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館長の朗読日記1961/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記1961  (戦後72年02月20日 新規)




○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 一昨日(2月18日)の午前9時30分から、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンを行なった。今回は、第3期・朗読ステップ1のレッスンの6回目、前回で芥川龍之介原作「杜子春」のレッスンを終了し、今回から新しい台本に入る。今回から、6月に開催する朗読会に向けた台本のレッスンに入る。会員によって台本はそれぞれ違う。

 向田邦子さんの「父の詫び状」という作品の中に印象深い箇所があった。若い邦子さんが玄関で来客の靴を揃えている場面である。邦子さんがうっかり、お客様の人数を父親にたずねたところ、父親から、靴の数を数えれば来客の人数が分かるではないか、片足のお客様がいると思うのか、来客の人数を訊く前に靴の数を数えろ、と叱られる。

 昔の日本には、このように他人に答えを訊く前に自分の頭で考えろ、という指導を家庭で行なう気風が確かにあったように思う。それにひきかえ、現代の朗読サークルの会員は、指導者の話をロクに訊かずに、指導者が直前に話した内容を平気で質問したり、自分でロクに考えずに安直に回答を求めて質問をしたりする、と皮肉った。



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 ところが、このサークルの会員たちはそんなことでは恐れ入らない。私たちがそういう雰囲気だから、先生も言いたいことを言えるんじゃないですか、というのである。まあ、それも当たらずといえども遠からずというところもある。しかし、そのために、同じことを数年間は言い続けなければならないので、疲れることは大いに疲れるが。

 今回は、地の文における「視点の転換」に特化して朗読指導した。今回は初読であったから、大半は平板な朗読をしていた。もちろん、初読ながら立体的な朗読表現をしている会員もいた。一流になると、たとえ初読であっても「視点の転換」を意識せずには朗読できないくらい、その技量が身についてしまっているものである。

 逆に、レッスン歴が10年を越している会員のなかにも、この「視点の転換」のことをすっかり失念していたと白状する会員もいる。レッスンに向けた日々の自宅練習において、この「視点の転換」を意識して地の文を朗読するかしないかという、この積み重ねの威力と格差はものすごい。私の「朗読の理論」の真理性は日々実証されている。







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