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05館長の朗読日記 556

館長の朗読日記 556   (戦後65年10月27日 新規)


○今日の寒さは師走並みということだが

 今日の寒さは師走並みということだが、私は家の中でじっとしているから、今のところはその寒さを切実には感じていない。

 もともと出不精である上に、風邪を完治させなければならないという大義名分があるから、いわば大いばりで家の中に籠っているのである。

 これでも若い時分には、休日などに終日家に籠っていると息がつまってきて、必ず1度は散歩に出かけていた。けっこう遠くまで歩いていって、1〜2時間くらいの散歩は平気だった。

 今から振り返ると、随分と元気だったと思う。まあ、今でも、スケジュールの余裕があれば、そして体調が普通の状態ならば、1時間くらいの散歩はまだまだ出来るとは思っているのだが。


 

○『朗読の上達法』と『朗読のための文学作品論』の原稿を書いた

 昨日(10月26日)は、かなり体調が良かったので、午後の数時間だけ『朗読の上達法』と『朗読のための文学作品論』シリーズの原稿を書くことができた。

 頭の中で構想している中味を、いざ、実際に文字言語で表現しようとすると、ものすごく疲れる。この原稿執筆という一種の精神労働は、かなりの重労働なのである。

 その上、パソコンに長時間向き合っていると眼に疲れがたまる。どうしても、途中で休みを入れないと続かない。したがって、数時間といっても、正味はどのくらいだったか分からない。


○『朗読の上達法』の執筆の現状

 『朗読の上達法』の方は、全体の構成を大幅に変更した。今年の3月頃から9月初旬にかけて、苦心惨憺して書いた旧・第1章は、付論として巻末に廻すことにしたのである。

 新・第1章は、私が指導している朗読レッスンの実績をふまえ、私なりの「朗読の上達法」の基本構想を論述することにした。ここでは「語り口」の二重構造性の説明が中心である。

 つづく第2章と第3章で、その二重構造性をもつ朗読的な「語り口」を身につける方法をくわしく展開していく。まあ、これだけでは何を言っているのか全く分からないと思うが。


○『朗読のための文学作品論』シリーズの執筆の現状

 『朗読のための文学作品論』シリーズの方は、その第1冊目である『宮澤賢治の視点とイメージ』に取りかかっている。今は、心象スケッチ「春と修羅」について書いている。

 実は、この「春と修羅」は、今日(10月27日)発売される漫画雑誌『月刊!スピリッツ』に掲載された朗読漫画『花もて語れ』第7話「春と修羅」の中で朗読されるものである。

 8月に漫画家の片山ユキヲさんと担当編集者の高島雅さんが自宅に取材にみえたとき、二三の文学作品についてレクチャーしたのだが、そのうちの一つがこの「春と修羅」であった。

 もともと私は、詩のような非論理的な文学作品を解読することは苦手であり、朗読指導でも敬遠していた。しかし、このような事情で事前に依頼されたからには、受けて立つしかなかった。

 猛暑の中で難解なこの「春と修羅」の解読を試みたのだが、その結果は我ながら思いがけないものとなった。自分でいうのも何だが「春と修羅」の作品解読としてはかなり画期的だと思う。

 そこで、この作品解読を『朗読のための文学作品論』シリーズの第1冊目『宮澤賢治の視点とイメージ』の冒頭に、くわしく正面から論述することにしたのである。

 とにかく、この「春と修羅」という詩作品は、すごい傑作であることを痛感させられる。今回の『花もて語れ』において、片山ユキヲさんがその内容を非常に迫力ある絵で描いている。


 

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