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館長の朗読日記1337/20年に1度という大雪の雪かき

館長の朗読日記1337  (戦後69年02月10日 新規)



○20年に1度という大雪の雪かき(1)

 昨日(2月09日)は朝から晴れていた。絶好の雪かき日和である。雪は予想以上に積っていた。雪の上を歩くと、長靴がめり込んで、雪が靴の中にこぼれ込んでくるほどの積り方であった。八千代市に住んで約20年になるが、今までにこんなことはなかった。そうして見ると、体験的にも確かに20年に1度の大雪ということになる。

 自宅の最大の長所は、敷地が東南の角地にあるという点である。しかし、こういう大雪の場合は、道路が東側と南側にあるので、雪かきが大変である。しかも、東向うの家は事情があって雪かきに人が出ない。また、南向うの家は今は空家同然になっている。従って東南の道路を総て雪かきしなければならない。もし平日なら大変だった。

 幸い昨日は日曜日だったので、私の他に男手が2人家にいた。また、幸か不幸か、雪かき用のスコップも2本しかない。そこで雪かきの肉体作業は若い男手にまかせ、私はもっぱら口で貢献することにした。東南の道路は車が1台は通れるようになり、駐車場は車の出入りができるようになった。ただし自転車が2台、雪埋め状態である。



○20年に1度という大雪の雪かき(2)

 近隣の住人も、東と南の向い側の家を除いては、三々五々雪かきをしている。子どもたちは大喜びである。積雪の中を転げ回っている。町内会長も見回りに来た。何やかやで珍しく路上は華やいでいた。江戸的世界では、こういう路上の賑わいなど日常茶飯だったであろう。しかし、現代の日本ではめったにない出来事になってしまった。

 そういうわけで、路上は東側も南側も、何とか車が1台くらいは通れる幅の雪かきができた。庭も玄関から門までの通路くらいは確保した。しかし、庭の大部分は雪が積ったままである。第一、雪かきをしようにも、雪の持って行きどころがない。庭木に積った雪もそのままである。枝にくくった鳥の餌用の夏蜜柑にも雪が積っている。

 とても鳥が啄める状況ではない。昨日は鳥の姿は終日みえなかった。かりにそうでなかったとしても、あの路上の賑やかさでは、鳥たちは近寄れなかったに違いない。こういう大雪のときに、野鳥はどのように過ごしているのだろうか。童話の世界のようにはいかないだろう。しかし、案外、すごい知恵で善処しているのかも知れない。



○20年に1度という大雪の雪かき(3)

 人間である私は、雪かきが一段落した後は、書斎で書き物をした。現代は、書き物といっても、実際の作業はパソコンのキーボードを叩くだけである。したがって、正確には「書き物」ではなく「叩き物」と表現しなければならない。変な時代になったものである。パソコンだから、1時間もすると眼が疲れくる。これも大変問題である。

 パソコンを1時間くらい使った後は、遠くを見て眼を休めると良いのだが、冬の夕方以降は遠くを見るのもなかなかむずかしい。そこで、つい本を読むことになる。これでは眼が安まらないと思うが、パソコンよりはマシだと思ってそうする。昨日は筑摩全集類聚『太宰治全集』第7巻を読んだ。「津軽」の次の「惜別」の続きである。

 「惜別」の主人公は魯迅である。太宰治は魯迅にとても関心があったようだ。この「惜別」の次は『お伽草子』である。この作品は既読だったが、再度「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切雀」と眼を通していった。最後の「舌切雀」には、大雪の降った後の竹薮で、落下した雪の塊を受けたおじいさんが気絶する場面があった。

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