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2016年11月

館長の朗読日記1926/「古希お祝いの会」について

館長の朗読日記1926  (戦後71年11月30日 新規)



○「古希お祝いの会」について(1)

 この事実を記すことにはかなりためらいがあったが、昨日(11月29)「東百道先生 古希お祝いの会」が「木曽路 千葉店」で開催された。私が指導する6つの朗読サークルの会員有志50数名が、このお祝い会を開催し、私と家人を招待してくれたのである。これは私の第1次「朗読活動10年期」に対する最高の贈り物であった。

 千葉朗読サークル「風」と品川朗読サークル「あやの会」の会員2人が発案者となり、この2サークルの会員たちがその2人を強力にサポートしてくれた。他の4つのサークルの会員たちも、その呼びかけに積極的に応え、窓口役を中心に開催を推進してくれた。これは、私が朗読活動を本格化した時点で全く想定外のことであった。

 私と朗読の関係は40歳代の初めに山梨県で溝口直彦朗読サークルに入会したときに始まった。約30年前のことである。その後、千葉県八千代市に転居し、数年間の助走期間を経た後、60歳で生業(会社勤務)を退職してから、朗読活動を本格化させた。今から10年前のことである。その頃は古希のことなど何も考えなかった。



○「古希お祝いの会」について(2)

 朗読と関係してからの約30年間は、そして、朗読活動を本格化させてからの10年間は、実感としてはあっという間であった。事実としては、この30年間および10年間は、朗読に関することだけでも、実にいろいろな出来事があった。喜怒哀楽をともなう出来事。想定外の出来事など。全体として、かなり充実した歳月であった。

 私は、昭和21年、西暦2016年、私が近年使用している戦後歴では戦後1年、に生まれたことは事実である。しかし、私の現在の実感としての私の年齢は、朗読と初めて関係し出した40歳代くらいとしか思えない。この事実と実感の乖離(30歳くらいの乖離)はすさまじいものがある。この乖離感が私のためらいの元である。

 朗読サークルの会員が、私のために「古希お祝いの会」を催してくれたのは、事実としてのこの30年間、特に、この10年間の私の朗読への取り組みに対する最高のご褒美だと受けとめ、真にありがたくも嬉しく思っている。しかし、自分では40歳代と感している私のと実感と「古希お祝いの会」との乖離感は如何ともしがたい。



○「古希お祝いの会」について(3)

 そこで、私は挨拶の中で、感謝の気持と同時にこの乖離感も正直に話した。そして、次のような提案とお願いをした。今回参加して下さった会員のなかには、すでに古希に達した方、すでに古希を超して更なる歳月を積んだ方も、おいでになると思う。その方々は、この会を自分の古希を祝う会と考え、共に祝っていただくように、と。

 また、今回参加して下さった会員のなかには、数年後に古希を迎える方もおいでになると思う。その方々は、自分の古希の前祝いとして共に祝っていただくように、と。さらに、今回の参加会員のなかには、当分は古希に達しない方もおいでになると思う。その方々には未来の古希の自分に視点の転換をして共に祝っていただくように、と。

 最後に、私は今後10年間は頑張って以下の朗読活動を継続すること。①『朗読の上達法』など朗読関係の単行本を上梓すること。②「小さな朗読館」の年3回公演を継続すること。③現在の6つの朗読サークルの指導を継続すること。そして会員の皆さんの今後のご協力をお願いした。【付記】最初に70本の薔薇の花束を贈られた。







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館長の朗読日記1925/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記1925  (戦後71年11月28日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 一昨日(11月26日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。今回は、第3期・朗読ステップ2の第4回目、レッスン台本・宮澤賢治原作「紫紺染について」の第4回目である。この「紫紺染について」は、朗読的に解読する度に面白い発見がある。短い作品なのに、実に奥深いので驚く。

 レッスンの度に、その私なりの発見を話していく。私の発見は、論拠が確かなものもあるが、論拠が不確かなものもある。いい加減な内容では決してないのだが、必ずしも確実だと言い切れない内容もある。その場合は、そういうものとして私なりに断わって話している。内容の是非よりも、解読の視点と方法を重視しているからである。

 今回は会員の皆さんに、試しに、私が常々指導している「語りかける語り口」のための具体的な方法(文節ごとに高く上に出る、助詞を下げない、述語を下げない、等々)を、レッスンや発表会の場でどのくらい意識しながら朗読しているかを訊いてみた。その結果、面白いことが分かった。私のレッスンの短所と長所が共存していた。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 朗読歴が長く「語りかける語り口」を完全に身につけている会員は、本番中は私の細かい指示をほとんど意識していない。朗読歴がまだ数年と短く「語りかける語り口」が未熟な会員も、本番中はあまり意識できていない。朗読歴が5年前後で「語りかける語り口」がかなり身についてきた会員は、そろそろ意識しなくなってきている。

 朗読歴が長く「語りかける語り口」は身についてきたが、まだ自分の言葉で語り切れていない会員が、台本に細かく私の指示を書き込み、それを気にしつつ朗読していることが分かった。私は「あなたはすでに十分に語りかける語り口が体に沁み込んでいるから、細かい私の指示は一切忘れて、気持ちを籠めて朗読するように」と指導した。

 驚くなかれ、その直後に、その会員の朗読は画然と変わったのである。実に鮮やかに自分の言葉で語り出したのだ。もちろん、まだまだ万全ではない。声も少しうわずり気味だったが、そんなことは問題ではない。自分の言葉で文学作品を語るように朗読できる朗読者がまた一人誕生した瞬間である。今後の修練と上達を期待している。










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館長の朗読指導メモ 93/朗読活動のこれからの10年間の自己展望(その2)

館長の朗読指導メモ 93   (戦後71年11月23日)



朗読活動のこれからの10年間の自己展望(その2)



○第2次「朗読活動10年期」の自己展望(4)

 次に「②朗読指導の実践」について。この分野の主軸は、やはり、私自身が立ち上げた朗読サークルの朗読指導であるべきだと考える。このうち、先を行く2つの朗読サークルは、すでに第3期目の朗読ステップ1〜6の段階に入っている。後続の4つの朗読サークルも、数年後には第3期目の朗読ステップ1〜6の段階に入っていく。

 このまま順調に進めば、第2次「朗読活動10年期」の期間中に、第4期目あるいは第5期目に突入していくことになる。そうなると、それぞれの朗読サークル内に1期生〜5期生が混在することも考えられる。レッスン歴が永くなれば、会員が一流の朗読家あるいは一流の朗読指導者の実力をつけている場合が十分に考えられる。

 朗読サークルの平均的な実力が上がってくれば、特に、会員の何人かが一流の朗読家あるいは一流の朗読指導者の実力をつけてくれば、私がいつまでも一方的な指導をする必要もなくなる。朗読サークルは、朗読レッスンの場というよりも、共同の朗読研究の場という方向に質的に転換していくと思う。勉強から研究への進化である。



○第2次「朗読活動10年期」の自己展望(5)

 もちろん、朗読サークルには、常に新規入会者が参加して来る。新規入会者は、朗読の初心者はもちろん、朗読の経験者でも、初めの数年間は指導が必要である。しかし、朗読サークルの平均的な実力が上がってくれば、先輩会員たちによる集団指導が可能になる。私という個人の指導から、会員同士の相互的指導への転換である。

 そうなった場合、私のやるべきことは何であろうか。私は、大学院における指導教官のようなあり方をイメージしている。会員たちは、それぞれが1人前ないしは半人前の朗読者である。私は、そういう会員たちの朗読のゼミナール的な共同研究の指導者であり、演出家であり、相談役といったような存在になることをイメージしている。

 サークル会員は、一方で私が指導する朗読サークルで共同研究を続けながら、他方では1人前の朗読者・朗読指導者として、独自の朗読会を主催したり、独自の朗読サークルで朗読指導したりするのも良い。私としては私が指導する朗読サークルにいつまでも所属していて欲しいが、1人前になった会員の自立も支援しようと思っている。



○第2次「朗読活動10年期」の自己展望(6)

 私の朗読指導の主な目的の1つは、次代の自立的な朗読者および朗読指導者の育成である。私が提唱する「感動をつくる朗読」を実演&普及できる自立的な朗読者、および、朗読指導のできる自立的な朗読指導者の育成である。私が指導する朗読サークルから株分けのように次代、次々代の朗読サークルが派生していくことが望ましい。

 私自身が立ち上げた朗読サークルの朗読指導の他に、私が提唱する「感動をつくる朗読」を指導&普及する方法も、第2次「朗読活動10年期」では積極的に企画&実行していくつもりである。朗読入門講座や朗読基礎講座などの朗読全体に関する基本講座もよいが、文学作品の朗読的な解読を中心とした講座などもやってみたいと思う。

 朗読はそこそこ上手なのだが、語り口や文学作品の的確な解読に基づいた朗読という点ではもの足りない朗読者や朗読グループも散見すされる。そういう朗読者や朗読グループに、朗読の演出をやるのも良い仕事だと思う。ただし、これは押しかけでやるわけにはいかない。依頼をただ待っているのではなく、何か良い方策はないものか。

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館長の朗読日記1924/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記1924  (戦後71年11月20日 新規)



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(11月19日)の午前9時30分から、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンを行なった。このサークルは、前回から第3期に突入している。今回は、第3期・朗読ステップ1のレッスンの2回目、レッスン台本・芥川龍之介原作「杜子春」の2回目である。会場は、いつもの会場ではなく、特別に北大宮自治会館であった。

 レッスンは、いつもの通り、会員1人1人にレッスン台本を少しづつ朗読してもらいながら(朗読時間にして3〜4分)、その朗読について私がダメ出しやコメントを加えていく。レッスンの柱は、語り口とイメージ表現の2つである。このサークルは、会員の大部分が語り口の基本を習得している。従って、イメージ表現が主となる。

 イメージ表現の基本(土台)となるのは、レッスン台本(=文学作品)の解読である。私は、この文学作品を解読するための視点と方法を主に指導する。私の解読の結果ではなく、解読するための視点と方法である。もちろん私の解読の結果も提示するが、それはあくまで解読の視点と方法を説明するための例示であるに過ぎない。



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 私がレッスンする語り口の基本(土台)は、自分の言葉で語りかける語り口である。この語り口を朗読の場で発揮することに1期生はかなり苦労していた。しかし、近年入会してきた2期生たちは、比較的スムーズにこの語り口を修得できてきている。それなりの苦労はしているらしいが、何といっても1期生という良い見本がいる。

 レッスンの度に、すでに自分の言葉で語りかける語り口を会得した1期生の朗読を聴いている。そういう語り口が耳を通して頭と心に染み込んで来る。そういう環境の中で、私の朗読指導を受けているのだから、習得がスムーズなのは当然といえる。レッスンを2〜3年も受けると、自分の言葉で語りかける語り口が習得できてくる。

 レッスン歴が2年未満の会員には、自分が朗読するときはあまり語り口を意識しないで思い切って朗読するように、先輩会員が朗読するときはその朗読を語り口ということを意識してよく聴くように、そのときは先輩会員の朗読を聴きながら心の中で同じところを朗読して自分の語り口とどう違うかを実感するように、と指導した。







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最新のイベント情報(朗読会などのご案内) 第167版

最新のイベント情報(朗読会などのご案内) 第167版
                  (戦後71年11月19日 更新)



【カレンダー】



●戦後71年(西暦2016年)



11月24日(木)ふなばし東老朗読会(第32回)
 /船橋市東老人福祉センター主催

12月17日(土)習志野朗読サークル「茜」発表会 NEW!
 /習志野朗読サークル「茜」主催



●戦後72年(西暦2017年)



1月24日(火)朗読入門講座(第1回)

1月31日(火)朗読入門講座(第2回)



【くわしいご案内】



●戦後71年(西暦2016年)



ふなばし東老朗読会(第32回)

〔日時〕戦後71年(西暦2016年)11月24日(木)
     開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕船橋市東老人福祉センター・和室

〔プログラム〕

「蜜柑」芥川龍之介原作        鳥海 治代
「タイムリミット」辻村深月原作     平松    歩
「ままや繁昌記」連城三紀彦原作  遠田利恵子

〔主催〕船橋市東老人福祉センター

〔参加〕入場無料(定員20名)

【注】お問い合わせは「感動をつくる・日本朗読館」にもどうぞ
    047−487−3721 (東)



習志野朗読サークル「茜」発表会 NEW!
〜ピアノの調べにのせて〜

〔日時〕戦後71年(西暦2016年)12月17日(土)
     開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕習志野市東習志野コミュニティセンター・3階

〔交通〕京成本線・実籾駅より徒歩8分

〔プログラム〕

「きつね三吉」佐藤さとる原作                今関研一郎
「もちもちの木」斎藤隆介原作               下屋美樹子
「かるいお姫様」マクドナルド原作/脇明子訳  平野かほる        
「蜘蛛の糸」芥川龍之介原作               土田 和子
                <休 憩>
「創作民話」2選                           松本  恵
「あなたに贈りたい三篇の詩」すわ麦穂原作   すわ 麦穂
「わたしは生き残った」橋本代志子原作         央   康子               、、

【ピアノ演奏】   菅生 澄子

〔主催〕習志野朗読サークル「茜」

〔参加〕入場無料(全席自由)



●戦後72年(西暦2017年)



大田文化の森運営協議会主催公募企画事業「朗読入門講座」

〔日時〕

第1回 戦後72年(西暦2017年)1月24日(火)
     開場14時00分 開演16時30分
第2回 戦後72年(西暦2017年)1月31日(火)
     開場14時00分 開演16時30分

〔会場〕大田文化の森・第2集会室(4階)

〔内容〕

第1回 ・ 朗読の基本について(資料)
     ・ 文学作品の朗読的な読み方(教材:斎藤隆介原作「花咲き山」)
第2回 ミニミニ朗読レッスン(教材:斎藤隆介原作「花咲き山」)

〔講師〕東百道(ひがし・ももじ)

○朗読研究 

 単行本『朗読の理論』(木鶏社)日本図書館協会選定図書
 単行本『宮澤賢治の視点と心象』(木鶏社)「朗読のための文学作品論」シリーズ第1作
 朗読漫画『花もて語れ』(小学館)漫画/片山ユキヲ+朗読協力&朗読原案/東百道

○朗読指導 品川区、八千代市、船橋市、習志野市、千葉市で6つの朗読サークルを指導

○朗読公演 朗読会を船橋市民文化創造館(きららホール)で年3回定期公演

〔募集対象〕どなたでも(未就学児同伴不可)

〔募集人数〕抽選で35名まで

〔募集締切〕2017年1月10日(火)

〔参加費〕500円(2回分/資料&教材費込み)

〔主催〕大田文化の森運営協議会

〔参加方法その他のお問合せ〕

 大田文化の森運営協議会(平日9時〜17時)
 03−3772−0770









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館長の朗読日記1923/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記1923  (戦後71年11月18日 新規)



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 昨日(11月17日)の午後3時00分から、船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンを行なった。本来は11月3日がレッスン日なのだが、祝日だったので12月に変更した。従って、今回は第2期・朗読ステップ5の第12回目、レッスン台本・三浦哲郎原作「とんかつ」の6回目であり、仕上げの通し読みの日である。

 また、今回は、このサークルにとって10月26日に開催した第7回「小さな朗読館」後の初めてのレッスンでもある。そこで、先ず、このサークルからのゲスト出演者と支援者および来場者に謝意を表した。次に、さっそく三浦哲郎原作「とんかつ」の仕上げの通し読みに入った。会員を3組に分け、各組毎に読み継いでもらった。

 この三浦哲郎原作「とんかつ」は、朗読時間は20分足らずと短いが、朗読表現的には大変に取り組み甲斐のある作品である。取り組み甲斐のポイントはいくつかあるので、会員の皆さんの仕上げの朗読がその各ポイントをどのように表現しているかをチェックするのも楽しい。見事に表現している場合も、そうでない場合もある。



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 3組の読み継ぎ形式による通し読みが終わった段階で、休憩を取り、その後に私から会員1人1人の朗読について講評していった。語りかける語り口を修得できている会員にはもっぱら演出的な観点からの講評をし、語りかける語り口が十分でない会員には講評の重点を語り口に置く。この基本的なスタイルはいつも同じである。

 本来は、今回は来年の朗読発表会の台本を配布し、次回からその台本をレッスンする。しかし、その朗読発表会が2ヶ月ほど遅れることになった。その2ヶ月の間に次の朗読ステップ、すなわち、第2期・朗読ステップ6のレッスンを前倒しで行なうことにしている。そのレッスン台本・宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」を配布した。

 今回、船橋朗読サークル「はなみずき」の皆さんから、大変にありがたくも心温まることをしていただいた。具体的な内容は、ちょっとここに書きにくいので(いずれこれについて触れるかも知れないが)、とりあえず私が深く感謝していることだけをここに記しておく。サークルの皆さんとの関係は、非常に有り難いものである。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(11月17日)の午後6時10分から、習志野朗読サークル「茜」のレッスンを行なった。今回は私が早めに会場に到着した。また、会員の欠席者が多く、出席者は早めに来た。そこで、レッスン前に色々と雑談をする時間があった。レッスンは第2期・朗読ステップ3の9回目、芥川龍之介原作「毛利先生」の4回目である。

 出席する会員数が10人を割り込むと、途端にレッスンの場に寂しさが漂ってくるのは如何ともしがたい。確かに、出席者数が少ない分、私からの会員1人1人に対する指導時間が相対的に長くなる。しかし、多少、指導時間が長くなっても、仲間の朗読を参考にする機会も少なくなる訳だから、結局は一長一短となってしまう。

 朗読者は自分の朗読のことは、実際のところはなかなか分からない。従って、自分の朗読に対する私の指導もなかなか納得するところまではいかない。しかし、仲間の朗読のことは客観的によく分かるし、それに対する私のダメ出しやコメントもよく分かる。これが自分の朗読の上達に非常に役に立つ。他人の朗読は鑑なのである。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 そういう意味で、このサークルは、会員数を増やすことを真剣に考えなければならない段階になったかも知れない。しかし、別に慌てることもないから、来年あたりから具体的な方策を探っていこうかと考えている。これは、現在、私が考えている第2次「朗読活動10年期」の構想に含め、その一環として方策を練ることになる。

 習志野朗読サークル「茜」は、第2期・朗読ステップ3から、朗読会「小さな朗読館・ならしの」をこれまでの年2回から年1回に変更したいという。ただし、前回の朗読会の舞台挨拶で、今後も年2回の朗読会をやると告知してしまった。告知した以上、今回だけは12月に特別の朗読会を自主開催して約束を果たしたいという。

 そういう訳で、今年12月17日/13時00分開場13時30分開演、会場/東習志野コミュニティセンター3階ということで「習志野朗読サークル『茜』発表会〜ピアノの調べにのせて〜」を開催するという。この朗読会は完全な自主開催で、私は直接の指導&演出などは行なわない。ピアノ演奏は菅生澄子さんにお願いしたという。


 
 

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館長の朗読日記1922/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記1922  (戦後71年11月16日 新規)



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(11月15日)に、品川朗読サークル「あやの会」の第2期・朗読ステップ5の11回目のレッスンを行なった。今回はレッスン台本・三浦哲郎原作「じねんじょ」の第5回目である。今回は、私がすっかりレッスン台本を忘れてしまった。会員に事情を話して、耳だけで聴いてダメ出しをその都度その場でしていくことにした。

 そういうダメ出しが意外に好評だった。その都度その場で言ってくれた方が、具体的であり、分かりやすいというのである。普段のレッスンでは、会員1人当たり3分くらいレッスン台本を朗読してもらい、朗読し終わってからいくつかのポイントについてダメ出しをしたりコメントを加えていくのである。そうするには事情がある。

 会員が2週間の自宅練習をしてきた成果を、3分くらいは途中で邪魔を入れずにじっくりと聴く必要があると考えたこと。また、その約3分の間に、その会員のこれまでの上達過程を踏まえ、かつ、今後の上達の方向を見据えて、今の段階でもっとも必要と思われるポイントに絞ってダメ出しとコメントの内容を考えるためでもある。



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 それに対して、今回のような、ダメ出しをその都度その場でしていく指導方法は、いわば手取り足取り的な指導するというやり方といっても過言ではない。まあ、確かに、手取り足取りの指導の方が合っている会員もいるだろうし、上達段階のレベルによっては手取り足取り的な指導の方が良い場合もあると思う。今後は併用も考えよう。

 朗読の指導法といえば、その他にも、私の従来の朗読指導法について興味深い出来事があった。私は、語り口について、各文節を高く上に上げることや、各文節の助詞を下げないことや、特に、述語部分を下げないことなど、かなり具体的な指導をする。会員によっては、私の指導を気にするあまり表現が固くなってしまう傾向がある。

 しかし、たとえ表現が多少固くとも、永年そういう私の具体的な指導を受けていると、その内容は会員の耳を通して頭に染み込んでいる。しかも、その内容は日本人なら誰でも普段の音声言語で実行していることなのである。従って、逆に、私の指導を一時的に忘れて思い切った表現をした方が、却って良く出来ることが今回わかった。






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館長の朗読日記1921/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記1921  (戦後71年11月13日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(11月12日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。今回は、第3期・朗読ステップ2の第3回目、レッスン台本・宮澤賢治原作「紫紺染について」の第3回目である。「紫紺染について」は、朗読表現の面からも大変に変化に富み、様々な表現力を要する面白い作品である。

 レッスンでは、この作品を均等な5つのパートに分けて、会員1人1人に順々に朗読してもらう。その各々について、私がダメ出しやコメントをしていく。その5つのパートのそれぞれに、別々の面白さが詰まっている。内容的な面白さ、場面的な面白さ、朗読表現的な面白さ。朗読時間が全部で20分足らずの短編であるにもかかわらず。

 朗読時間4分ほどの各パートごとにある面白さをいろいろと解説するのだが、会員の皆さんがどれだけ理解してくれたかは分からない。理解してくれたのかどうか分からないが、いずれにしてもその面白さが会員の皆さんの朗読表現にあまり現われてこない。宮澤賢治の作品は面白いのだがむずかしい。この作品はその最たるものである。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 会員から、私にこの「紫紺染について」を朗読して欲しい、という要望があった。かつて神田外大の「声の言葉の勉強会」に参加していた時期に、その朗読会で一度この作品を朗読したことがある。いずれ、再演する機会があると思う、と応えた。例えば、年3回の「小さな朗読館」で急きょゲスト出演者が欠演したときの代演として。

 来年のこのサークルの朗読発表会をどうするか、という話しがあった。来年は1人1作品形式の公演をしたいという。しかも、公演回数は1年に1回にしたいという。上演時間を2時間30分前後に収めるには、1人の朗読時間を10分くらいに抑えるしかない。何人かがグループをつくり、1つの作品を読み継ぐ形式もあり、とした。

 実は、この1人1作品形式の朗読公演は、私にとってはもっとも楽なのである。台本の選定と制作は会員自身にやってもらう。台本の印刷&製本も、本人と私の分を含めた全員分を会員にやってもらう。バック音楽は原則として入れない。バック照明もそれぞれ会員自身に考えてもらう。私は文字通りただ朗読レッスンをやるだけで済む。






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館長の朗読日記1920/千葉「わかば」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記1920  (戦後71年11月11日 新規)



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)

 昨日(11月10日)の13時30分から、千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ5の16回目、第15回「小さな朗読館・ちば」に向けたレッスンの3回目である。会員の半数は三浦哲郎原作「じねんじょ」を読み継ぎ形式で、他の半数は各自が選んだ短編を1人1作品形式で朗読する。

 前半は、半数の会員に対して共通レッスン台本「じねんじょ」のレッスンをした。こちらは、毎回、作品の全部を読み継ぎで朗読してもらう。今回は、他の朗読会でも同じメンバーで「じねんじょ」を読み継ぐことになったため、その自主勉強会においてこの作品の朗読分担を自主的に決めたという。今回もその朗読分担でレッスンした。

 後半は、半数の会員に対して1人1作品形式の朗読レッスンをした。1つの作品の朗読時間を15分以内に制限しているが、1回毎に作品の3分の1づつをレッスンする。今回は3回目だから、作品の最後の3分の1のところのレッスンである。3回目ともなると、高低深浅はあるが会員それぞれの作品世界のイメージ造りは出来てくる。



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)

 今回は、高知市在住の松田光代さんが見学に来られた。松田光代さんは、35年間も「高知朗読奉仕の会」の会長を務め続けてこられたボランティア朗読(音訳)のベテランである。近年は、その枠組みを超えて、文学作品の一般向け朗読公演もやっておられる。今回は、東京での用事のついでに、私のレッスン見学に来られたのである。

 松田さんが見学に来られたといっても、何か特別のことをするわけでもない。最初に、自己紹介をしていただいた他は、私の普段通りの朗読レッスンを見てもらっただけである。今回は残念ながら、千葉「わかば」のレッスンの後に続けて、習志野「茜」のレッスンが控えていたので、松田さんとゆっくりお話しする時間がとれなかった。

 松田さんの方も、翌日に東京での用事を抱えているので、早々に宿泊するホテルに戻らなければならない。とりあえずJR千葉駅まで車でお送りして、そのままお別れした。松田さんは、謙虚なお人柄だが、言うべきことはそのままズバリとおっしゃる方でもある。いずれ、今回のレッスン見学で感じたことを話していただけると思う。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(11月10日)は、いつもより10分遅れの午後6時20分から、習志野朗読サークル「茜」のレッスンを行なった。今回は、第2期・朗読ステップ3の8回目、レッスン台本・芥川龍之介原作「毛利先生」の3回目である。本来は11月3日がレッスン日だったのだが、この日は「文化の日」だったのでスライドしたのである。

 祝日だったせいか、千葉「わかば」の会場から習志野「茜」の会場に向かう道路が非常に混雑していた。そのために、習志野「茜」のレッスン会場に着くのが、レッスンの開始時間である午後6時10分よりも10分ほど遅れてしまった。お待たせした会員の皆さんには大変に申し訳ないことであった。私の遅刻は滅多にないのだが。

今回は、第2期・朗読ステップ3の8回目、レッスン台本・芥川龍之介原作「毛利先生」の3回目である。今回は会員1人づつに少しづつ順々に朗読してもらいながら、それぞれの朗読に対して指導していった。この「毛利先生」は、芥川龍之介の作品のなかでも私の好きなものの一つである。それだけに、良い朗読を求める気持が強い。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 この作品は、主人公の毛利先生の人物像を的確につかむのがむずかしい。その人物像に即したセリフ表現をするのもむずかしい。そのむずかしさは、語りかける語り口になればなるほど倍加する。また、朗読の表現レベルが上がれば上がるほど、むずかしくなっていく。朗読のレベルが上がるほど、朗読者の人間が出てくるからである。

 朗読の場合、朗読者の人間力を上回る登場人物の人物像を朗読表現することができるだろうか。これは、なかなかむずかしい課題ではないかと思う。したがって、原作者なり登場人物の人物像をイメージする場合には、朗読者は可能な限り背伸びして、自分の人間力や人間のレベルを上回る人物像を精一杯イメージする必要があると思う。

 来年6月に開催する朗読発表会の日程調整をした。次回の朗読発表会は全員が1人1作品形式で朗読する。開催回数は年1回である。開催時間を2時間〜2時間半に抑えるためには、1人の朗読時間を10分以内くらいに制限しなければならない。原作選びに苦労すると思う。もちろん、数人がまとまって数10分の朗読をする手もある。







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館長の朗読指導メモ 92/朗読活動のこれからの10年間の自己展望(その1)

館長の朗読指導メモ 92   (戦後71年11月09日)



朗読活動のこれからの10年間の自己展望(その1)



○第2次「朗読活動10年期」の自己展望(1)

 戦後71年(西暦2016年)の4月から、私の本格的な朗読活動は2回目の10年に突入した。この朗読活動の2回目の10年を、第2次「朗読活動10年期」と呼ぶことにする。この第2次「朗読活動10年期」くらいは何とか頑張れると思うので、どのような朗読活動をするべきかを考案・構想し、その自己展望をまとめておく。

 私の朗読活動は、次の3つに分類することができる。それは、①朗読理論の研究、②朗読指導の実践、③朗読実技の公演、という3つの分野である。もちろん、私の場合には、この3つの分野は互いに不可欠な存在である。そのどの分野を欠いても、日本の朗読文化のレベルアップに寄与したいという私の目標を果たすことは出来ない。

 第2次「朗読活動10年期」において、私がもっとも重点を置くべき分野は「①朗読理論の研究」であると考えている。また、その直接の応用分野として「②朗読指導の実践」にも力を注いでいきたいと考えている。そして「③朗読実技の公演」は、ここ数年で軌道に乗せてきた年3回の定期公演「小さな朗読館」を中心としていく。



○第2次「朗読活動10年期」の自己展望(2)

 まず「①朗読理論の研究」について。私がもっとも重要視しているのは、前著『朗読の理論』の姉妹編として構想している『朗読の上達法』である。しかし、この2著『朗読の理論』『朗読の上達法』は、本格的な研究書、理論書を目指している。従って、表現と内容が必ずしも平易とはならない。まして、朗読の入門書などではない。

 そこで、木鶏社からは、2著『朗読の理論』『朗読の上達法』の内容を融合させ、その基本的部分を平易な表現で執筆した、朗読の入門書の発行を提案されている。これは、きわめて魅力的な提案である。書名は『朗読とはなにか〜感動をつくる朗読入門〜』にしようかなどと、思い入ればかりが先に行っている。この3著が軸となる。

 また「朗読のための文学作品論」シリーズとして、既刊の『宮澤賢治の視点と心象』に続けて、今後は『芥川龍之介の文学的軌跡』『太宰治の文学的航跡』『宮澤賢治の宗教と文学』『宮澤賢治「銀河鉄道の夜」の解読』の原稿を執筆し、単行本として上梓したい。そして可能なら、夏目漱石や樋口一葉の文学作品にも論及してみたい。



○第2次「朗読活動10年期」の自己展望(3)

過去の第1次「朗読活動10年期」には、エポックメイキングな出来事がいくつかあったが、その一1つは私が小学館(担当編集者・高島雅氏と漫画家・片山ユキヲ氏)から朗読漫画『花もて語れ』への朗読協力&朗読原案を依頼されたことであろう。朗読漫画『花もて語れ』の朗読に関する部分は『朗読の理論』を土台にしている。

 この朗読漫画『花もて語れ』は、レベルの高い一部の漫画マニアから熱烈に支持された。また、小中学校の国語関係の教師の一部から大いに注目された。そして、朗読関係者の一部からも朗読の基本を深く描いたものとして参考にされている。ただし、朗読漫画『花もて語れ』の朗読部分には、不十分な点や誤解されやすい点もある。

 他方、私は、この朗読漫画『花もて語れ』を、拙著『朗読の理論』の良き副読本として、極めて高く評価し、ありがたく思っている。そこで、第2次「朗読活動10年期」の仕事の1つとして、今後、私のブログで「朗読漫画『花もて語れ』こぼれ話」(仮題)を連載し、不十分な点や誤解されやすい点を補正していこうと考えている。







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館長の朗読日記1919/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記1919  (戦後71年11月06日 新規)



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(11月05日)の午前9時30分から、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンを行なった。このサークルは、今回から第3期に突入する。今回はその第3期の記念すべき最初のレッスン、すなわち、第3期・朗読ステップ1の1回目のレッスンである。レッスン台本は、芥川龍之介原作「杜子春」である。気持ちが新たになる。

 私の指導する朗読レッスンは、1期と2期がそれぞれ朗読ステップ1〜6の6年間を要する。したがって、今回3期目に突入するということは、これまでに12年が経過したことを意味する。第3期も、同じように朗読ステップ1〜6の6年間かかるから、この第3期が終了するまでに合計で18年間が経過するということになる。

 ただし、今回、第3期に突入するといっても、サークルの全員が12年間レッスンを継続してたのではない。サークル発足から参加してきた1期生だけが、レッスンを12年も継続してきたわけである。現在、このサークルの1期生は8人である。その後に入会した2期生は7人である。このサークルは、1期生が過半を占めている。



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 今回は、やらなければならないことが色々とあった。まず第7回「小さな朗読館」について、ゲスト出演者、会場運営支援者、来場者にお礼をいった。また、このサークルが先月主宰した第14回「小さな朗読館・ちば」に対する会員の知人友人からの感想や意見を訊いた。第3期の目標と朗読ステップ1の概要について解説した。

 その後、新たなレッスン台本・芥川龍之介原作「杜子春」の初回のレッスンを行なった。今回は、会員が順々に素読みするのを聴き、その都度、朗読的な解読をしていった。私の解読については、その結論よりも、その解読の方法と視点を吟味し、習得して欲しい旨を強調した。結論の是非よりも、視点と方法の是非が大事である。

 今回は朗読ステップ1であるから、特に、読者の立場から、台本の作品世界を豊かに臨場感あふれる形でイメージするための視点と方法を、主にレッスンする段階である。特に「視点の転換」の内容と方法に重点を置いて、解読していった。このサークルの会員は、活発に質問や意見を投げかけてくる。これは非常に大切である。







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館長の朗読日記1918/朗読活動と生活規律

館長の朗読日記1918  (戦後71年11月04日 新規)



○朗読活動と生活規律(1)

 朗読活動を本格的に始めてから、それ以前の生活習慣を見直し、新たな生活規律を取り入れている。たとえば、散髪である。私はもともと床屋に行くのが好きであった。若い頃は髪の伸びが盛んで、1ヶ月も経つか経たないうちにむさ苦しくなり自然と床屋に行きたくなった。ところが近年は、数ヶ月経ってもさほど髪が伸びない。

 床屋に行くタイミングを測りづらくなった。そこで、年3回定期公演する「小さな朗読館」の開催直前に、散髪に行くという規律を設けた。ただし、年に3回の散髪はさすがに間隔が空きすぎる。そこで、正月前の散髪と適宜組み合わせて、散髪に行くタイミングを測ることにしている。寂しいが、その程度で散髪は十分なのである。

 朗読者にとって歯は命である。以前にも、たまには歯医者に行って、検診がてら歯垢を取ってもらっていた。しかし、頻度も時期も行き当たりばったりだった。散髪と同じで、年3回の「小さな朗読館」の開催を契機に、その直前に歯の定期検診を年3回するように定期化した。歯医者の勧めで、睡眠中にマウスピースをはめている。



○朗読活動と生活規律(2)

 朗読レッスンを行なう曜日を、火曜日、木曜日、土曜日に固定化している。ただし、今のところ、第2火曜日と第4火曜日には朗読レッスンが入っていない。私は、風呂がそれほど好きではない。入浴が嫌いというわけではないが、面倒くさいのである。それでも、夏場は、私は汗かきだから、汗が気持ち悪いので、毎日入浴していた。

 しかし、冬場などは、なかなか入浴する気にならなかった。しかし、朗読レッスンを本格的に行なうようになってからは、夏期以外でも、朗読レッスンの前日には必ず入浴するようにしている。この点は、家人がことのほか厳しいのである。睡眠についても、朗読レッスンの前日には必ず夜の12時前には就寝するようにしている。

 今年も早や年賀状を用意する時期になった。私は、以前から、年賀状は必ず1月1日に相手に届くよう気をつけている。朗読活動を本格化してからは年賀状を3種類に分けている。朗読サークルの会員宛のもの、朗読を介して知り合った相手宛のもの、朗読以外の知人友人親戚宛のもの。年賀状関係の規律にも神経を使うようになった。









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館長の朗読日記1917/第7回「小さな朗読館」を終えて

館長の朗読日記1917  (戦後71年11月03日 新規)



○第7回「小さな朗読館」を終えて(1)

 今年10月26日に第7回「小さな朗読館」の公演を終えて1週間が経った。私の朗読活動は、つぎの3分野からなっている。すなわち、朗読理論の研究、朗読指導の実践、朗読実技の公演、の3分野である。そのうちの朗読実技の公演の中心が、年3回定期公演しているこの「小さな朗読館〜感動をつくる朗読をめざして〜」である。

 毎回、この「小さな朗読館」が終わるとホッとする。年3回の定期公演だから、4ヶ月に1回の公演である。そのくらいの間隔なら余裕をもって公演できると思ったのだが、実際にやってみるとそれほど楽ではない。先ず、体調の維持に気を遣う。この朗読会は5人の出演者で構成するのだが、私は唯一のレギュラー出演者なのである。

 唯一のレギュラー出演者が休演したら、朗読会は様にならない。風邪をひかないように、声を傷めないように、約1ヶ月前あたりから何かと気を遣う。特に、就寝時にマスクをかけなければならないのが最も嫌である。公演が無事に終わった当日から、マスク無しで就寝できることが何よりも嬉しいし、何よりも解放された気分になる。



○第7回「小さな朗読館」を終えて(2)

 年3回の朗読公演の場合でさえ、このくらい気を遣うのだから、より多くの朗読公演をこなしている朗読者は大変だと思う。それだけでも、そういう朗読者には敬意を表したくなる。さて、私はレギュラー出演するだけでなく、この「小さな朗読館」の主宰者でもあるから、公演後の後整理や次回の公演準備という役割も担っている。

 会計処理はマネージャー役の家人が担ってくれるが、遠路から来場してくれた方々への礼状や挨拶は私の役割となる。たとえ「小さな朗読館」であっても、公演する度にかなりの書類や資料が溜まる。それを保存するものと廃棄するものと再利用するものに分け、それぞれ整理整頓しなければならない。この作業がけっこう気を遣う。

 来年3月に開催する次回の第8回「小さな朗読館」、および、来年7月に開催する次々回の第9回「小さな朗読館」の準備も、今回の第7回「小さな朗読館」が終演した直後から始めていく。ゲスト出演者と司会進行役との間のスケジュール調整。それを踏まえての会場の予約作業、チラシとチケットの作成などを次々に進めていく。



○第7回「小さな朗読館」を終えて(3)

 また、ゲスト朗読者が朗読する文学作品の調整作業もある。原則として、朗読する文学作品はゲスト出演者が自立的に選定するのだが、ときにはそれを変更してもらわなければならない場合もある。逆に、ゲスト出演者の方から変更を申し込まれる場合もある。作品が決まったら、その台本を集約して、本番に備えなければならない。

 もっとも神経と頭脳を使うのは、ゲスト出演者の選定作業である。ゲスト出演者は、原則として、朗読ステップ1〜6の終了者から選定する。しかし、同じ朗読ステップ1〜6の終了者であっても、朗読の上達レベルやレッスン歴の長短、ならびに、朗読サークル間のバランスなどを勘案しなければならない。これは複雑なパズルである。

 このようにゲスト出演の適格者を選考して、出演を依頼していくのだが、その適格者が一巡した場合には再出演者を選考しなければならない。再出演者を選考する段になると、なお一層パズルは複雑になる。そろそろ、来年11月に開催する次々々回の第10回「小さな朗読館」のゲスト出演者を選定し、出演を依頼する時期なのである。





















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館長の朗読日記1916/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記1916  (戦後71年11月02日 新規)



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(11月01日)に、品川朗読サークル「あやの会」の第2期・朗読ステップ5の10回目のレッスンを行なった。今回はレッスン台本・三浦哲郎原作「じねんじょ」の第4回目である。今回はレッスンの冒頭に、第7回「小さな朗読館」へゲスト出演してくれた会員、遠路をおして来場してくれた会員の皆さんにお礼を言った。

 加えて、来年5月に開催するこのサークルの朗読発表会の台本『阿弥陀堂だより』の版下を、サークルとして自立的につくってくれたことにもお礼を言った。とても良くできた台本だと思ったので、その旨を正直に言った。ただし、この台本を朗読発表会で読み継ぎ形式で朗読することは、かなりむずかしいという私の感想も添えた。

 さて、今回は三浦哲郎原作「じねんじょ」のレッスンも第4回目になったので、会員1人1人の朗読についてかなりこまかくダメ出しとコメントを加えていった。語り口の基本がほぼ出来てきた会員については、さらに演出的な観点から。語りかける語り口がまだ十分に身についていない会員については、具体的なポイントについて。



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 語りかける語り口の問題も、具体的なポイントはいろいろある。1つ1つの文節を高く上に上げていく点。各文節の末尾に添えられている助詞や助動詞の添え方と次の文節へのつなげ方。特に強調すべき言葉を、2音目を際立たせて上げる強調の仕方。意味が続く文章の流れを切らずに息継ぎをする方法とそういう方法の本質的な意味。

 それら語りかける語り口を実現するための具体的なポイントを、意識的に行なう意味。意識的に行ないつつ、それを無意識にできるように身につけていくことの意味。われわれは、現実の場で駆使している音声言語においては、それらのポイントを無意識に実現している。したがって、無意識→意識→無意識のプロセスをたどっていく。

 朗読において、語りかける語り口を身につける場合に、この無意識→意識→無意識のプロセスをたどっていくことの重要性。技術、特に演技を上達させるという方法論において、この無意識→意識→無意識のプロセスを意識的にたどることの普遍的な重要性。その重要性にも注意を喚起しながら、私は朗読レッスンを進めているのである。









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