05館長の朗読日記(戦後68年/西暦2013年)

館長の朗読日記1304/今年もとうとう大晦日となった

館長の朗読日記1304  (戦後68年12月31日 新規)



○今年もとうとう大晦日となった(1)

 今年は、いろいろなことがあった。良いことも悪いこともあった。喜怒哀楽その他の心情を伴なうこともあった。私はそれらの総てを心に刻んでおきたい。だから、私は「忘年会」という催しも言葉も好きではない。しかし、年齢を重ねると記憶力が減退する、忘れたくないのに忘れてしまう。このブログは一種の備忘録なのである。

 今年は、いろいろな人との出会いがあった。いろいろな人との別れもあった。それらのときに、私の心情をうまく表現できた場合もあったが、そうでない場合もあった。うまく表現できなかった場合には、それがいつまでも心に残っている。人との関係において、喜怒哀楽その他の心情を伴なうこともあった。人との関係はむずかしい。

 今年は、内面的にもいろいろあった。充実した心情で終わる日もあれば、そうでない日もあった。否、そうでない日の方が圧倒的に多かった。やりたいと思っていること、やらねばならないと思っていること、それらに対する取り組みが圧倒的に遅れている。まさに「日暮れて道なお遠し」の感がする。孜々として励まねばと思っている。



○今年もとうとう大晦日となった(2)

 前回も記したが、私は「携帯手帳」と自称する手帳を常時携行し、スケジュールや様々なメモを書き込んでいる。そこに書き込んだメモの中で、ライフワークに関することは別の「研究ノート」に書き写すことにしている。まだ書き写していなかった「携帯手帳」が10冊ほどたまっていたが、昨日、その総ての書き写しを完了した。

 書き写すために「携帯手帳」をたどっていくと、メモしたときの記憶が甦ってくる。思いついてメモしたプランが、うまく実現した場合もある。しかし、計画倒れに終わったり、やってみたがうまくいかなかった場合もある。最も計画倒れだったのは、単行本の執筆計画である。計画では『朗読の上達法』などはとっくに発行されている。

 単行本『芥川龍之介の文学的軌跡』も、そろそろ原稿が出来上っていなければならない。この執筆計画は、そっと「携帯手帳」にメモしただけではない。かなりの部分を、このブログに公表してしまっている。それは、自分を鼓舞する意味もあったのだが、こう派手に計画倒れしてしまうと、逆効果になってしまう。来年こそ、頑張ろう!



○今年もとうとう大晦日となった(3)

 少し驚いたのは、朗読サークルへの入会申込みや、レッスンの見学申込みの件数が、意外に多かったことである。しかも、その過半は、直後に申込みを撤回したり、無断で約束をすっぽかしている。そのような場合は、私もすぐ忘れることにしている。今回、改めてメモをみると、こんなにあったかと驚くくらい、その件数は多かった。

 もちろん、レッスンを見学後、即座に入会し、そのサークル内で積極的に活躍している会員も多数いる。あの会員が、このとき、こんな感じで入会を申し込み、こんな感じで見学しに来たんだっけ、などと懐かしく想い出したりした。私は「来る者は拒まず、去る者は追わず」をモットーにしているが、「来る者」には責任を感じている。

 一旦、朗読サークルに入会したからには、そして会員でいるからには、何とかして私が提唱している「感動をつくる朗読」を身につけて欲しいと念願している。個人的な事情があったり、私のレッスンに満足できなかったり、当人の目指す朗読と喰い違ったりした会員は、遠慮なく退会していくだろう。それは、それで良いと思っている。



○今年もとうとう大晦日となった(4)

 今年12月に開催した第6回「東百道・講演と朗読の会〜芥川龍之介の文学とその軌跡(後期)〜」で、4年間で4回行なった芥川龍之介シリーズを完結した。自分で言うのは気がひけるが、なかなか良いシリーズではなかったかと思っている。来年からは「太宰治の文学とその航跡」という副題の太宰治シリーズを始めることになる。

 繰り返しになるが、今年はとうとう『朗読の上達法』を発行することができなかった。発行どころか、原稿執筆さえまだ完了していない。また『芥川龍之介の文学的軌跡』も原稿執筆を本格化させるはずだったが、できていない。再び来年に持ち越しとなったが、これまでのことを振り返ると、まさに「オオカミ少年」そのものであった。

 朗読漫画『花もて語れ』は、今年、単行本の第7集〜第10集が発行された。そして、第10集(11月末発行)の巻末に「完結まであと3冊!」という予告がなされ、愛読者の大きな反響を呼んだ。最終の第13集は来年8月末に発行の見通しであり、漫画雑誌『週刊スピリッツ』の連載は来年7月頃までには終了する見通しである。



○今年もとうとう大晦日となった(5)

 朗読指導は、ほぼ計画通りにいったと考えている。サークル会員の朗読レベルも、順調に、あるいは驚くほど急速に、向上してきている。朗読(発表)会の開催も、きわめて順調にいった。朗読サークルの運営も、大体はうまくいっているようである。かなり厳しい状況になった朗読サークルもあるが、それなりに対応していけると思う。

 私の朗読公演は、予想外の出演機会が2つあった。反面、ネット上にレベルの低い感想(=悪口)を書き流されたこともあった。私は厳しくそれに対応した。朗読サークルの会員は、そんなレベルの低い感想(=悪口)は歯牙にもかけなかったようだ。私が親しくしている少数の朗読家たちも、全く問題にしないか、猛烈に怒っていた。

 6月に初めて「全朗読サークル会員総会」を開催した。全会員の約8割が出席して活発な意見交換も行なわれたが、総会そのものの定例化や、全体的朗読会を開催する方向には行かなかった。そこで、それらの変則的な代替物として、年2回「感動をつくる・小さな朗読館」を開催することを考えている。なに「駄目で元々」なのである。

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館長の朗読日記1303/久しぶりの書斎・・・・・・

館長の朗読日記1303  (戦後68年12月28日 新規)



○久しぶりの書斎・・・・・・(1)

 久しぶりに書斎にこもり、ライフワークの準備をした。私は「携帯手帳」と自称する手帳を常時携行し、スケジュールや様々なメモを書き込んでいる。記憶力が減退している近年は、まさに外に出した頭脳のような存在である。そこに書き込んだメモの中で、ライフワークに関することは別の「研究ノート」に書き写すことにしている。

 その「研究ノート」にまだ書き写していない「携帯手帳」が10冊ほどたまっていたので、年末ではあるし、ライフワークの準備かたがた書き写し始めたのである。つまらないメモもあるが、我ながらなかなか大した内容のものもある。それらを取捨選択しながら書き写していくと、頭や心が少しづつライフワーク・モードになっていく。

 近年は朗読関係の知人友人がかなりできて、けっこう社交的な機会も増えてきたが、本来、私は孤独を好む書斎人なのである。書斎の机に向って、こういう作業をしていると、頭や心が落ち着いてくる。ただし、近年は集中力が減退してきているから、長時間は保たない。かなり頻繁に隣りの居間に出て行き、気分転換を図るのである。



○久しぶりの書斎・・・・・・(2)

 テレビは、まさに愚民政策さながらの低劣な番組がほとんどだから、スポーツ中継とか音楽演奏とか往年の名画とか、あるいは、気の張らないドラマの他はあまり見ないことにしている。勢い、パソコンに向ってインターネットを見ることが多くなる。それも、定期的に見ているいくつかのホームページを一巡するくらいのものである。

 午後に配達される郵便物を受け取りに行くのは私の役目である。夕方には、来年の1月「『東百道の朗読館』納めの会」や3月「小さな朗読館 in ソルシエール」で朗読する太宰治原作「貧の意地」の練習をした。まだ口慣らし程度の軽い練習ではあるし、ただ朗読しても楽しく面白い作品なので、気分転換にはもってこいなのである。

 夕食後には、朗読漫画『花もて語れ』の担当編集者・高島雅さんから電話があった。以前にレクチャーし、現在ネームを造っている文学作品についての、視点の転換に関する問い合わせである。片山ユキヲさんと高島雅さんは、この年末の夜間においても、ネーム造りなどの仕事をしているようだ。私も仕事をしなければ、と思った。

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館長の朗読日記1302/朗読漫画『花もて語れ』のネームチェックその他

館長の朗読日記1302  (戦後68年12月27日 新規)



○朗読漫画『花もて語れ』のネームチェックその他(1)

 昨日(12月26日)の15時00分に、八千代市東南公共センターの3階ロビーで、小学館の高島雅さんと待ち合わせ、朗読漫画『花もて語れ』のネームチェックを行なった。今回のネームチェックも4〜5話分をまとめてやった。内容については何も書けないが、今回は第12集に収録する部分の朗読的かつ物語的な山場であった。

 朗読的には朗読ステップ5〜6について、特に朗読ステップ6についてかなり突っ込んだ説明がなされていた。前回も記したが、朗読ステップ5〜6の説明は、片山ユキヲさんと高島雅さんが相当に議論を重ね、漫画表現的にも内容的にも、まさに錬りに錬った展開になっている。また、物語的にも極めて熱くて重厚な展開になっている。

 先日(12月19)の「小学館コミック局感謝の会」について、私から高島雅さんのお心遣いにお礼を言った。高島雅さんの話しでは、レクチャーのときはあまり話しをしない片山ユキヲさんが、あの場では私にかなり話しが出来たと喜んでいたという。本来は話し好きの人らしい。アシスタントの7人もあの場の空気を楽しんだらしい。



○朗読漫画『花もて語れ』のネームチェックその他(2)

 ネームチェック終了後、高島雅さんと八千代台駅までいっしょに歩いた。駅ビルの本屋に寄るという高島雅さんと別れ、家人に車で迎えに来るよう携帯電話をかけたが出てこない。天気予報では雨のはずだったが、空を見ると青空が見えていた。最近、歩くことを心掛けているのを思い出し、かなり寒かったが、徒歩で帰ることにした。

 帰宅後は、夕食まで、年賀状書きの後整理をした。年賀状を書くには、それなりに広い場所を要するので、居間のテーブルを使い、用具類や資料類を居間の隅にゴチャゴチャと置いていた。それらを整理し、元の場所に戻したのである。ついでに、朗読発表会用のバック音楽を構想する作業も、この辺でそろそろ一段落させようと思った。

 バック音楽の構想も広い場所を要する。年賀状書きと同じく、居間のテーブルを使い、用具類や資料類も居間に置き続けである。年末までには、朗読発表会『白旗の少女』のバック音楽まで構想しておけば十分だから、夜間にそれをやった。この『白旗の少女』は再演だから、一応のバック音楽は出来ている。再確認と微修正で済んだ。

 

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館長の朗読日記1301/年賀状の投函その他の年末のアレコレ

館長の朗読日記1301  (戦後68年12月26日 新規)



○年賀状の投函その他の年末のアレコレ

 昨日(12月25日)は、ついに来年の年賀状を最寄の郵便局に行って投函した。一昨日中に一応は全部を書き終えていたのだが、昨日、念のために最終的なチェックをしたら、ミステイクしていた1枚を見つけた。その1枚を書き直し、徒歩で3分くらいの近距離にある「八千代台西郵便局」まで行き、局員に直に手渡したのである。

 そのついでに八千代台駅(京成本線)の向うにある駅ビル「ユア・エルム」まで行き、本の注文と眼鏡用の洗浄液を買い、さらに最寄のガソリンスタンドまで戻って車のガソリンを補充し、さらに最寄のホームセンター「ロイヤル」の方に廻って障子紙と正月飾り一式その他の買物をした。年賀状投函後のホッとした気分での買物である。

 夕方〜夜は、懸案の朗読発表会『グスコーブドリの伝記』用のバック音楽の選定作業を行なった。前半はクラシックのピアノ曲を軸としたメルヘンチックな曲想で、後半は朗読発表会『銀河鉄道の夜』で使った電子楽器を交えて演奏されたSF調の曲を軸としたファンタジックな曲想でまとめてみた。まあまあのバック音楽だと思う。



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館長の朗読日記1300/朗読漫画『花もて語れ』の第88話

館長の朗読日記1300  (戦後68年12月24日 新規)



○朗読漫画『花もて語れ』の第88話

 昨日(12月23日)は、小学館から『週刊スピリッツ』2014年4・5合併号が届いた。この号には朗読漫画『花もて語れ』の第88話「風博士⑦」が掲載されている。今回は、坂口安吾が「風博士」に込めた思想を解説すると共に、その思想と、朗読という芸術において主人公・佐倉ハナが突き進んでいく道筋を、重ね合わせている。

 ステージ朗読において大切なことは、単に上手に朗読することではない。朗読者が1人の人間として裸の自分をさらけ出し、文学作品の作品世界を認識し、人間としての聴き手にその作品世界を表現(語り、訴え、説得)していく。そして、朗読する文学作品の作品世界(心情とイメージ)を共に認識し、感動を共有することなのである。

 朗読漫画『花もて語れ』の主人公・佐倉ハナは、ついにその道に突き進む段階にまで到達した。これは芸術としての朗読を目指す朗読者の本道である。朗読ステップ1〜6をたどる過程で、坂口安吾原作「風博士」を朗読することを通して。この「風博士」篇を、朗読漫画『花もて語れ』の読者は、果してどのように受けとるであろうか?


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館長の朗読日記1299/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記1299  (戦後68年12月22日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(12月21日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ5の第5回目、レッスン台本・三浦哲郎原作「みちづれ」の第5回目。本来は前回が今年最後のレッスンだったが、私の都合で11月09日のレッスンを昨日(12月21日)に変更してもらった。

 朗読者は、作家がその文字言語に込めた心情&イメージを、すなわち、その文字言語の「内容的な意味」を、自分の言葉として、自身の音声言語でもって聴き手に伝えるように表現する。前回のレッスンで、この私の指導を受けて、あるレッスン生の朗読表現がグッと良くなった。そのレッスン生に、一つの飛躍が訪れた瞬間であった。

 今回のレッスンでは、そのレッスン生に、さらに、作家が表現した文字言語の各音節の末尾の助詞を下げないこと、一つながりの音節は「高止めて、次を盛り上げる」ようにつなげていくことを指導した。その直後のそのレッスン生の朗読は、ほとんど私が提唱する「自然な語り口」に近づいていた。飛躍が次の飛躍を呼んだのである。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 私の朗読レッスンは、会員の1人1人に順々にレッスン台本を1〜2頁づつ朗読してもらう。そして、その1人1人の朗読に対して、私がその時点で必要と思われるダメ出しやコメントをする。私のダメ出しやコメントは、直接にはその1人の会員に向って言っているのだが、間接にはそのサークルの全員に向って言っているのである。

 その私の1人1人に対するダメ出しやコメントを、他人事(ひとごと)として聴き流すか、自分事(わがこと)として聴き込むか。また、すでにそれらの点をクリアした先輩会員が、後輩への私のダメ出しやコメントを、将来の朗読指導者になるために聴き込むか、否か。その聴き方によって、グループ・レッスンの意義が生き死にする。

 最後に、次回の朗読発表会の演目を、先週に続いて検討した。候補作を読んできた会員から、その内容と台本としての良し悪しが報告され、実質的な絞り込みが行なわれた。年明けのサークル新年会で、さらに検討を重ね、遅くとも来年の初レッスン日には結論を出すことになった。候補作を3作まで絞り込み、順位づけをするのである。






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館長の朗読日記1298/「東百道の朗読館」納めの会のための特別レッスン

館長の朗読日記1298  (戦後68年12月21日 新規)



○「東百道の朗読館」納めの会のための特別レッスン(1)

 毎年6月に定例的に公演してきた「東百道の朗読館」が、昨年(戦後67年/西暦2012年)6月の第5回で最終回となった。そこで、来年の1月20日(月)に納めの会を行なうことになった。そこで、実行委員(5人)が読み継ぎの朗読を披露するという(私も朗読することになっている)。昨日はその特別レッスンを行なった。

 台本は、浅田次郎原作「雛の花」である。これは、チャキチャキの元江戸深川芸者の老女の話である。江戸っ子らしいタンカを切る場面や歌舞伎役者に掛け声をかける場面もある。いろいろな意味で朗読的に大変むずかしい作品といえる。それを江戸っ子など一人もいない実行委員(5人)の面々がやろうというのだから、無謀である。

 私も江戸っ子ではないから、よく分からないところもある。しかし、実行委員(5人)の面々はこの作品が気に入っているらしい。どうしても、やりたいというのである。まあ、幸いに、聴き手にも江戸っ子はいないようである。タンカと掛け声も何とかそれらしい感じを出せば納得してもらえると思う。まさに手探りのレッスンである。



○「東百道の朗読館」納めの会のための特別レッスン(2)

 実行委員の1人で、朗読サークルのレッスンではどこか構えた声出しと語り口を変えられなかった人が、今回の特別レッスンでは見違えるように自然な声出しと語り口になっていた。理由を訊いたら、他の実行委員で、朗読力も朗読指導力もとてもレベルの高い人に、自主勉強会の席上で丁寧かつ的確に注意されたせいだというのである。

 まったく八千代「満天星」のメンバーといい、この実行委員会の委員たちといい、私の朗読指導ではちっとも直さないくせに、自主勉強会で仲間に注意されると、途端に直すんだから! そう冗談を言ったが、これは私の朗読指導にも問題があるのかも知れないと、思わずヒヤリとした。まあ、仲間なればこそという点もあるとは思うが。

 しかし、私が朗読指導している朗読サークルの中に、有能な朗読指導者が育ってきているらしいことは、最近、いろいろな場面で実感している。これまで、私は、すぐれた朗読者を育てることに専念してきた。そのための指導法を工夫して実践してきた。その結果、すぐれた朗読者と同時にすぐれた朗読指導者をも育ててきたようなのだ。



○「東百道の朗読館」納めの会のための特別レッスン(3)

 近年は、その事実を実感し、私の朗読指導により一層の手応えを感じている。従来、私は、漠然と、朗読者の育成と、朗読指導者の育成を、別のものと思っていた。しかし、考えてみれば、私の「朗読の理論」に基づいて体系的に行なってきた朗読指導(朗読レッスン)は、当然のこと、朗読者と同時に朗読指導者も育てていたのである。

 これまで、私は、朗読サークルの指導をしながら、いつか、何とか、朗読指導者育成コースとでもいうような朗読指導を、別途、始めなければならない、と考えていた。しかし、最近は、そのような特別な朗読指導は必要ない、と実感している。そして、それは単なる実感ではなく、理論的な根拠も十分にあったのだと考え直している。

 今の朗読サークルと朗読レッスンのままで、すぐれた朗読指導者を育てることはできる。あとは、将来の朗読指導者の参考にしてもらうために、朗読の上達論を解明した『朗読の上達法』と、朗読レッスンの具体的なやり方を解説した『朗読教則本』を執筆しておけば良い。それと「朗読のための文学作品論」シリーズの執筆も、である。



○「東百道の朗読館」納めの会のための特別レッスン(4)

 昨日は、特別レッスンをやりながら、以上のようなことをツラツラ考えていた。実行委員の面々は、すでに永年にわたって私の朗読レッスンを受けている。それぞれがかなりの実力者であるから、私からの指導は演出的なコメントが中心となる。もともと朗読的に非常にむずかしい作品なのだから、そう右から左にという訳にはいかない。

 また、もともと気のおけない仲の良い仲間同士だから、レッスンの合間に和気藹々といろいろな相談事を話し合うことになる。解散式の式次第をどうするか。司会と挨拶は誰がどうやるか。朗読は座ってやるか立ってやるか。マイクは使うか使わないか。舞台と客席の関係はどうか。会場の広さと音響の具合はどうか、などが話題となる。

 何のかのと時間がかかり、当初は13時00分〜15時00分の予定が大幅に延びそうだったので、会場使用を2時間延長することになった。結局16時30分頃まで3時間半くらいはかけたのではないだろうか。もっとも、朗読レッスンそのものは、その半分くらいの時間しかやらなかった。そういう意味でも特別レッスンであった。



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館長の朗読日記1297/「小学館コミック局感謝の会」

館長の朗読日記1297  (戦後68年12月20日 新規)



○「小学館コミック局感謝の会」(1)

 朗読漫画『花もて語れ』の連載が始まって以来、毎年12月に「小学館コミック局感謝の会」の案内状が自宅に届けられる。担当編集者の高島雅さんに訊くと、立食パーティーということだった。かつての生業(会社勤務)に従事していた時代に、いろいろな立食パーティーを経験しているから、あまり食指は動かず、私はパスしていた。

 企業主催の立食パーティーというのは、料理が味気ないし、何より「立食」というのが叶わない。参加者との会話も当たり障りのないつまらない内容である。つき合いだから最後までいなければならないが、私はいつも終宴時間を待ちかねていた。この「小学館コミック局感謝の会」も似たようなものだと考え、パスしてきたのである。

 しかし、朗読漫画『花もて語れ』の連載が来年半ばで終了することがはっきりした。この「小学館コミック局感謝の会」の案内状をもらうのも今回が最後であろう。日本の漫画家が千人以上も一堂に会するという宴会に参加する最後のチャンスである。そういう現場を一度体験しておくのも悪くはないと考え、今回は参加することにした。



○「小学館コミック局感謝の会」(2)

 日時は12月19日(木)午後6時00分開場、午後6時30分開宴である。会場は帝国ホテル本館2階「孔雀の間」。有楽町界隈は久しぶりなので、先ず東京駅で下車して八重洲ブックセンターに立ち寄り、それから東京駅〜有楽町駅、有楽町駅〜帝国ホテルを久しぶりにユックリと散策しようと思い、少し早めに出かけていった。

 有楽町駅〜帝国ホテルは、学生時代によく歩いたものである。特に、有楽座という映画館の周辺はいわばお馴染みであった。よく映画を観に行ったものだ。その有楽座が無くなってからは、あまり行かなくなった。久しぶりに歩いたものの、生憎、雨が降り、しかも寒かった。ユックリと散策する気にもならず、少し早めに会場に向った。

 高島雅さんが気をつかってくれ、午後5時30分〜6時00分に会場の受付あたりで待ち合わせ、会場を案内してくれることになっていた。会場は基本的に立食で、演壇の周辺には椅子とテーブルもあったが、一般参加者は座れない。会場の奥のコーナーに一般向けの椅子とテーブルがいくつか設営されており、そこに案内してもらった。



○「小学館コミック局感謝の会」(3)

 「小学館コミック局感謝の会」の式次第や食事などは、予想したとおりの立食パーティーであった。ただ、着飾った若い女性の比率が、私の経験したそれよりも高かった。なかには小さな子供連れの若い母親も混じっていた。たまたま私が席についたテーブルに、若い母親同士が友人らしい2人組の親子が同席することになった。

 やがて高島雅さんに案内されて、漫画家の片山ユキヲさんが7人の若いアシスタントを連れて挨拶に来た。1人は元アシスタントで、今は独立した漫画家の山本崇一朗さん。1人は時々のアシスタント(女性)で、常時のアシスタントは5人(女性4人、男性1人)ということだった。全員が20歳前後の真面目そうな若者たちであった。

 これら7人の若者たちは、食事の方に関心があるだろうと考え、遠慮せずそちらの方に行くように誘導した。片山ユキヲさんと高島雅さんの2人は、私に気をつかって盛んに話しかけてくれるので、かなり長時間いろいろなお話しをした。片山ユキヲさんはいつになく多弁で、レクチャー以外に会う時間がないことを盛んに恐縮していた。



○「小学館コミック局感謝の会」(4)

 漫画の週間連載をすることは、漫画家にとって大変なことらしい。アシスタントを5人使ってもなお、本人が寸暇を惜しんで仕事をしないと間に合わないという。しかし反面、そういう大変さは、漫画家になった以上、そうありたいと願っていた夢でもあったらしい。その願いが叶ったという達成感と充実感の中で仕事をしているという。

 片山ユキヲさんの言葉の端々から、朗読漫画『花もて語れ』に漫画家としてかなりの手応えを感じていることがうかがえた。私も、この『花もて語れ』は日本の漫画史上でも傑作の一つになる、という自説を改めて語った。自讃めくが、この朗読漫画は、片山ユキヲさん、高島雅さん、そして、東百道のトリオが生み出した傑作だと思う。

 やがて終宴の時間も迫ってきた。お二人が、片山ユキヲさんの漫画のお師匠さんのところにも挨拶に行かなければならないというので、私たちは別れた。私は、それから直に会場を抜け出した。その時は、すでに終宴時間が約10分後に迫っていた。司会者の発表では参加者は千五百人ほどであったらしい。孔雀の間は人で満杯であった。




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館長の朗読日記1296/年賀状とバック音楽

館長の朗読日記1296  (戦後68年12月19日 新規)



○年賀状とバック音楽(1)

 昨日(12月18日)は、主に来年の年賀状を書くことと、来年の朗読発表会のバック音楽を構想することを行なった。12月10日に第6回「東百道・講演と朗読の会」が終了した以降、気分的にホッとノンビリした余韻がまだ続いており、精神的にキツい仕事に全く手がつけていない。まったく、我ながら困ったナマケモノである。

 年賀状は、従来は手書きの部分を万年筆で書いていたのだが、パソコンのプリンター用のインクジェット紙に書くとインクが滲んでしまう。そこで、今回から、手書きの部分を青色のボールペンで書くことに変えた。そこで、先ず、青色ボールペンを買うことから始める。ついでに、家人から頼まれたティッシュペーパーも買ってきた。

 先ずは、朗読サークルの会員宛の年賀状から書き始める。会員1人1人の顔と朗読を思い出しながら、1〜2行の短文を手書きしていく。あまり厳しいことも書けないし、あまり甘いことも書けない。もちろん、的外れなことは書けない。しかも、それを1〜2行の短文にまとめなければならない。けっこう時間と精神を使うのである。



○年賀状とバック音楽(2)

 あと1サークルを残したところで疲れてしまい、筆が先に進まなくなった。そこで、気分直しを兼ねて、朗読発表会用のバック音楽の構想に移った。先ず、3月に上演する『あの日夕焼け』のバック音楽から取りかかった。この『あの日夕焼け』は、かつて千葉朗読サークル「わかば」が上演したことがあるので、ひと通りはできている。

 しかし、実際に見直していくと、これがけっこう大変な作業なのである。台本の文字言語を眼で追いつつ、音楽を耳で聴いて、台本の内容とバック音楽の相性を確かめていく。そうすると必ず、アチコチと直したくなる。すると、相性の良さそうな音楽をアレコレと探しては、1曲毎に聴いて相性の良し悪しを確認しなければならない。

 それを何とか完了させて、次は2月に上演する『グスコーブドリの伝記』のバック音楽にとりかかる。これは初演だから、全くのゼロから始めなければならない。しかも、宮澤賢治のこの作品は、内容と相性の良さそうなバック音楽がなかなか見つからない。あれこれと見当をつけながら音楽を聴いている内に、寝る時間が来てしまった。





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館長の朗読日記1295/年末始の仕事いろいろ

館長の朗読日記1295  (戦後68年12月17日 新規)



○年末始の仕事いろいろ(1)

 私の年末始は12月後半〜1月前半の約1ヵ月である。通常は月2回やっている朗読サークルの朗読レッスンを、年末始ということで12月は前半の1回のみ、1月は後半の1回のみにしている。また毎年12月前半に、私にとって年間最大のイベント「東百道・講演と朗読の会」を開催している。これが終わると1年が1段落する。

 しかし、その年末始にも仕事はある。先ず、年賀状の作成。近年の年賀状は朗読サークルその他の朗読関係者宛が主だから、これも朗読の仕事の一環である。次に、来年の朗読サークルの朗読発表会に必要なバック音楽を構想する仕事がある。台本は「グスコーブドリの伝記」「あの日夕焼け」「白旗の少女」「あ・うん」の4作品。

 もっとも「あの日夕焼け」「白旗の少女」の2作品は、過去に上演実績があるから、基本的には決まっている。部分的に変えるだけで済む。逆に「グスコーブドリの伝記」「あ・うん」の2作品は、今回が初演である。全く新たにバック音楽を構想しなければならない。特に「グスコーブドリの伝記」のバック音楽はむずかしい。



○年末始の仕事いろいろ(2)

 来年1月20日に「東百道の朗読館」実行委員会の最終打上会(解散会)がある。そこで私が朗読する太宰治原作「貧の意地」の自宅練習と、実行委員5人が読み継ぎで朗読する浅田次郎原作「雛の花」のリハーサルを行なう。太宰治の「貧の意地」は、来年3月1日に開催する第2回「小さな朗読館 in ソルシエール」でも朗読する。

 この年末始には私の次著『朗読の上達法』の原稿を集中的に執筆する。また「朗読のための文学作品論」シリーズの第2弾『芥川龍之介の文学的軌跡』の原稿執筆も軌道に乗せたい。さらに来年の「東百道・講演と朗読の会」から始める太宰治シリーズの全体構想と、来年の分のプログラム&講演資料の構想もしなければならない。

 それから、これも来年から開始する「感動をつくる・小さな朗読館」の構想&準備もある。この「感動をつくる・小さな朗読館」は、私が朗読指導する朗読サークルのいわば「全体朗読会」の位置づけで開催する。すでに相当な朗読レベルまで上達した会員にゲスト出演してもらい、小さいが日本でも一流の朗読会を目指していく。

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