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館長の朗読日記1927/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記1927  (戦後71年12月02日 新規)



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 昨日(12月01日)の午後3時00分から、船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ6の第1回目。本来なら、今回から来年4月に開催する朗読発表会に向けたレッスンを開始するはずである。しかし、4月の会場が予約できなかったため、朗読発表会を2ヶ月先の6月に延期した。

 そこで、2ヶ月延期した分の4回のレッスンを、第2期・朗読ステップ6のための最初のレッスン台本・宮沢賢治原作「なめとこ山の熊」を前倒しでやることになった。今回は、その第1回目のレッスンである。今回は、会員の皆さんに少しづつ素読みをしてもらいながら、少しづつ私自身の朗読的な解読の内容を解説していった。

 今回は、初回であるし、会員の皆さんの朗読も素読みの段階だから、解読の内容といってもごく基本的なところである。表現主体の空間的な視点の転換、作品世界の内と外の視点の転換、特に、原作者が原作者としての表現意図をあからさまに表現しているところ、および、1つ1つの文の末尾の結び方の違いとその狙いなど、である。



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 私は、自分で自分の解読の内容を解説しながら、あらためて作家としての宮澤賢治の凄さを痛感してしまった。現時点における私の半分も生きなかった人間の創作したものとはとても考えられない。天才という言葉を安易には使いたくないが、やはり天才としか思えないような作品が多い。この「なめとこ山の熊」もその1つである。

 読む度に新たな発見がある。これから、この「なめとこ山の熊」を、船橋朗読サークル「はなみずき」で5回、続けて千葉朗読サークル「わかば」と品川朗読サークル「あやの会」で各々6回づつレッスンしていくわけだが、その過程でどれだけの新たな発見があるか分からない。汲めども尽きぬ泉のように、まことに興味津々である。

 今回は、レッスンの冒頭に、先日開催してもらった私の「古希お祝いの会」に対して、改めて感謝の意を表した。また、来年6月に開催する予定の朗読発表会のための台本について、色々と話し合った。サークルの総意として、次回の朗読発表会では、朗読時間が約70分の台本を、休憩を挟んで、前後2つ読み継ぐことになっている。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(12月01日)の午後6時10分から、習志野朗読サークル「茜」のレッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ3の10回目、芥川龍之介原作「毛利先生」の5回目である。この台本は第3期の朗読ステップ3ように用意したものである。事情があって、このサークルは第2期をパスし第3期の台本をレッスンしている。

 しかし、このサークルの会員の皆さんは、レッスン歴としては、まだ第2期の段階にある。私は、第3期のレッスン台本を選ぶに際して、特に意識はしなかったが、無意識のうちにレッスン歴が第3期の段階にある会員の実力に合わせていたのだろうか。本来は第2期の段階にあるこのサークルの会員の皆さんは、かなり苦戦していた。

 しかし、音楽の演奏とは違って、朗読の場合は、本来、上級用の文学作品とか初級用の文学作品などというものがあるわけではない。朗読する者は、本来、自らの実力に応じて精一杯に気持を籠めて朗読すれば良いのである。苦戦するときは、思い切り苦戦したら良いのだ。だから私は、級とか段という言葉を使わず、ステップと言う。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 私の経験では、朗読のまったくの初心者の場合には、レッスン歴が3年ほどになると、朗読としておかしくない声出しができてくる。もちろん、これは平均的な話しである。今回のレッスンで私は、レッスン歴が約3年と、約2年半と、約1年半の会員の声出しを意識して聴き分けてみた。レッスン歴の順に、声が良くなってきていた。

 これは、音声としての声が良くなったとか、音声として大きな声が出るようになったということではない。朗読するときの声に、イメージが、心情が、すなわち表現としての力が籠ってきた、ということである。まさに、文学作品の作品世界を語るための声が良くなってきたということなのである。これを私は朗読的な声と呼んでいる。

 今回は、レッスンの冒頭に、先日開催してもらった私の「古希お祝いの会」に対して、改めて感謝の意を表した。また、来年6月に開催する朗読発表会とそのためのリハーサルのスケジュールと会場について、色々と打合せをした。来年の6月であるにもかかわらず、たまたま私にはレッスン以外の予定が入っていたので調整を要した。





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