05館長の朗読日記 189
館長の朗読日記 189 (戦後63年8月29日 新規)
○千葉「わかば」の朗読レッスン
昨日の午後は、千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンを行なった。本来なら8月14日(木)に行なうべきなのだが、お盆の近くなので昨日8月28日(木)に変更したのである。
今回は、朗読ステップ3におけるレッスン台本『トロッコ』の仕上げの通し読みをやった。二人一組で読み継いでもらったのだが、二年半でずいぶんレベルが上がったなと感じる反面、この『トロッコ』で指導したことはまだまだ実現できていないなと思わざるを得ない部分もあった。
通し読みが一通り終わった後で、私から簡単な講評をした。そのときに、一人一人と簡単に話しも交わしたが、それによると、私の指導内容はまあまあ理解してくれているようである。理解はしているし、その人なりにそれを実現しようと努力しているのだが、なかなか実現できない、というのが実態のようである。
なかには、自分なりの考えがあって、必ずしも私の指導どおりにやらなかった、というケースもあった。あるいは、他の朗読指導者から習ったことへのこだわりがあって、朗読が中途半端になってしまった、というケースもあったようである。まあ、その辺は人それぞれだからある程度は仕方がない面もあるが、いずれにしても、そういう場合には、なかなか直線的には行かないことになる。
しかし、大半は、私の指導内容をそれなりに理解し、それを素直に実現すべく努力しているのだが、まだなかなか実現できない、というケースであった。この場合は、理解することと、それを実現することの間には、時間差(タイム・ラグ)があるのが普通だから、私としてはあまり心配する必要がないことになる。
○「朗読力」=「認識力」+「表現力」
最近、朗読指導を通じてつくづく次のことを実感している。
「朗読力」=「認識力」+「表現力」
この場合の「認識力」とは、台本(文学作品)の作品世界を理解し、イメージする能力という意味である。自分の「朗独力」を高めるためには、この「認識力」を、朗読レッスンだけでなく自分の人生を通して高めていく必要がある。
しかし、いくら「認識力」を高めても、それを朗読の場で表現する「表現力」がなければ聴き手にその認識内容が伝わらない。
ただし、いくら「表現力」を高めても、その前段である「認識力」が高くないと、不的確な認識内容や不十分な認識内容が、なまじ「表現力」が高いために、増幅された形で表現されてしまう。これでは、かえって逆効果ということになりかねない。
それくらいなら、むしろ、それほど「表現力」は高くなくとも、その前段である「認識力」さえ高ければ、ある程度は聴き手に感動してもらえる朗読を実現できる可能性がある。
「朗読力」を高めるためには、「認識力」と「表現力」の両方を高めることが必要である。その意味では、車の車輪のように、全部の車輪がキチンと駆動するようになっていることがもっとも望ましい。いわゆる全輪駆動というやつである。しかし、前輪(=「認識力」)と後輪(=「表現力」)のどちらかしかうまく駆動できない場合には、どちらかといえば前輪(=「認識力」)がチキンと駆動する方が望ましいのである。
朗読においては、それくらい「認識力」というものが大切なのである。しかし、世間一般の朗読指導は、この「認識力」を不当に軽視している場合が多い。逆に、不当と言って過言でないほど「表現力」の方ばかり重視している。特に、滑舌や細かい発声の仕方に、重箱の隅をつつくように、こだわっている向きが多いようである。滑舌や細かい発声の仕方、あるいは、早口言葉、に多少の問題があったとしても、普段の日常会話に何の差しさわりがあるというのか。日常会話をベースとする朗読表現に何の差しさわりがあるというのか。それよりも「認識力」を磨く方が、ずっとずっと大切であるというのに!
○習志野朗読サークル「茜」の初めての朗読レッスン
昨日の夜間には、この八月に発足した習志野朗読サークルの初めての朗読レッスンを行なった。
何しろ、今回は、初めての朗読レッスンであったので、名簿の確認やら、立上げ会を欠席した会員の自己紹介やら、月謝袋の配布やら、実務的なことに最初時間をとられた。また、サークルの名前がまだ決まっていなかったので、会員の皆さんから提案していただき、その趣旨説明やら、投票やらを行なった。結果は、習志野朗読サークル「茜」という名前に決定した。
それから、朗読ステップ1の最初のレッスン台本である宮沢賢治『やまなし』の前半の解説と朗読練習を行なった。
このグループは、一人一人がかなりしっかりしていて熱心なので、朗読表現にもそれなりのものがある。まだまだ始まったばかりなので、まだ何ともいえないが、これからどのように朗読表現のレベルを上げていくのか、大いに楽しみである。これから六年間、焦らず、怠けず、孜々として励んでいかれるよう、心から願っている。
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