05館長の朗読日記 208
館長の朗読日記 208 (戦後63年10月08日 新規)
○品川「あやの会」の朗読レッスン
昨日の午前は、品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンを行なった。
今回は、芥川龍之介原作『トロッコ』の2回目である。
前回は『トロッコ』の前半部分の解説を行なったので、今回は、本来は、まずその前半部分の朗読練習を一通り行ない、その後で後半部分の解説を行なうつもりであった。しかし、今回、少し早めに帰りたいという会員がいたので、後半部分の解説を先に行なうことにした。
後半部分の解説の中で、一見すると単なる客観的な情景描写に見える表現に、実は、原作者なり登場人物なりの心情が表現されていること、一般的に文学作品の情景描写というものはそういうものであること、を『トロッコ』の情景描写を具体例として説明した。
そのときに、ふと思いついて、アドリブ的に、そういうことは、日本の短歌や俳句を見れば明らかでしょう、とつけ加えて説明した。日本の短歌や俳句は、辞書的な意味だけをとれば、ほとんどが単に情景描写をしているにすぎない表現からなっている。しかし、内容的な意味を手繰っていけば、その情景描写に託して、実にさまざまな作者の心情が表現されている。
そういうことを話したところ、ある会員から、次のような発言があった。『トロッコ』の情景描写を実例とした解説を聴いていたときは、本当かな、少々こじつけなのではないのかな、と思いながら聴いていました。ところが、短歌や俳句の情景描写もそうだという説明を聴いたとたん、スッと納得できました、云々。
聴き手に納得してもらうためには、論理的に解説するだけではなく、適切な実例を用意して説明することが大切であることを、今回は再確認した次第である。
○三鷹「さつきの会」の朗読レッスン
昨日の夜間は、三鷹朗読サークル「さつきの会」の朗読レッスンを行なった。
今回は、山本周五郎原作『蜜柑畑』の初回である。
初回は、前半部分の解説と朗読練習を行ない、次回に後半部分の解説と朗読練習を行なう予定である。
朗読ステップ5の2本目のレッスン台本をやる段階になると、会員の朗読表現に関する理論的な理解もある程度は高くなっている。それが、必ずしも、会員の朗読表現(=実技)そのものに反映されていないにしても・・・・・・。
そこで、今回は、初めから私が説明するのではなく、会員一人一人に少しづつ朗読してもらいながら、その会員の朗読表現を実例として表現の仕方や作品解釈の仕方を解説する、という方法でやってみた。
朗読ステップ5にもなると、会員の皆さんも、各々ある程度の朗読表現が出来るようになっている。したがって、初回の素読みに近い段階でも、解説の実例になり得るくらいの朗読表現は、何とか出来るようになっているのである。
このやり方だと、割合に効率もよく、レッスン時間の半分くらいで、前半部分の解説が終わってしまった。そこで、その前半部分の朗読練習をやろうとしたら、会員たちが、時間が半分もあるなら、今日一気に後半部分の解説もやってしまって欲しい、という。それも一理あるので、今回だけで『蜜柑畑』の解説を全部やってしまった。
次回から、全体練習を心置きなくミッチリやることにしよう。
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