館長の朗読日記1427/朗読漫画『花もて語れ』の第104話
館長の朗読日記1427 (戦後69年06月02日 新規)
○朗読漫画『花もて語れ』の第104話(1)
昨日(6月01日)、小学館から『週刊スピリッツ』2014年27号が届いた。本号には朗読漫画『花もて語れ』の第104話「蜜柑②」が掲載されている。この第104話の標題ページに「朗読の魔法が始まる!」と大きな文字で書かれているように、いよいよ今回から佐倉ハナの芥川龍之介原作「蜜柑」のステージ朗読が始まる。
前回に提示された、この作品を朗読するための2つのポイント。その1つに、今回、早くも触れている。すなわち「現在形と過去形が入り交じった文体をどう読みこなすか」という問題である。表現主体の視点は、過去に起こった作品の場面(作品世界)と作者が書斎でその作品を書いている現在の場面(現実世界)を行き来している。
例文「私は横須賀発上り二等客車の隅に腰を下ろして、ぼんやり発車の笛を待っていた。電灯のついた客車の中には、珍しく私のほかに一人も乗客はいなかった。外を覗くと、うす暗いプラットフォオムにも、今日は珍しく見送りの人影さえ跡を絶って、ただ、檻に入れられた小犬が一匹、時々悲しそうに、吠え立てていた」をみよう。
○朗読漫画『花もて語れ』の第104話(2)
1文目は「待っていた」と過去形で結ばれている。表現主体の視点は作者が書斎でその作品を書いている現在の場面(現実世界)にあって、過去の出来事を回想している表現である。2文目も「電灯のついた」「乗客はいなかった」と明らかな過去形で表現されているから、表現主体の視点は現在の場面(現実世界)に止まっている。
問題は3文目である。冒頭の「外を覗くと」という部分は現在形になっている。さらに次の「今日は珍しく見送りの人影さえ跡を絶って」には「今日」という言葉が使われている。これらの部分においては、表現主体の視点は、過去に起こった作品の場面(作品世界)の中に転換され、過去の場面が現在として表現されているのである。
しかし、この3文目の最後は「吠え立てていた」と明らかな過去形で結ばれている。すなわち、この最後の部分では、表現主体の視点は、再び、作者が書斎でその作品を書いている現在の場面(現実世界)に再転換され、電車の中の場面を過去の出来事として回想している表現になっている。視点が、現在→過去→現在と転換している。
○朗読漫画『花もて語れ』の第104話(3)
現在→過去→現在というめまぐるしい時間的な視点の転換を、漫画でどのように表現するか。その方法について、片山ユキヲさん(漫画家)と高島雅さん(担当編集者)はかなり議論を重ねたという。結果、原稿用紙を、作者が書斎でその作品を書いている現在の場面(現実世界)の象徴として描く、というアイデアが生まれたらしい。
現在→過去に視点を転換させる部分では、原稿用紙の升目を通して過去の場面を浮かび上がらせ、直後に過去の場面を全面的に描き出す。反対に、過去→現在に視点を転換させる部分では、過去の場面の上に原稿用紙の升目を重ねて浮かび上がらせ、直後に現在の場面を全面的に描き出す。この原稿用紙を使うアイデアは、素晴らしい。
また、当時の二等客車の内部、車掌の服装、プラットフォームの駅名表示や運水車や赤帽などは、すべて出来得るかぎりの資料調査を踏まえて描写している。私も、この作品をレッスン台本に選んだ当初、運水車というものが分からなくて、資料調査したことがある。従って、運水車のことは知っていたが、その他は今回初めて知った。
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