館長の朗読日記1564/千葉「わかば」の朗読レッスン
館長の朗読日記1564 (戦後69年12月12日 新規)
○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)
昨日(12月11日)の午後1時30分から、千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ3の18回目、来年2月に開催する朗読発表会『ひとごろし』のレッスンの6回目である。台本を前後に分け前半と後半を交互にレッスンしており、今回は後半のレッスンの最後の3回目である。
午後1時30分からと記したが、駐車場が非常に混んでいたため実際のレッスン開始は10数分遅れてしまった。会員の1人が急きょ朗読発表会に出演できなくなったので、私が遅れている間に、会員の方々が対応策をいろいろと話し合ったという。朗読順はそのままで、朗読分担を再配分して欲しいという結論になったという。
1人が抜けた分を補うために、朗読分担部分を少しづつズラしていくわけだが、抜けた分の前後を読むことになっていた会員がもっとも影響を受ける。もっとも、万が一にドタキャン的に出演できなくなる可能性はどの会員にもあるので、自分の前後の会員の分担部分はすでに十分練習してあるから大丈夫だということであった。
○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)
前回も記したが、このサークルの会員の皆さんはとても真面目に朗読するので、原作の面白さが十分には朗読に表現できない憾みがある。落語家や講談師にような語り口の朗読に誘導したのだが、そんなに急にはできないのも無理はない。地の文のなかのセリフ的な部分の朗読の仕方も、上手く表現するまでにはいたっていない。
この『ひとごろし』のように、山本周五郎的な面白さに富む作品は、その面白さを朗読表現するのがむずかしい。まず、自分の言葉で「語りかける語り口」ができないと、技術的にむずかしい。さらに、その作品世界が面白いという理解力、その面白い話しを語るという心情づくり、その心情を朗読表現すること全体がむずかしい。
私が指導するのは、本番まで、立ち稽古と舞台リハーサルの2回だけだが、サークル全体の自主練習会も何回か計画しているようである。まあ、本番の舞台では、普段のレッスンよりも2〜3割アップした朗読表現になるものである。その本番をめざして、さらに頑張って、このむずかしい『ひとごろし』に取り組んでもらいたい。
○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(3)
さて、前回には2音目をクッキリと上げることができなくて四苦八苦していた会員のことであるが、今回、その会員はかなりクッキリと2音目があがるようになったいた。一所懸命に練習すればするほど出来なるとか、自分だけは本来的に出来ないのだとか、自分は永久にできないなどと言っていたのが嘘のような上達ぶりである。
前回は、仕方がないので、戦前の唱歌「あかとんぼ」「からたちの花」などを歌って聴かせて、2音目をクッキリと上げる実例を体感してもらった。今回は、歌舞伎のセリフ廻しまで実演してみせた。そういう効果が稔ったのかと内心喜んだのだが、どうやら、前回のレッスンの後に、1期生から特訓を受けた効果であったらしい。
まあ、どちらの効果でもよいのだが、要は、本気になって練習すれば必ずできるのである。なぜなら、この2音目をクッキリと上げる表現法などは、われわれは普段の日常会話において、盛んに駆使しているものだからである。私の「感動をつくる朗読」の基本は、日本人が現実生活の場で駆使している音声言語表現なのである。
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