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館長の朗読日記1315/八千代「新・みちの会」の新年会

館長の朗読日記1315  (戦後69年01月12日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の新年会(1)

 昨日(1月11日)の13時30分に開催された八千代朗読サークル「新・みちの会」の新年会に招かれたので、参加した。2人の会員がやむを得ない事情で不参加だった以外、大部分の会員が参加していた。新年会とはいえ、会場はいつものレッスン会場(八千代台公民館の会議室)である。お茶と茶菓子のみの簡素な新年会である。

 元々、新年会というよりも、次の朗読発表会に上演する演目を検討する打合せ会といった方がふさわしい会合である。話し合いの結果、2つの演目に絞り込まれた。1つは、先の大戦の悲劇を扱った野坂昭如原作「凧になったお母さん」と井上ひさし原作「少年口伝隊一九四五」の2本立て。1つは、三浦哲郎原作「忍ぶ川」であった。

 本来なら、演目候補を最少3本は選び、順位づけをしてもらう。しかし、今回の2つの演目は共に朗読時間が2時間以内に収まる。また「忍ぶ川」は上演実績もあるので、この2演目で十分なのである。次回の朗読レッスン時に、最終的にこの2演目に絞ることを決定し、優先順位をつけることになった。出席者は一様にホッとしていた。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の新年会(2)

 ちょっと驚いたのは、先の大戦の悲劇を扱った野坂昭如原作「凧になったお母さん」と井上ひさし原作「少年口伝隊一九四五」に賛成する会員が増えたことである。突然、会員の一人が「アベさんがおかしいので・・・」と言い出した。一瞬、何のことだか分らなかったが、すぐに現在の安倍晋三政権の政策のことだと全員が了解した。

 現在の安倍晋三政権が、再び戦争への道に動き始めたのではないかという懸念が、八千代朗読サークル「新・みちの会」の会員の皆さんの間に急速に広まっていることが伺えた。この現象は、単に八千代朗読サークル「新・みちの会」だけに止まらない。日本の一般市民が、皆、一様に深い懸念を共有していることの現われだと思われる。

 以前は、朗読発表会などで反戦的な意思表示をすべきではないと主張した会員や、先の大戦の悲劇を扱った作品は2年連続で上演したのだから次回は一般文芸作品をやりたいと主張した会員が、今回は、こういう状況だからと、積極的に野坂昭如原作「凧になったお母さん」と井上ひさし原作「少年口伝隊一九四五」に賛成していた。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の新年会(3)

 私は、原則的には、朗読発表会の演目はサークル会員の皆さんの総意に任せることにしている。反面、日本のその時々の政権の動向に関わらず、先の大戦の悲劇を扱った作品は、機会があれば上演すべきだと思っている。あの日本の歴史的・民族的な悲劇は、皆で共有すべき教訓として語り継いでいくべきだ、と確信しているからである。

 ただし、それは何も私が朗読指導している朗読サークルの朗読発表会の舞台でなくとも良いと思っている。個々の有志の朗読会の場でも良いし、あるいは、そういう戦争を語り継ぐ朗読会を特別に企画しても良い。ただし、特定の政治党派や、特定の政治イデオロギーにとらわれたものにはしたくない。朗読は朗読として自立すべきだ。

 もちろん、朗読の関係者が、個々に自分の支持政党をもつことは当然だし、個々に自分の政治思想をもつことも当然であろう。しかし、政治は政治、文化は文化として、互いに自立した分野として取り組むべきである。政治党派も己の政治的矜持を高く保ち、文化や芸術の分野に対するレベルの低い利用意識はこれを封殺すべきであろう。



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