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館長の朗読日記1978/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記1978  (戦後72年03月27日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 一昨日(3月25日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。会場は習志野市実籾コミュニティホール。いつもの八千代市八千代台公民館は選挙のために使用できなかった。今回は第3期・朗読ステップ2の第10回目、レッスン台本・宮澤賢治原作「雁の童子」の4回目である。

 このサークルの会員で、若い頃にある難病にかかり、以後ずっとその難病と闘いながら市役所を勤め上げ、退職後に八千代朗読サークル「新・みちの会」のレッスンに本格的に取り組んで来た方が、先日、急に亡くなった。数日前にお通夜に行ったのだが、今回、その方の姉上様がご挨拶にレッスン会場にみえた。全く、言葉がない。

 その姉上様のご挨拶によると、その会員は、市役所を退職した後の生き甲斐として朗読に取り組んでおられたという。今の自分から朗読を取ったら何もないという心構えで朗読および朗読サークル活動に取組んでおられたという。私の朗読指導や朗読レッスンおよび朗読サークル活動が、その会員の心構え応え得ていたであろうか。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 宮澤賢治の作品は色々と分からない点が多くある。そういう点は解読の有力な糸口だから大切に扱うように、前回と同様に注意した。ただ、この「雁の童子」の場合は、宮澤賢治が熱心に信仰していた法華経の素養がなければ分からない点が多いと思う。法華経の素養がないと、いくら作品だけを解読しようとしても駄目だと思う。

 朗読の上達のプロセスの1つは、当初は無意識で朗読していた音声言語の表現方法を、朗読の技として意識して表現するように修練し、最終的にはその技を無意識のままに駆使できるまでに修得する、というものである。無意識に駆使する朗読の技が増えるに従って、さらに多くの朗読の技を深く使えるようになっていくのである。

 今回は、レッスンの後に、今年9月に開催する朗読発表会に上演する台本をサークルで自立的につくるべく、サークル会員が皆で相談していた。原作を朗読時間(約2時間)に収めるために、皆で意見を出し合っていた。今回は私もその相談を傍聴していたが、その作業を進める過程で作品の解読が深まっていくことを実感した。




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