館長の朗読日記1570/来年12月の第8回「東百道・講演と朗読の会」に向けて
館長の朗読日記1570 (戦後69年12月20日 新規)
○来年12月の第8回「東百道・講演と朗読の会」に向けて(1)
世間一般からみたら、まさに鬼が笑う話しであろうが、私は来年12月の第8回「東百道・講演と朗読の会」に向けて準備を進めている。会場である千代田区立内幸町ホールは1年前から予約ができる。先日(12月09日)開催した第7回「東百道・講演と朗読の会」の当日に、早くも来年12月08日(火)の借用予約をした。
次回の講演は「太宰治の文学とその航跡」シリーズの第2回目「純創作期」である。これは太宰治が30歳〜32歳の3ヶ年間をとり上げたものである。その次の第3回目「対米戦期」は太宰治が33歳〜36歳のほぼ4ヶ年間をとり上げる。実は、この「純創作期」と「対米戦期」はひと続きの航跡として考えることもできる。
あるいは、ひと続きの航跡と考えないとそれぞれの航跡が理解できない、という関係があるかも知れない。その他もろもろの理由で、当面は「純創作期」と「対米戦期」の講演内容を同時併行的に検討&構想していこうと考えている。まず、この両時期の太宰治の年表を私なりに作成するところから始めている。楽しい作業である。
○来年12月の第8回「東百道・講演と朗読の会」に向けて(2)
さて、私にとっての「太宰治の文学とその航跡」シリーズの第2回目「純創作期」における最大の難問は、太宰治が31歳の5月に発表した「走れメロス」という作品をどうとらえるか、という点にある。実は、つい先日までは、この「走れメロス」を無視して講演しようかと考えていた。それくらい私にとっての難問であった。
なぜ太宰治ともあろう作家が、この「走れメロス」のように国語の教科書に採用されるような作品を書いたのだろうか。私には、この修身の教材にさえなりかねない作品は、太宰治にまったく不似合いだとしか思えなかった。この「走れメロス」さえなかったら、太宰治はスッキリと太い1本の筋が通った立派な作家なのに、と。
しかし、昨夜から急に、この「走れメロス」について、従来の私には全く無かった新しい見方が念頭に浮かび上がってきた。この発見は、嬉しかった。この新しい見方によれば、「走れメロス」も太宰治が辿ったスッキリと太い1本の筋に合致することになる。今後しばらくは、その新しい見方をさらに深めていこうと考えている。
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