館長の朗読日記1372/『花もて語れ』の第98話と第11集に対する赤木かん子さんの評価
館長の朗読日記1372 (戦後69年03月24日 新規)
○朗読漫画『花もて語れ』の第98話
3月23日(日)に小学館から『週刊スピリッツ』2014年17号が届いた。本号には朗読漫画『花もて語れ』の第98話「瓶詰地獄⑧」が掲載されている。この「瓶詰地獄」は、全部で4通の手紙文で構成された作品である。今回は、3つめの手紙(2つめの瓶の手紙)の朗読で、いよいよこの作品世界の佳境にさしかかっていく。
この3つめの手紙(2つめの瓶の手紙)の朗読シーンでは、孤島に漂流した兄妹が現代社会でタブーとされている恋愛感情を抱くようになる「瓶詰地獄」の物語と、五十土園子が藤色きなりに同性愛的感情を抱いた朗読漫画『花もて語れ』の物語が、密接に重なり合って展開していく。第97話につづくその部分のさらなる展開である。
私が朗読協力&朗読原案を担当している内容は、前話にひきつづき、今話もほとんど出番がない。こういう場合、私はかなり気楽に読むことができる。その場合、逆に気になってくるのは、今年2月末に発行された『花もて語れ』第11集に対する読者からの反応である。朗読の理論にかなり踏み込んだ内容が含まれているからである。
○『花もて語れ』第11集に対する赤木かん子さんの評価
インターネットに投稿された『花もて語れ』第11集に対する読者からの反応は、私が閲覧したかぎり、かなり好意的なものが多かった。特に私が注目し、かつ、嬉しく思ったのは、赤木かん子さん(児童文学評論家)がブログ「赤木かん子今日の一冊」に掲載した2014年03月12日付の記事による評価である。以下に引用する。
「ようやく/朗読とはなにか?/と/第5のステップ/第6のステップ/とはなにか?/が明かされます。/朗読は、ストーリーテリングとも、黙読とも演劇とも違う、独特の世界です。あんなに小学校で音読音読いってるのに音読がなにか、どうやってやるのかなんにもいわれない、討議されない。/日本の学校っていうのは、おかしなとこです。/知りたいかたは、どうぞお読みください」(「赤木かん子今日の一冊」2014年03月12日)
赤木かん子さんは、以前から朗読漫画『花もて語れ』を高く評価し、彼女の講演や講座のたびごとに紹介&推薦してくれている。特に、今回の記事で、赤木かん子さんが私の朗読の理論を本当に良く理解し、高く評価してくれていること、また、彼女の日本の小学校における「音読」教育に対する危機感の深さを、私は改めて痛感した。
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