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05館長の朗読日記 435

館長の朗読日記 435   (戦後65年03月04日 新規)

『朗読の理論』が学習塾のテキストに

          

○河合塾のテキストにすでに使用したという

 一昨日(3月02日)、私が朗読レッスンのために品川や三鷹に出かけている間に、自宅に河合塾から3回ほど電話がかかってきたという。何でも、塾のテキストに拙著『朗読の理論』の文章を使わせて欲しい、という内容であったらしい。
 私は、寡聞にして、河合塾というものを知らなかった。家人によれば、かつての駿臺予備校や、代々木ゼミと同じような大手の学習塾らしい。
 3回目の電話のときにも、私がまだ帰宅していないと伝えると、翌日(3月03日)にまた電話してくる、とのことだったそうである。

○今年の内部授業向けのテキストに使いたいらしい

 昨日(3月03日)の午前中に、河合塾の担当者から改めて電話があった。
 先方の話しを聴いてみると、河合塾の授業専用のテキストに使いたい、ということであった。どうやら、外向けに広く公開(販売)しているテキストと、そうでない内部の授業だけで使うテキストがあるらしい。また、インターネットに掲載する場合もあるらしい。
 今後のことは分からないが、当面は、今年前期の内部授業向けのテキストに使いたいとのことであった。
 著作権の関係で、使用の許諾について、いろいろと説明してくれた。何でも、こういう場合には、日本文芸家協会というものが絡んでいるらしい。著作権にからむ使用許諾については、私も朗読の関係でいろいろと苦い経験があるから、自分の著作についてはあまり目くじらを立てないことにしている。快く、応諾する旨を伝えた。

○立命館大学の入試問題に出た影響らしい

 それよりも、どういう経緯で私の著作を使用することになったのか。その方に興味があったのだが、訊いてみると、やはり昨年の立命館大学の入試問題に出たことが関係しているらしい。
 いったいどのくらいの受験生が、河合塾で私の『朗読の理論』の文章を勉強するのだろうか。その実数は分からないが、入試問題に出たことよりも、その関係であれ何であれ、多数の18歳前後の青年たちが私の文章(の一部)を一所懸命に読み、その解読に取り組んでくれることは、大いに歓迎したい。
 昨今の日本では、大学の受験生というのは、まともな文章を一所懸命に読むという意味では、もっとも大きな集団というか層をなしているよう存在である。
 しかも、彼らの年代は、もっとも多感で、好奇心・向上心の強い時期でもある。彼らのうちの何人かが、拙著『朗読の理論』のことを、何がしかの良い印象とともに記憶にとどめ、いずれ落ち着いたときにでも改めて読み直してくれたら、と思う。さらに、それらの中の何人かが、朗読というもの(さらには言語論、表現論、認識論など)に対して強くて深い関心をもち、朗読(さらには言語論、表現論、認識論など)に対して熱意をもって取り組んでくれるようになったら、とも思う。

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