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館長の朗読日記1341/八千代「花ことば」の朗読レッスン

館長の朗読日記1341  (戦後69年02月14日 新規)



○八千代朗読サークル「花ことば」の朗読レッスン(1)

 昨日(2月13日)の18時00分から、八千代朗読サークル「花ことば」のレッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ3の第18回目。今回は朗読発表会『あの日夕焼け』のレッスンの6回目である。2部構成の台本を交互にレッスンするので今回は第2部の3回目である。今回が通常の時間帯における最後のレッスンとなる。

 第2木曜日は、午後に千葉朗読サークル「わかば」のレッスンがあり、それから、この八千代朗読サークル「花ことば」のレッスンを行なう。しかし、その「わかば」のレッスンは、2月17日(月)の舞台リハーサルに振り替えた。昨日はこの「花ことば」のレッスンのみであった。会場もいつもとは違う八千代台自治会館であった。

 今回は、第2部を練習した。このサークルは会員数が少ないので、この第2部も会員は1人で2箇所を朗読する。しかし、会員の皆さんは熱心に自宅練習をしてきたとみえ、全体的にかなり良くなってきた。会員の皆さんは1人1人が着実にレベルアップしている。私のダメ出しも、基本的な語り口だけでなく、演出的な内容にも及ぶ。



○八千代朗読サークル「花ことば」の朗読レッスン(2)

 演出的な内容といっても、いろいろある。このサークルの場合は、出演者の数が少ないだけに、読み継ぐ1人1人の朗読時間がかなり長くなる。その長い朗読時間を乗り切るためには、1人が朗読している中でも、変化をつけられるところは、なるべく変化をつけた方がよい。その変化によって、聴き手を飽きさせずにひき込んでいく。

 もちろん、肝心な作品世界そのものの中に変化がないところに、朗読者が勝手に変化をつけることはできない。そんな変化は、聴き手が違和感を感じてしまい、かえって朗読から聴き手の心が離れてしまう。逆に、作品世界が変化しているところを、鮮やかに変化して朗読表現すると、聴き手の心はグイグイと作品世界に引きつけられる。

 その作品世界の変化を、朗読の《間》と《メリハリ》でいかに鮮やかに表現していくか。それが大切なのである。場面が、空間的あるいは時間的に転換するような変化は、比較的読み取りやすい。朗読作品の表現主体が転換する変化も比較的読み散りやすい。もっともむずかしいのは、表現主体の内面的(精神的)な転換であろうか。



○八千代朗読サークル「花ことば」の朗読レッスン(3)

 どんなに朗読表現そのものが巧みでも、こういう作品世界の変化が読み取れていないと、表面的で薄っぺらな朗読にしかならない。逆に、どんなに作品世界の変化が読み取れていても、それを自分事(わがこと)として的確に朗読できる表現力がなければ、聴き手の心にそれを届けることができない。表現力と解読力が必要なのである。

 それでは、どちらがより重要かといえば、当然、解読力の方であろう。台本の作品世界が読み取れなければ、朗読は始まらない。また、それをしなければ、朗読の面白さが半減してしまうであろう。朗読漫画『花もて語れ』がかなり好評なのも、文学作品の解読の面白さとそれに伴なうイメージの鮮烈さに負うところが大きいのである。

 朗読は、そういう文学作品の解読の面白さとそれに伴なうイメージの鮮烈さを、朗読者の音声言語で表現していかなければならない。そのための音声言語としては、朗読者がその人の生涯をかけて鍛えに鍛えてきた、その朗読者自身の「自然な語り口」をベースにするのが最善である。それが、その朗読者の朗読的な個性に直結している。




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