館長の朗読日記1539/第7回「東百道・講演と朗読の会」に向けた練習
館長の朗読日記1539 (戦後69年11月12日 新規)
○第7回「東百道・講演と朗読の会」に向けた練習(1)
昨日(11月11日)の午後に歯医者に行った。10月末に歯医者に行き上の歯の点検と清掃をしてもらったが、下の歯の方はいろいろの事情で先延ばしにしていた。そこで、下の歯の点検と清掃をしてもらいに行ったのである。前回、虫歯のために詰め物をしてもらった右下の「親知らず」をふくめて、無事に点検と清掃は終了した。
帰宅後、家人のピアノ室で、12月の第7回「東百道・講演と朗読の会」で上演する「講演」の練習をした。これまでも何回か手直しをくり返してきた講演資料(案)の最新版に基づいて練習時間を計ってみた。今回は、余裕をもって71分に抑えることができた。この調子なら、本番では70分以内に終わらせることができそうである。
講演内容は「太宰治の文学的な全体像」と「太宰治が16歳から29歳までの前死闘期のこと」に分かれている。講演練習を重ねていくうちに、時間配分の仕方がクリアになってきた。前半の「太宰治の文学的な全体像」が30分、後半の「太宰治が16歳から29歳までの前死闘期のこと」が40分である。ようやく仕上がってきた。
○第7回「東百道・講演と朗読の会」に向けた練習(2)
第7回「東百道・講演と朗読の会」の「朗読」については、台本の一部を少し手直しした。1本目の「燈籠」はノーカットだから、手直しのしようがない。問題は2本目の「姥捨」の方である。この作品はかなりカットして短縮したので、朗読練習を重ねていくうちに、部分的に違和感が生じてきた。そこの部分を少し復元したのである。
復元した分量は、全部合わせても、朗読時間にして1分にも満たない少量である。しかし、その部分を復元したことによって、朗読する私の違和感はかなり緩和された。おそらく、朗読を聴く側は、仮にそこの部分を復元しなかったとしても、ほとんど全く気づかず、何の違和感も感じない程度の違いだと思う。ただ、朗読する側は違う。
朗読する側は、朗読練習を重ねていくうちに、そのような微妙な違和感が徐々にふくれ上がっていく。やがて、その違和感が気になって、朗読に専念するための支障になってくる。逆にいえば、復元すべき箇所が鮮明に絞られてくる。そういう段階になって、初めて台本を手直しするわけである。朗読の仕上げに向う一つの目安といえる。
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