館長の朗読日記1500/吉本隆明の太宰治論をチェックする
館長の朗読日記1500 (戦後68年9月10日 新規)
○吉本隆明の太宰治論をチェックする(1)
私の「朗読の理論」は三浦つとむ言語論と吉本隆明文学論を私なりに踏まえている。私なりに踏まえている、というのは信奉(盲信)してるということではない。また、この二人の理論を完全に私のものにしているということでもない。抜群に優れた論考として私なりに理解した内容を重点的に参考にしている、というほどの意味である。
吉本隆明については、その文学論を一般論として参考にしているだけでなく、個々の作家論あるいは個々の文学作品論についても参考にしている。芥川龍之介については、私が「東百道・講演と朗読の会〜芥川龍之介の文学とその軌跡〜」を始める前に、吉本隆明の芥川龍之介論をチェックしている。大いに参考にしたが、不満も残った。
今回の太宰治の場合には、今年の「東百道・講演と朗読の会〜太宰治の文学とその航跡(前死闘期)〜」の準備がほぼできた昨日(9月10日)に、初めて吉本隆明『悲劇の解読』に収録されている「太宰治」に眼を通した。やはり大いに刺激を受けた。しかし、吉本隆明の「黄金風景」の解読には、やはり間違っているとニヤリとした。
○吉本隆明の太宰治論をチェックする(2)
吉本隆明の太宰治論から大いに刺激を受けた部分については、今後、私が太宰治シリーズを進めていく中で、私なりに参考にしつつ検証していくことにする。少なくとも、今年の「前死闘期」に関するかぎり、私の論考・構想に変更を加える必要を感じていない。まあ、今回は、まだ太宰治シリーズのイントロ段階だ、という想いもある。
また、吉本隆明の「黄金風景」の解読を読んで、来年の「東百道・講演と朗読の会〜太宰治の文学とその航跡(総展開期)〜」においては、やはり「黄金風景」をとり上げる必要があると思い始めている。私の「黄金風景」論は、昨年の「東百道・講演と朗読の会〜感動をつくる朗読をめざして〜」で講演したから迷っていたのである。
しかも、このときの講演と朗読の全体を、ブルーレイ・ライブ盤『東百道・講演と朗読の会/朗読とはなにか』(木鶏社)として発行してしまっている。果たして、同じような内容を何回も講演して良いもんだろうか。まあ、両方とも講演の一部がダブるだけであり、他の多くの部分はまったく別の内容だから、構わないとも考えられる。
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