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05館長の朗読日記 148

館長の朗読日記 148  (戦後63年5月11日 新規)

 
○八千代「みちの会」「ことのは」の朗読レッスン
 昨日は午後3時から八千代朗読サークル「みちの会」の朗読レッスン、午後6時から八千代朗読サークル「ことのは」の朗読レッスンを行なった。
 両サークルとも朗読ステップ5の段階であり、今秋には合同で朗読発表会を開催し、ディケンズ原作『クリスマスキャロル』を上演することになっている。そして、昨日がその『クリスマスキャロル』の練習初日であった。
 昨日は、いろいろの事情(手術、骨折、海外旅行、来客)によって、それぞれが何人か休んだが、参加したメンバーには前半部分のその会員の分担箇所を一人づつ素読みしてもらい、その箇所について私から内容と朗読的なポイントについて解説した。

○『クリスマスキャロル』は思った以上にむずかしい
 内容と朗読的なポイントについて解説した際、素読みしてもらった会員に少し手直しを試みた。そして、改めて痛感したのだが、この『クリスマスキャロル』は思っていた以上にむずかしい作品(朗読台本)であった。
 「みちの会」と「ことのは」の会員は、今、朗読ステップ5の後半の段階だから、もう4年半くらいは朗読レッスンを続けている。したがって、それなりの表現力はついているし、少々の私の手直しくらいは直ぐに応じることができる。ちょっとしたダメだしなら、直ぐに修正できるのである。
 しかし、今回の『クリスマスキャロル』はいささか勝手が違ったようである。そこで私も気がついたのであるが、セリフにしても地の文にしても、この『クリスマスキャロル』は格段に(前年、前々年にやった先の大戦に関する悲劇の体験談的なものに比べて格段に)朗読表現することがむずかしい。
 例えば、因業な主人公スクルージの声出しがむずかしい。こういう人物はちょっと近所にはいないからである。
 例えば、亡霊として登場するかつてマーラーだった者の声出しがむずかしい。このマーラーは主人公スクルージと同じタイプの人間だった上に、今は亡霊となっている。しかも、かつての自分の所業を後悔している亡霊である。こんな亡霊がどんな声出しをするものなのか。モデルとするようなものが全くないのである。
 例えば、亡霊が地下室からカラーンカラーンと鎖を引きずりながら歩いてくる場面、それを聴いている主人公スクルージの恐怖をどうイメージし、表現したらよいのか。誰もがまったく体験したことのない場面をイメージしなければならないのである。
 例えば、精霊に連れられて主人公スクルージが過去の世界を訪ね歩く場面の地の文を、地の文の表現主体はどのような視点と心情で表現したら良いのか。
 例えば、精霊の手の一振りで場面は一挙に大きく転換するのだが、そのある意味での人工的な場面転換をどのようにイメージし、どのような「間」と「メリハリ」で朗読表現したら良いのか。

○今秋の『クリスマスキャロル』が楽しみになってきた
 むずかしさの実例をいくつか列挙しただけで、この『クリスマスキャロル』のむずかしさがお分かりいただけると思う。その他にも、さすがディケンズである、一つ一つの「セリフ」の表現がむずかしい。簡潔でありながら極めて含蓄に富んだ「セリフ」が多いからである。
 このむずかしい『クリスマスキャロル』に取り組むのは、私にとっても、また「みちの会」「ことのは」の会員たちにとっても、大いなる挑戦である。これをどのように仕上ていくか。これは我が事ながら、一つの見ものである。

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