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05館長の朗読日記 220

館長の朗読日記 220  (戦後63年10月31日 新規)

○千葉「わかば」の朗読レッスン
 昨日の午後は、千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンを行なった。昨日は第5木曜日なので、本来はレッスンがない日なのだが、11月の第4木曜日が会場の都合で休みになるので、その代替として遡ってレッスンすることにしたのである。
 今回は、来年の2月に予定している朗読発表会向けの台本『白旗の少女』の4回目の朗読練習である。この『白旗の少女』は3部構成であり、毎回1部づつの朗読練習を2回くり返す予定である(2クルー)から、今回は第2クルーの最初、第1部の2回目のレッスンである。
 この第2クルーからは、マイクを使い、バック音楽(BGM)を入れることにした。
 マイクを使うのはマイクに慣れてもらうためである。どのサークルも似たようなものだが、このグループもマイクを使った経験のない会員が多い。特に朗読をする場合には、台本を読むのに夢中になって、朗読者の口の位置がマイクと全くズレてしまう恐れがある。ひどい場合には、マイクが頭の後ろになっているのにも気がつかず、後頭部をマイクにぶつけてしまうというような珍事さえ起こりかねない。もし本番でこんなことが起こったら、観客から失笑を買うのは必定である。台本に集中しながらも、マイクを常に意識し、マイクに自分の声を入れるように朗読することが大切である。マイクを意識することに慣れるには、練習の早い時期からマイクを使い始める方が良いと判断したのである。
 バック音楽(BGM)を早めに入れた理由は、マイクの場合とは全く反対で、バック音楽(BGM)を意識せずに朗読することに慣れてもらうためである。バック音楽(BGM)は観客(聴き手)のために流すのであって、朗読者のために流すのではない。朗読者が下手にバック音楽(BGM)を意識すると、自分の朗読をバック音楽(BGM)にそれとなく合わせてしまう。本人は、その方が朗読が盛り上がると考えて半ば無意識にそうするのだが、そうすると客観的には間延びしたような、あるいは、バック音楽(BGM)に振り回されたような朗読表現にしか聴こえない場合が多いのである。したがって、朗読者は、バック音楽(BGM)を耳に入れず、自分の表現に集中して朗読する必要がある。そのためには、あらかじめバック音楽(BGM)が鳴っている状態で朗読することに慣れていなければならない。そのためには、バック音楽(BGM)を早めに使った方が良いと判断したのである。
 このグループは、着実に自宅で練習してくる会員が多いので、第1部の朗読表現は、第1クルーのときに比べて格段に向上していた。
 このグループの会員は、千葉朗読サークル「風」とは同じ地域のサークルであり、また、「風」の会員と個人的に親しい人が多いため、一昨日の朗読発表会『流れる星は生きている』には多数の会員が舞台周り(緞帳や蔭マイク)や受付の手伝いに来てくれた。そのため、一昨日の朗読発表会に対する関心も高く、レッスンの冒頭に一人一人が自発的に感想や意見を言ってくれた。

○習志野「茜」の朗読レッスン
 昨日の夜間には、習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスンを行なった。こちらも、本来はレッスンがないはずなのだが、こちらは9月に会場の都合がつかず1回レッスンを休止したので、その代替として10月に3回目のレッスンを行なうことにしたのである。
 今回は、宮沢賢治原作の『やまなし』と『蟻ときのこ』の仕上げの通し読みである。このグループの半数くらいの会員が、一昨日の千葉「風」の朗読発表会『流れる星は生きている』を聴きに来てくれたので、レッスンの冒頭に、その方々に感想や意見を言ってもらった。
 それから『やまなし』と『蟻ときのこ』の通し読みをしてもらったのだが、今回は、それを録音して、その場で一人一人その録音した自分の朗読を聴いてもらいながら、私から講評をしていった。
 朗読ステップ1の段階で、このように自分の朗読の録音を聴いてもらいながら講評するのは、私としても初めての試みである。
 このグループは、比較的社会慣れした人が多い。朗読についても、読み聞かせの一度や二度はやった経験のありそうな人ばかりである。そういう場合には、得てして、自分の自己流の朗読表現にとらわれてしまい、その殻からなかなか抜け出せないことが多い。
 その殻から早く抜け出してもらうためには、自分の朗読表現の録音を実際に自分の耳で聴いてもらい、その場でその欠陥や不十分性を指摘して、少しでも早く自分の朗読表現の「殻」に気づいてもらった方が良い、と判断したのである。
 実際に、自分の朗読表現を客観的に聴けば、自分の自己流の朗読表現が如何に不自然で、妙な癖のある語り口であるかを、即座に自覚することができる、と思うからである。
 また今後は、どのグループについても、仕上げの通し読みのときは、録音したものをその場で聴かせるやり方でやっていこうかと考えている。
 

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