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05館長の朗読日記 409

館長の朗読日記 409  (戦後65年01月08日 新規)

新年の一週間に自宅でやったこと

○今年も、早や、一週間が経ってしまった

 昨日は1月7日で七草粥の日であった。そして、今日は正月飾りを外す日である。ご近所でも、早朝からさっさと外してしまう家、なかなか外さない家、それぞれに特徴がある。
 年末始の約一ヶ月間は、朗読レッスンを休ませてもらっているから、割合、平穏無事に暮らしている。まあ「平穏無事」というより、華やかなことは何も無いから「無風状態」と言った方がふさわしいかも知れない。
 したがって、正月気分などというものも、取り立ててはないようなものだが、やはり、正月飾りが外されると、今年の正月も終わってしまった、という感慨が湧いてくる。今年も、早や、一週間が経ってしまったのである。
 この七日間にも、いろいろと朗読関係の作業を行なって来た。いわば、半分は正月気分の中で、半分は貴重な休み期間を有効に生かさなければという感じの中で、ポツポツと働いてきたのである。
 記録という意味で、この七日間にやったことを改めて振り返ってみた。

○朗読レッスン関係

 先ず、昨年中に家内が朗読発表会のための台本・三浦哲郎原作『忍ぶ川』をパソコンに投入してあったものを、打ち間違いがないかどうかチェックし、台本の版下として整備する作業をやった。台本の印刷や、読み継ぎの分担分けなどは、もう少し後でやることにしている。
 次に、同じく朗読発表会のための台本である、山本周五郎原作『糸車』『墨丸』と藤原てい原作『流れる星は生きている』と鈴木政子原作『広島の姉妹』の一部に「東式アクセント符号」をつけて、それぞれ必要な会員に郵送する作業をやった。
 次に、習志野朗読サークル「茜」の次のレッスン台本・太宰治原作「葉桜と魔笛」を会員数分だけ製本した。印刷自体は、ずっと以前にまとめてやってあるので、今回は一冊づつまとめて、ホッチキス止めするだけである。
 次に、全朗読サークルの会員名簿を新たに作り直した。昨年中にも、ほとんどのサークルで会員の出入が少しづつあったし、何年か会員名簿の更新を怠ってきたサークルもあったので、この新年を機に全部作り直したのである。これを、新年のレッスン初めのときに、全員に配布するつもりである。

○朗読会関係

 先ず、6月30日に開催する第3回「東百道の朗読館」の台本(案)と進行表(案)を作成した。これをベースに、次回の「実行委員会」で検討することになる。
 チラシとプログラムに兼用の絵を早期(2月末まで)に池田憲昭さんに描いてもらうためには、早急に上演する内容を詰めなければならない。
 こちらは、上演まであと半年しかないから、私の朗読練習という点でも、なるべく早く台本を決めて、早めに練習に入らなければならない。私の朗読練習は、他の作業の合間を縫ってポツポツとやらざるをえないから、期間的にはかなり長く見ておかなければならないのである。
 次に、11月29日に開催する予定の第3回「東百道・講演と朗読の会」の全体的な構成を構想し、台本(案)、進行表(案)を作成した。
 こちらは、まだ一年近く日にちがあるから、これから徐々に煮詰めていけばよい。ただし、こちらは、単に朗読練習をするだけではなく、講演内容も考えていかなければならないから、そうそうノンビリしてもいられない。
 各朗読サークルの朗読発表会やおさらい会については、実務的な準備のかなりの部分を各朗読サークルが自主的にやってくれるから、私の仕事はそれほど多くはない。ほとんどが、上に記した朗読レッスン関係のものばかりである。
 あとは、せいぜい、朗読発表会の約一ヶ月前に行われる、会場スタッフとの事前打ち合わせを行なうこと、また、会場スタッフ用の台本(音響や照明に関する指示を記入したもの)を準備することくらいである。しかし、これらは、もう少し先の作業になる。

○朗読研究関係

 これについては、この一週間、まったく何もしなかった(笑)。この点では、まさに正月気分そのもので過ごしてきたことになる。

○朗読資料類の整理整頓

 この正月一週間の最中に、客間兼書斎としている1階の和室の整理整頓をした。年末の大掃除を怠ったツケを、年明け早々に払わされたのである。
 この部屋には、朗読関係の資料も多量に置いてある。例えば、台本、台本用原作、各朗読サークルの資料、各種朗読会の資料、バック音楽(BGM)のCD・MD・カセットテープ、等々である。それらを二日がかりで整理整頓した。
 この整理整頓というやつが、けっこう、心身共にくたびれるのである。単に、場所を移動するだけではない。その前に、保管しておくものと、廃棄するものとを分別しなければならない。分別するためには、要不要を判定するために中身を調べなければならない。これが大変なのである。
 廃棄したものは、二度と返ってこない。もし、必要なものを誤って廃棄してしまったら、取り返しがつかない。注意深く、慎重に、ならざるを得ないし、疲れもするのである。

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