05館長の朗読日記 244
館長の朗読日記 244 (戦後63年12月17日 新規)
○太田由希奈選手の現役引退に寄せて(その4)
表現という面におけるフィギュアスケートのもつ可能性の大きさ、フィギュアスケートの振付と指導のもつ可能性の大きさ、といっても、その基本は、これまで太田由希奈選手が追究してきた「音楽の楽想を想像・創造的にイメージして、それをフィギュアスケートを通して表現する」という一点に帰着する。
したがって、太田由希奈選手がこれからもプロ・スケーターとしてスケート・ショーなどに出演し、太田由希奈選手なりのフィギュアスケートの美的表現を追究していけば、それを土台としてフィギュアスケートの振付師および指導者としての技量をみがき蓄えていくことが出来る。ある時期がきたら、フィギュアスケートのプロ・スケーター(表現者)と振付師および指導者を併行的にやってしまう、ということをしても良いと思う。
私も、いささかマイナーではあるが、朗読の分野において、朗読者(表現者)とステージ演出者と朗読指導者を併行的にやっている。朗読者として自ら朗読し、聴き手と感動を共有できた瞬間の喜びはもちろん大きい。しかし、ステージ演出者として自分が演出したステージに、観客が感動してくれたときの達成感はまた格別である。また、朗読指導者として自分が指導したレッスン生が、日々着実に上達していって、その朗読表現が好評であったときも何とも言えないほど嬉しいものである。
私の場合は、それに加えて、朗読を理論的に研究するという研究者としての側面も併せ持っている。朗読の実技、朗読の理論、朗読の指導法についてあれこれ研究・解明し、それを論文にまとめるのである。その一連の作業を行なっているときの充足感(苦しむ面も含めて)も、なかなかのものがある。
フィギュアスケートは、オリンピックや世界選手権大会、あるいは、グランプリシリーズなどさまざまな大舞台が用意されている。近年は、マスコミにも大きく取り上げられるようになっている。マイナーな朗読とは違って、フィギュアスケートはまさにメジャーと呼ぶにふさわしい。
そのメジャーなフィギュアスケートの分野において、私は、太田由希奈選手が、プロ・スケーター(表現者)と振付師および指導者、そして、研究者としての役割を、すべてこなし得る才能と可能性を持っていると思っている。その意味で、これからの方が、内容的に、より深く、より高く、より広く、より豊かな、フィギュアスケートに対する取り組みなんだよ、と言いたいのである。(つづく)
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