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館長の朗読日記1934/習志野「茜」発表会を聴きに行った

館長の朗読日記1934  (戦後71年12月18日 新規)



○習志野朗読サークル「茜」発表会を聴きに行った(1)

 昨日(12月17日)の13時00分開場・13時30分開演ということで、習志野朗読サークル「茜」発表会が東習志野コミュニティを会場にして開催された。この朗読会は、習志野朗読サークル「茜」が完全に自主・自立的に主催・開催したもので、その企画・準備・朗読練習・演出・運営その他に私はまったく関与していない。

 今回は、菅生澄子さんのピアノ演奏とのコラボレーションという上演形式であった。これがとても良かった。彼女のピアノ演奏によって、1人1作品の朗読はかなり助けられていた。観客数は約50人、会場はほぼ満席であった。私は、最後発のこのサークルが、このような朗読会を主催できるようになった事実に感無量であった。

 1人1作品形式の朗読上演の出来栄は、正直いって良し悪しが混在していた。それぞれの会員としては、基本的に良くなっているのだが、まだまだという点も多々あった。こういう場合には、本来はニコニコして余計なことは言わない方が良いのは分かっているが、つい正直に自分の感想と意見を言ってしまうのが私の欠点である。


 

○習志野朗読サークル「茜」発表会を聴きに行った(2)

 前半の部は、童話が4作品つづいた。私の席の斜め前に小学生らしい女の子が2人座って聴いていた。初めは真面目かつ熱心に聴いていたのだが、途中から明らかに舞台に対する集中力が落ちていた。子供は正直である。朗読は、台本の選定とカットの仕方、心を込めた語りかけ、そしてマイクの使い方が大切だと改めて痛感した。

 後半の部は、大人向けの内容の作品がつづいた。大人向けの作品になると、朗読する人間の個性がより前面に出てくる。朗読者1人1人の朗読の良し悪しもより露出してくる。もちろん、その点は童話の朗読の場合も基本的には同じではあるのだが。来年からのこのサークルの朗読指導に、今回で気がついた点を反映させていこう。

 私が指導&演出するいつもの朗読(発表)会の場合は、私自身がどうしても身びいきになって、客観的に良し悪しの判定ができない懸念がある。しかし、今回のようにほぼ完全に1人の観客の立場で聴くと、かなり客観的な判定と要改善点やそのための改善方法が判然とするような気がした。私の指導&演出力もまだまだだと思う。



○習志野朗読サークル「茜」発表会を聴きに行った(3)

 上演の最中に、サークルの代表が、私に気をつかってか、マイクの使い方や音量について、客席の私のところにたびたび相談に来た。私は、マイクの音量について迷った場合には、大きくした方が良い、とアドバイスした。特にピアノ演奏がある場合は、朗読の声は大きめの方が良い。サークル代表は、たびたびマイクを調整していた。

 最後の舞台挨拶のときに、司会進行役のサークル代表が客席にいた私を朗読講師として紹介してくれた。そのばかりか、挨拶するように促された。今回は挨拶は徹底的に遠慮すべきであったが、促されたからにはやはり言わなければならない。挨拶で、私は大まかに次のように述べた。①今回は完全に自立的な自主公演であったこと。

 ②このような自主公演ができるようになった事実に対して、朗読指導者の立場からするときわめて感慨深いものがあること。③同じく朗読指導者の立場からすると、今回の朗読は正直いって良し悪しがあったこと。④それにもかかわらず長時間聴いて下さったことに感謝していること。⑤特にピアノの菅生澄子さんにはお礼を言った。








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