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05館長の朗読日記 453

館長の朗読日記 453   (戦後65年04月11日 新規)

八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

               

 昨日(4月10日)の午後1時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。
 今回は第2期・朗読ステップ1の11回目、自由課題の台本のレッスンの5回目である。新規加入の会員は共通仮題・宮沢賢治原作「やまなし」の5回目となる。
 今回は、新規加入の会員の「やまなし」のレッスンから始めた。前回から全体練習に入っている。今回も、前半の「五月」を2人の会員に、後半の「十二月」を1人の会員に読んでもらい、一人づつダメ出しやコメントをしていった。
 この時期の朗読練習においては共通のポイントが2つある。1つは、作品世界を十分にイメージすること。2つは、語りかける語り口で朗読すること。
 しかし、新規加入とひと口にいっても、一人一人に個性があり朗読歴に違いがある。そこで、会員によって微妙に指導の力点にも違いが出てくる。
 とまれ、この「やまなし」は、先輩会員たちも6年前にはフウフウいって取り組んだことのある台本である。私が「先輩方もなつかしいでしょう」と水を向けると、ある会員が「あのときの朗読を振り返ると、身震いがする思いです」というような趣旨の発言があったので、大笑いとなった。
 その後、先輩会員たちの自由課題をレッスンしたのだが、さすがに6年先輩の朗読表現は歴然と違っていた。全員が、ほぼ「語りかける語り口」で朗読できていた。
 しかし、まだまだ、その「語りかける語り口」で、台本を「読む」ような朗読の段階にとどまっていた。「語りかける語り口」で「読む」ような朗読をすると、変に落ち着き返って取り澄ました、臨場感に乏しい朗読になってしまう。
 そこで、今回は、徹底して、一人一人に、地の文を自分のセリフとして語るように、朗読者が作品世界の場面内に自分の視点と心情を置いたセリフとして観客に語りかけるように、と指導した。

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