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館長の朗読日記1974/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記1974  (戦後72年03月17日 新規)



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 昨日(3月16日)の午後3時00分から、船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンを行なった。会場はいつもの船橋市海神公民館である。今回は第2期・朗読ステップ5の第15回目。本来なら4月に開催すべき朗読発表会を2ヶ月先の6月に延期したが、その朗読発表会に向けた3回目の朗読レッスンである。

 朗読発表会は長い作品を会員全員が少しづつ読み継ぐ形式で上演するが、前半と後半を別々の作品を上演することにしている。つまり2本立て公演である。今回は前半に上演する作品のレッスンをした。この前半に上演する作品も、サークルの全員が順々に読み継いでいく。最初の方はレッスン歴が数年の2期生に当てた。

 この作品は、冒頭に通路を歩く多数の人間に主人公が呼びかけるセリフから始まる。相手が多数だから、呼びかける相手は広い範囲にいるし、距離も遠い。こういう多数の相手に呼びかけるセリフ表現は、語りかける語り口の典型的な事例であり、その基本形である。語りかける語り口を修得するための最適な教材である。



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 作品の前半から中央の部分はレッスン歴の比較的長い2期生に当てた。この部分を分担する2期生は、語り口という点ではほとんど注意する必要はない。重点的に指導したのは《間》と《メリハリ》のつけ方である。訊いてみると、本人は《間》をとったつもりらしい。この《間》に関する主観と客観の喰い違いは重要である。

 この問題は、自分の朗読を聴き手の立場で客観的に聴くことができるかどうかにかかってくる。朗読を耳で聴く認識力の問題である。これは、朗読ステップ6の主テーマである。まだ、このステップ6を通過していない2期生が、この認識力を修得していないのはやむを得ない。通過しても必ずしも修得できるとは限らないが。

 作品の最後の方は1期生に当てた。まだ《間》と《メリハリ》の辺りで苦労している1期生もいれば、作品の流れを意識してその流れを構成的にどのように語り分けていくかに苦労している1期生もいる。1期生になると朗読を聴く耳も肥えてくる。昔の自分の朗読の録音を聴き返してあまり下手なのでゲンナリすることもある。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(3月16日)の午後6時10分から、習志野朗読サークル「茜」のレッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ3の15回目、今回は、今年6月に開催するこのサークルの朗読発表会に向けたレッスンの3回目である。このサークルの上演形式は1人1作品を原則にしている。ただし3人の会員が1つの作品を読み継ぐ場合もある。

 1人1作品形式の朗読は、当然ながら、1つの作品を1人の朗読者が最初から最後まで1人で読み切らなければならない。気持が入ってくればくるほど、いわゆる独りよがりの朗読になりやすい。レッスン歴の短い2期生の場合には、気持が入ってくると、下に下げて朗読しがちである。主観的に、その方が気持が入った表現に思えるからである。

 そういう会員に、言葉の1つ1つ(文節)をハンガーを吊り上げるように上げながら、気持を込めて表現するように指導するのは、本当にむずかしい。主観的に自分の朗読が良いと思っているし、現在の日本の朗読界においてはそういう朗読スタイルが一般的だからである。私が提唱する朗読スタイル(語り口)は、現時点では異端である。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 このサークルは会員数が少ない上に、今回は欠席者が複数あった。そのため1人1人の朗読レッスンもかなり短時間で終わってしまった。そこで余った時間を利用して、芥川龍之介原作「杜子春」に対する私の解読を説明した。この「杜子春」は約2年前のレッスン台本として使ったのだが、その時点では私の解読はできていなかった。

 いつか、この「杜子春」の解読をしたいという話しをしたところ、この6月の朗読発表会でこのサークルの会員3人が「杜子春」を読み継ぐので改めてレッスンして欲しいと頼まれた。その再レッスンの際に、時間を見て私の解読を説明することになっていたのである。今日は時間が余ったので、その説明をする良い機会だと思ったのである。

 会員の皆さんは熱心に私の説明を聴いていた。ただし、私の解読内容を十分に納得したかどうかは分からない。私の「杜子春」解読の内容は、数年前の「東百道・講演と朗読の会」で講演した内容と密接に関連している。その講演を聴いていない会員には、突然そういう話しを聴かされても急には理解できないと思われるからである。





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