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05館長の朗読日記 586

館長の朗読日記 586   (戦後65年12月29日 新規)


○いや〜参った参った(障子紙の張り替え作業は腰にくる)

 年末における私の最大の家事は、障子紙の張り替えである。昨年はサボってやらなかったから、今年は何が何でもやらなければ、家人がもはや治まらない。

 一昨日(27日)に障子紙と糊を購入し、昨日(28日)と今日(29日)の2日がかりでようやく張り替えることができた。和室2部屋のわずか8枚の障子に2日かかったのである。

 一昨年に張り替えたときはそんなことはなかった。終わったときは疲労困憊していたが、何とか1日で済ますことができたのである。今年はとても1日ではできなかった。

 気力か体力かと問われれば、体力の方である。しかし、腕が疲れて動かなくなったとか、肩が上がらなくなった、とかいうのではない。疲労が腰にくるのである。

 私は、障子紙の張り替え作業を、2階の和室の畳の上でやることにしている。畳の上に新聞紙を盛大に敷いて、その上に障子を置いて作業するのである。

 当然、胡座をかいたり、立て膝になったり、あるいは中腰の姿勢での作業が多くなる。そういう姿勢の耐久力が極端に落ちてしまった。無理に続けていると、文字どおり冷汗が出て来る。

 これは、次回から、作戦を練り直さないと、これはとんでもないことになる。作業を年末と春先の2回に分けて行なうとか、作業を居間兼食堂兼客間のテーブルの上で行なうとか。


○夜間は台本『散るぞ悲しき』の改訂作業

 一昨日(27日)から、来年7月に開催する習志野朗読サークルの朗読発表会の台本『散るぞ悲しき』の改訂作業に入った。原作は梯久美子の同名の作品である。

 この『散るぞ悲しき』は、2007年9月に八千代朗読サークル「みちの会」と同「ことのは」の合同朗読発表会で上演したことがある。これに、習志野市在住の男性が非常に感動してくださった。

 元海軍出身の方で、硫黄島の守備に志願したが果たせなかった過去があり、習志野市が硫黄島守備の最高指揮官・栗林忠道中将ゆかりの地であることも、当然ご存知だった。

 そこで、この『散るぞ悲しき』の朗読公演をぜひ習志野市でやりたい、ということで習志野朗読サークル「茜」の立ち上げにご尽力いただき、ご本人も会員として入会されたのである。

 それから早くも3年が経った。来年の7月には「茜」も朗読ステップ3を修了し、その修了記念の朗読発表会として、いよいよその『散るぞ悲しき』を朗読公演することになったのである。

 その男性が元海軍出身の方でもあり、習志野市が戦前は騎兵隊の演習場で栗林忠道も居住していたことでもあり、今回の台本は、軍人としての栗林忠道にできるだけ焦点を絞ることにした。

 そこで、この冬休みの間に、八千代市の朗読公演で使用した台本の改訂版をつくることにした。今回の改訂作業に先立って、その元海軍出身の方のご意見を伺ったことはいうまでもない。

 この『散るぞ悲しき』は、何度読み返しても胸が熱くなる。硫黄島で文字どおり決死の覚悟で米軍と戦った二万余の日本の戦死者に心から哀悼の意を表したい。また、米軍の戦死者たちにも。

 当面、この私にできることは、残念ながら、この『散るぞ悲しき』の朗読台本の改訂版を心をこめてつくり、来年の朗読発表会に向けて、一所懸命に朗読指導と演出をしていく位なのである。

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