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05館長の朗読日記 206

館長の朗読日記 206  (戦後63年10月05日 新規)

○八千代「こちの会」の朗読レッスン
 昨日の午後には、八千代朗読サークル「こちの会」の朗読レッスンを行なった。
 今回は、芥川龍之介原作『トロッコ』の前半部分の朗読練習と後半部分の解説である。
 途中で退席しなければならない事情がある会員がいたので、予定を変更して先に後半部分の解説を行ない、その後に前半部分の朗読練習を行なった。
 後半部分の解説では、いつも、本テーマであるところの地の文における視点(と心情)の転換の問題に加えて、内面的な視点の転換の問題を実例を示して復習する。さらには、芥川龍之介が『トロッコ』で本当に表現したかったことを、象徴化の問題と絡めて解説することにしている。
 その大部分は、拙著『朗読の理論――感動をつくる朗読をめざして――』の中に書き込んである。したがって、あらかじめ拙著のその箇所を予習している会員の場合は、既知の内容ということになる。
 初めて私の解説を聴く会員にとっては、眼を白黒させるほど新鮮な内容なので、かなり驚いたり面白がったりするらしい。しかし、あらかじめ予習してきた既知の会員にとっては、そういう意味での新鮮さはないので、やや驚きや面白さは減少すると思う。その代わり、内容をより深く理解できるので、別の意味の面白さを感じるらしい。
 前半部分の朗読練習では、このレッスン台本の本テーマであるところの地の文の視点(と心情)の転換に関するコメントや練習まで入れなかった。その前の段階の、語りかける語り口に、まだまだなっていなかったからである。
 今回、語りかける語り口について、今更のような質問や感想を寄せてきた会員がいるので、こちらが思わず「エッ」というようにズッコケてしまった。オヤオヤ、全然、分かっていなかったのか、とガックリしてしまったのである。しかし、よくよく聴いてみると、これまでの私の指導内容はそれなりにチャンと理解できているらしい。理解はできているが、それがなかなか実行できない、ということらしい。それなら、まあ、よくあることなので、それほど心配する必要はない。上達の速い遅いはあっても、しっかり練習さえしていれば、いずれは時間が解決してくれるからである。

○千葉「風」の朗読レッスン
 昨日の夜間には、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンを行なった。
 今回は、来月10月に開催する朗読発表会『流れる星は生きている』の特別練習をやった。
 特別練習というのは、前回までで、一応、第1部~第3部の練習を2クルー分修了したのだが、立ち稽古の前にもう一回レッスンを追加的に受けたいという希望により、通例とは別枠のレッスン日を特別に設けたものである。
 レッスン方法は、会員が個々に、第1部~第3部における自分の受持ち箇所のうち、もう一度ダメ出しを受けたいところを自ら選び、その部分を個別にレッスンしていく、というようにした。
 従来の朗読練習のように、全体の流れに沿ってレッスンするわけではないので、今回はバック音楽(BGM)はなしにした。そのかわり、会員朗読表現について、一人一人かなり時間をかけ、丁寧に突っ込んだダメ出しを行なった。
 このグループの会員は、かなり個性派がそろっているのだが、今回はかなり素直に私のダメ出しに取り組んでいたようである。朗読発表会の本番が近くなったので、ようやく尻に火がついてきたと見える。
 今回は、一人一人かなり突っ込んで、各会員の欠陥や癖や不十分さなどの要改善点を指摘し、くり返しくり返し矯正練習を試みた。今回の特別練習は、かなりの手応えがあった。せっかくのこうした試みが、本番において十分に生かされることを心から願っている。
 練習の合間に、会員の一人が、次のような話しをしてくれた。海外旅行を最近したさい、旅先で短い文章の朗読を頼まれたことがあったらしい。突然のことだったので、ぶっつけ本番でやったのだが、かなり好評だったという。そのときに、私がくり返し指導している「高く上へ出る」語り口がとても有効だということを、実感したらしい。その話しを聴いて、私はとても嬉しく思った。

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