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05館長の朗読日記 535

館長の朗読日記 535  (戦後65年09月25日 新規)



 

○千葉「風」の朗読発表会に向けた会場スタッフ打合せ

 昨日(9月24日)は、13時00分から、千葉市ハーモニープラザ(多目的ホール)で、千葉朗読サークル「風」の朗読発表会に向けた会場スタッフ打合せを行なった。

 会場スタッフ打合せといっても、この会場には特定の会場スタッフがいない。したがって、今回の場合には、会場スタッフ打合せという言い方は適切ではないのだが、まあ、とにかく会場利用のための打合せをやったのである。

 この会場は、事務室に座っている事務員が、仕事の合間に会場の機材や設備の当初セッティングをするだけである。いったい何でそんなに忙しいのか知らないが、いざ舞台が始まった以降は、事務員は事務室に坐っているだけで、何もしてくれないのである。

 いや、正確には、緞帳の上げ下げだけは事務員がやることになっている。しかし、その理由は、利用者へのサービスというわけではない。緞帳の上げ下げを利用者に任せると危険だから、利用者には任せておけないからだそうである。緞帳の上げ下げの際に、機材がひっかかり、事故につながる恐れがあるという。

 したがって、利用者が緞帳の上げ下げを勝手にやってはいけないのだそうである。緞帳の上げ下げが必要な度に、ホールと階が違う事務室に連絡を入れ、事務員に来てもらって緞帳の操作をしてもらわなくてはならない、という。

 このようなことは、他のホールでは全く考えられない。このような面倒を、平気で利用者に押し付けるくせに、他の操作サービスは全くやらないのだから呆れ返ってしまう。第一、緞帳の上げ下げで機材がひっかかる危険があるなどは、設備上の重大欠陥ではないか。

 そういう設備上の重大欠陥は、さっさと直し、ホール利用者の安全向上と利便性の向上に努めるのが本来ではないか。しかし、そういう欠陥設備を直そうという姿勢や気配は、まったくない。そして、それにかかわる面倒は、すべて利用者の方に押し付けて平然としている。こういう役人根性は本当に困ったものである。

 まあ、そうは言っても、今回の打合せは全体的に楽であり、スムーズでもあった。何故なら、今回の朗読発表会は、1人1作品を朗読する形式であるから、今年の6月にこの会場でやった「東百道の朗読館」第3回とほぼ同じであり、そのときの経験や実績が大いに役立ったからである。

 特に、こういう場合にもっとも神経を使う舞台照明のセッティングは、6月のときにやった試行錯誤の成果がそのまま生きてくる。音響の調整、録音の仕方、その他のことも大よそのところは既に分かっている。先方にも、そのときの記録が残っており、万事が手早く済んだのである。

 いかに欠陥や不満があっても、このように同じ会場を続けて使うメリットは十分にある。事務員ともある程度は顔なじみになっているから、話しの進め方、対応の仕方も、お互いにある程度の見当がついている。そういう点も含めて、総てがスムーズに進行するのである。



○1人1作品の朗読会の場合は司会者の役割が大きくて重要

 改めて考えて見れば、このように立派なホール(舞台、緞帳、舞台照明などが揃っているホール)において、1人1作品の朗読会を開くのは、このグループが初めてとなる。

 打合せの中で、舞台の進行についていろいろと説明している過程で、このような朗読会の場合には司会者の役割が大きくて重要であることに気がついた。ある程度は、当意即妙な司会ぶりで、朗読と朗読の間をつないでいかなければならない。その意味で、司会者は重要な出演者なのである。

 ところが、今までのレッスンでは、この司会者の演技については全く何も指導してこなかった。今後の立ち稽古や舞台リハーサルのときに、この司会者の司会ぶりをどうするかについては、一つジックリと試行錯誤しながら、指導&演出していくことにしよう。

 実は、この司会者の役割の大きさと重要性については、今年から八千代市内で開催している「小さな朗読館・やちよ」でも薄々感じてはいた。しかし、ニッコリとした笑顔で、やさしく語りかけるように、と注意するくらいのものであった。

 朗読者は、台本を読むことに慣れている。司会者も、つい司会用の原稿を手にして読みたがる。原稿は手にしないこと。大事なことはあらかじめメモにしておき、そのメモにときどき眼をやるくらいは許容範囲であること。こういうことを指導したくらいである。

 「小さな朗読館・やちよ」の場合は、会場が観客席が100人程度の小ホールである。舞台の高さも30センチくらいの低いものであり、緞帳は無いし、舞台照明もほとんど無いに等しい。いわば、総てが手造りの簡略化した朗読会だから、司会者もそれほど演技する必要はない。

 しかし、たとえ観客席は200席と小さ目なホールではあっても、それなりの舞台、それなりの舞台照明、それなりの音響設備、それなりの階段状の客席が整った環境下でステージ(舞台)朗読を上演する場合は、司会者の役割はそれだけでは済まないと思うのである。

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