05館長の朗読日記 101
館長の朗読日記 101 (戦後63年1月25日新規)
○千葉朗読サークル「わかば」の今年初の朗読レッスン
昨日の1月24日(木)の午後には、千葉朗読サークル「わかば」の今年初の朗読レッスンを行なった。
まず最初に、昨年末に特例で2人の会員の途中入会を認めた経緯と理由を少しくわしく説明した。また、この2人の入会で会員数が多くなった点について、朗読サークルとしては、物理的な上限(時間的あるいは空間的な制約による上限)である20人までなら、会員数が多いほど条件が良くなる、ということを説明した。
一般的に、朗読レッスンは受講する人数が少ない方が条件が良い、と誤解されているきらいがある。受講人数がもっとも少ないのが、いわゆる「個人レッスン」であろう。もし、受講する人数が少ない方が良いというのなら、この「個人レッスン」がもっとも条件が良いことになる。
ところが、実際にやってみればすぐに分かることだが、個人レッスンなどはちっとも良くない。少なくとも、まだ朗読表現が出来上がっていない段階では、時間と手間をかけるわりにはちっとも効果が上がらない。もちろん、なにごとも例外はある。たとえば、すでに上級レベルの朗読者が、特定の台本を仕上るために個人レッスンを受けるような場合には、それなりの効果がたしかに期待できる。しかし、初心レベルや初級レベルの段階では、いくら時間をかけて個人指導を受けたとしても、その大部分は右の耳から入って左の耳から抜けていってしまうのである。
なぜなら、初心レベルや初級レベルの段階の朗読者は、自分の朗読をなかなか客観視することができない。つまり、自分の朗読表現がどのようなものかを、客観的に判断する実力(理解力や認識力)がまだ身についていない。また、いくら指導されても、自分の朗読表現をその場で修正したり、調整したりすることができない。つまり、即座に自分の朗読表現を手直しするだけの実力(理解力や表現力)がまだ身についていないのである。残念ながら、人間は自分が理解できることしか耳に入らないし、自分が実行できることしか理解できない、というようにできているものらしい。そういう段階で、いくら時間をかけて個人レッスンをやっても、さしたる効果は期待できないのである。
そういう初心レベルや初級レベルの段階では、多数の仲間といっしょにレッスンを受ける方がはるかに効果的なのである。多数の仲間の朗読表現を聴き、それに対する指導者のコメントを聴く、ということがとても参考になる。人間は、自分のこと(特に欠点)はなかなか分からなくても、他人のこと(特に欠点)は良く分かる。自分が言われても、なかなかピンとこなかったり、理解できないことでも、他人が言われるのを傍で聴いていると、その内容が比較的よく分かるわけである。昔から「岡目八目」というではないか。そうならば、そういう他人は多い方がよい。多ければ、それだけ色々な事例が出てくるし、それがくり返しくり返し出てくるから、学習効果や復習効果が上がるのである。人間は一度くらい聴いただけでは、なかなか理解できない。同じことを、くり返しくり返し、手を変え品を変えて聴かされないと、なかなか本当には理解できないのである。
また、何ごとも同じだろうが、朗読表現が上達するために一番大切なのは、自宅での一人練習である。自宅での一人練習を十分やった上で、朗読レッスンの場で、指導者の話を聴いたり、自分の朗読表現についてのコメントを聴くことが大切なのである。自宅での一人練習をやらないで、いくら指導者の話やコメントを聴いても、それはしょせん「馬の耳に念仏」に終わってしまう。私は「レッスンの場を、練習の場と勘違いしないように。レッスンは、指導者の話を聴いたり、仲間の朗読表現を聴いて啓発されたり、自分の一人練習の成果を発表して指導者からコメントを受けたりする場であって、決して自分の朗読練習をする場ではありません。自分の朗読練習は自宅でたっぷり時間をかけてやってください」と注意することにしている。そして、肝心なこの自宅での一人練習については、朗読サークルの会員の多寡はまったく関係がない。これは言うまでもないことであろう。
最後に、仮に自分の朗読表現がものすごく上達したとして、そのとき仲間がいなかったらどうするのか。朗読は聴き手に聴いていただいて、初めて存在の意味があるものである。そこで、たとえば朗読会を開こうとしたとしようか。そのとき、一人ぽっちだったら、おそらく途方にくれてしまうに違いない。逆に、同じ志をもった仲間が多数いたとしたら、それはどれほどありがたいことだろうか。そしてその場合、仲間の数が6人以下では、明らかにパワー不足である。黒澤明の映画『七人の侍』ではないが、最低でも7人以上は欲しい。もちろん『七人の侍』でも、リーダー役の志村喬が言ったように、侍の数はいくらでも欲しいのである。朗読サークルの会員数も、物理的な上限(時間的あるいは空間的な制約による上限)である20人までなら、多い方が良いに決まっている。
もし万が一、会員数が増えると、指導者からコメントしてもらう1人あたりの時間が少なくなる、などというケチな考えをもっているならば、そういう考えは早く捨てた方がよい。そういう考えは、これまでくわしく説明してきたように、明らかに間違っているからである。さらに、また、少しでも多くの人といっしょに朗読を学び、少しでも多くの人といっしょに朗読が上達したい、という考えの方がはるかに上等であるし、朗読者にふさわしいからでもある。
肝心な朗読レッスンについては、2月28日に開催する「おさらい会」が近づいてきたせいか、一人一人の朗読がだいぶ仕上がってきていた。大切な自宅での一人練習を、皆、キチンとしてきていることが十分に伺える表現であった。
そうそう、私も、早急に、プログラムを兼ねたチラシを作成し、関係するサークルに配らなければならない。
○八千代朗読サークル「華詞」の今年初の朗読レッスン
昨日の1月24日(木)の夜間には、八千代朗読サークル「華詞」の今年初の朗読レッスンを行なったが、すでに大分長くなってしまったので、これについては明日の「館長の朗読日記」にまわすことにしたい。
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