館長の朗読日記1497/千葉「風」の朗読レッスン
館長の朗読日記1497 (戦後68年9月07日 新規)
○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)
昨日(9月06日)の9時30分から、千葉朗読サークル「風」の第2期・朗読ステップ4の18回目のレッスンを行なった。今回は、今秋10月に開催する第7回「小さな朗読館・ちば」に向けた、共通レッスン台本「六の宮の姫君」A班、と自由課題(1人1作品)B班の5回目である。レッスン台本もそれぞれ仕上げの段階である。
このサークルにも、朗読レッスンや朗読(発表)会の最中に救急車を呼ばなければならない非常事態の発生に備えて、事前にできる万全の備えをキチンとやっておくように話した。この件も、千葉朗読サークル「風」で一巡した。どのサークルでも、皆さん他人事(ひとごと)ではないと真剣に聴いてくれた。あとは実行あるのみである。
また、拙著『朗読の理論』に対する書評(レビュー)の中から、優れたものを3つ選んでプリントしたものを、各サークルのレッスン時に配布してきたが、それもこの千葉朗読サークル「風」で一巡した。この「風」は10月の第7回「小さな朗読館・ちば」までに、通常レッスンとリハーサルのそれぞれを1回だけ残すのみとなった。
○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)
どの朗読サークルも同じであるが、特に「風」のように第2期の朗読ステップ4の最終段階にまで来たサークルの場合には、多くの1期生は相当なレベルにまで到達している。そういう一期生は、自分が作品を認識している通りに表現できる。逆にいえば、その認識が浅かったり間違っている場合には、それがそのまま朗読に出てくる。
そこで、その点をダメ出ししたり、アドバイスすると、直ぐにその効果が出てくる。まだそのレベルに到達していない2期生などの会員の場合は、まず「自然な語り口」を身につけるところに重点を置く。ただし、その「自然な語り口」を身につけるためにも、作品の的確な認識(作品世界のイメージづくり)は必要不可欠なのである。
朗読という芸術は、文学作品に表現されている文字言語を朗読者の音声言語で再表現するものである。したがって、そのもっとも重要な基本的要素は、文学作品に表現されている文字言語を十全に認識することである。この当たり前のことを、従来の朗読者は軽視していた。否、どうやって認識したら良いかという方法論を知らなかった。
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