館長の朗読日記1572/太宰治の年表をつくっている
館長の朗読日記1572 (戦後69年12月23日 新規)
○太宰治の年表をつくっている(1)
年末始の約1ヶ月間は、朗読レッスンを休止しているので、少し長い冬休みという感じになる。その間に、普段はなかなかできない仕事をできるだけやるようにしている。ここ数日は来年12月の第8回「東百道・講演と朗読の会」に向け、太宰治の「純創作期」〜「対米戦期」の太宰30歳〜36歳の時期の年表をつくっている。
太宰治当人についてのこの時期の年表はすでに大体できていたので、昨日(12月22日)は同時期の社会的な出来事(歴史的な出来事)についての年表をつくってみた。もちろん、太宰治を取巻くこの当時の社会的な雰囲気が分かれば良いのだから、その内容は大まかなものである。ここで当時の歴史研究をするわけではない。
その内容を大まかに記すと、太宰治が30歳の9月に第2次世界大戦が始まっている。太宰31歳の9月に日独伊3国軍事同盟が成立している。そして太宰32歳の12月に日本が米国領の真珠湾を攻撃し、いわゆる太平洋戦争が始まっている。太宰治が30歳〜32歳の「純創作期」は、第2次世界大戦の前半期に当たっている。
○太宰治の年表をつくっている(2)
それでは、太宰治が33歳〜36歳の「対米戦期」はどうであろうか。太宰33歳の1〜2月には、日本軍が英国の東洋最大の軍事拠点であったシンガポールを攻略している。6〜7月には日本海軍がミッドウェー海戦で大敗している。7月には日本軍が米国のアジアで唯一最大の軍事拠点であったフィリピン全土を攻略している。
太宰34歳の5月には、アッツ島で最初の玉砕がなされ、学徒動員体制が組まれている。太宰35歳の8月には連合軍のパリ解放がなされ、10月にはレイテ作戦により、神風特攻隊が初出撃している。11月にはサイパン島から出撃した米軍のB29が日本本土への空襲を開始している。太宰36歳の2〜4月に米軍の沖縄上陸。
8月に米国が日本の広島&長崎に原爆を投下し、一般市民を大虐殺している。そして、8月15日に日本はポツダム宣言を受諾し、太平洋戦争および第2次世界大戦が終結している。太宰治が33歳〜36歳の「対米戦期」は、第2次世界大戦の後半期に当たっている。こういう状況の中で、太宰治の文学は創作されているのだ。
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