館長の朗読日記1314/「この冬一番の寒さ」の日
館長の朗読日記1314 (戦後69年01月11日 新規)
○「この冬一番の寒さ」の日(1)
昨日(1月10日)は「この冬一番の寒さ」だと、テレビの天気予報でいっていた。確かに、シンシンという感じで寒かった。ただし「この冬一番の寒さ」という意味は、今回の冬になった今までで1番の寒さ、ということであって、今回の冬中で最も寒い寒さ、というわけではない。従って、これからもさらに寒くなっていくであろう。
とまれ、こういう日は自宅にジッとしているに限る。幸い外出の用事はなかった。年賀状も改めてこちらから返事を出さなければならぬものは1枚もなかった。終日、家に籠っていることができた。それでも歳のせいか、寒い感じが抜けなかった。これから1ヵ月半ほどは、寒さを辛抱すべき時季であろう。「冬来たりなば春遠からじ」
ブログに記事を書き、太宰治原作「貧の意地」の朗読を練習し、以前から書き継いできた朗読とは全く関係のない論文の続きを書いた。そして昨日、ついにその論文を最後まで書き終えることができた。これで生業(会社勤務)に多少でも関連した仕事がやっと総て片付いた。残りは、類似の論文をまとめ単行本にする作業だけである。
○「この冬一番の寒さ」の日(2)
夕食後は、かなり寛いだ気分で、筑摩全集類聚『太宰治全集』(小説篇は第1巻〜第9巻)の第6巻を読み進めた。先ず「右大臣實朝」の続きを読んだ。この作品は、名作だが、哀しい作品でもある。主人公の實朝も哀しいが、彼の生きた『吾妻鏡』の世界も哀しい。著者の太宰治はむろん哀しい作家だが、これを書いた時代も哀しい。
この作品は、昭和17から18年にかけて執筆され、昭和18年9月に発表された。日米大戦攻防の折り返しの時期である。太宰治のこの作品にも、日米大戦と天皇制イデオロギーがその影を落している。当時の日本も哀しいが、そのような天皇制イデオロギーに支配され続けている日本の思想も哀しい。この名作は哀しさに満ちている。
「歴史は2度繰り返す。一度目は悲劇として。二度目は喜劇として」と喝破した先達がいる。この場合の「喜劇」は「愚劇」でもある。近年の日本は、この「二度目」の「喜劇」=「愚劇」を演じ始めているようだ。その主役を自認している連中に哀しさは感じられない。愚かさと欲深さが感じられるだけである。その状況が哀しい。
○「この冬一番の寒さ」の日(3)
「右大臣實朝」に続いて「散華」「雪の夜の話」「東京だより」を読んだ。「散華」「雪の夜の話」は、朗読レッスンの教材にも使ったことがあるから、改めて読んだといっても、ホンの流し読みではあったが。次に読むべきは『新釋諸國噺』である。これは12の短篇から構成されている。その冒頭作が「貧の意地」なのである。
「貧の意地」は、今、私が朗読練習をしている作品である。その他の11の短篇も、かつて眼を通した作品ばかりである。しかし、この機会に、もう一度、読み直すつもりである。この12の短篇の執筆時期は、昭和19年である。単行本『新釋諸國噺』として出版されたのは、何と昭和20年1月のことである。まさに敗戦直前である。
一体、太宰治は、どのような気持でこの12の短篇を執筆し、それらを単行本『新釋諸國噺』にまとめて出版したのだろう。日米大戦中の太宰治の思想と行動を読み解くことは、今年から始める太宰治シリーズの重要なテーマの1つである。私は「右大臣實朝」「散華」「雪の夜の話」「東京だより」の次に執筆した点に着目している。
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