05館長の朗読日記(戦後70年/西暦2015年)

館長の朗読日記1766/今年を振り返って

館長の朗読日記1766  (戦後70年12月31日 新規)




○今年を振り返って(1)

 私の朗読活動は大まかに3つの分野から成り立っている。その3つの活動分野とは、①朗読の研究活動、②朗読の指導活動、③朗読の実演活動、である。ただし、①の「朗読の研究活動」の「研究」は意味をかなり広げている。これらの3つの分野ごとに今年を振り返ってみたい。正直にいうと、今年はあまり活動できなかった。

 その原因の1つは、今年の3月から年末にかけて、私の実姉の一人(三姉)が自宅を新築&転居したことに起因している。その新築&転居は、私の他の実姉(四姉)が主導的に手伝ったのだが、その重要な局面ごとに私も補佐役として手伝ったのである。三姉や四姉ほどではないが、私も時間と労力をかなり費やしたわけである。

 そうはいっても、②の「朗読の指導活動」と③の「朗読の実演活動」のように、具体的な相手がいる活動分野は手を抜くわけにいかない。勢い、そのしわ寄せは①の「朗読の研究活動」に集中する。端的にいうと、朗読に関する単行本『朗読の上達法』『芥川龍之介の文学的軌跡』の原稿執筆などにはほとんど手が回らなかった。



○今年を振り返って(2)

 まず、①の「朗読の研究活動」について。狭い意味での「朗読の研究活動」については、上記のように、ほとんど手が回らなかったのだから、研究成果は零である。例外は、年末に恒例の「講演と朗読の会」を開催するために、その講演の準備をする過程で単行本『太宰治の文学的航跡』の研究がかなり進展したことくらいである。

 広い意味の「朗読の研究活動」については、思いもかけぬ機会に恵まれある成果を上げることができた。それは、朝日新聞(全国版)の文化欄の企画記事『Re ライフ 人生充実』シリーズの一回として、昨年10月15日に「朗読に 心をこめて」という記事に結実した。私の朗読の理論に基づいて、朗読が紹介されたのである。

 このシリーズで朗読を取り上げることが決まると、担当部局の石前浩之デスク(大阪本社生活文化部次長)が取材担当の十河朋子記者に私を強く推薦してくれたらしい。石前さんは以前から『朗読の理論』や『花もて語れ』を読み、私の朗読観や朗読理論を高く評価してくれたという。その記事は、私の広義の研究成果といえる。



○今年を振り返って(3)

 次に、②の「朗読の指導活動」について。私の朗読指導は、今年も、朗読サークル(5地域6サークル)の定期的な朗読指導がほとんどである。毎年、どのサークルも新たな入会者と退会者が少しづつ発生し、会員がその分だけ入れ替わっていく。しかし、レッスン歴の長い会員の比率が年々高まり、全体的レベルは上がっている。

 全体的なレベルが上がってくると、新たな入会者は早くそのレベルに追いつこうと頑張らざるを得ない。新たな入会者が頑張れば、レッスン歴の長い先輩の会員たちもウカウカとしてはいられない。新旧の会員たちが良い意味で刺激し合って、その意味でも全体的なレベルを押し上げていくのである。これは一種の良循環であろう。

 今年は、その他に、千葉県犯罪被害者支援センターが主催した「千葉県犯罪被害者週間/千葉県民のつどい」での朗読を特別に指導した。主催者から依頼され、千葉朗読サークル「風」の会員有志3人が犯罪被害者の手記2つを舞台で朗読したのだが、この舞台は他の一般的な朗読会とは全く性格が異なると痛感したからである。



○今年を振り返って(4)

 最後に、③の「朗読の実演活動」について。今年も、毎年末の恒例にしてきた「東百道・講演と朗読の会」の第8回「太宰治の文学とその航跡(再出発期)」を開催した。観客数は昨年より少なかったが、内容的にはこれまででもっとも自信を持てるものになったと自負している。このイベントをどうするかは、今年の課題である。

 昨年から新たに始めた「小さな朗読館〜感動をつくる朗読をめざして〜」を、今年から年3回の定期公演化するよう試みた。観客数と感想や意見など観客の反応を探りながらの試みであったが、概ね予想したとおりであった。また、ゲスト出演者の反応は予想した以上に良かった。それらの反応を受けて、継続していくことにした。

 以上、朗読活動についての今年を振り返ってみた。今年も、私が指導している朗読サークルの皆さん、私たちの朗読を聴きに来てくださった観客の皆さん、朗読を通してさまざまな交流をした皆さんなど、朗読でご縁のできた方々に大変お世話になりました。それらの皆さんのご理解とご支援に、私の心からの感謝の意を表します。







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館長の朗読日記1765/年賀状を投函した

館長の朗読日記1765  (戦後70年12月28日 新規)




○年賀状を投函した(1)

 昨日(12月27日)はほぼ1日、年賀状を書いていた。今日(12月28日)が、年賀状を元旦に郵送するための投函締切り日ということになっているから、その前日のうちに年賀状を書き上げようと決意していたからである。先ず朗読関係者宛の年賀状、次に朗読サークル会員宛の年賀状、最後に親戚や知人友人宛の年賀状。

 午前中から年賀状を書く。昼食後も年賀状を書く。途中で、このブログに記事を投稿する。夕方の前に新年の正月飾りを買いに外出する。帰宅後、また年賀状を書く。夕食を食べる。夕食中と夕食後に、第84回全日本フィギュアスケート選手権大会のテレビ放送を観る。昨日は女子シングルの後半、フリープログラムであった。

 フィギュアスケートの放送を観た後は、また年賀状を書く。結局、当初に予定していた年賀状を書き終わったときは、深夜になっていた。急いで就寝の支度をした後で、さらに数枚の年賀状を追加すべきことに気づいた。その時は、私の眠気がすでに限界に達していたので、それらを書き上げるのは翌日の午前中に回すことにした。



○年賀状を投函した(2)

 今日(12月28日)は、起きてすぐに追加すべき年賀状を書き上げた。書き上げた年賀状を全て紙の帯に束ねて年賀状と表記し、最寄の郵便局の局員に直に手渡した。これは、今年も終了する直前の時期が到来したと実感する瞬間である。それは、同時に、来年のこの時期もアッという間に到来することを予感する瞬間でもある。

 まったく、年々歳々、一年の経つのが速くなる。細かく具体的に振り返ってみると、意外に多くの出来事が起こっているのだが、ザッと振り返るとこの一年間がアッという間に過ぎ去ってしまったような気がする。年賀状を書くことなどはその最たるもので、昨日は書きながら、少し前に今年の年賀状を書いたような気がしていた。

 とにもかくにも、年賀状を書く作業は全て終わった。そろそろ、来年2月に開催する第5回「小さな朗読館〜感動をつくる朗読をめざして〜」の準備を本格化させなければならない。特に、私が朗読する藤沢周平原作「川の音」(『三屋清左衛門残日録』シリーズ第5話)の自宅練習を、いよいよ本格的に始めなければならない。




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館長の朗読日記1764/私的なこと(つづき2)

館長の朗読日記1764  (戦後70年12月26日 新規)




○私的なこと(5)

 12月の19日(土)と20日(日)は予定通り中休みを取り、久しぶりで自宅で身体を休めながらいろいろの作業をした。その中心は、年賀状の下拵えである。それはだいたい予定の通りに進んだ。ところが、次の週明けの21日(月)に三姉の転入手続きをする予定だったのであるが、逗子市からの転出証明書が見つからない。

 そこで、とりあえず21日(月)の船橋市の転入手続きは延期し、21日(月)〜22日(火)の2日間で、逗子市からの転出証明書を探しながら、居間と台所と寝室に山積みになっている段ボールの内容チェックと大まかな片づけを優先することになった。転出証明書などの書類は、一度行方が分からなくなると探すのが大変だ。

 旧居の居間と台所と寝室にあった荷物を詰めた段ボールは、新居でも同様の部屋に荷下ろしした。そこで、まず書類のありそうな居間から始めた。居間の段ボールを開けながら、居間に配置した家具に大まかに荷物を入れていく。転出証明書のありそうな居間の段ボールの後は、他の2部屋の段ボールもそれらしいものを開封した。



○私的なこと(6)

 そのうちに、居間と寝室に荷下ろしした段ボールのなかに、台所用品を詰めたものがけっこうあることが分かってきた。旧宅の台所に配置していた家具のなかに転出証明書を入れたような気もするという三姉の言葉もあり、また、台所は人間が生きていく上に必要不可欠な食事を扱う部屋でもあるので、次に台所に重点を移した。

 転出証明書を探しつつ、台所用品をシステムキッチンの収納場所や食器棚や冷蔵庫や食糧庫に大まかに収納していった。それでも転出証明書は出てこない。最後に、台所に配置したといっても家具は家具だから、寝室(和室)の段ボールの開封と内容のチェックにも重点を移した。結局、3部屋共、段ボールはかなり減っていった。

 しかし、転出証明書は依然として見つからない。そうこうしているうちに、2日目の22日(火)も日が暮れてきた。そこで相談の上、最悪の場合は船橋市の転入手続きは年明けに大幅に延期することとし、転出証明書の捜索と段ボールの内容チェックと中身の大まかな仮収納をいったん終了して2度目の中休みに入ることにした。



○私的なこと(7)

 2度目の中休みは23日(水)と24日(木)の2日間の予定であった。23日には、年賀状を全体の3分の1くらい仕上げた。ところが、夜になって、三姉から猫が外に出ていってしまったという急報が入ってきた。16日に新居に連れて来てから約1週間は家のなかに収まっていたから、外を怖がって出ないものと思っていた。

 そこに油断があったかも知れない。うっかり玄関の扉を開けた隙に、すぐ後についてきていた猫がするりと外に出ていってしまった。しかし、当初はすぐに戻ってくると楽観していたのだが、その後は杳として行方が知れない。近くに居住する四姉は、急報を受けてすぐに駆けつけ夜遅くまで一緒に猫を探したが見つからなかった。

 翌24日は中休みどころではなくなった。午前中に私も三姉の新居に駈けつけた。猫は私には慣れていないため、私がいっしょに探すと逃げてしまうというので、私はもっぱら留守番役として荷物の整理に当たった。居間と台所と寝室に積まれた段ボールも着実に減ってきて、ようやく段ボールを完全に解消する目度が立ってきた。



○私的なこと(8)

 そこで一部屋づつ段ボールを解消していくことにし、まず台所から手をつけた。目標を明確にすると作業がはかどる。併行して、猫の捜索に少しでも役立てようと、船橋市の動物愛護支援センターや警察署に猫の行方不明について電話で相談もした。また、幸いにも逗子市からの転出証明書その他の必要な書類もすべて見つかった。

 猫の捜索その他、すぐに船橋市に転入した方が良いということになり、私が代理で手続きすることになった。翌25日(金)の午前中に、私が行きがけに船橋市役所の船橋駅前総合窓口センター(フェイスビル5階)に立ち寄り、三姉の船橋市への転入その他の手続きを代行した。これで、三姉も正式に船橋市の居住者になった。

 25日の午後は、居間の段ボールを大まかに始末した。併行して、ときどき姉たち二人は猫を探しに近所を巡回した。しかし、猫は賢いから、帰る気になれば帰ってくるであろうこと。未だに帰って来ないのは、恐らく、猫なりに逗子の旧居を探しているのだろう。探すのを諦めたら自分で帰ってくる、という考え方に切り換えた。







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館長の朗読日記1763/私的なこと(つづき)

館長の朗読日記1763  (戦後70年12月19日 新規)




○私的なこと(3)

 15日の早朝に四姉と私は車で逗子に行き荷造り&積込み後に私は姉宅に宿泊、16日に荷造り&積込みと移動、17日に荷降ろし&配置をした。16日における人間の移動は私の車を使った。私の三姉は猫を飼っているので、その三姉と猫が後部座席、もう1人の実姉(四姉)が助手席に座り、私が運転席、という配置であった。

 逗子の旧宅を16日の15時半頃に出発し、船橋の新居に18時頃に到着した。新居は四姉の自宅から徒歩数分の近さにある。晩飯は四姉の娘が用意してくれた。食後、私は車で自宅に帰った。その日は四姉が新居に三姉につき合って宿泊した。荷物が全く無い新居に二人の実姉が宿泊するための簡易な寝具類は、私の車で運んだ。

 17日の荷降ろし&配置の結果、新居の各部屋は荷物であふれる状態になった。この日は、三姉と猫が眠る空間だけを確保した。翌18日に、台所と風呂場の荷物を優先的に整理し、最少の生活条件だけは整えた。今日(19日)と明日(20日)の土日は、中休みし、明後日(21日)の月曜日に船橋市への転入手続きをする。



○私的なこと(4

 今日(19日)と明日(20日)の土日で、私は年賀状の下拵えをし、次に中休みする23日と24日の2日間で年賀状を仕上げる予定である。三姉の年賀状兼転居挨拶状も私がパソコン&プリンターで下拵えすることになっている。この年末始は、時々の中休みを除いて、基本的に、三姉の新居の荷物整理に専念することになる。

 私は年賀状を3つに区分している。1つは私が指導している朗読サークルの会員宛の年賀状である。これについてはパソコン&プリンターで会員向けの共通文面を印刷する。それが下拵えである。2つは朗読関係で知り合った方々宛の年賀状である。これについてもそういう方々向けの共通文面を印刷する。それが下拵えである。

 3つは親族&親戚あるいは朗読以外の知人友人に宛てた年賀状である。これについては、永年にわたってゴム版画の年賀状をプリントする。このゴム版画の文字「謹賀新年」「元旦」は亡き母が書した文字をベースにしている。それが下拵えである。それぞれに下拵えした年賀状に、私が短い文章を手書きし、宛名書きをして完成。




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館長の朗読日記1762/私的なこと

館長の朗読日記1762  (戦後70年12月17日 新規)




○私的なこと(1)

 この「館長の朗読日記」は、私の日記ではあるが、その内容は文字通り朗読に関することに限定することにしている。すなわち、日記といっても、朗読に関係すること以外の私個人の私的な内容はできる限り記さないことにしている。しかし、今回は少し私的なことに触れるつもりである。この1年は、かなりキツい1年であった。

 私の実姉の一人(三姉)が、今年の3月頃に突如、船橋市内に宅地を購入し、住居を新築し、それまで40年余りの永きにわたって居住していた逗子市から転居することになった。私は、その宅地の購入から住居の新築にいたる全過程において、その重要な局面に立合ってきた。その間ずっと、逗子の家の引越しの準備も手伝った。

 実際の引越しは、今月(12月)の15日〜17日の3日間であったが、その間は寝泊まりを含めてほとんどかかりっ切りで手伝った。この実姉(三姉)は猫を飼っているので、その猫の世話がある。引越しの実質的な指揮はもう1人の実姉(四姉)が取りしきり、私がそれを補佐するという役回りとなった。それが大変であった。



○私的なこと(2)

 実際の引越しの準備は、今月(12月)に入って本格化した。しかし、私は、昨年の12月から今年の12月08日(火)に第8回「東百道・講演と朗読の会〜太宰治の文学とその航跡(再出発期)〜」を開催する計画が決定していた。今月(12月)に入ると、そのための準備も本格化した。両方がほぼ完全に重なってしまった。

 ともあれ、第8回「東百道・講演と朗読の会〜太宰治の文学とその航跡(再出発期)〜」の開催までは、こちらを優先せざるを得ない。逆に、第8回「東百道・講演と朗読の会〜太宰治の文学とその航跡(再出発期)〜」の開催が済んだ後は、実姉(三姉)の引越しの準備の方に全力を傾けなければならない。まさに綱渡りである。

 その結果、千葉朗読サークル「わかば」と八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンは何とか実施したものの、元八千代朗読サークル「こちの会」の元会員有志が中心になっている「響」朗読ライブ(Vol 6)は残念ながら欠席せざるを得なかった。来年2月の第5回「小さな朗読館」の準備などはとてもできなかった。



















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館長の朗読日記1761/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記1761  (戦後70年12月13日 新規)




○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(12月12日)の午後1時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。今回は、第3期・朗読ステップ1の5回目、レッスン台本・芥川龍之介原作「杜子春」の5回目でもある。次回は、この台本「杜子春」の仕上げの通し読みなので、その読み継ぎ朗読の区分けと方法を検討&決定した。

 このサークルは、現在、朗読ステップ1であるので、レッスンの主軸を台本の作品世界をどのようにイメージするかという点に置いている。当然、その基本は「視点の転換」ということになる。1文1文を表現している表現主体の視点の位置、表現主体(主語)の心情、何を(目的語)、どうしているのか(述語)を解読していく。

 さらに、文学作品の段落、その段落ごとの表現内容を構成的に解読していく。この台本の原作者である芥川龍之介くらいのレベルになると、段落ごとの表現内容は見事なくらい構成的に考え抜かれている。いわば安心して解読していくことができる。私のレッスン内容は、ほとんどがその場の即興だから、この安心感はありがたい。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 段落の構成的な解読だけではない。文章の細かい部分まで考え抜いて記されている。例えば、主人公が受ける地獄の責め苦を8種類も例示している。これを三段重ねにするとどのような組み合わせになるか。これも即興で解読していくと、4例(2例、2例の二段重ね)、2例、2例の三段重ねの組み合わせになることが分かった。

 ただし、それらの解読やイメージ造りも、それを朗読表現する場合、その基本となるのは朗読者が自分の言葉で自分事(わがこと)として聴き手に語りかける語り口である。今回も1人の新規入会者があったが、その新規入会者は自分の心を込めてとても良い朗読をした。周囲の先輩会員たちも私も、思わず衿を正す想いであった。

 今日はこの八千代朗読サークル「新・みちの会」の今年最後のレッスン日である。また今日は私が指導する6朗読サークル全体の今年最後のレッスン日でもある。そして今日は、レッスン歴が12年を超す1期生の1人が体調その他の事情で退会する最後のレッスン日でもあった。12年超というのは長い歳月である。心からお疲れ様。




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館長の朗読日記1760/千葉「わかば」の朗読レッスン

館長の朗読日記1760  (戦後70年12月12日 新規)



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)

 一昨日(12月10日)は、千葉朗読サークル「わかば」の第2期・朗読ステップ4の18回目の朗読レッスンを行なった。共通レッスン台本は芥川龍之介原作「六の宮の姫君」。来年2月の朗読会に向け、会員の半数がこの台本をレッスンし、他の半数は1人1人が自分で選択作成した台本をレッスンする。今回は5回目である。

 今回は、まず「六の宮の姫君」を読み継ぎ形式で朗読するレッスンを行なった。次に、1人1作品形式で朗読するレッスンを行なった。今回は、全体的に見て、着実に2期生が上達してきていることを実感した。もちろん、朗読の絶対水準は1期生の方が先を行っている。しかし、2期生は2期生なりに確実に上達してきている。

 私が2期生の上達に主に着目しているのは、語り口の問題である。端的に言えば、語り口が少なくとも「語りかける語り口」になっていない限り、イメージ表現や心情表現をいくら問題にしても、あまり意味が無いからである。もちろん、イメージや心情を表現する意識がなければ「語りかける語り口」が身につかないのであるが。



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)

 私が1期生の上達に主に着目しているのは、イメージ表現や心情表現の問題である。この場合には、まず台本の作品世界をどのように理解しているか、が問題となる。すなわち、台本の内容的な読解の問題である。これが曖昧であったり、表面的であったり、平面的であると、その朗読がまったく面白くないものになってしまう。

 1期生の語り口が「語りかける語り口」に進歩していたり、さらに「自然な語り口」に到達している場合、当人が理解している作品世界が、朗読のイメージ表現や心情表現を通してストレートに露出してくる。その意味で、朗読は上達すればするほど当人の内面が露出してくる恐ろしさがある。作品解読のレベルが問われてくる。

 実は、私の朗読レッスンは、上達ステップ1〜6まで、この作品解読の視点と方法を伝授することを主軸に据えている。しかし、1期目の上達ステップ1〜6を経たぐらいでは、その視点と方法がなかなか身につかない。今は2期目の上達ステップ1〜6でどのくらい身につくか観察中である。果たして3期目はどうなるだろうか。






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館長の朗読日記1759/第8回「東百道・講演と朗読の会」を開催した

館長の朗読日記1759  (戦後70年12月09日 新規)



○第8回「東百道・講演と朗読の会」を開催した(1)

 昨日(12月09日)の午後1時30分に開演ということで、第8回「東百道・講演と朗読の会」を開催した。今回の観客数は70人で、昨年より10数人ほど少なかった。昨年は、朗読サークルの会員と一般の観客(会員の知人なども含む)の数がほぼ半々だったが、今年は一般の観客の方が少なかったような気がする。

 第1部の講演の所要時間は80分弱であった。これは、自宅練習の所要時間とほぼ同じで、予定通りである。内容的にも、話すべきことはほぼ話し切ったように思っている。今回の講演は、半分以上の時間を「富嶽百景」「黄金風景」「新樹の言葉」「走れメロス」の作品解読に使った。特に「走れメロス」の解読には力が入った。

 第2部の「富嶽百景」の朗読の所要時間は50数分であった。これも予定通りである。講演後に約15分の休憩を挟んだが、80分弱の講演の後の50数分の朗読は少々キツかった。ところどころ細かいミスが出たし、最後のところは色々な意味で限界ギリギリであった。ただ、心情とイメージの表現は、自宅練習以上にはできた。



○第8回「東百道・講演と朗読の会」を開催した(2)

 とにかく、来場してくださった70人の観客各位には感謝している。本来は、私が朗読指導している朗読サークルの会員のための拡大レッスンのつもりで始めたのだが、一般の観客各位もかなり聴きに来ていただいた。そういう一般の観客各位には特に感謝している。少しでも聴きに来て良かったと思っていただけたら幸いである。

 私は、原則として、招待券なるものを積極的には出していない。今回も、色々なご縁があって本来ならばこちらからご招待すべき相手の中で、遠路からわざわざ聴きに来ていただけることが判明した場合にのみ、いわば受動的に招待券を発行するに止めた。その数もせいぜい5枚くらいのものである。宣伝のための招待券ではない。

 今回は、毎回、宣伝用のチラシや講演資料の表紙にイラストを提供してくれている池田憲昭さんが、わざわざ来場してくれた。今回も、海上のロビーに池田憲昭さんのポストカードを展示&販売した。今回のチラシや講演資料に使用したイラストは評判が良く、そのイラストのポストカードを中心になかなか売行きも良かった。



○第8回「東百道・講演と朗読の会」を開催した(3)

 今回も、例年の通り、講演と朗読の一部始終を録音録画し、BDとDVDに収録して製品化するつもりである。当然、それを発行元/木鶏社(出版社)、発売元/星雲社という形で、出版物の全国流通ルートにのせるつもりである。また、この太宰治シリーズの講演内容は、いずれは単行本としてまとめて出版するつもりである。

 毎年、この「東百道・講演と朗読の会」の準備のために費やす体力と知力と気力は、われながら相当のものがある。その成果を1回の朗読イベントだけで消滅させるもはもったいないと思い、それを録音録画したもののBDとDVDの製品化を考えたのは4年前である。これは全国販売すると共に、国立国会図書館に寄贈している。

 また、宮澤賢治にしても、芥川龍之介にしても、また、今回の太宰治にしても、これらの作家たちの文学作品論は、やはり、講演するだけではなく、単行本にまとめて上梓すべきだと考えている。宮澤賢治については『宮澤賢治の視点と心象』(木鶏社)として上梓した。今後は、芥川龍之介と太宰治の文学作品論を頑張っていく。






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館長の朗読日記1758/第8回「東百道・講演と朗読の会」の最終準備

館長の朗読日記1758  (戦後70年12月07日 新規)



○第8回「東百道・講演と朗読の会」の最終準備(1)

 第8回「東百道・講演と朗読の会」が明日(12月08日)に迫った。昨日と今日の両日で、第8回「東百道・講演と朗読の会」の最終準備を行なう。昨日は講演の最終の自宅練習を行なった。本番の会場で配布する講演資料(兼プログラム)はすでに出来上っているので、それを使って最終的な自宅練習を行なったのである。

 講演時間を計ったところ、余裕で80分を切っていた。朗読の方は50分を少し超すはずだから、両方でおよそ130分になる。途中の休憩時間を15分とるとしても、全体で145分。余裕で16時前に終演できそうである。講演の内容や順序も、ようやく自分でも納得できるものになってきた。観客も面白がってくれるだろう。

 朗読の最終の自宅練習は、今日の午後に行なう。昨日も「富嶽百景」の自宅練習をしたのだが、今日も自宅練習を行なう。幸い、何とか風邪を回避することができた。本番に向けて、体調を維持することが、特に風邪をひかないようにすることが、最大のプレッシャーであった。そのプレッシャーも後わずか1日のこととなった。



○第8回「東百道・講演と朗読の会」の最終準備(2)

 今日は、明日の本番に備え、持参すべき荷物の準備と荷造りをしなければならない。講演資料はもちろん、過去に行なった「講演と朗読の会」の会場販売用のDVDあるいはBDも用意しなければならない。また、販売用の看板、会場の扉に表示する案内用の看板、地上の掲示板に掲出するポスターなども用意しなければならない。

 マネージャー役の家人も、私の舞台で着用する衣服類、講演用の演台を包むテーブルカバー、水差しセット、受付で引き渡すチケットと釣銭などなど、いろいろと準備が必要となる。それらの荷物をすべて荷造りすると、相当な荷物になる。リュックサックの他に両手に荷物を持つことになるであろう。家人もほぼ同じことになる。

 ここ数日は、早く寝て、遅く起きる生活を続けたので、私の体調はかなり良い。その上、風邪をひきそうな気配を感じていたので、外出を極力避けるなど用心してきた。その結果、日頃の疲労はかなり取れてきたような気がする。しかし、今日から明日の午前中にかけての本番直前の準備の結果、本番時にはまた相当疲れると思う。






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館長の朗読日記1757/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記1757  (戦後70年12月06日 新規)



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(12月05日)の13時00分から、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンを行なった。通常は9時30分からレッスンするのだが、今回はその時間帯に会場が予約できなかった。そこで、レッスン時間をズラしたのである。今回は第2期・朗読ステップ6の3回目のレッスン、台本は宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」。

 今回も、宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」における宮澤賢治の述語の使い方を中心にコメントをした。今回も、前回と同じようなコメントをしたのは、述語の違い(特に現在形と過去形の違い)が朗読表現にさっぱり反映されていなかったからである。現在と過去の語り分けができないようでは、他の細かい違いは尚更である。

 今回、保育経験の豊富な会員から、保育園などで普及している(指導されている)絵本の読み聴かせの表現方法と紙芝居の表現方法の違いを説明してもらった。薄々は知っていたが、改めて説明されて「へえーッ」と思った。私の目指す朗読は紙芝居の方に近い。紙芝居の絵が、朗読は聴き手および語り手のイメージに対応する。



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 共通語的なアクセントに悩んでいる会員と、またアクセント論議をした。各地の方言が身についている人間が共通語的なアクセントやイントネーションを身につける最善の方法は、とにかく日常会話において真似して慣れて身につけることである。理屈ではない。アクセント辞典を暗記することではない。馴染むしかないのである。

 朗読の場だけで修正しようと、いくら台本に印をつけても、そういう方法には限度がある。最近はテレビやラジオが普及しているから、その気になれば、日常会話において真似して慣れて身につける方法はいくらもある。現に、今や大部分の日本人は日常会話のほとんどを共通語的なアクセントやイントネーションで表現している。

 したがって、朗読の場でも、自分が日常生活で話しているような語り口が発揮できるようになれば、共通語的なアクセントやイントネーションの問題はほとんど解消されてしまう。朗読の場合は、これが先決。例外的に解消されない部分は、それこそアクセント辞典を活用するなり、台本に印を付けるなりして、微修正すれば良い。







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