02過去の朗読会の記録 9
過去の朗読会の記録(2007年後期)
(戦後63年9月23日 新規 同年1月22日 最終)
「小さな朗読館・やちよ」(第3回)
〔日時〕2007年12月19日(水)
開場13時00分 開演13時30分
〔会場〕オランダ屋花見川店・ホール(2階)
〔出演&演目〕
内藤静枝(三浦哲郎原作「たきび」)
山崎桃代(五木寛之原作「大河の一滴」)
上田悦子(山本周五郎原作「糸車」)
<休憩>
前田はるみ(堀辰雄原作「浄瑠璃寺の春」
吉崎瑠璃子(レオ・バスカーリア原作「葉っぱのフレディ」)
三井若菜(藤沢周平原作「報復」)
<休憩>
東 百道(藤沢周平原作「うらなり与右衛門」)
〔参加〕事前予約制・会費1000円
(オランダ屋花見川店専用500円商品券付)
〔予約〕完全予約制 予約申込先 047-487-3721
(東/「小さな朗読館・やちよ」主宰)
●館長メモ この「小さな朗読館・やちよ」は、館長が主宰する地域的な朗読会です。今年の1月17日(水)に第1回を開催し、5月16日(水)に第2回を開催し、今回は第3回の開催です。第1回は約100名、第2回は約80名、第3回の今回も約90名の方々がご来場くださり、大盛況でした。とにかく、ご来場いただいた方々に、感謝、感謝です。今回も、第2回と同様にオランダ屋花見川店専用の500円商品券をお配りしました。この「小さな朗読館・やちよ」(第3回)は、今年最後のイベントです。第1回の開催から今回までは、ほぼ11ヶ月間、約1年間の開きがあります。その間も休まず朗読レッスンを続けているわけですから、第1回、第2回、第3回と回数を重ねるにしたがって、それだけ出演者の朗読のレベルが上がってきていて当然です。同じことが朗読会の演出についても言えるわけで、特にBGMの選定については我ながら相当よくなってきたと思います。ただ、残念ながら、いろいろの事情で、今のようなスタイルでの「小さな朗読館・やちよ」は、今回をもって打ち止めとします。また別のスタイルで復活するかもしれませんが、果たしてどういうことになるか、今の段階ではまったく予想がつきません。第1回~第3回にご来場いただいた皆様、大変ありがとうございました。また、ゲスト出演してくださった八千代朗読サークル「みちの会」と「ことのは」の会員の皆さん、どうもありがとうございました。そしてお疲れさまでした。
朗読発表会『ガラスのうさぎ』/千葉朗読サークル「風」
〔日時〕2007年10月31日(水)
開場13時00分 開演13時30分
〔会場〕千葉県文化会館・小ホール
〔演目〕高木敏子原作『ガラスのうさぎ』
〔構成〕第1部 再会を約束して 特攻隊の兄
妹たちは東京へ 母と妹たちはどこに
第2部 ガラスのうさぎ 父の死
第3部 死のうとしていたんだ 火葬場で
〔出演〕
内嶋きみ江、内田升子、大方和代、大島範子、助川由利、鈴木品子、鈴木久子、藤田多恵子、村井とし子、吉田光子、吉永裕恵子(千葉朗読サークル「風」)
〔朗読指導・演出〕 東 百道
〔参加〕入場無料(全席自由)
●館長メモ 高木敏子原作『ガラスのうさぎ』の台本は、朗読的にはそれほどむずかしいものではない。また、内容が東京大空襲にまつわるもので、歴史的な事実の重みといったようなものが背景に厳存している。その事実の重みが、聴き手のイメージづくりをものすごく助けてくれる。それだけ、朗読者の表現を強力に補ってくれるのである。しかし、そうは言っても、ただ台本を音読するだけで、2時間近くの長時間、観客を一瞬のゆるみなく舞台に集中させるのは容易ではない。ことに、本格的な朗読経験が3年程度の、まだ未熟な朗読者が会場いっぱいの観客(座席数250のところに20人以上の立ち見が出たから、おそらく270人以上の観客が入っていたと思われる)に感動してもらうのは、そう簡単なことではない。しかし、千葉朗読サークル「風」の会員たちは、そのことにある程度は成功していたように思われる。今回は、11人の出演者が順に台本を読み継いでいき、それを第1部、第2部、第3部と3回くり返した。第1部のときは、皆、そうとう緊張していたようで、音声表現的にも、心情表現的にも、今ひとつの感じだった。しかし、第2部、第3部と進むうちに、見違えるように良くなっていった。初めてこういうステージ朗読を聴いた観客は、衝撃的な感動を受けたようだ。また、ある年代以上の方はご自分の戦争体験が胸にこみ上げてきたようである。今回の朗読発表会は、事前に毎日新聞(千葉版)と地域新聞に記事として取り上げられたためか、朗読発表会の前後に、朗読を習いたいという希望が、連絡先である千葉朗読サークル「風」の代表のところに電話で、あるいは、発表会当日の受付に口頭で、多数寄せられた(10件以上)。これは、他の地域ではみられなかった現象である。身びいきで見れば、今回やったようなステージ朗読を是非自分でもやってみたいと思ってくださった方が多かった、とも言える。しかし、客観的に見れば、千葉市内で活動している朗読グループがすでに数多く存在しているにもかかわらず、それらの存在が千葉市民に知られていない、という事情もあると思う。千葉市役所が月2回発行している市報『ちば市政だより』は、名前の通り、市役所本位の内容であり、市民の自発的な活動や催し物を知らせるコーナーがない。私が居住する八千代市の市報『広報やちよ』には「市民伝言板」というコーナーがあって、そこでは3行~5行ではあるが、市民が自発的に主催するサークル活動や催し物をPRする投稿を掲載してくれる。習志野市の市報『広報習志野』の「伝言板」欄、船橋市の市報『広報ふなばし』の「けいじ板」欄、市川市の市報『広報いちかわ』の「市民の広場」欄などもみな同じである。ところが、千葉市の市報『ちば市政だより』は、きわめて市役所本位の紙面構成であるため、せっかく千葉市内にもいろいろな朗読グループがあるにもかかわらず、市民は市報『ちば市政だより』紙上でその存在を知ることが出来ない。そこで、たまたま毎日新聞や地域新聞などで記事にとりあげられた場合に初めて、そういう朗読グループがあることを知ることができ、申込が集中するという事態になった可能性が高い。館長の場合は、たまたま、熱心に口コミで知人友人を誘ってくださる有志の士がいたために、朗読教室を開催したり、朗読サークルを立ち上げることができた。その有志の士に感謝すると共に、千葉市市役所の関係各位の再考を促したい。
朗読『散るぞ悲しき――硫黄島の戦いの悲劇――』
/八千代朗読サークル「みちの会」「ことのは」合同朗読発表会
〔日時〕2007年9月19日(水)
開演13時30分 終演16時00分
〔会場〕八千代市勝田台文化センター・ホール(3階)
〔演目〕梯久美子原作『散るぞ悲しき』
〔構成〕第1部 プロローグ Ⅰ出 征 Ⅱ硫黄島
第2部 Ⅲ作 戦 Ⅳ覚 悟 Ⅴ米軍上陸
第3部 Ⅵ戦 闘 Ⅶ最 後 エピローグ
〔出演〕
上田悦子、江本なつみ、大野栄子、小林正子、桜井佳芳、成川洋子、誉田信子、三井若菜、吉崎瑠璃子(八千代朗読サークル「みちの会」)
宇都宇良子、大塚拓一、河西礼子、川西美千代、内藤静枝、前田はるみ、山崎桃代(八千代朗読サークル「ことのは」)
〔朗読指導・演出〕 東 百道
〔参加〕入場無料(全席自由)
●館長メモ 梯久美子原作『散るぞ悲しき』の台本は、朗読的にかなりむずかしいものだった。まさに上級篇といってよい。しかし、本番が近づくにつれて、出演者はかなり気を入れて練習してくれた模様で、その成果が正直に舞台に出ていた。緊迫し、引き締まった「声出し」と「語り口」で、作品世界をかなりよく朗読表現していた。来場者数は約200人だった(客席数は約300人)が、その200人の来場者が最後まで舞台に集中し、朗読に聴き入っていた。いつもどおり私が音響(音声と音楽)の幅調を担当したのだが、今回は幅調設備を会場の中に持ち込み、会場内に発せられる音を直接聴きながら幅調作業を行なった。お蔭で、来場者の生の反応も身近に感じることができた。16人の出演者が少しづつ読み継いでいく(分読)とはいえ、今回のようなドキュメンタリー風の内容と文体の台本を、2時間もの長時間、朗読だけで200人もの聴き手を最後まで引っ張って行くことができた、というのは大したものだと思う。出演した二つのサークルのメンバーは、今回の上演成功に大いに自信をもってよい。途中の休憩時や終演後の挨拶時に、ロビーで来場者からいろいろと感想をいただいた。ある男性の来場者は「出演者はどなたも良い声をしていますね」という感想であった。私も、今回は、皆それぞれ「自分の声」が出ていたと思う。「自分の声」が出ていたからこそ、声自体に自然な力が備わり、それが一種の説得力となって、聴き手の耳と心に迫っていく。それが聴き手に「良い声」というように印象づけたのである。また、ある女性の来場者(演劇&朗読経験者)は「出演者が全員同じ気持で朗読表現している、というように聴きました」という感想であった。これは、単に、出演者が同じように作品世界をイメージし、同じような切迫した声出しと語り口で朗読した、というだけではない。もっと重要な意味がある。全員が、自分の朗読分担部分を作品全体の「構成」としてとらえ、その「構成」に基づいて「構成的な朗読表現」をしたからこそ、聴き手は「全員同じ気持で朗読表現している」というように聴き取ったのである。また、別の男性の来場者は「泣かないようにしていたのだが、最後のところで思わずグッときてしまいました」という感想であった。まだ他にも、いろいろと嬉しい感想をいただいた。なかでも、お父上が硫黄島で戦死なさったという男性の来場者から「親父に対する何よりの追悼となった」という趣旨の感想と謝意をいただいたときは、私の方がグッときてしまった。今回の朗読発表会を通して、出演者はそれぞれの朗読表現を確実に一段階レベルアップさせたようだ。もちろん、朗読表現のレベルそのものはまだまだである。第一、大部分の出演者は、まだまだ「読んでいる語り口」でしか朗読していなかった。それを「語りかける語り口」にまでもっていかなければならない。もちろん、それぞれに「語りかける語り口」に近づいてはいる。だからこそ、同じ「読んでいる語り口」であっても、ただの「読んでいる語り口」に比べて、説得力が格段にあったのである。そして、説得力が格段にあるからこそ、たとえ「読んでいる語り口」であっても、2時間もの長丁場、200人もの聴き手を最後まで引っ張っていくことができたのである。だから、もし、全員が「語りかける語り口」で朗読できていたら、200人の聴き手にさらに圧倒的に感動してもらったはずである。残念ながら、今回はそこまではいかなかった。今回の出演者は、それぞれ「自分の声」で朗読できていた。全員が、そのレベルにまでは到達していた。今後は、全員が、それぞれ「自分の言葉」「自分のイメージ」「自分の心情」で朗読できるようにしていく必要がある。そして、その結果「自分の心(=人間そのもの)」を朗読で表現できるようになれば、大したものなのだが……。
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