館長の朗読日記1366/千葉「風」の朗読レッスン
館長の朗読日記1366 (戦後69年03月16日 新規)
○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)
昨日(3月15日)の9時30分〜15時00分に、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンを2回分まとめてやった。今回は第2期・朗読ステップ4の第7回目と第8回目の朗読レッスンに当たる。すなわち、6月に開催する第6回「小さな朗読館・ちば」に向けた2回目と3回目のレッスンである。今回はレッスン見学者が1人いた。
前半の9時30分〜12時00分には、先ず1人1作品を朗読する組のレッスンを行なった。台本は「春の雲」「緑色のギンガムクロス」「台所の音」「魔術」の4作品。他に「妹の着物」と「紅梅」の2作品がノミネートされていたが、当面「妹の着物」の朗読者は休会する事情が生じ、また「紅梅」の読み手は今回は欠席であった。
次に芥川龍之介原作「龍」を読み継ぐ組のレッスンを行なった。この台本は、原作のプロローグ部分とエピローグ部分をカットしたものだが、それでも朗読時間は約30分である。それを従来は5人の会員で読み継ぐことにしていたが、今回のレッスン見学者が入会することになったので、急きょ「龍」の読み継ぎに加えることにした。
○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)
昼食後の午後1時〜3時には、後半のレッスンを行なった。レッスンを再開する前に、前回のレッスンで会員から出された質問に対して、すなわち、芥川龍之介が夏目漱石から言われた「人間を押す」ということが本当にはできなかったという私の主張の意味を問われたことに対して、私なりの補足説明を行なった。納得してくれたかな?
それに関連して、朗読の場合に、自分を曝け出して、自分自身の心情とイメージを自分の言葉で朗読することは重要だが、それだけでは十分でないことについても補足的に説明した。それは、感動をつくる朗読をするための必要条件ではあるが、決して十分条件ではない。朗読の十分条件は、まさに朗読ステップ1〜6の内容なのである。
言葉だけの説明では十分に理解してくれないと思う。たとえ理解してくれたとしても、それだけでは決してその内容を修得したことにはならない。どうやら、普通の人が、私の言っていることを理解するのに6年間(ステップ1〜6)かかるし、私の言っていることを修得するのに更に6年間(ステップ1〜6)かかる、ようなのである。
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