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05館長の朗読日記 470

館長の朗読日記 470   (戦後65年05月21日 新規)

○船橋「はなみずき」の朗読レッスン

 昨日(5月20日)の午後3時から、船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンを行なった。今回は、朗読ステップ5の2回目、朗読レッスン台本・有島武郎原作「小さき者へ」の2回目である。
 今回は、このレッスン台本の後半について、会員1人当たり1頁強づつ、素読みしてもらいながら、その素読みした部分の朗読的解説を私が行なっていった。
 この「小さき者へ」は、書き言葉(書体言語)で書かれているが、自分の子供たち宛に記した手記の体裁をとっているため、かなり自然に「語りかける語り口」で朗読しやすい文章である。しかも、かなり感動的な内容であるため、却って下手に誇張したような表情の朗読がしにくい作品でもある。そういう点では、自然な心情表現で朗読しやすい文章なのである。
 まさに、朗読ステップ5の段階における最初のレッスン台本にふさわしい文学作品といえる。そのせいか、会員の皆さんの今回の朗読表現は、かなり良い感じであった。

○習志野「茜」の朗読レッスン

 昨日(5月20日)の午後6時30分から、習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスンを行なった。
今回は、朗読ステップ2修了記念「おさらい会」用の台本(自由課題)の3回目のレッスンである。
 この3回目は、各会員ごとの台本(自由課題)の、終りの3分の1の部分のレッスンを行なった。前回や前々回にお休みした会員の場合は、もちろん、休んだ分だけ3分の1づつスライドした部分をレッスンすることになる。
 現在レッスンしている台本は、会員の皆さんが各々自分で選んできた文学作品である。したがって、程度の差はあるものの、会員の一人一人が自分の台本にある種の思い入れがある。そこで、作品の朗読的な解釈は各会員自身に任せ、私はもっぱら「語る語り口」の出来具合を集中的に指導することになる。
 その「語る語り口」については、頑固な読み癖がなかなか直らなかった会員も、少しづつだが着実に良くなってきている。いかに頑固な読み癖であっても、本人に直そうという意識さえあれば、少しづつだが、着実に、直っていくものなのである。

○朗読発表会における演出上の一つの課題

 先日開催した八千代朗読サークル「こちの会」の朗読発表会『広島の姉妹』について、演出上の課題が一つ見つかった。今回の「こちの会」の発表会では、朗読分担を決め、練習に入った後で、次々に3人の会員に出演できない事情が生じてしまった。しかも、その中には、今後の展開によっては出演できる可能性も残っている、というような事情の会員もあったのである。
 朗読分担を何度も組み替えているのでは、さっぱり練習にならないし、事情が変わって出演できるようになった場合に、再度、元に戻すというのも変な話しである。そこで、いろいろ考えた末に、出演できなくなった会員の分担部分を、他の全員で細かく分担してカヴァーするやり方にしたのである。
 実際には、3人のうちの1人が、事情が変わって出演できるようになったのだが、このやり方をとっていたために、何の支障もなくスムーズに復帰出演することができた。その意味では、このやり方は性向だったの思っている。
 しかし、船橋「はなみずき」と習志野「茜」の会員の感想によると、出演できなくなった会員の分を細かく分けて朗読した部分が、かなり気になったようだった。出演者によって朗読する時間が著しく異なることが気になって、その部の朗読に気持が入っていかなかった、というのである。
 実は、5月25日(火)に開催する品川朗読サークル「あやの会」でも、途中で出演できな事情の生じた会員が1人いる。そして、この場合にも、同じやり方で対処しているのである。今の時点で、やり方自体を変更することはできないが、何か演出上の対策を考えなければならないと思っている。

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