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05館長の朗読日記 170

館長の朗読日記 170  (戦後63年7月10日 新規)

○「東 百道・講演と朗読の会」の千葉市公演を終えて(2)

 4月に行なった八千代市での公演の場合には、観客の多くは私が朗読指導している朗読サークルの会員であった。6月に行なった今回の千葉市での公演は、ほとんどが朗読とは無縁の方々であることが予想されたし、実際、そうだった。そこで、八千代市での講演を聴いた実行委員会の方から、事前に再三再四、講演の内容をもう少し一般観客向けに分かりやすいものにして欲しい、という要請を受けていた。
 講演時間を短めに限った上に、一般観客向けに分かりやすい内容にする、ということはなかなかむずかしい。私としても伝えるべき内容はしっかりと伝えたい。伝えるべき(伝えたい)内容と、一般観客向けの分かりやすい内容とは、必ずしも矛盾しないが、両立させるのはかなりむずかしい。今回の千葉市の公演で、もっとも神経を使ったのは、実はこの点であった。
 この点がうまくいったかどうかは、分からない。まあ、半分はうまくいかず、半分はうまくいった、というところが実際ではないだろうか。
 今回の「東 百道・講演と朗読の会――宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』の世界――」は、今後も要請があればくり返し公演していきたいと思っている。何も300人収容する会場を満席にしなくともよい。幸い「講演と朗読の会」は、観客数の多寡にかかわらずやることができる。観客数は100人でも、50人でも、30人でもよいのである。私は、あらゆる機会をとらえて、この「宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』の世界」を、少しでも多くの方々に伝えていきたいと考えている。
 その場合、聴き手が朗読の経験者である場合もあれば、まったくの未経験者である場合もあるだろう。あるいは、両者が入り混じっている場合がもっとも多いかもしれない。どのような場合にも対応できるように、微妙に内容を変えたバージョンをいくつか用意しておく必要がある。その意味でも、今回の八千代市公演と千葉市公演は、非常に有益であった。

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