05館長の朗読日記 140
館長の朗読日記 140 (戦後63年4月14日 新規)
○毎週土曜日のせわしなさ
一昨日(4月12日)の土曜日から、また定例のアルバイト仕事が始まった。夏と冬と春にちょっと長期の休みが入るけれども、それ以外の期間は、このアルバイト仕事のために、土曜日はきわめてせわしいものとなる。
アルバイトの仕事先が遠方なので、朝の7時半頃には自宅を出なければならない。仕事自体は10時40分~12時10分というわずか90分間で終わるのだが、八千代市に帰ってくるのは順調に行っても14時45分頃になってしまう。
したがって、午後に予定している朗読レッスンは15時00分直前にしか始められない。しかも、八千代市の公民館は会場の借用が17時00分までが一区切りであるから、それまでには朗読レッスンを終了して退出しなければならない。その結果、土曜日の午後の朗読レッスン時間は2時間ギリギリに限定されてしまうのである。2時間以内にその日の朗読レッスンをすべて終わらせるために、毎回、私はレッスンの進行具合に神経を使わなければならない。これは意外に疲れるものである。
それが終わると、次は18時00分~20時00分に夜間の朗読レッスンがある。会場の公民館は、夜間の借用時間枠が18時00分~21時00分というのが通常だから、こちらの方は後ろに1時間の余裕がある。そのため、こちらの方はレッスンの進行具合にそれほど神経を使わなくて済む。しかし、その半面、レッスン時間の方がいつも数十分はオーバーしてしまう。そのため、自宅に帰るのはだいたい21時を過ぎてしまうことが多い。
その後は、遅い夕食をとって、その日の整理と就寝の準備をするだけの時間しか残っていない。
このように、生業(会社勤務)をリタイアして2年経った今も、土曜日だけは相変わらずのせわしい一日を過ごしているわけである。
生業(会社勤務)をリタイアしてからのこの2年間は、いろいろな意味での過渡期であった。それが、最近、ようやく一段落してきたような感じがする。今後は、朗読だけでなく、本来の私のライフワークも本格化させたいと思っている。いわば、新たな展開期に入っていかなければならない。
そうなると、従来やってきたこの定例のアルバイト仕事がいささかの重荷になってくる。このアルバイト仕事は、単なる小遣い稼ぎではなく、仕事内容が本来の私のライフワークの一つに多少のかかわりがあった。そのために、これからも続けたい気持が多少はあったのだが、総合的に考えた結果「労多くして、益少なし」と判断するにいたった。急に辞めては、仕事先に迷惑がかかるので、今年度いっぱいはそのまま続け、年度末を機に辞めることにした。今年度の初日であった一昨日(4月12日)の土曜日に、仕事先にその旨を伝えてきた。
○八千代朗読サークル「みちの会」「ことのは」の朗読レッスン
一昨日(4月12日)の土曜日は、午後に八千代朗読サークル「みちの会」の朗読レッスン、夜間に八千代朗読サークル「ことのは」の朗読レッスンを行なった。
この両サークルは、同じ「感動をつくる・八千代朗読教室」を母体に立ち上がったところの、いわば双子の朗読サークルである。昨年秋の朗読発表会は合同で『散るぞ悲しき』を上演し、今年の秋も合同で『クリスマスキャロル』を上演する予定である。
朗読レッスンの進行もまったく同じで、今回は山本周五郎原作『蜜柑畑』の全体練習であった。次回は『蜜柑畑』の仕上げの通し読みである。その通し読みが終われば、いよいよ朗読発表会用の台本『クリスマスキャロル』の練習に入る。
今回の『蜜柑畑』の全体練習を聴いていて、両サークルの会員は、現在の朗読ステップ5の課題であるところの、一方では台本を読み味わいつつ、他方でその台本を朗読表現する、という「認識と表現の統一」的な語り口が出来つつあるように感じられた。もちろん、会員それぞれに個性の違いがあり、巧拙の違いもあるが、それぞれの朗読レベルにおいてそれなりに「認識と表現の統一」的な語り口が出来つつあるように思われたのである。これは、私としても少し意外だった。
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