05館長の朗読日記 218
館長の朗読日記 218 (戦後63年10月26日 新規)
○八千代「みちの会」「ことのは」の朗読レッスン
昨日の午後は八千代朗読サークル「みちの会」の朗読レッスンを、夜間には八千代朗読サークル「ことのは」の朗読レッスンを行なった。
両サークルとも、今回は朗読ステップ6の2回目、レッスン台本・宮沢賢治原作『セロ弾きのゴーシュ』の2回目である。
朗読ステップ6においては、会員の皆さんのレッスン朗読をMDに録音し、その場で再生し、皆で聴きながら朗読指導することにしている。
先ず、一人一人が1ページくらいづつ順々に読み継いでいくのを録音し、全員が一巡したところで録音を一段落させる。そして、一人づつ録音を再生させながらダメ出しをしていくのである。
会員一人一人について、以下のようなダメ出しを行なう。
先ず、その会員の朗読の録音を一通り再生して皆で聴き通す。そして、聴いた感想や意見を当人を初め全員に発言してもらう。ただし、今回はまだ2回目なので、あまり活発な発言がなかった。
次に、最初の部分から少しづつ再生しては、その部分について私から細かくダメ出ししていく。ダメ出しの主なポイントは、①強調すべきところ(=高く上に出るべきところ)が的確か否か、②空間的なあり方(遠近、方向、大きさ、動きなど)の直接表現が的確か否か、③文の中や文の間の「つなぎ」の表現が的確か否か、といったところである。
こういう、録音再生とダメ出しを細かくやっていきながら、ところどころで初めから再生し直して、それまでのところをまとめて聴き直してみる。こういうことをくり返しながら、その会員が朗読した分の最後までたどっていくのである。
前回と今回の会員の反応からして、この方法はかなり有効であるようである。この方法を、もっと前の段階から採用すべきかどうか、ということを現在考えている。もう少し様子を見なければ結論を出すことができないが、多分、やはり朗読ステップ6になってからの方が良い、というところに落ち着きそうな気がする。
この方法が本当に有効なのは、ある程度、朗読の表現力が着いてからだ(=朗読表現の良し悪しをキチンと聴き分けられるような耳がそなわってからだ)という気がしてならない。それは、やはり朗読ステップ6の段階(=聴き手の立場に立った朗読表現を修練する段階)になってからのことなのである。
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