館長の朗読日記1542/ある俳句結社の主宰者となった知人との会食
館長の朗読日記1542 (戦後69年11月15日 新規)
○ある俳句結社の主宰者となった知人との会食(1)
私は生業時代の知人とは、個人的交流をほとんどしていない。ごく少数の知人との交流も、年賀状のやりとりに止まっている。退職後も個人的に会食するなど例外中の例外である。その例外中の例外の知人から、数日前、突然、電話があった。数日後に上京するので会食したいというのである。この知人は名古屋市近辺に居住している。
退職後も私と個人的な交流を続けるくらいだから、この知人も相当な変わり者である。この知人の今年の年賀状には「俳句結社の主宰となり忙しい毎日を送ってい」るということが記されていた。私もそのくわしい話しを訊きたいと思っていた。待合せは昨日(11月14日)の午前11時、場所は浅草寺の雷門の下ということになった。
雷門の近くで会食をしながら、その知人が俳句結社の主宰者となった経緯を訊いた。その俳句結社の本拠は岐阜市で、会員は200人を超え、その活動範囲は名古屋市周辺まで広がっている。月刊の俳句誌を発行しており、私は最新号2014年12月号(通巻第557号)をいただいた。創刊は昭和37年8月というから、歴史がある。
○ある俳句結社の主宰者となった知人との会食(2)
従来の主宰者が昨年亡くなったので、その後を継いだということである。本人は、本来はもっと後継者にふさわしい方々が何人もいたのだが、すでに亡くなっていたり、高齢のために辞退されたりして、他に引き受け手がいなかっただけだと謙遜していた。しかし、俳句の実力や人望があればこその人選であることは、考えるまでもない。
俳句結社には「主宰者」「委員」「同人」「一般会員」という会員序列があり、その「委員」には「副主宰者」格の人もいるという。各地に「句会」が組織され、直に「主宰者」が指導する「句会」もあるが、最寄の「委員」が指導する「句会」もあるという。地方的な小さい組織だと知人は謙遜するが、さすが俳句結社は組織的である。
この知人は52歳頃から俳句を始めたという。その前に短歌をやり、さらに若い頃には小説を書いていたという。生業が会社勤務であったことを考えれば、やはり相当な変わり者であろう。しかし、俳句歴が20年くらいで俳句結社の主宰者になるくらいだから、やはり只者ではない。かなりの文学的能力・実力の持ち主にちがいない。
○ある俳句結社の主宰者となった知人との会食(3)
私が、この知人と知り合ったのは、私が朗読を始める前だった。この知人は私より数年の年長であるが、それでもまだ40歳代初めの頃である。その頃はまだ、俳句はおろか、短歌もやっていなかったと思われる。その頃は、私も自分が朗読をやるなど思ってもいなかった。それでも、この知人は他の同僚たちとは何となく感じが違った。
恐らくこの知人の方も、私に対して同様の感じをもったのではないだろうか。私は生業時代の同僚たちとは個人的な交流をすることに消極的であった。また、彼らも私に対して同様であった。しかし、この知人はかなり積極的に私との個人的交流を求めてきた。私もそれを避けなかった。今は、俳句の指導者と朗読の指導者になっている。
まことに、縁は異なものというか、不思議な因縁を感じる。もっとも、一方は、地方的な組織ではあるが50年以上の歴史を有する現存の俳句結社の主宰者である。しかし、他方は、私と家人だけの仮想的な「感動をつくる・日本朗読館」の館長にすぎない。実体として存在するのは、自立的な朗読サークルと朗読の理論と実技と指導のみ。
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