


○老指揮者に元気をもらった

 開演時間が来て、オーケストラの音合わせが終わって、指揮者が登場すると、会場に「オーッ」という喚声は起こらなかったが、きっと全員が心の中で「オーッ」と叫んだに違いない。指揮者のゲルハルト・ボッセが、腰も背中も曲っており、杖なしで歩くのがかなり大儀そうな歩き振りで登場したからである。慌てて彼のプロフィールを見たら、生年が1922年であった。数えてみると、今年で87歳である。
 第九は演奏時間が1時間を超す大曲である。しかも、途中、ほとんど休憩なしで演奏される。思わず「大丈夫かな? 最後までもつのかな?」という疑念が生じてくる。
 しかし、いざ演奏が始まると、そういう疑念は吹き飛んでしまった。実にダイナミックな指揮振りであり、演奏であった。曲った腰や背中を、伸ばしたり曲げたりしながら、オーケストラ全体にわたって大きく指揮するのである。演奏の出来栄えについては、音楽評論家なら、なんだかんだと言うと思う。しかし、私のような素人にとっては、歯切れが良くて、ダイナミックで、迫力満点の演奏であった。
 そして、その指揮ぶりが最後まで続き、演奏後の舞台挨拶では、ソプラノ歌手の手をとって、グイグイと引っ張って、エスコートすることまでやってのけていた。87歳で、あそこまで出来るかね〜、と思わず感嘆してしまった。私も、後、25年(四半世紀)くらいは頑張れるんじゃないか、とものすごく元気をもらった気がした。

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05館長の朗読日記 403

館長の朗読日記 403  (戦後64年12月25日 新規)

クリスマスの過ごし方

○ついに年賀状を郵便局の窓口に出してきた

 今日の午前中に、年賀状を郵便局の窓口に出してきた。
 最寄の郵便局まで歩いて2~3分である。年賀状を市内宛と市外宛の二包みに分けて、各々を細長く切った紙で十字にくくって、手に持って家を出た。ところが、途中で、一つを落としてしまった。すると、十字にくくった紙は簡単に切れてしまい、年賀状がバラバラになってしまった。紙だけでくくったものが、こんなに脆いとは思わなかった。
 しかたがないので、一旦、家に戻って、新たに紙を切ってくくり直し、今度は、その上から2本の輪ゴムで十字に留めた。直接輪ゴムで留めると、年賀状に痕がつくので、下敷きとして今回も一応紙でくくったのである。
 まったく最後の最後まで手のかかる年賀状ではあった。それだけに、郵便局までたどりついて、窓口に出し終わったときにはホッとした。今年の年賀状も、これで一段落である。

○八千代「花ことば」の『日本婦道記』のバック音楽も終わった

 昨夜、八千代「花ことば」の『日本婦道記』の中で、やり残していた「糸車」のバック音楽を選定した。こちらは、観客の涙腺を否が応でも刺激するようなバック音楽にしてみた。
 これで「糸車」「墨丸」の両方に曲付けしたから、3月に開催する八千代「花ことば」の朗読発表会の分も全てバック音楽の基本安が出来上がったことになる。
 4月に開催する船橋「はなみずき」の『流れる星は生きている』は、一昨年に千葉市で上演した台本を、ほぼそのまま再演することになるから、バック音楽の基本案はすでに出来ている。
 5月の朗読発表会までには、まだ、当分、間がある。したがって、当面のバック音楽選定は、これで一段落した。これもホッと一息である。

○クリスマスが終わった明日からは正月準備に入る

 わが家は、無宗教であるから、クリスマスにはほとんど無関心である。しかし、世間がクリスマス、クリスマスと騒いでいる最中に、正月飾りをするのも変だから、クリスマスが終わるまでは、正月飾りを含めた正月準備は控えている。
 幸い、今日は気温もそう寒くは無い。いわゆる小春日和である。昼食後、ぐっと眠くなったので、居間の食卓の上にもたれて、椅子に坐ったまま居眠りをした。少し転寝をして、眼を覚まして、この原稿をパソコンに投入している。
 これをブログに投入した後、冷蔵庫内に付属している製氷機の換えフィルターを買いに出かける。
 さあ、クリスマスが終わった明日からは、いよいよ本格的な正月準備に入る。まさに、今年もどんずまりの年の瀬、歳末へと入っていく。

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05館長の朗読日記 402

館長の朗読日記 402  (戦後64年12月24日 新規)


朗読発表会用台本へのバック音楽(BGM)の選定


○千葉「わかば」の『あの日夕焼け』が出来上がった

 千葉「わかば」の朗読発表会『あの日夕焼け』は、2月24日(水)である。それまでは、1月後半の立ち稽古と2月前半の舞台リハーサルを残すのみである。
 そのためのバック音楽(BGM)は、早急に選定しなければならないが、昨夜、ようやく出来上がった。出来上がったといっても、あくまで基本案である。これで立ち稽古や舞台リハーサルをやってみて、合わない部分を修正しながら、本番に臨むのである。
 『あの日夕焼け』は先の大戦が敗戦した際、満州から引揚げる家族の体験談であるから、色調華やかな音楽は合わない。自ずから、バック音楽(BGM)は限られてくる。これまで上演した、先の大戦の悲劇を扱った台本、それに使ったバック音楽(BGM)の中から選んで組み合わせた。
 年明けの立ち稽古には、一応、この基本案でやってみよう。合わなければ、修正するのみである。


○八千代「花ことば」の『日本婦道記』(「糸車」「墨丸」)はまだ半分

 八千代「花ことば」の朗読発表会『日本婦道記』(「糸車」「墨丸」)は、3月26日(金)である。立ち稽古は2月後半、舞台リハーサルは3月前半である。その前は、1月後半と2月前半の2回のレッスンしかない。こちらも、年が明けたら、あっという間に近づいてくる。
 しかも、こちらは一般の文学作品である。それなりに、文学作品の内容に合ったバック音楽(BGM)を選定する必要がある。もっともむづかしいのは「墨丸」の方だと思っていたから、こちらについては以前からバック音楽(BGM)を考え、いろいろと下準備をしていた。
 昨夜、その下準備を基に、何とか基本案をつくってみた。これも、実際の朗読に合うか合わないかチェックしなければ、最終案というわけにはいかない。
 昨夜は、この「墨丸」だけで時間切れとなってしまった。あとの「糸車」の方は、今夜にでも基本案をつくるつもりである。


○巷では今日はクリスマス・イヴだそうである

 私は無宗教者であり、無神論者であるから、クリスマスに関しては、年末の一風物としての感慨しかない。その感慨には、クリスマスが終わると、いよいよ正月飾りを初めとする、正月を迎える一連の準備をしなければならない、ということも含まれている。
 しかし、クリスマス・イヴの今夜は、一つゆったりとした気分で「糸車」のバック音楽(BGM)でも考えてみようと思っている。

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05館長の朗読日記 401

館長の朗読日記 401  (戦後64年12月22日 新規)

年賀状を書き終えた

 
○年賀状は一年に一度の朗読レッスン通信簿              

 私は、それほど交際が広くないから、毎年の年賀状の授受は元々そう多くはなかった。
 まして、生業をリタイアした後は、生業で知りあった方々への儀礼的な年賀状は極力なくすようにしてきたから、そちら関係の年賀状の数はごくわずかなものである。親類縁者については、これは親の代から、付き合う範囲は限られていたから、この関係の年賀状の数も少ない。
 結果的に、朗読関係の方々に出す年賀状の比重がもっとも高くなっている。
 特に、朗読サークルの会員の皆さんに出す年賀状の数がもっとも多い。もっとも多いといっても、その数はたかが知れている。しかし、私は朗読サークルの会員の皆さんに出す年賀状を、一年に一度の朗読レッスンに関する通信簿だと考えている。
 通信簿といっても、別に、成績評価をするわけではない。その会員のこの一年間の朗読表現について、頭に浮かんだことをコメント風に書き送るだけのことである。しかし、それでも、結構、頭で考えたり、神経を使って書くことになる。全員の分を書き終わると、グッタリと疲れる。
 そこで、毎年、この年末の年賀状書きが大仕事のように思われて、早め早めに準備することになる。そして、一通り書き終わると、心の底からホッとするのである。

○朗読発表会の台本にバック(BGM)音楽を選定する

 年賀状が書き終わっても、実は、まだ、仕事が残っている。それは、来年の前期にほぼ毎月のように開催される各朗読サークルの朗読発表会の台本にバック(BGM)音楽を選定する作業である。来年前期の朗読発表会は、次のようになっている。

 2月 千葉「わかば」の『あの日夕焼け』
 3月 八千代「花ことば」の『日本婦道記』(「糸車」「墨丸」)
 4月 船橋「はなみずき」の『流れる星は生きている』
 5月 八千代「こちの会」の『広島の姉妹』
 5月 品川「あやの会」の『流れる星は生きている』
 7月 三鷹「さつきの会」の『忍ぶ川』
 7月 習志野「茜」の「おさらい会」

 習志野「茜」の「おさらい会」はバック音楽(BGM)をつけないし、船橋「はなみずき」と品川「あやの会」の『流れる星は生きている』は再演だからバック音楽(BGM)は一応できている。
 しかし、残りの『あの日夕焼け』、『日本婦道記』(「糸車」「墨丸」)、『広島の姉妹』、『忍ぶ川』は初演だから、まったく新たにバック音楽(BGM)を選定しなければならない。特に、『あの日夕焼け』と『日本婦道記』(「糸車」「墨丸」)は、年が明ければ、立ち稽古の日がすぐ眼の前に迫ってくる。この年末始の間に、是が非でもやってしまわなければならない。
 こういうものは、できれば年末に済ませてしまって、年明けは少しノンビリしたいと誰しも考えると思う。もちろん私もそう考えるので、さっそく今日からその作業にかかっているのである。
 

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05館長の朗読日記 400

館長の朗読日記 400  

八千代「新・みちの会」と千葉「風」の朗読レッスン

               (戦後64年12月13日 新規)


○八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

 昨日(12月13日)の午後2時00分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ1の5回目、共通レッスン台本である峠兵太原作「小枝の笛」と小山内薫原作「梨の実」の5回目である。
 今回は、次回の通し読みを意識して、会員の皆さんに「小枝の笛」と「梨の実」のどちらを次回に通し読みしたいかを選んでもらい、「小枝の笛」は2人1組で、「梨の実」の方は3人1組で朗読してもらうようにした。そして、今回は、その予行練習ということで、自分が選んだ方を組ごとに読んでもらうことにした。
 前回から、拙著『朗読の理論』のミニ講義をやることにしたのだが、前回に引き続き今回も、私が本をもっていくことを忘れてしまった。何とも情けない講師ではある。折よく、拙著『朗読の理論』が『音声表現』という雑誌に書評されていたのをコピーしたものをもっていったので、それを配布し、その中身に関連する話しをすることで、今回も勘弁してもらうことにした。
 この冬休み中に、講義計画を立てて、新年からはキチンとミニ講義を始めることにする。
 さて、今回は、会員のところに、一人の男性からレッスンを見学したいという電話を受けていた。その会員から、連絡を受けていたので、見学者用の台本などを準備していったのだが、結局、その男性は姿を現さなかった。ちょっと前にも、一人の女性から同じ会員が同じ内容の電話を受けて、同じように姿を現さなかったことがあった。まったく、迷惑な話しである。


○千葉「風」の朗読レッスン

 昨日(12月13日)の午後5時30分から、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンを行なった。否、行なう予定であった。しかし、どういうわけか八千代「新・みちの会」の朗読レッスン会場から千葉「風」の朗読レッスン会場へと移動する道路が混雑していて、20分ほど遅刻してしまった。
 今回からレッスン開始時間を30分繰り上げて午後5時30分から始めると、前回のレッスンのときに見栄を切っていただけに、何ともバツが悪かった。しかも、今回のレッスンは、私の都合で1週間ズラしてもらっていただけに、なおさらであった。
 私がなかなか来ないものだから、会員の皆さんは「1週間ズラしたので、忘れているのではないか」と心配し、私の自宅まで電話を入れたようである。その電話をしている最中に私が到着したものだから、一同、大笑いとなった。
 今回は、朗読ステップ6の3回目、最初のレッスン台本・宮澤賢治原作『セロ弾きのゴーシュ』の3回目でもある。前回に引き続き、台本の最後の3分の1をレッスンした。
 今回も、前回、前々回に引き続いて、作品の解説抜きで直ぐに一人づつ朗読してもらい、さらに、私からのコメントやダメ出しを極力控え、その代わりに、朗読した当人の自己講評、および、周りで聴いている仲間の会員たちからの講評をしてもらう、というやり方で進めていった。
 それにしても、会員の皆さんが、一人一人、着実に上達している手応えがあった。さらに、もっともっと、自分自身でいろいろと試行錯誤して、さらに上を目指していって欲しいものである。


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05館長の朗読日記 399

館長の朗読日記 399   (戦後64年12月11日 新規)

千葉「わかば」と八千代「花ことば」の朗読レッスン

○千葉「わかば」の朗読レッスン

 昨日(12月10日)の午後1時30分から、千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンを行なった。今回は、来年の朗読発表会『あの日夕焼け』(鈴木政子原作)のレッスンの6回目、第3クルーとして第1部の朗読練習を行なった。
 ただし、朗読レッスンの第3クルーは、中途半端ではあるが、今回限りである。年明けの1月28日(木)に行なう次回レッスンは、いよいよ立ち稽古ということになる。
 えっ、もう立ち稽古、と感じるほど、あっという間にレッスンの回数が進んでしまった。このグループが、来年2月から毎月開催される朗読発表会ラッシュの先陣を切る、という事情のせいかもしれない。何でもそうだが、一番槍はとかく大変なのである。
 立ち稽古は、午前~午後のほぼ一日がかりであり、バック音楽(BGM)も入れなければならない。立ち稽古に備えて、千葉朗読サークル「わかば」の会員の皆さんも、この年末始のレッスン休みの期間は、練習が大変であろう。しかし、私もバック音楽(BGM)やバック照明の割付をしなければならない。
 このグループの会員の皆さんは、真面目に練習を積み重ねるタイプが多いので、毎回、着実に朗読表現が良くなってきている。約2ヶ月後の2月24日(水)に開催する朗読発表会までには、きっとすばらしい『あの日夕焼け』を上演してくれるだろうと、大いに期待している。

○八千代「花ことば」の朗読レッスン

 昨日(12月10日)の午後6時から、八千代朗読サークル「花ことば」の朗読レッスンを行なった。今回は、前回につづいて、朗読発表会用の台本・山本周五郎原作「墨丸」のレッスンを行なう。
 会員の皆さんの希望によって、朗読発表会用の台本「糸車」と「墨丸」を、それぞれ2回つづけて行なうようにしたのである。
 「糸車」の方はそうでもないのだが、「墨丸」の方はかなりむずかしい。重厚で、しかも、激しい、大人の心情や言動を音声言語で表現しなければならない。
 このグループは、前回までは先の大戦の悲劇を扱った台本を朗読発表会にかけていた。一般の文学作品を朗読発表会で扱うのは、今回が初めてである。
 深く抑えた朗読表現をする前段として、盛り上げた激しい朗読表現を会員の皆さんはやってみせてくれたのだが、やっぱりそれではおかしいのである。
 会員の皆さんも、それはよく分かっていて、なおかつ、登場人物の心情も十分にイメージすることができているようである。問題は、分かっちゃいるけど、表現できないところにある、ということらしい。まあ、大いに楽しんで、その表現を工夫していって欲しいものである。
 このグループは、年末始のレッスン休みの期間中に、2回ほど自主勉強会を行なうらしいが、年明けの1月28日(木)に行なう次回レッスンまでに、どのくらい表現を深められるか、それを楽しみにしている。

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05館長の朗読日記 398

館長の朗読日記 398  (戦後64年12月10日 新規)

第2回「東百道・講演と朗読の会」を無事に開催

 昨日(12月09日)の午後1時30分から、第2回「東百道・講演と朗読の会――宮澤賢治の信仰と文学――」を開催し、無事に終了することができた。

○ゲスト朗読者を迎えたことは大成功であった
 
 今回は、八千代朗読サークル「新・みちの会」の江本なつみさんをゲスト朗読者として迎えた。宮澤賢治原作の「手紙2」「手紙4」「よだかの星」を朗読してもらったのだが、さすがの朗読であった。最後の舞台挨拶も堂々としたもので、大変良かった。全体として、今回、江本なつみさんにゲスト出演してもらったことは、大成功だったと思う。

○観客数は予想をかなり上回った

 この「東百道・講演と朗読の会」は、文字通り「感動をつくる・日本朗読館」の主催であり、早い話しが私が自作自演する朗読会である。
 このような講演と朗読の会を公演する場合、自分の講演や朗読がうまくできるかどうかということは、もちろん気にかかる点である。しかし、最大のプレッシャーは別のところにある。
 たとえば、前売りではなく、当日売りのチケットが何枚くらい出るのか、という点がとても気にかかる。用意したチケットやプログラムが、万が一、足りなかったりしたら大変である。しかし、あまり余分に用意して、大量に残ってしまったら紙の資源の無駄になる。
 今回の観客数は、チケットやプログラムを最終的に準備した本番5日ほど前の段階で、次のように予測していた。
 前売券が約120枚、招待券が約30枚、当日券が約10枚、合計160枚。しかし、前売券を購入した人は、実際には、1割くらいは来ないのが普通である。さらに、招待券をもらった人は、実際にどれくらい来てくれるものか分からない。
 したがって、実際に本番当日に会場に来てくれる観客数は、多くても150人と見込んでいた。したがって、かなりの余裕を見て、当日券は30枚(全チケット数190枚)、当日配布するプログラムも180部を用意したのである。
 ところが、結果的には、チケットもプログラムも数枚あるいは数部しか残らなかった。つまり、実際の観客数は180人弱だったのである。これは、私の予想をかなり上回る数であった。そして、結果的に、チケットやプログラムに使った紙は、ほとんど無駄にならずに済んだのである。
 今回は、前方の可動席と後方の電動席を合わせて、客席数を264席分準備した。したがって、観客数はだいたい客席の3分の2を占めていたことになる。逆に言えば、客席の3分の1は空いていたわけである。しかし、不思議なもので、客席の3分の2が埋まっていると、ざっと見た感じが満席という雰囲気になる。
 この満席という雰囲気が大切なのである。出演者は、もちろん、その雰囲気からエネルギーをもらうし、観客の方もその雰囲気から盛り上がりというか活気を感じるのである。
 とにかく、主催者としては、これだけ多くの観客にご来場いただいたことに、ただ、感謝、感謝、あるのみである。

○上演時間はほぼ計画通りだった

 上演が始まると、もっとも気にかかることは、上演時間が計画どおりに収まるかどうか、という点である。
 計画通りにいったとしても、正味120分(2時間)強、途中一回の休憩時間(20分~25分)を入れれば、全体で150分(2時間30分)の長丁場である。
 しかも、観客は家庭の主婦が多いから、終演予定時間の午後4時より大幅に遅れると、帰宅時間が気になりだしてしまう。
 朗読の方は、内容が決まっているから、分単位で所要時間が計算できる。しかし、講演の方は、大まかにしか話す内容を決めていないから、朗読ほど精密には所要時間を計算できないのである。
 結果的には、終演時間は午後4時7~8分であった。休憩時間を若干多めにとったことを考えれば、ほぼ予定通りに終えることができた。
 正直いって、この点が今回、もっともホッとしたところである。

○肝心の講演と朗読の出来栄えは?
 
 この点は、私の講演と朗読だけでなく、ゲストの江本なつみさんの朗読についても、追々、聴いてくださった朗読サークルの会員の皆さんおよび知人友人に感想と意見を聴いていくことにしたい。とにもかくにも、開催し終わった直後の現時点では、この点をあれこれ考えること自体が億劫なのである。
 それから、今回は、上演中にも、終演後にも、自分の年齢のことを考えざるを得なかった。全く、こんなに疲れるとは思わなかった。
 次回以降は、上演時間を、正味90分(1時間30分)、途中の休憩を含めて120分(2時間)に収めようと、今はかたく決心している。

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05館長の朗読日記 397

館長の朗読日記 397  (戦後64年12月05日 新規)

八千代「こちの会」の朗読レッスンと忘年会

○八千代「こちの会」の朗読レッスン

 昨日(12月04日)の午後2時00分から、八千代朗読サークル「こちの会」の朗読レッスンを行なった。今回のレッスンは、朗読ステップ4の12回目、レッスン台本・宮澤賢治原作『注文の多い料理店』の6回目である。今回は、この台本の仕上げの通し読みを行なった。
 会員の皆さんを3つのグループに分け、それぞれ読み継ぐ形式で読み通していくから、つづけて3回『注文の多い料理店』を聴くことになる。それを聴きながら、このグループもいつに間にかかなり上手になってきたなあ、と感慨深かった。会員の皆さんは、ダテに3年半、朗読レッスンを続けてきたのではない、と改めて思った。
 もちろん、会員の一人一人は、朗読や舞台関係に関する過去の経験が違っている。また、一人一人が違う個性をもち、違う人生を過ごしているから、朗読のレベルや語り口はそれぞれに違っている。しかし、全員が着実に上達していることも確かなのである。
 朗読が上達するためには、表現や語り口の巧拙はもちろん大切な要素だが、それ以上に、本気になって心底から心情を込めて表現するということが、大切な要素である。朗読レッスンを重ねるにつれ、徐々に「恥と外聞」を捨て、本気になって心底から心情を込めて表現することができるようになってくる。この効果が大きいのではないか、とも思われた。
 通し読みが終わった後、来年の朗読発表会の台本・山本真理子原作『広島の姉妹』を配布し、読み継ぐ分担を発表した。来年のレッスン初めから、この朗読発表会用の台本の練習に入ることになる。会員の皆さんは、これからの年末始のレッスン休みの期間中に、よくこの台本の予習をやってきて欲しい。おどかすわけではないが、この台本は朗読的にはとてもむずかしい上級篇である。。

○八千代「こちの会」の忘年会

 八千代朗読サークル「こちの会」のレッスンは、昨年までは時間的な制約がとてもきつかった。
 毎週土曜日の午前中は、私はかなり遠隔の地でアルバイト仕事をしていたから、15時00分のレッスン開始時間ギリギリに会場に飛び込み、会場の使用時間の下限である17時00分直前には会場から出なければならない。
 したがって、毎回のレッスン時間も、実質は2時間を切ってしまっていた。当初は会員数も20名ちかくいたから、レッスン中はいつも時間に追われている、という感じがしていた。したがって、会員の皆さんとゆっくり懇親を深めるという時間的な余裕がなかなか持てなかった。
 そのために、一昨年から会員の皆さんは年末に忘年会を開き、会員間の懇親を深める努力をしてきた。私も極力時間の都合をつけて参加するようにしてきた。昨年末は、残念ながら、どうしても時間の都合がつかず、参加することができなかった。
 昨日は、レッスンが終わった後、その忘年会が行なわれた。私も、夜に予定していた他のサークルのレッスンを1週間ずらしてもらって、参加した。世話人のあたたかくも手際の良い進行のお蔭で、とても楽しく、そして、皆さんとの懇親を深めることのできた忘年会であった。

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05館長の朗読日記 396

館長の朗読日記 396

船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

             (戦後64年12月04日 新規)

○船橋「はなみずき」の朗読レッスン

 昨日(12月03日)の午後3時から、船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンを行なった。今回は、朗読ステップ4の14回目。今回は、来年3月に開催する朗読発表会『流れる星は生きている』のレッスンの2回目である。
 この『流れる星は生きている』の台本は3部構成であり、1回のレッスンで一部づつ練習していくから、今回は第2部をやる順番である。
 前回も記したとおり、個々の会員を見れば、皆さんそれなりのペースで上達している。その結果、全体の平均レベルは、昨年の朗読発表会のそれに比べるとかなり向上している。これは確かであるが、この『流れる星は生きている』はそうそう生易しい台本ではない。第1部に比べて第2部、第2部に比べて第3部という順で、朗読表現がむずかしくなっていく。
 何しろ、原作者の藤原ていさんが自ら書いているように、主人公がだんだん精神的・肉体的に追いつめられていって、子供といっしょに逃げていく有様を、朗読者が《自分事(わがこと)》のように表現していかなければならないのだから。
 平和な今の日本で、毎日それなりに平穏に生きている会員の皆さんが、そういう主人公の視点と心情に立って朗読表現できないのも無理はない。作品内容からすると、まさに平和ボケしたような声出しや語り口になってしまっている。戦後の日本が平和であることを大いに喜ぶべきなのだろうが、この作品の朗読表現としては、それでは困るのである。
 せめて「追いつめられた精神状態」になってもらおうと、一人一人にビシバシとダメ出ししていくと、ようやく何とかそれらしい表現になっていく。まあ、本来は心優しい私なのであるが、この作品に関しては、心を鬼にして厳しくダメ出ししていくことにする。
 まあ、そうは言っても、本来は心優しい私であるから、なかなか厳しさに徹しきれない。うむ。まったく、我ながら困ったものである。うむ。

○習志野「茜」の朗読レッスン

 昨日(12月03日)の午後6時30分から、習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスンを行なった。今回は、朗読ステップ2の8回目。レッスン台本・シェークスピア原作『ロミオとジュリエット』の8回目、このグループもとうとうこの台本の最後のパート9とエピローグにたどりついた。
 この台本は、登場人物を老若男女4人に絞り込んでいるため、場面を大幅に省略したり、独白のセリフを新たにこしらえたり、かなり無理な構成になっている。そして、その無理が終盤の今回の部分に集中的に現われてくる。
 しかし、そのように朗読レッスン用にそうとう無理を重ねたにしては、まあまあの脚本になっているのではなかろうか。最後の、老いた乳母の独白などは、かなり聴かせるのではないか、と自分では思っている。気のせいか、会員の皆さんもシンとして聴き入っているように思われる。
 ただし、会員の皆さんのセリフ表現は、まだまだの段階である。次回のレッスンは、年明けである。このときに仕上げの通し読みを行なう。全部を通し読みすると、約2時間くらいはかかる。それを全員で読み継ぐのだが、これはちょっとしたミニ朗読発表会という具合いになる。
 そこで、レッスンの最後に、読む継ぐ分担を決定した。ひとつ、年末始のレッスン休みの期間中に、じっくりと練習してきて欲しいものである。この期間に、キチンと自宅で一人練習するとしないとでは、その違いが年明けに雲泥の差としてはっきりと現われてくる。朗読は練習を裏切らないのである。
 来年の7月に予定している第2回「おさらい会」に会員の皆さんが朗読する作品(自由課題)が、今回で出そろった。それぞれ、とても興味深い作品であり、作品選びにも「茜」の皆さんの個性が溢れんばかりに出ている。どうやら、とても楽しい「おさらい会」となりそうである。

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