館長の朗読日記1336/実際に20年に1度という大雪が降った
館長の朗読日記1336 (戦後69年02月09日 新規)
○実際に20年に1度という大雪が降った(1)
昨日(2月08日)は、天気予報のとおりの大雪となった。午前中は大したことはなく、路上に積雪していなかった。しかし、午後になっても降雪は続いて、少しづつ路上にも積雪していった。夕方には一面の銀世界となっていた。やはり、今日の八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンは延期して正解だったと確信した。
実は、一昨日(2月07日)の金曜日に、植木屋に入ってもらい、庭木の枝を刈ってもらった。私の自宅は、庭というのも恥ずかしい狭さである。当然、植木屋とは無縁で、私が枝を刈っていた。しかし、数年前の年末に「講演と朗読の会」の前に風邪をひいたため自制して、仕方なく植木屋を頼んだのだ。それ以降は、もう駄目である。
それは、単に、私の精神と肉体が怠惰に流れたためだけではない。あまりの仕上がりの違いに、私の枝刈りの腕に対する家人の信頼をすっかり無くしてしまったのである。また、狭い庭のことであるから、植木屋にかかると軽い1日仕事である。手間賃は決して安くはないが、全く手の届かないほどでもない。そこで、つい頼んでしまう。
○実際に20年に1度という大雪が降った(2)
その植木屋が入った翌日に、この20年に1度という大雪である。まさにギリギリのセーフという感じであった。お蔭様で、暖房の効いた居間からガラス戸越しに、さっぱりと綺麗に枝を刈られた庭木と、その上に雪が降り積もっていく風情を静かに眺めることができる。そこにメジロやムクドリが交互にやってきて枝に止まっていく。
こちらは、暖房は効いているし、朗読レッスンも休みだから、心が穏やかになっている。さらに、私の書斎には、植木屋が枝刈りのついでに収穫してくれた夏蜜柑が段ボールにたっぷりと収まっている。さっそく家人が、そのいくつかを輪切りにして2分し、片方づつ針金で庭木の枝にくくりつけた。私は雪を防ぐための傘持ちである。
ガラス戸越しに見ていると、さっそくメジロやムクドリがやってきて盛んに実を啄んでいる。世の中が総て雪に覆われたので、この時期でも特に餌が見つけにくかったのであろう。見ていて可哀相になるくらいに、懸命に啄んでいる。ほとんどがムクドリにとられ、メジロが啄んだのはわずかであったが、まあ無いよりはマシであろう。
○実際に20年に1度という大雪が降った(3)
植木屋の話しでは、今月中は特に野鳥の餌が少ない時期だという。例年、収穫した夏蜜柑の半分ほどは鳥さんの餌に提供している。これからは、当面、綺麗に刈られた庭木に、輪切りにして2分された自家産の夏蜜柑が針金でくくりつけられることになる。そして、それを啄みにくる野鳥の姿を、暖かくガラス戸越しに眺めることになる。
自宅で野鳥に提供するのは、このような自家産の夏蜜柑が主であり、その他はせいぜい食べあまりの飯粒や菓子クズくらいである。野鳥用の餌をわざわざ買ってくることはしない。別にお金をケチっているわけではない。面倒臭いのと、そういうことをするのは何か野鳥に対して失礼なような気がするために、そこまではしないのである。
その上、私はこれまで庭木に防虫剤の類の薬品をいっさい散布したことがないので、自宅の庭は虫が豊富に生息している。私は虫を殺さないかわりに、野鳥がその虫を啄む邪魔もしない。総て「レッセフェール」で放ったらかしである。野鳥も現金なもので、春になり餌が豊富になると、庭木にくくられた夏蜜柑などには見向きもしない。
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