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05館長の朗読日記 157

館長の朗読日記 157  (戦後63年5月30日 新規)

 
○千葉「わかば」の朗読レッスン
 昨日は、第5木曜日であったが、3月13日の朗読レッスンが八千代「華詞」の朗読発表会向け立ち稽古のために出来なかったので、振り替えとして千葉「わかば」の朗読レッスンを行なった。
 まず、来年に開催を計画している初めての朗読発表会の台本を決定した。前回のレッスン時に、沖縄の地上戦を扱った比嘉富子原作『白旗の少女』とサイパン島の玉砕を扱った菅野静子原作『戦火と死の島に生きる――太平洋戦・サイパン島全滅の記録』の2本に絞りこんであったので、今回はその中からさらに1本に絞るだけである。直ちに多数決で決めようということになり、結果は『白旗の少女』が多数の賛同を得た。この『白旗の少女』は、今年の4月4日に八千代朗読サークル「華詞」が朗読発表会で上演し、好評を得たものである。
 次に、レッスン台本「忍ぶ川」(三浦哲郎原作)の仕上げの通し読みを行なった。
 通し読みの後で、私から講評を行なった。全体的に言えることは、高く(上へ)出る語り口はかなり身についてきたようである。ただし、今は、まだ、意識して高く(上へ)出るように努めている、という段階に止まっている。表現者の主体的な表現意志を感じさせるようなところまでは行っていない。ましてや、前後の「つなぎ」を意識した表現、つまり、自分の言葉として表現するところまでは行っていない。
 まあ、今の段階ではそれも仕方がないことである。次のレッスン台本『トロッコ』(芥川龍之介原作)では、この点を重点的にやるので、少しは前進できるだろうと思う。

○ボランティア朗読の変化?
 今回、千葉「わかば」の会員の一人が、こんな話しをしてくれた。
 「先日、あるところで文学作品を朗読したら、聴き手から、あなたの朗読はこのごろ変わった。以前は棒読みのようだったので、長時間聴いていると疲れたが、このごろはとても自然に聴こえるようになって疲れなくなった、と言われた」
 この会員は視覚障害者向けのボランティア朗読もしているのだが、視覚障害者からも次のように言われたという。
 「いわゆる放送アナウンサー的な表情の無い朗読を長時間聴かされると、作品の世界に入っていけなくて、それを長時間聴かされると異常に疲れたり、眠くなったりする」
 私は、その話しを聴いて、まさに「わが意を得たり」という気持ちがした。やはり、多くの視覚障害者の方々はそう感じているのだ、と。
 ただし、その会員は、最近の視覚障害者向けのボランティア朗読も、考え方が変わってきて、やはり、文学作品の朗読は表情をつける方が良いと言われている、という話もしてくれた。この話しはにわかには信じがたいが、もしそれが本当なら、とても良い傾向だと思う。加えて、ボランティア朗読の関係者にも、ようやく、そういうことが分かってきたか、という想いも禁じえない。また、もし、そうなら、放送アナウンサー出身者では手に負えないだろうな、という気もしている。
 また、同時に、視覚障害者向けのボランティア朗読が、全国的に、そういう良い方向へ変わりつつあるなら、私が今年の3月に出版した『朗読の理論――感動をつくる朗読をめざして――』(木鶏社)もかなり時機を得てお役に立つのではないか、という気もしている。

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