05館長の朗読日記 159
館長の朗読日記 159 (戦後63年6月04日 新規)
○三鷹「さつきの会」の朗読発表会向け立ち稽古
昨日は、10時00分~16時30分のほぼ一日間、三鷹「さつきの会」の朗読発表会向け立ち稽古を行なった。
天候は、梅雨前線に台風がからんだため、あいにくの大雨であった。立ち稽古のために、一通りの音響装置を持参するのだが、それが両手いっぱいの荷物になる。したがって、傘をさす余裕がない。家内に車でJR津田沼駅まで送ってもらい、後は電車とバスを乗り継いで行く。JR津田沼駅からJR三鷹駅は一本の電車で行けるし、JR三鷹駅から会場の三鷹市芸術文化センターまではバスが運行している。バス停は両方とも乗り継ぐ場所から直近のところにある。したがって、その間もほとんど濡れずに済む。そういうわけで、雨にもかかわらず、この日はまったく傘をささずに行き帰りすることができた。
今回の立ち稽古における会員たちの朗読表現は、前回よりもさらに仕上がってきていた。きっと、会員の一人一人が、現在の自分の朗読水準から一歩でも二歩でも向上しようと、それぞれ努力してきたのだと思う。一人一人の朗読表現を仔細に聴いていると、前回指摘された課題をかなりクリアしてきていることがよく分かる。
もちろん、一人一人の朗読表現には、仕上がり具合の違いもあれば、個性的な違いや絶対的な朗読水準の違いもある。
今回のように長い作品を全員で読み継いでいくスタイルの場合は、聴き手に、全体として表現される作品世界を聴いていただく側面と、一人一人の朗読表現を個々に聴いていただく側面が、混在している。また、それが全体的な味わい(聴きどころ)にもなっている。たとえはあまり適当ではないかもしれないが、歌舞伎の舞台なども、全体的な舞台芸と、個々の役者の舞台芸を、両方とも楽しむように出来ている。したがって、私としては、朗読表現における個性的なバラツキや朗読水準的なバラツキがあっても、それ自体で必ずしも悪いとは思っていない。
特に、今回は非公開の朗読勉強会なので、聴き手は、私が朗読指導している他の朗読サークルの会員や、出演者の親しい知人友人に限定されている。聴き手の皆さんにも、一つ、全体的な作品世界とともに、そういうバラツキ自体をも楽しんでもらうような、自分の心を大きくくつろげた、自分の胸を広く開放したような、大らかな気持ちで聴いていただけたらと思っている。
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