館長の朗読日記1516/朗読漫画『花もて語れ』の第13集(最終完結号)が発売された
館長の朗読日記1516 (戦後69年10月04日 新規)
○朗読漫画『花もて語れ』の第13集(最終完結号)が発売された(1)
9月30日に朗読漫画『花もて語れ』の第13集が発売された。この第13集は朗読漫画『花もて語れ』の最後の完結号である。取り上げられた朗読作品は、芥川龍之介原作「蜜柑」と、有島武郎原作「小さき者へ」である。ただし、本格的な朗読は「蜜柑」であって、「小さき者へ」は、最後の締めとして部分的な朗読に止まっている。
芥川龍之介原作「蜜柑」は、主人公・佐倉ハナが朗読コンクールの自由課題として朗読する。朗読的には、すでに朗読ステップ1〜6までは辿り終えたので、最後に朗読の原点を再確認することにしている。すなわち「視点の転換」の重要性と作品を深く解読して作品世界のイメージ(場面と心情)を豊かに創造する重要性の2点である。
その意味で、この「蜜柑」の朗読シーンは完結号にふさわしい朗読的な内容であった。また、漫画表現としても完結号にふさわしい出来栄だった。また、担当編集者と資料調査スタッフの立場からしても、芥川龍之介原作「蜜柑」の中で小娘が蜜柑を撒いた踏切の場所を現地調査の末に特定するなど、完結号にふさわしい仕事ぶりだった。
○朗読漫画『花もて語れ』の第13集(最終完結号)が発売された(2)
ところで、第11集〜第13集で主人公・佐倉ハナが朗読コンクールに参加するが、この朗読コンクールに対する私の考え方を、ここで改めて明確にしておきたい。今の日本でも、かなりアチコチで朗読コンクールが開催されているようだ。朗読者がそれに参加するのは自由だが、その結果にあまり一喜一憂する必要はないと私は考える。
なぜなら、今の日本の朗読文化はまったく低い段階なのであり、真に芸術的な朗読を的確に審査できる審査員など今の日本にはほとんど存在していないからだ。放送アナウンサー系の方々の朗読観も、演劇俳優系の方々の朗読観も、そのレベルはまったく低い。朗読の原点であり土台である文学作品の解読方法すら全く確立されていない。
したがって、他人の朗読表現を的確に聴き取る認識能力をもった審査員なども、今の日本にはほとんど存在していないことになる。その点で、クラシック音楽とは全く事情が違っている。私は『花もて語れ』で朗読コンクールを扱うことにも反対した。しかし『花もて語れ』を物語的に盛上げるためには、ぜひ必要だということであった。
○朗読漫画『花もて語れ』の第13集(最終完結号)が発売された(3)
この第13集(最終完結号)においては、片山ユキヲさんが巻末のオマケ漫画の中で朗読漫画『花もて語れ』に制作面で協力した方々の紹介をしている。私も「朗読原案」者として紹介された。自宅におけるレクチャー場面では、家人まで紹介されている。私も家人も、オマケ漫画とはいえ、漫画の中に描かれるとは全く想定外であった。
また、担当編集者の高島雅さんはもちろん、資料調査やレクチャーのテープ起し、あるいは、取材メモの整理などに手腕を発揮したライターの安井洋子さん、単行本の表紙などをデザインしたデザイナーの黒木香さんも紹介されていた。また、アシスタントの方々やその他の協力者もそれぞれ丁寧に紹介されている。良い記念となった。
オマケ漫画の冒頭で、片山ユキヲさんは読者の皆様へのお礼を丁寧に記している。私もこの場で朗読漫画『花もて語れ』の読者の皆様に心からのお礼を申し上げたい。またネット上で好意的なレビューを書いて下さった方々。この『花もて語れ』を高く評価して各方面に紹介して下さった方々。マスコミで取り上げて下さった方々にも。
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