05館長の朗読日記(戦後67年/西暦2012年)

館長の朗読日記1041/今年もついに最後の大晦日になった

館長の朗読日記1041  (戦後67年12月31日 新規)



○今年もついに最後の大晦日になった

 私はもともと儀礼的な催しが好きではなかったし、苦手でもあった。特に、年末に行なわれる「忘年会」というものが気に入らなかった。特に「忘年」という言葉や考え方が嫌いであった。生業(会社勤務)に従事していた間は、そういう催しにも参加せざるを得ない。しかし、現在はその「忘年会」に参加しなくて済む。

 私は、宮澤賢治の生き方や文学作品が好きであり、とても高く評価している。私が宮澤賢治の文学作品を高く評価する理由は多岐にわたるが、その一つに有名な「雨ニモマケズ」の内容がある。この「雨ニモマケズ」の内容を高く評価する理由も多岐にわたるが、その一つに宮澤賢治が次の一節を記している事実がある。

  アラユルコトヲ
  ジブンヲカンジョウニ入レズニ
  ヨクミキキシワカリ
  ソシテワスレズ

 特に最後の「ソシテワスレズ」が素晴らしい。私が特に忘れてはならないと思うのは、自分の利得のために、他人を悲惨な目に陥れた者たちの所業や責任である。先の大戦における彼らの所業や責任を決して忘れてはならない、近年の福島原発大人災における彼らの所業や責任を決して忘れてはならない、と私は思う。

 宮澤賢治は「ソシテワスレズ」の前に「アラユルコトヲ/ジブンヲカンジョウニ入レズニ/ヨクミキキシワカリ」と記している。この言葉も素晴らしい。あらゆることを、自分を勘定に入れずに、良く見聞きし分かり、そして忘れず。宮澤賢治は、その後に初めて、自分が希求する実践について記していくのである。

  野原ノ松ノ林ノノ
  小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
  東ニ病気ノコドモアレバ
  行ッテ看病シテヤリ
  西ニツカレタ母アレバ
  行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
  南ニ死ニサウナ人アレバ
  行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
  北ニケンクヮヤソショウガアレバ
  ツマラナイカラヤメロトイヒ
  ヒドリノトキハナミダヲナガシ
  サムサノナツハオロオロアルキ
  ミンナニデクノボートヨバレ
  ホメラレモセズ
  クニモサレズ
  サウイフモノニ
  ワタシハナリタイ

 そして、そういう自分の希求が叶うように、彼が信仰する仏たちに一心に祈願するのである。

  南無無辺行菩薩
  南無上行菩薩
  南無多宝如来
  南無妙法蓮華経
  南無釈迦牟尼仏
  南無浄行菩薩
  南無安立行菩薩

 私自身は、あらゆる宗教に対し一線を画している。しかし、宮澤賢治のこの「雨ニモマケズ」という一種の祈願文を読むと、心に大きな感動を覚えることも、また事実なのである。私の家でも、大晦日の除夜の鐘の音がかすかに聴こえる。今夜は、その鐘の音を聴きながら、この「雨ニモマケズ」を口ずさむこととするか。







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館長の朗読日記1040/今年もあと3日となってしまった

館長の朗読日記1040  (戦後67年12月29日 新規)



○今年もあと3日となってしまった

 今日は12月29日。今年もあと3日となってしまった。気分的に、何かと慌ただしくなってきた。しかし、よくよく考えてみると、年越しのために私がやらなければならない仕事(家事)はそれほどはない。今日中に、正月飾りを飾ることくらいであろうか。正月飾りは、従来から私の仕事(家事)となっている。

 そういえば、昨日(12月28日)は朗読漫画『花もて語れ』の担当編集者・高島雅さんから電話があり、来年初め(1月3日〜5日)に行なう朗読レクチャーについての大まかなスケジュールを打ち合わせた。これについては、私の方で特段の考えもなかったから、高島さん(=片山ユキヲさん)の希望に沿うことにした。

 今日は、空は曇ってはいるが、時折、太陽が雲間から顔をのぞかせている。空気は冷え冷えとしているが、ここ数日の身体に沁み込むような寒さというほどではない。まあまあの小春日和といってもよいであろう。特に、夏目漱石ではないが「硝子戸の中」にいると、温室のような温々(ぬくぬく)とした気分になる。

 さあ、今日は久しぶりに落ち着いた気分で、懸案の『朗読の上達法』『芥川龍之介の文学的軌跡』の原稿執筆に専念しようか。近年は、こういう本格的な原稿執筆にとりかかるためにも、精神的なエネルギーを要するようになったしまった。情けないが、まったく「よっこらしょッ!」というかけ声が必要な感じなのである。




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館長の朗読日記1039/正月を迎える準備

館長の朗読日記1039  (戦後67年12月27日 新規)



○正月を迎える準備(1)

 ここ数日、急激に寒さが厳しくなってきた。クリスマスが過ぎると、これまた急激に年が暮れてくる。まさに、あっと気がつくと早や27日になってしまっている。ここ数日の間に書いてきた年賀状も、一昨日(12月25日)に書き上げ、昨日(12月26日)に投函した。歳末最大の仕事が終わった感じである。

 ここ数日で、正月を迎える準備をする。門松は、私の幼い頃から千葉県的に励行されているカード式のもので代替する。揃いのカード2枚に門松と太陽を印刷したものを、門の両側に貼り付けるのである。松や竹を保護するためであるという。その効果は本当のところ分からないが、私は昔からこのカード式が嫌いではない。

 小さな揃いの門松カードが、小路の両側の家々の門口に揃って貼られているのを見ると、ちょっと明るい気持になる。門松の緑と太陽の赤の対比が明るく可憐なせいもあろう。普段はほとんど接点のない近隣に住む住民が、珍しく同じイメージの下に、同じものを飾り付けたということが、何となく心嬉しいせいもあろう。


○正月を迎える準備(2)

 玄関には注連飾りをかける。家の中には部屋ごとに裏白を付けた輪飾りを1本づつ飾る。また居間兼客間にはパック式の鏡餅を一式飾る。改めて考えてみると、わが家で正月飾りといえるものはそれくらいである。おせち料理を詰める重箱やお屠蘇のセットも華やかで正月気分を助長するが、これらは正月飾りとはいえない。

 あとは、大掃除の類であろうか。窓ガラスを拭いたり、網戸を洗ったり、障子の紙を取り替えたり、車を洗ったり。そう云えば、障子の紙は1年おきに替えることにしていたから、今年は張り替えない年に当たる。私が関与する正月準備はそのくらいであろうか。庭木の手入れは、数年前から植木屋に頼むことにしている。

 あとは、先日この欄に「年末始の朗読レッスン休みいろいろ(1〜12)」という標題で書いたようなことをするわけである。それにしても、今年は寒い。今日はちょうど植木屋が庭に入ったので、様子を見に外に出てみたが、いや寒さが身に沁みた。昨年まではこれほどには感じなかったように思う。老化のせいだろうか?







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館長の朗読日記1038/小林大輔先生との会食(会談)その他

館長の朗読日記1038  (戦後67年12月25日 新規)



○小林大輔先生との会食(会談)

 昨日(12月24日)は、朗読家の小林大輔先生(元フジテレビ・アナウンサー)と、仲介者である須藤美智子さんを含めた3人で会食(会談)をした。12時00分に「すみだトリフォニーホール」の小ホール・ロビーで待ち合わせ、近くの喫茶店で昼食方々、いろいろと朗読談義に花を咲かせた。

 小林大輔先生は極めて率直にご自分の朗読に関するお考えを語られた。私も同様である。しかも、率直ながら、きわめて和気藹々たる対談となった。お互いに、こういう朗読談義が大好きだったからでもあろうが、一つには、小林大輔先生の話術、インタビュー技術が巧みであったお蔭ではないか、とも思っている。

 小林大輔先生は朗読関係にも顔がお広いのだが、こういう朗読談義を率直に交わせる相手はなかなかいないらしい。矢継ぎ早にいろいろな話題を持ち出されるので、話しが多岐に発展し、大いに面白かった。須藤美智子さんも時たま自分の意見を述べていたが、聴いている間もかなり面白かったのではないだろうか。

 予定の2時間はあっという間に過ぎてしまった。まだ話し足りないと思われたのか、小林大輔先生から、今後も出来るだけこういう機会をつくり、朗読に関する話し合いをしよう、というお申し出をいただいた。私としても、非常に心嬉しいお申し出である。今後も、時間の許す限り、是非お話しをしたいとお応えした。



○「Thanks 第5回サンクスコンサート/東日本大震災復興支援チャリティー」の鑑賞

 その後、その3人揃って「すみだトリフォニーホール」の小ホールに引き返し、松島邦先生が朗読出演される「Thanks 第5回サンクスコンサート」を鑑賞した。松島邦先生は小林大輔先生の大学の先輩であるという。小林大輔先生がこのコンサートを聴く都合で、待ち合わせ場所がここに設定されたという事情もあった。

 私は松島邦先生を以前から知っていた。しかし、どういう経緯でそうなったのか、私の具体的な記憶はかなり曖昧になっていた。しかし「Thanks 第5回サンクスコンサート」の終演後、ロビーで小林大輔先生と共にご挨拶した際、松島邦先生から、神田外語大学の「声のことばの勉強会」でいっしょだったと指摘された。

 私は、戦後56年(西暦2001年)〜戦後59年(西暦2004年)の間、神田外語大学主催「声のことばの勉強会」には企画段階から参画していた。実際の「声のことばの勉強会」には2年ほどしか出席しなかったが、その間のどこかで松島邦先生と出会っていたのである。人間のご縁というのは不思議なものである。



○朗読漫画『花もて語れ』の第48話

 その後、帰宅したら、朗読漫画『花もて語れ』の第48話が掲載された『週間スピリッツ』2013年4・5合併号が小学館から送られてきていた。今号の朗読漫画『花もて語れ』も普通の扱いであった。第48話は「おきなぐさ」編(13)で、今回は最後のエピローグ部分を朗読する朗読シーンの最終局面である。

 今号に引き続き、次号も合併号(6・7合併号)となり、発売日も来年の1月7日ということになる。つまり、この年末始の期間は、漫画家や担当編集者にとって2号分の連載休みが与えられるわけである。この期間に漫画家や担当編集者は集中的に充電を行なう。『花もて語れ』に関する集中レクチャーもその一つである。

 週間連載はキツい仕事である。しかし、それだけ世間(特に読者)から期待されている仕事でもある。期待されているからこそ、キツい仕事に耐えられるし、思いもかけず良い仕事もできる、という側面も確かにある。朗読漫画『花もて語れ』を傑作にしたいという漫画家や担当編集者の熱気も、確かに伝わってくる。









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館長の朗読日記1037/年末始の朗読レッスン休みいろいろ(10〜12)

館長の朗読日記1037  (戦後67年12月23日 新規)



年末始の朗読レッスン休みいろいろ(10)

 2008年に拙著『朗読の理論』(木鶏社)を上梓した際、その「まえがき」に、次は「朗読の指導法(すなわち朗読の上達法)を正面から全体的に取り上げた本の執筆」を開始する旨を書いている。しかし、それから4年経った2012年末の現在にいたっても、まだその『朗読の上達法』の原稿執筆は完了していない。

 途中から拙著『宮澤賢治の視点と心象』(木鶏社)の執筆を優先させたという事情があるにせよ、もう少し何とかならなかったのかと、内心忸怩たるものがある。是非とも来年中には『朗読の上達法』の出版を果したいと思っている。そのためには、今回の年末始の朗読レッスン休みの時間帯を有効に使わなければならない。

 原稿執筆で書くのがもっともむずかしい出だしの部分は何とか書き終えている。後は、少しまとまった時間がとれれば、一気に執筆のペースを掴めると思う。一旦、執筆のペースが掴めれば、後は巡航飛行に移行することが出来ると思う。原稿執筆と航空飛行は似ていて、離陸と着陸の瞬間がもっともむずかしいのである。



○年末始の朗読レッスン休みいろいろ(11)

 さらに「朗読のための文学作品論」シリーズの第2弾『芥川龍之介の文学的軌跡』の原稿も執筆しなければならない。これは、一昨年から「東百道・講演と朗読の会」で芥川龍之介の文学作品をシリーズで取り上げているが、それを基にして、さらに本格的な内容を展開しようというものである。大体の構想は出来ている。

 ただし、今までの経験によると、大体の構想が出来ている場合でも、いざ実際に原稿を執筆しようとするとなかなかスムーズにいかないことが多い。したがって、この年末始の朗読レッスン休みの時間帯に、最初の部分だけでも実際に書き出してみて、原稿執筆の全体的な感じを探りたいと考えている。

 合わせて「朗読のための文学作品論」シリーズの第3弾あるいは第4弾として考えている『太宰治の文学的軌跡』(仮題)や『宮澤賢治の信仰と文学』(仮題)の構想も進めていかなければならない。これらは、再来年以降の「東百道・講演と朗読の会」の準備にもリンクしている。遅らせるわけにはいかない。



○年末始の朗読レッスン休みいろいろ(12)

 大体、以上が、今回の年末始の朗読レッスン休みにやりたい、あるいは、やらなければならないと考えている主なことである。ただし、今までの経験によれば、残念ながらその総てが出来るわけでは決してない。そういう不可能さをそれなりに受け入れながら、それでもその総てを目標として仕事に取り組んでいくしかない。

 もちろん、仕事に取り組むのは年末始の朗読レッスン休みだけではない。時間的にも、他の期間の方が圧倒的に長いことは言うまでもない。本当は、仕事の時間はつくろうと思えばそれなりにつくれるものなのである。近年は1年間の経つのが本当に速く感じられる。ある意味で、時間のつくり方が下手になったのだろう。

 来年こそは、新たな展開期ととらえて、仕事のための時間を積極的につくり出し、充実した1年間であったと振り返ることができるようにしたいものである。私にとって朗読が総てでは決してないが、朗読の分野においても、やりたい仕事、やらなければならないと考えている仕事はキッチリとやっていきたいと願っている。

 








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館長の朗読日記1034/年末始の朗読レッスン休みいろいろ(1〜3)

館長の朗読日記1034  (戦後67年12月20日 新規)



年末始の朗読レッスン休みいろいろ(1)

 各朗読サークルの朗読レッスンは、先週の土曜日(12月15日)で今年の分は総て終了した。また、先週の火曜日(12月11日)には、私にとって年間最大のイベントである「東百道・講演と朗読の会」も何とか無事に終了した。今週の初めから、私はホッとした気持ちで年末始の朗読レッスン休みに入っている。

 ただし、休みといっても、やらなければならない仕事やかねてからやりたかった仕事がいろいろと沢山ある。先ず、年賀状を書かなければならない。朗読発表会用の台本をつくらなければならない。朗読漫画『花もて語れ』のレクチャーとその準備をしなければならない。次回以降の「東百道・講演と朗読の会」の準備もある。

 また、私の朗読活動や私が指導する朗読サークルの活動が、大きな転機にさしかかっているので、今後の新たな展開を構想していかなければならない。さらに、日常の仕事に追われて延び延びになっていた『朗読の上達法』や『芥川龍之介の文学的軌跡』を、この期間に集中的に執筆したい。まあ、いろいろとあるのである。



○年末始の朗読レッスン休みいろいろ(2)

 年賀状は、今回、3種の型式に分けてつくることにした。第1種は、従来型である。手製のゴム版画をベースにしているが、手書きの文章を主にしたものである。第2種は、朗読サークルの会員に向けたもので、全文を印刷し、短文を手書きする。第3種は、主に朗読関係者に向けて近況報告文を印刷した型式である。

 ここ何十年と、第1種の従来型でやってきたが、手間がかかる割には、なかなか良い年賀状とはいえない代物だった。今回は、相手によって型式を変えることによって、内容の充実化と手間の省力化を両立させようと考えたわけである。成果のほどは分からないが、パソコン〜プリンターの効用を試したわけである。



○年末始の朗読レッスン休みいろいろ(3)

 朗読会発表会用の台本は、習志野朗読サークル「茜」が来年の7月に上演する分である。来年の7月上演といっても、3月からその練習に入るから、2月末までには台本を製本しておかなければならない。決して、悠長なことを言ってはいられない。候補作を3つに絞ってもらったので、希望順位の高い方から見ていく。

 第1順位は三浦哲郎原作「ユタとふしぎな仲間たち」、第2順位は宮澤賢治原作「風の又三郎」、第3順位は山本周五郎原作「五瓣の椿」である。三浦哲郎原作「ユタとふしぎな仲間たち」は、東北地方の座敷わらしの話で大変面白いのだが、かなり長い。宮澤賢治原作「風の又三郎」は、長さ的にはちょうど良い。

 そこで、先ず第1順位の「ユタとふしぎな仲間たち」をカットしてみて、うまく台本化できたら、これでいくことにした。うまくカットできなかった場合には、第2順位の「風の又三郎」にすれば良い。宮澤賢治原作「風の又三郎」は内容的にも、長さ的にも問題ないから、いつでも台本化できるので安心である。

 第1順位の「ユタとふしぎな仲間たち」のカットを始めてみたところ、これがなかなかむずかしい。何しろ、朗読時間を120分(2時間)に抑えるためには、3分の2をカットしなければならない。しかし、内容は非常に面白く、朗読にも向いている。今は、ギリギリまで台本化に努力してみようと考えている。

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館長の朗読日記1033/朗読漫画『花もて語れ』の第47話

館長の朗読日記1033  (戦後67年12月19日 新規)



朗読漫画『花もて語れ』の第47話

 昨日(12月18日)に、朗読漫画『花もて語れ』の第47話が掲載されている『週間スピリッツ』2013年3号が小学館から送られてきた。今週号の朗読漫画『花もて語れ』も普通の扱いであった。第47話は「おきなぐさ」編(12)で、今回は2本のうずのしゅげの冠毛が風に吹かれて飛ぶ場面である。

 そのうずのしゅげの冠毛が風に吹かれて飛ぶ場面が、去年の6月の時点と、それから約1年経った今年の4月の時点では、まったく違った心象として宮澤賢治には見えてくる。その2つの時点のちょうど中間部分に、宮澤賢治の最愛の妹(トシ)の死が介在している。それが、宮澤賢治の心象を大きく変えたのだ。

 この私の解読を踏まえて、副主人公・佐佐木満里子とその妹・絵里子との死別の問題、そして、主人公・佐倉ハナとの関係を、重ね合わせながら、副主人公・佐佐木満里子の「おきなぐさ」の朗読シーンと漫画としての物語を展開させている。この複雑な展開を、読者はどのくらい理解し、感動してくれるであろうか。




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館長の朗読日記1032

館長の朗読日記1032  (戦後67年12月16日 新規)



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン

 昨日(12月15日)の9時30分から、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンを行なった。本来のレッスン日は12月01日なのだが、私の都合で2週間後にズラしてもらったのである。今回は第2期・朗読ステップ3の3回目、A班は個別の自由課題を、B班は共通台本「じいさんばあさん」をレッスンした。

 先ず、先日の「平成24年度千葉市・男女共同参画センターまつり」で、山本周五郎原作「蜜柑畑」を朗読した会員有志から、その報告があった。話題の中心はマイクについてであった。4人が読み継ぐので、マイクを4本使ったのだが、有線を2本、ワイヤレスを2本、混用したので、声のバランスが良くなかったという。

 それに関連して、第5回「東百道・講演と朗読の会」で使ったコンデンサー・マイクが良かったという話しになり、私がそれを使うに至った経緯を話すことになった。また、朗読とバック音楽のバランスについても反省があった。バック音楽の入れ方もむずかしい点がある。不慣れなスタッフがやるとそういうことになる。

 このグループは1期生が多いから、朗読レッスンにおける私からのコメントは同じ内容が多くなる。あとは、会員の皆さんがそれをどれだけ身につけるか、である。今回は、特に「音声言語の法則性」という言葉を使って、基本的な表現の仕方の重要性を指摘した。演出的な表現も、基本を十分踏まえることが大切である。

 このグループには、毎年6月に開催してきた「東百道の朗読館」の実行委員の大部分がいる。また、実行委員でない会員にも、いろいろと支援をしてきてもらっている。その「東百道の朗読館」も、そろそろ大きな見直しの時期に来ている。来年以降、どうしていくかについて、今後、色々と相談したいという話しもした。

 


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館長の朗読日記1031

館長の朗読日記1031  (戦後67年12月14日 新規)



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン

 昨日(12月13日)の午後1時30分から、千葉朗読サークル「わかば」の第2期・朗読ステップ1の第18回目の朗読レッスンを行なった。今回は、2月の朗読発表会に向けた梯久美子原作『散るぞ悲しき』の6回目、通常のレッスンの最後である。後は、立ち稽古、舞台リハーサル、本番ということになる。

 この『散るぞ悲しき』の朗読は、ゲリラ戦の後の全員戦死を覚悟した絶望的な最前線の切迫感を、朗読者がどれだけ共有できるか、が最大の課題となる。もちろん、完全に共有することは不可能である。したがって、どれだけそれに近づくことができるか、が勝負ということになる。想像力の有無が問われてくる。

 1期生は、さすがに仕上げてきている。2期生もかなり仕上げてきていると思う。しかし、明らかに表現力不足の会員もいる。表現力不足につける特効薬はない。日々の絶えざる自宅練習を積み重ねる他はない。したがって、この年末始のレッスン休みの間に、どれくらい自宅練習を行なうかが勝負となるわけである。

 サークル会員の皆さんが自発的に集まって行なう自主練習も大切である。年明けに自主練習を1回予定しているようだが、1回だけでは足りない。何回も自主練習をやってもらいたいものである。今回は『散るぞ悲しき』がむずかしいのを承知の上で演目に選んだのだから、それなりの覚悟で本番に臨んで欲しいものである。



○八千代朗読サークル「花ことば」の朗読レッスン

 昨日(12月13日)の午後6時00分から、八千代朗読サークル「花ことば」の第2期・朗読ステップ2の第16回目の朗読レッスンを行なった。今回は、来年3月27日に予定している第9回「小さな朗読館・やちよ」に向けた朗読台本の第3回目のレッスンである。A班は「桜桃」を、B班は1人1作品を朗読する。

 最初の会員が朗読するのを聴きながら、毎回のように同じコメントをするのではなく、今回はちょっと変わったやり方をしてみようと思いついた。そこで、その会員に、今、どの言葉を強調して朗読しようと意識したか、と質問してみた。その会員は1期生だったが、この質問に即答できなかったので、こちらが驚いた。

 朗読における心情表現の基本は、強調すべき言葉を的確に強調することである。このことは、毎回のように強調している。しかも、音声言語の法則性からいって、こういう場合は強調するのが原則である、ということも繰り返し説明している。実際の音声言語から強調すべき言葉を的確に読み取ることはむずかしいらしい。

 したがって、多くの朗読者は、その時々の自分なりの勝手な調子に基づいて、朗読に強弱をつけようとする。これが、いわゆる「朗読調」といわれるものである。これは、必ずしも音声言語の法則性に基づいたものではないから、聴いていて不自然に感じることが多い。これでは、本当の心情表現はできないのである。


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館長の朗読日記1030

館長の朗読日記1030  (戦後67年12月13日 新規)



○朗読漫画『花もて語れ』のネームチェックとレクチャー

 昨日(12月12日)の午後1時ちょっと前に、朗読漫画『花もて語れ』の担当編集者・高島雅さん(小学館)が来宅した。そして、彼が持参した朗読漫画『花もて語れ』のネームをチェックした。宮澤賢治原作「注文の多い料理店」の朗読シーンの途中の2話分のネームである。まだ途中であるが、なかなか面白かった。

 午後2時ちょっと前に、朗読漫画『花もて語れ』の漫画家・片山ユキヲさんとライター・安井洋子さんの2人が来宅した。先着の担当編集者・高島雅さんといっしょに、朗読漫画『花もて語れ』で先々に朗読シーンに取り上げる文学作品に関する私のレクチャーを受けるためである。レクチャーは午後6時頃までかかった。

 レクチャーの内容を、ここで記すことはできない。今回は、来年1年間を見込んで、様々な文学作品を取り上げた。その結果を受けて、片山ユキヲさんと高島雅さんが年末のうちに、候補作品をさらに絞り込む。そして、絞り込まれた候補作品について、来年の1月3日〜5日の3日間、連続でレクチャーすることになった。

 1年前の年末始も、朗読漫画『花もて語れ』の『週間スピリッツ』への移籍を前にして、かなり集中的にレクチャーを行なったが、この年末始も同じように集中的な日程が組まれることになった。片山ユキヲさんの漫画制作は、最近、つとにハードさが増しているようである。やはり、漫画の週間連載は大変な仕事らしい。

 最近は、朗読漫画『花もて語れ』が朗読関係者や学校教育関係者の間に、かなり浸透してきている兆候がある。私も朗読協力&朗読原案を提供する立場から、この『花もて語れ』が朗読漫画の傑作として、日本の漫画史上に残るような作品になるように力を尽くしたい。それが、日本の朗読文化に寄与することにもなる。










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