05館長の朗読日記 124
館長の朗読日記 124 (戦後63年3月09日 新規)
○八千代朗読サークル「みちの会」「ことのは」の朗読レッスン
八千代朗読サークル「みちの会」と「ことのは」の二サークルは、現在、朗読ステップ5の段階にある。共に、私が朗読指導している5地域9サークルの先頭を走っている。
私としても、常に新らしづくめだから、レッスンそのものが試行錯誤の連続といってもよい。これを逆に言えば、いつも新鮮な気持ちで望めるし、予想外の発見も数多くある。
これは別に、後続の他の朗読サークルのレッスンが新鮮でなく、予想外の発見がない、という意味ではない。私には、指導することは、同時に学ぶことだ、という想いがあるから、常に新たな指導を試みているし、その中から新たな発見は常にある。そして、そうやって得られた成果は、直ちに全サークルの指導に生かすから、朗読ステップがどの段階にあるかにかかわらず、どのサークルにも同じ内容のことを指導する場合も多々ある。
○朗読理論の部分的な展開
昨日やった八千代朗読サークル「みちの会」「ことのは」の朗読レッスンにおいて、私の朗読理論が少し新たな展開をした。
朗読ステップ5は、一口に言えば、朗読者の立場から朗読表現に取り組む段階である。その最も重要なポイントは、文学作品(台本)の作品世界を自分事(わがこと)のように認識(=イメージ)しつつ、同時併行的に、それを自分の音声言語で表現(=朗読)する、というところにある。これが出来てくると、自分の言葉で朗読表現している、という語り口の朗読になっていく。
この場合、問題となるのが「地の文」の語り口である。特に、登場人物の来歴、あるいは、出来事の背景や経緯を説明している部分の「地の文」をどのように朗読するか。これを説明しているときに、アドリブ的に「関係性」という言葉が私の口をついて出てきた。これは、われながら驚きだったし、嬉しかった。
作品世界として表現されているものは、つまり、文学作品(台本)が文字言語で表現しているものは、一つが登場する人物・事物・出来事の《形象》、二つが登場人物や原作者の《心情》である。従来は、それだけを考えていた。しかし、これでは、登場人物の来歴、あるいは、出来事の背景や経緯を説明している部分の「地の文」の内容を尽くしていない。
その内容をどのようにイメージすべきかを、説明しようとして、フイと口に出てきたのが「関係性」という言葉だった。
登場人物の来歴、あるいは、出来事の背景や経緯というのは、人物や事物の時系列的な「関係」のことである。また、ついでに言えば、その場の出来事とは、人物や事物同時期的な「関係」のことである。
したがって、登場人物の来歴、あるいは、出来事の背景や経緯、さらには、出来事を表現した「地の文」を朗読する場合には、そういう「関係性」をイメージして、それに基づいた朗読表現をすれば良い、ということになる。
これらの詳しい説明や、さらなる内容の展開は、いずれ「館長の朗読指導メモ」に記すつもりであるが、とにかく「関係性」「関係」という言葉が、フイと私の口をついて出てきたには、自分でも驚くとともに、いささか嬉しかった。
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